第58話 将としての器
「行くぞぉぉお!!」
バルケーノは声を張り上げる。
手綱を引くと、乗っていた飛竜が翼を広げ大きく飛翔した。
孤を描き、空で半回転すると、一直線にヴァロウに向かってくる。
「おおおおおおおおお!!」
大槍を振り下ろす。
がぎぃぃいいぃいぃいぃぃいいぃぃぃいいいぃぃ!!
凄まじい金属音が周囲に伝播した
空気が震える。
梢が突風に煽られたかのように揺れた。
落下速度とバルケーノの膂力。
その2つが合わさった一撃は、説明するまでもなく苛烈だ。
常人であれば、叩きつぶされていただろう。
だが、今バルケーノが相手しているのは、人間ではない。
魔族だ。
そして、普通の魔族ではなく、若輩ながら魔族の副官となった人鬼族である。
「むっ!」
バルケーノは眉を顰める。
完璧と思っていた。
だが、振り下ろした大槍の下から、ヘーゼル色の瞳が輝く。
ギィン!
甲高い音を立てて、しかも跳ね返された。
体勢が崩れる。
その瞬間を相手は見逃さなかった。
ダッと地を蹴り、突きを放つ。
バルケーノの胸に剣の切っ先が伸びてきた。
「ちぃ!」
バルケーノはまたも手綱を引く。
飛竜は長い首を振り回し、主人に武器を突きつける不埒者を払った。
その一撃に相手は、前進を中止し、3歩後退する。
バルケーノは手綱を捌き、飛竜を後退させ、距離を取った。
たった数拍の剣戟でしかない。
しかし、その濃厚な打ち合いに、ペイベロはただ固唾を呑むことしかできなかった。
バルケーノはまた「かかっ!」と笑う。
「戦争を知らぬ頭でっかちな参謀タイプかと思っていたが……。かかっ! なかなかどうして……。将としても強いではないか、お主」
「…………」
「また黙りか。先ほどあれほど饒舌に喋っておった癖に。まあ、良い……。我らは将なれば、語るは己の身体と得物のみ。それで十分だ」
「俺は将ではない。そして、その器でもない」
「ほう……。ならば、そなたは何者ぞ?」
「決まっている――――軍師だ」
「かかっ! ますます気に食わん。あの男を思い出すわ。ヴァロウという名前といい……。まるで生き写しよ。だから、価値がある。ここでお前を倒す価値がな」
また先に仕掛けたのはバルケーノだった。
義足となり、不自由な足の代わりに、飛竜を巧みに操る。
その主人の手綱捌きに、飛竜もよく応じていた。
今度は、低空でヴァロウの方に突っ込んでくる。
まるで猛牛――いや、巨大な岩が転がってくるようだった。
いくらヴァロウでも、その突進をまともに受けるのは不味い。
「ヴァロウ様、お逃げ下さい!」
ペイベロは声を張り上げる。
その顔面は青くなっていた。
だが、ヴァロウは動かない。
剣を鞘に仕舞うと、手を広げた。
瞬間、ザッと土を噛むような音が響く。
ヴァロウは押し込まれながらも、飛竜の突進を受け止めた。
その手の甲は赤く光り輝く。
副官である証拠を示す角の紋章だ。
「すごい! 飛竜を止めてしまうなんて……」
ペイベロは言葉をこぼすように呟いた。
信じられない光景に、ただただ目を丸くする。
バルケーノは将の器を計るようなことを言っていた。
そういう意味では、ヴァロウは確かに猛将タイプではない。
どちらかといえば、ザガスやベガラスクがそのタイプだろう。
だが、その認識が180度変わる。
本来あり得ないことだが、ヴァロウは軍師であり、一個戦力でも千の大軍と戦える猛将でもあると、ペイベロは確信した。
「よく我が愛竜ツェバラクの突進を受け止めた。かわさなかったことも褒めてやろう」
ヴァロウがかわさなかったのには、理由がある。
仮に左右どちかに逃げれば、今度はバルケーノの大槍の餌食になる。
『竜三槍』といわれるバルケーノの必殺の型の1つだ。
この技を使い、バルケーノは地・空問わず驚異的な戦果を上げたのである。
バルケーノは飛竜の頭の上から顔を出す。
大槍の切っ先をヴァロウへ向けた。
「これでチェックだぁ、化け物め!!」
「ああ……。お前がな……」
「むっ!!」
バルケーノはヴァロウに向けていた切っ先を返す。
森の中から突如飛んできた矢を払った。
「ちっ! 兵を伏せておいたのか!!」
バルケーノは舌打ちする。
ヴァロウはただ『竜三槍』を攻略するために、飛竜を受け止めたのではない。
さらにいえば、バルケーノとただ漫然と長話をしていたわけでもない。
兵を配置する時間を稼ぎ、バルケーノを地点に誘い込んだのである。
そして、ヴァロウの攻勢は終わらない。
ジャッ!!
血しぶきが舞った。
バルケーノの頬にも血が付着する。
生暖かい血を手で触りながら、バルケーノは目を広げた。
愛竜ツェバラクの首が吹き飛んでいた。
飛竜の皮は巨人族の皮膚を研究し、再現されたものだ。
言うまでもなく硬い。
だが、ヴァロウは一息で首を斬ってしまった。
これにはバルケーノも「ぬうっ」とくぐもった声を上げる。
自分の足ともいうべき愛竜なのだ。
そのショックは大きい。
さらに――――。
「放ちなさい!!」
森の奥から声が聞こえる。
再び矢が飛んできた。
人鬼族の女――メトラが闇の中で目を光らせている。
その周りにはゴブリンの群れがいた。
「ぬぉおおおおおお!!」
バルケーノは槍を振るって、矢を払った。
だが、振り上げた槍の下。
その腹に大きな隙ができる。
それを見逃すほど、ヴァロウは甘くなかった。
「バルケーノ! たとえお前に将としての器があろうとも、所詮はお前は――」
俺の手の平の器に過ぎない……。
ヴァロウは剣を振るうのだった。




