第59話 ヴァロウ様ですよね!?
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やられる!
バルケーノは覚悟をし、思わず目をつむった。
だが、いつまで経っても刃は下りてこない。
薄く目を開けた時、バルケーノは驚愕の光景を目にすることになる。
ヴァロウが消えていたのだ。
忽然と……。
「ヴァロウ様!」
魔族の女の声が聞こえる。
その視線は空へと向けられていた。
悠々と1匹の飛竜が南へ向かって飛んでいる。
そのスピードは凄まじく、すでに青い空の中で点になっていた。
バルケーノは目をこらす。
メッツァーの飛竜ではない。
自軍が助けにきたのでは、と思ったが、そうではなかった。
「おそらくアレは……」
見覚えのある飛竜を見て、バルケーノは目を細めた。
魔族の女は飛竜を追いかける。
どうやらあの飛竜にヴァロウは捕まったらしい。
ゴブリンと、ペイベロを拾い、南へと向かった。
急に辺りが静かになる。
「おのれ……。また生き残ったか…………」
バルケーノはどすんと尻を付ける。
その場で大の字になると、骸となった愛竜の横で大鼾を掻くのだった。
◆◇◆◇◆
ヴァロウがバルケーノに向かって、剣を振り上げた瞬間だった。
風を切る音が急速に近づいてくる。
ヴァロウの動きは、その時一瞬止まった。
目線だけを動かす。
気付いた時には、お腹と腰に強いホールド感を感じつつ、飛んでいた。
どんどん、地面から離れていく。
空が近く、手が届きそうだった。
ヴァロウは冷静だった。
自分を掴んだものの正体を見極める。
飛竜だ。
大翼を羽ばたかせ、上昇し続けている。
ヴァロウは持ったままの剣を振り上げた。
飛竜の足を切り落とそうとしたが、その前に声がかかる。
「ダメですよ。そんなことをしたら。この高さから落ちたら、いくら人鬼族が頑丈と言っても助からないでしょう」
穏やかな声が聞こえてくる。
聞き覚えがあるヴァロウは、眉宇を動かした。
騎乗者をのぞき込む。
すると、大きな黒目とかち合った。
「お久しぶりです、ヴァロウ様」
懐かしい声だった。
ヴァロウは思わず挨拶しそうになる。
騎乗者はヴァロウがよく知る人物だったのだ。
ルミルラ・アノゥ・シュットガレン……。
ヴァロウの最後の弟子だった。
◆◇◆◇◆
ルミルラは愛竜スライヤを近くの山に着地させる。
飛竜の背から下りると、先に降りていたヴァロウに近づいた。
笑みを浮かべていたルミルラの顔が、すぐにこわばることになる。
ヴァロウが彼女に向け、剣の切っ先を向けていたからだ。
「どういうことでしょうか? ヴァロウ様。私を――ルミルラを覚えていらっしゃらないのですか?」
ルミルラは胸に手を当てる。
ヴァロウはヘーゼル色の瞳を鋭く光らせていた。
殺気は本物だ。
後ろのスライヤが反応し、ぎゃあぎゃあと吠声を上げて威嚇している。
「ルミルラ・アノゥ・シュットガレンか……」
「はい」
「お前とは初対面のはずだが……」
「そんなことはありません。私はあなたの弟子だったのですから」
「俺は知らない。誰かと勘違いしているのではないか?」
「そんなことはありません」
「そもそも俺は魔族だ」
「確かに……。ですが、ルロイゼンに続き、シュインツを攻略してみせた手際の良さ。テーランの重戦士部隊に対し、弾数が限られた魔導兵器を躊躇うことなく使用した大胆さ。それに――」
ルミルラは刃を前にして微笑む。
「毎日紅茶ばかり飲んでるそうじゃないですか。……紅茶に蒸留酒を垂らして飲むなんて、古今東西あなたぐらいですよ、師よ」
ルミルラは核心をついた探偵のように勝ち誇る。
それでもヴァロウは頷かなかった。
「そうだ」といって、剣を収めることもない。
ただヘーゼル色の瞳を光らせていた。
「そもそも私が来ることを知っていて、メッツァーに向かわれたのでしょう。皆の前で正体を暴かれることを恐れたのでしょうが、逃げることはないでしょうに」
ルミルラは決してヴァロウが、あの軍師ヴァロウであることを信じて疑わなかった。
師弟ともに頑固であった。
似たもの同士なのだ、この2人は。
「さあ、ここにいるのは私たちだけです。存分にお話しください、師よ」
「そんなことを確認するために、お前はバルケーノを討つ絶好の機会を奪ったのか?」
「お忘れですか、師よ。バルケーノは我が父です。娘が父を守るのは道理でしょう」
「ならば、魔族が人間を手にかけるのも道理であるはずだ」
ヴァロウはさらにルミルラの喉元に剣を突きつけた。
尖端が当たり、小さく流血する。
一瞬、ルミルラは表情を変えた。
眉間に皺が寄る。
目の前の魔族が、師ヴァロウであることに揺るぎのない自信を持っているものの、その彼は決して手を緩めなかった。
本気でルミルラの首を落とすつもりでいるようだった。
ルミルラはここに来て、初めて息を呑む。
その殺気にではない。
ヴァロウが魔族の副官であろうとする覚悟を感じてのものだった。
やがてルミルラは息を吐く。
「あなたも父と同じなのですね。私を戦場から遠ざけようとする。ヴァロウ様……。
私はもうすぐ30に手が届こうかという女です。あなたの元に弟子入りし、小間使いに毛が生えた程度の小娘ではないのですよ」
「…………」
「わかりました。魔族のヴァロウ。あなたに折り入って頼みがあります」
「……ほう」
すると、ヴァロウはあっさりと刃を引いた。
今までの説得がなんだったのだろうかというぐらい素直に。
まるで頼みがあることを事前にわかっていたような動きだった。
“お前もまた手の平の上だ……”
そう言われているような気がして、ルミルラはムッと頬を膨らますのだった。




