第55話 人の価値
ヴァロウは裏道に残った灰を、風の魔法で吹き飛ばした。
壁についた焦げ痕も水の魔法で浄化する。
これで完全に、人がいた形跡を払拭することができただろう。
高位の魔導士なら鑑定魔法によって見抜くかもしれないが、戦時下にそんな余裕のある魔導士はいないはずだ。
ヴァロウは歩き出す。
やや足早にだ。
それにペイベロはついていった。
「ペイベロ、商材を管理する上で1番重要なことはなんだ?」
「そうですね。色々ありますが、やはり作らせすぎない――ということでしょうか?」
「理由は?」
「なんだか学校じみて来ましたね……。理由は大きく2つあります。在庫を持てば、維持管理が必要ですし、お金の回収が遅れれば余計な金利を払わなければなりません。2つめは数が多ければ、それだけ市場価値が下がるということです。商人にとって重要なのは、商材を売ることではありません。商材の中の価値を理解し、価値を売ることです。商材を売るだけなら、その辺の子どもでもできますからね。故に安易に市場価値を下げてはいけないのです」
ペイベロは饒舌に語る。
商売の話だからだろう。
若い故に、こうした理論じみたことにこだわっているのかもしれない。
少々熱く語りすぎたのを自覚したのか、ペイベロは咳払いをした。
白い頬を染めながら、話の締めにかかる。
「要はほどほどに、ということです」
「正解だ。さすがだな」
「ヴァロウ様。お忘れかもしれませんが、まがりなりにもわたくしも商人ですよ。これぐらい初歩中の初歩です。――といっても、その初歩中の初歩を知らずに、商売をしている人間はいくらでもいますがね」
「ああ……。国――特に政を司る人間も同じだ。その初歩中の初歩を知らない」
「…………」
「人間も商材も一緒なのだ。多くなれば、多くなるほど人の価値が下がる。だから、人間を人間とも思わない輩が出てくる」
「先ほどの衛士のように……ですか」
「ああ。特にこの人口過多のメッツァーではな」
ヴァロウとペイベロは足を止める。
裏路地を抜けると、現れたのは嵐が来れば吹き飛ぶような荒ら屋が並んだ区画だ。
大通りの華やかさからはかなりかけ離れている。
行き交っている人間の服装、髪型がすべてが違っていた。
下水も整備されておらず、汚物が垂れ流しのまま放置されていた。
当然、病にかかり、今にも倒れそうになりながら、歩いているものもいる。
子どもが欠けた椀を掲げ、物乞いする。
その横で白骨化した小さな遺体が横たわっていた。
ペイベロは眉間に皺を寄せる。
ヴァロウはその光景を無感情のまま見続けていた。
「これがメッツァーの人間の価値だ」
ヴァロウは再び歩き出す。
ペイベロは追いかけた。
「ヴァロウ様なら、この現状どうされますか?」
「焼き払う……」
「え!?」
ペイベロは目を剥き、思わず立ち止まる。
しかし、ヴァロウは黙々と歩いて行った。
慌ててペイベロは追いかける。
「忘れたのか? 俺は魔族だぞ。人類の救世主ではない」
「ごもっとも……。では、魔族ならばどうしますか?」
「余剰戦力があるぐらいなら、戦場に投入する」
「なるほど。それもごもっとも……。ですが、わたくしが言いたいことがそういうのではないことは、ヴァロウ様もご承知の上でしょう」
「この問題に何が最善なのかなど、俺にもわからん。ただ2つ言えることがある」
「2つ……ですか……」
「1つは人口調整のための手段として戦争を選ばないこと。時々、戦争をそのような手段として考えるものもいるが、それはもはや戦争ではない。単なる虐殺だ」
「なるほど……。2つめは?」
ヴァロウは立ち止まる。
わざわざペイベロに振り返ると、ヘーゼル色の瞳を閃かせた。
「1人1人が命の価値を認識することだ……」
そういって、ヴァロウはまた歩き出す。
ペイベロは自分よりも小さい背中を見つめた。
ヴァロウはまだ15歳の魔族と聞く。
しかし、すでにたくさんのものを背負い込んでいるように見えた。
命の価値……。
それを生かし、時に切り捨てるのが軍師の役目だ。
だから、ヴァロウの言葉はひどく矛盾している。
でも、彼はその矛盾すら背負い、命と戦っている。
少なくともペイベロにはそう見えていた。
◆◇◆◇◆
ヴァロウ不在のシュインツが、にわかに騒がしくなる。
最初に見つけたのは、第四師団だった。
魔族が占拠し、今や浮浪者すら近づかない危険な城塞都市となったシュインツに、大きな影が映る。
城壁の上から見上げていた魔狼族は、それが悠々と城壁を越え、真っ直ぐシュインツの領主館に向かっていくのを見送るしかなかった。
敵襲、とばかりに鐘が鳴らされる。
なんだなんだ、と鍛冶場からドワーフが出てきた。
アルパヤも工房から出て、ゴーグルを外す。
その姿を見て、顔を輝かせた。
「飛竜だ! 初めて見た!!」
子どものようにはしゃぐ。
ゴーグルと厚手の手袋を外すと、仕事を放り出して館へ向かう。
さて、その飛竜は領主館の中庭に降り立った。
警備の魔狼族が慌てた様子で配置につく。
あっという間に飛竜を取り囲んだ。
そこにやって来たのが、白銀の魔狼族――ベガラスクである。
「オレは第四師団師団長ベガラスクだ。ここシュインツは魔族が占拠した。単身でやってくる度胸は褒めてやるが、無謀だったな。お前の命はここで終わりだ」
紅蓮に染まる瞳で、敵と思われる飛竜を睨んだ。
その視線を受け止めるように、飛竜も睨み返す。
鼻息をふっと吐き、興奮した様子で長い首を動かして威嚇した。
「驚かせて申し訳ありません。しかし、こうして侵入しなければ、お目通りは叶わないと思いましたので、勝手を承知で、飛竜にて乗り付けさせていただきました」
緊迫する空気の中で、落ち着いた声が響いた。
ゆらりと黒髪が揺らし、人族の女が地面に降り立つ。
まるでスカートの裾でも摘まむように履いていたパンツの生地を掴むと、典雅に頭を下げた。
「私はヴァルファルの領主ルミルラ・アノゥ・シュットガレンと申します」
「なに! ヴァルファルの領主だと!!」
ベガラスクは目を丸くする。
だが、すぐに落ち着きを取り戻すと、上顎を大きく開けて笑い始めた。
「くはははは!! まさかヴァルファルの領主が1人でやってくるとはな。飛んで火に入る夏の虫とはこのことよ。――――やれ!」
ベガラスクは問答無用に指示を出す。
周りの魔狼族の兵が、爪を立てた。
その時――。
「待って!!」
声がかかる。
魔狼族の合間を抜け、エスカリナが現れた。
「彼女はヴァロウの客人よ」
「ヴァロウの?」
「ええ。たぶん――だけど」
「はい。私はここの領主となられたヴァロウ様に会いに来ました。いらっしゃいますでしょうか?」
ルミルラは屈託のない笑顔で尋ねるのだった。




