第57話 竜王降臨
「肝が冷えましたよ」
ペイベロは胸を撫で下ろした。
横にヴァロウが歩いている。
2人はメッツァーの中央官庁を出ると、真っ直ぐ城門へと向かった。
一刻も早くメッツァーを離れるためだ。
「しかし、さすがはヴァロウ様ですね」
ペイベロは金貨の入った袋に1度接吻する。
袖の中にしまうと、よろけた。
もらった袋は重いが、商人としては心地よい重さだ。
勿論、代金はこれだけではない。
一部はヴァロウの懐に入り、残りはペイベロが信頼する商人に預けた。
メッツァー攻略後に、受け取れる算段になっている。
目の上のこぶだった戦費の問題が、ひとまずこれで解消される。
そう思うと、金貨の重さに反比例して、身体が軽くなったように感じた。
「まさか鍛冶師ではなく、その管理をしている兵士を抱き込んで武器を売りつけるとは……。思いも寄りませんでした。はったりも見事に効きましたし」
武具のノルマが達成しなければ処断されるというのは、嘘だ。
だが、バルケーノの性格ならばあり得るはずだ。
ヴァロウが発案したことは嘘ではあるのだが、実際ノルマが達成しなければ、かなり高い確率でバルケーノは責任者を処断しただろう。
「しかし、この嘘はバレないでしょうか」
「バレるだろうな。だが、後の祭りだ。すでに武具は中央政府に納めてしまった。刻印はメッツァーのものにしておいたから、判別は難しいだろう」
「それにあの責任者が密告するとは思えませんからね」
ペイベロの言う通りだ。
もし、密告すれば、首が絞まるのは責任者とその部下である。
たとえ、どんなことがあっても、口を開かないはずだ。
「まあ、今さらどうでもいいことですけどね。お金はもらいましたし。剣も卸すことができました。あとは帰るだけです、シュインツに。ところで、ヴァロウ様。1つお聞きしたいことがあるのですが」
「なんだ?」
「何故、御自らメッツァーに来られたのですか? 難しい交渉であったとは思いますが、ご指示いただければ、わたくしでも対応できたと思いますが」
「お前の護衛が必要だった――では、答えになっていないか?」
実際、ヴァロウがいなければ、という場面はいくらでもあった。
特に衛兵たちに絡まれた折、ヴァロウがいなければ、今頃ペイベロはどうなっていたかわからない。
確かに人材的にも、ヴァロウしかいなかったという側面はある。
同じ人間の姿になれるにしても、メトラでは護衛役の任務はきつい。
ザガスは論外だ。
だが、それならばルロイゼンの駐屯兵の中から、精鋭を選別しても問題なかったはずである。
魔王の副官自ら敵地に赴く愚策を犯す必要ない、とペイベロは考えた。
「敵の中心地を見ておきたかったのだ」
「それだけですか?」
「それだけというが、重要なことだ。領主バルケーノを討てば、ここが俺たちの中心地になる。48000人の民と、巨大な城塞都市を維持するには、あらかじめ綿密な下準備が必要だ。資料、数字にはないこともあるだろう。だから、この目で見ておきたかったのだ」
「こういう言い方は失礼かと思いますが、ヴァロウ様はすでに勝った気でいらっしゃるのですね」
「今日の商売で大方な。まだ不確定要素はあるが、勝利が覆るほどのものではない」
「いやはや末恐ろしい……。一体、あなたは何手先まで考えていらっしゃるのですか?」
「…………」
「いかがされましたか?」
ペイベロはヴァロウの顔をのぞき込む。
いつもの無表情ではあるのだが、どうも反応が気になったのだ。
ヴァロウは振り返る。
その視線の先には、メッツァーの宮殿であるブロワードがあった。
◆◇◆◇◆
無事城門を通過し、ヴァロウたちはテーランの方面へと向かった。
今、シュインツとメッツァーの間にはすでに部隊が展開されている。
精々500といったところで、シュインツに攻勢をしかけることはないが、両領地の行き来を制限していた。
そのため1度テーランの方へ南下し、ルロイゼンの鼻先をかすめるように南から入るルートを選択したのである。
行程としては1日半の差が出るが、致し方ない。
交代で手綱を握りながら、進んでいると、突風が巻き起こる。
それは馬車が浮き上がり、馬が驚いて立ち上がるほどだった。
その瞬間であった。
大きな影が頭上を覆う。
御者をしていたペイベロはターバンを抑えながら、空を見上げた。
幌の中で身体を休めていたヴァロウも顔を出す。
「飛竜……」
ペイベロは息を呑んだ。
その瞬間、飛竜は甲高く嘶く。
大きい。
通常の竜よりも一回りほどある。
大きな翼を広げ、ヴァロウたちを威嚇するように吠声を上げていた。
すると、飛竜が真っ直ぐ降下してくる。
ぶわっ!!
砂埃が上がる。
「くく……。やはりここを通りよったか、鼠め」
鼠色の髪が風に煽られ、立ち上がる。
角張った顎に、喉元を隠すように広がった髭。
目は大きく開き、溌剌としている。
目尻に口元に寄った皺から考えても、どう見ても老人であったのだが、その肩幅は広く、手に持った大槍をぐるりと動かしていた。
「まさか……。バルケーノ・アノゥ・シュットガレン……」
ペイベロは言葉を吐き、戦慄する。
見開いた彼の目には、メッツァーの領主にして、大要塞同盟総領主の姿が映っていた。
すると、バルケーノはすんと鼻を動かす。
「貴様は人間のようだな。鼠は後ろの小僧か」
まるで指名するように槍の先を向けた。
「出てこい。いるのはわかっておるぞ」
すると、ヴァロウは幌から出てくる。
特段感情を露わにすることはなく、淡々とした足取りで馬車に出た。
顔を上げると、ヘーゼル色の瞳がバルケーノを射貫いた。
ぎょろりとした目玉がそれを受け止める。
目を細めると、バルケーノはししっと笑った。
「ほう。若い魔族だな。だが、良い面構えしておる。相当な場数を踏んで折るな。100、200では効かんな。お主、何者だ?」
「ヴァロウ……」
バルケーノの顔色が途端に変わる。
ギリッと音を立て、奥歯を噛んだ。
「ヴァロウだと……。よもやあの小僧と同じ名とはな。そういえば纏う空気もどことなくあやつと似ておる」
両者の会話の間に入ったペイベロは、少し疑問に思う。
実は、エスカリナも同じようなことを言っていた。
軍師ヴァロウと似ていると。
他人のそら似などよくあることだ。
お互い天才的な軍師ゆえ、重ねるところもあるだろう。
だが、今目の前にいるのは、間違いなく魔族のヴァロウである。
ペイベロは人間のヴァロウを知らないが、人間が魔族になるなど、どうしても信じられなかった。
「そんなことはどうでもいい。領主のお前が、何故ここにいる?」
「ふん。ならば、お主の方こそ何故メッツァーにいた? 物見遊山というわけでもなかろうて。敵情視察か」
「…………」
「黙りか。まあ、良かろう。――して、我がメッツァーはどうであった?」
この質問にも黙りが決め込むと思ったが、ヴァロウは口を開いた。
「お前らしいと思った」
「我らしいだと?」
「バルケーノ、お前は確かに猛将だ。その強さを認めよう」
「ふん。尻がかゆいわ」
「だが、それ故に孤独だ」
「なんだと?」
「強い故に、お前はすべてを自分で成してきた。だから、自然と人に頼らなくなってきた。いや、興味がないと言い換えてもいい」
「…………」
「故に民が飢えても言葉を聞かず、民が虐げられても手を伸ばさず。お前はただ愚直に強さだけを追い求めてきた。そのすべてを己の強さで覆い隠そうとしたのだ」
「……っれ」
「だが、それは将の器であっても、君主の器ではない。それはお前も認めてるところなのだろう。それが自分の弱さであることを知っている。故に、いくさを求めた。さぞ反乱軍を潰すのは、心地の良いものであっただろう。己の強さをアピールする絶好の機会であっただろうからな」
だまれ! 小童が!!
バルケーノの声が森の中に響く。
遠く離れたメッツァーにすら届こうかという勢いだ。
ふん、と猪のように鼻息を荒くする。
「良かろう。舌戦はそなたの勝ちでいい。それほどの大言を吐くのだ。よほどそなたは君主としての才覚があるのだろう」
バルケーノは大槍をぐるりと振り回した。
「ならば、将としての器はどうか? ここで計らせてもらおうか」
構える。
殺気と覇気を、目の前の小僧に叩きつけた。
凄まじい気を放ちながら、それでもバルケーノは笑みを浮かべている。
先ほど、猛りながらも、この戦さを楽しんでいた。
その挑発ともいえる行動に、ヴァロウは乗る。
すらりと、腰の鞘から剣を引き抜いた。
魔王の副官vs竜王。
すべてをすっ飛ばし、大要塞同盟での戦いは、いきなりクライマックスを迎えた。
面白い! 次回も楽しみ!
と思っていただいたら、
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