第56話 商談
鼻に突いた匂いで、ペイベロはヴァロウがどこを目指しているかがわかった。
おそらく鍛冶街だろう。
かすかな煙と硫黄の匂いがする。
メッツァーにも鍛冶屋が並ぶ鍛冶街が存在する。
シュインツに比べれば、その規模は小さいが、メッツァーの兵器補修を一手に担っていた。
角を曲がれば、鍛冶街というところに来て、ヴァロウは足を止める。
「どうしました?」
ペイベロは尋ねると、ヴァロウはただ黙って人差し指を唇に当てた。
揃って角から顔を出す。
鍛冶街に入る入口に兵士が立っていた。
それだけではない。
鍛冶屋の前では、1軒に1人兵士が立っていた。
時折、中で作業する鍛冶師に鋭い視線を放っている。
ペイベロは初め意図を汲み取ることができなかった。
「何をしているのでしょうか?」
「大方、鍛冶師に休まず武具を打たせているのだろう。兵士はその見張りだ」
「無休ですか……」
「シュインツの武具が入ってこないとわかったのだ。領内で用意するしかない」
「戦争が近いとはいえ、そこまでやりますか」
「バルケーノならやるだろうな」
「どうしますか、ヴァロウ様?」
ペイベロは鍛冶街の臭いを嗅いだ時、ヴァロウの考えに気付いていた。
おそらくだが、メッツァーの政府やその御用商人に売るのではなく、直接鍛冶師に武具を売ろうと考えていたのだろう。
今、もっとも武具を必要としているのは、休まず働かされている鍛冶師たちだ。
自分たちで作った武具と、ヴァロウたちが持つ武具。
合わせることができれば、鍛冶師たちも休むことができる。
武具の管理は厳しいが、末端は案外緩い。
寝ずに働かされてるとあっては、メッツァー政府に対して不満も持つものもいるだろう。
得体の知れない商人であろうと、違法であろうと、売買に応じてくるはずである。
問題はこの警備だ。
兵士たちがこう目を光らせていては、鍛冶師たちに話を持ちかけることもできない。
だが、ヴァロウは事も無げにいった。
「問題ない」
「ヴァロウ様の狙いは鍛冶師に武器を売却することではないのですか?」
「いや、違うな」
「え?」
ペイベロはキョトンと瞼を瞬いた。
「ペイベロ、商人であるお前の出番だ。今から話す商談を成立させろ」
ヴァロウは説明を始めた。
◆◇◆◇◆
「こんにちは」
ペイベロは兵士たちの前に出て行く。
にこやかに挨拶し、気さくに手を上げた。
だが、兵士たちはペイベロの方を向くなり、槍を突きつける。
眉間に皺を寄せ、明らかに警戒した様子だった。
「なんだ、貴様は?」
「わたくし、旅の商人でして。ルベネイと申します。こちらはヴァル。以後お見知り置き……」
大仰に手を振って挨拶する。
どうやらここの責任者らしい。
兜の飾りは1人だけ違っていた。
「旅の商人が何の用だ? もしかして買い付けか? ダメだ。今はここの鍛冶街はメッツァー政府が管理している。他を当たるんだな」
「いえいえ。内情は存じております。先ほど、ちょうど政府の担当者の方とお会いしまして……」
「なんだ? では、武具を売ってきたのか?」
「それが……。実は、我々の商品は気にくわないと」
「気にくわない?」
「実はわたくしが扱っているのは他国の中古品でして。といっても、すでにメンテナンスされたもので、新品同様です。しかし、担当者はなかなか手強いお人でしてね。中古ではダメだと」
「ああ。中古がダメなわけではない。他国の中古品で昔、トラブルがあってな。些細なものだったが、ちょうど事情を知ったバルケーノ様の逆鱗に触れ、以来、大要塞同盟の中で作られたものしか、中古品の販売は認められなくなったのだ」
「手厳しいですね、バルケーノ様は」
「閣下は猛将だからな。武器の品質にはうるさい。大要塞同盟の総領主となられた際、その品質基準を事細かに決める法律を作ったぐらいだからな」
「やはり噂に違わぬ厳格な方のようですね。聞きましたよ。もし、期日内にノルマを達成できなかったら、鍛冶師のみならず、その担当者全員も処分すると……」
ペイベロがいうと、責任者は目を剥いた。
「ま……。待て! 一体どこからそんな――」
「おっと……。これは失礼。てっきり知ってるものかと……」
処分――という言葉に、他の兵士たちも反応する。
鍛冶屋の見張りをやめて、ペイベロを囲んだ。
「処分とはどういうことだ?」
「教えろ!」
「誰から聞いたんだ」
矢継ぎ早に質問される。
責任者はとうとうペイベロの胸ぐらを掴む始末だ。
「落ち着いて下さい、みなさん。聞いたのは、その担当者です。……処分というのは、明確にはお示しになられなかったのですが――」
ペイベロは言葉を濁す。
やがて、首を切るような仕草を見せた。
すると兵士たちの顔が青くなる。
責任者は、ペイベロの胸ぐらを掴んだ手を離した。
「聞いてない……」
喉から絞り出すように呟いた。
「そ、そうですか。ですが、言いにくいでしょうしね。……しかし、事実と仰っていました。行き過ぎとは思いますが、どうやらバルケーノ様からのお達しのようです」
「か、閣下の?」
「バルケーノ様の?」
「あ、あり得る……」
「ああ。おれたち殺されるのかよ」
戸惑うもの。
憤然とし鼻息を荒くするもの。
頭を抱え、震える者。
鍛冶師たちに向かって怒鳴り付ける者。
兵士たちの反応は様々だ。
彼らも薄々わかっているのだろう。
ノルマは達成することが難しいことは。
いくら休まず作らせたところで、時間は有限だ。
1日の時間が伸びることはない。
どれだけ生産力を上げても、1日に出来上がる武具の個数には限界が来る。
それがわかっているから、兵士たちは絶望していた。
「お困りのようですね」
「当たり前だ! このままでは我々は――」
「大丈夫ですよ。1つだけ方法があります」
ルベネイことペイベロは人差し指を1本立て、言った。
わたくしの中古品を買っていただけないでしょうか?
「な――! 貴様の!!」
下を向いていた責任者は顔を上げる。
おお、と他の兵士たちも、ペイベロの提案にどよめいた。
「はい。実は、メッツァーが武器を欲しているとお聞きし、これ幸いとたくさんの中古武具を仕入れてきたのはいいのですが、そのすべてをお断りされまして。今のままでは完全に大損なのですよ」
すると、責任者は笑った。
「なるほど。お前にもメリットがあるということか?」
「ええ。仰る通りです」
「わかった。まず物が見たい。お前の荷馬車がどこにある?」
「城壁を越えた森に駐めております」
「なんだ。城塞内ではないのか?」
「稼いだ金で経費はまかなおうと考えていたので」
「駐車代も払えないか。よかろう。お前たちは、ここで鍛冶師どもを見張ってろ」
責任者は指示を出す。
ペイベロたちとともに、城壁の向こうの森へと向かった。
◆◇◆◇◆
森には5台の荷車が置かれていた。
すべて布でくるまれている。
その1つを解き、ペイベロは中身を見せた。
木箱だ。
その蓋を開けると、綺麗に刀身を磨かれたロングソードが現れる。
「おお!」
責任者は目を輝かせる。
子どものようにもなるだろう。
何せ、この武具が自分たちの命を繋ぐかもしれないのである。
一振りの剣を握る。
その刀身を確認した。
「ほぼ新品ではないか。それもこの輝き。相当な業物と見るが……」
「ご満足いただけて何よりです」
ペイベロは頭を下げる。
「ふふ……。これならおれが欲しいぐらいだ。良かろう。買おう」
「ありがとうございます。……では、新品の値段の6割でいかがでしょうか?」
「高い。5割にせよ」
刃を見ながら、責任者は値切ってくる。
ペイベロはこめかみを動かす。
彼の心情としては、6割だって市場価格を見れば安い方なのだ。
それを知らずに、反射的に値切ってくる輩が、この世で1番嫌いだった。
喉元まで「バカヤロー」と出かかったペイベロは堪える。
商材に、相手が相手だ。
ここまで来て、些細なことでこじらせる訳にはいかなかった。
「わかりました。では、それで……。ただし即金でいただきたい。なにぶん、路銀に困っておりまして」
「よかろう……。では、即金でくれてやる!」
責任者は突然、刃を振るった。
ペイベロの頭の上に落とされる。
しかし――。
「動くな……」
冷水のように冷たい言葉が響く。
責任者の身体がぴくりと止まった。
ペイベロの頭に振り下ろす前に、自分の喉元に刃が突きつけられていたのだ。
つぅ――――っ、と首から小さく鮮血が滴る。
あと1歩遅ければ、首が飛んでいたかもしれない。
首を動かさず、視線だけを動かす。
責任者の横には、ヘーゼル色の瞳が閃いていた。
抜き身のような殺気が、責任者に貫く。
そのヴァルが口を開いた。
「この商談はお互いにメリットがあり、リスクがあるものだ。軽率な行動は慎んでもらおう。仮にこの密約が破られたなら、まず最初に首が飛ぶのはお前の方だ。違うか?」
ヴァロウは目を細める。
責任者は殺気に圧倒され、膝を突いた。
「わ、わかった。頼む。命だけは……」
「ヴァル……。そこまでです」
すると、ヴァルことヴァロウは責任者から刃を放す。
腰の鞘に仕舞った。
青ざめる責任者の側に近寄ると、ヴァロウはそっと耳打ちした。
「心配するな……。こっちから口を開くことはない。ただ――」
新品の9割でいいな?
「な! 待て!」
「待ても何もないだろう。どうせお前は新品として申請し、代金をもらい、差額を自分の懐にしまうつもりだったのだろう。それがバレたらどうなる?」
「ぐっ!!」
「これでお前は2つの裏切りをした。禁制の中古品とわかって代金を受け取り、さらに差額分を懐に入れようとした。それを黙っててやるといっているのだ。1割でも十分お前の懐は暖まる……違うか?」
ヴァロウのヘーゼル色の瞳は、いつになく厳しく冷徹だった。
横で聞いていたペイベロはクスリと微笑む。
相手が悪かったですね、とでもいうように肩を竦めた。
「……よかろう」
責任者はがっくりと項垂れ、呟くしかなかった。
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