第54話 狂人たち
ヴァロウは振り返った。
誰かに呼ばれたような気がしたからだ。
それもかなりの強者に……。
だが、そこにあったのは路地裏の狭い空。
そして2人の衛士だった。
下品な笑みを浮かべて、ヴァロウたちに近づいてくる。
よく見れば、先ほど城門の前で入城検査をしていた衛士たちだ。
ペイベロが感じる視線の正体はこいつらか――。
一瞬、ヴァロウは考えたが違う。
この殺意に満ちた視線は、こんな小物から発せられるものではない。
「ど、どうされました、衛士殿? 我々に何か落ち度が……」
ヴァロウが口出す前に、ペイベロが前に出る。
営業スマイルを浮かべた。
「別に……。何もねぇよ。ただ――」
「ただ――。なんですか? もしかして懐の物が少なかったでしょうか? 生憎着の身着のまま逃げてきたので、あまり路銀はないのですが……」
「金っていえよ。そうだな。それもいいかな。けどよ。俺たちは別のもんがほしのよ」
「別のもの?」
すると、もう一方の衛士がしゃべり出す。
比較的大柄な衛士は鼻息を荒くした。
ペイベロが賄賂を渡した男である。
「さっきお前の手……。すっげぇ柔らかかったのよ」
「はっ?」
「げへへへ……。わからないのかなあ……」
衛士の鼻息はどんどん荒くなる。
顔を赤くし、目を血走らせていた。
ペイベロは1歩退く。
すでに何のことを言っているのか、察していた。
「あははははは……。勘違いしてるようですが、私もこの弟も、立派な男でして。あまりご期待に添えないかと……」
「それがいいんじゃねぇか!!」
大柄の衛士は叫んだ。
その横の衛士が鼠のように笑う。
「おれたちはよぉ。飽きてんだよ」
「飽きてる?」
ペイベロは眉間に皺を寄せる。
「反乱の時によぉ。女は粗方食い尽くしたのよ」
「まさか……。略奪したのですか? 同胞を?」
そもそも略奪は禁止されている。
それに荷担したもの、指示したもの問わず、極刑と定められていた。
だが、それを聞いても、衛士たちの表情は変わらなかった。
「古くせぇ考え方だな。そんな昔の法律……。本国だって守ってねぇよ。そもそもなあ。人類に仇成す者すべてが、魔族なんだよ。あの反乱軍はな。人間の顔をした魔族なんだ。だから、何をしたっていいんだよ」
「誰がそんな……」
「決まってるだろ。上だよ、上」
「上……。バルケーノ様がお認めになったというのですか?」
「馬鹿にするわけじゃねぇが、バルケーノ様だって結局地方の領主だ。おれたちが上っていってるのは、その言葉通りだよ」
上級貴族様さ……。
衛士はニヤリと笑う。
その醜悪な笑みに、ペイベロの営業スマイルは崩れた。
対して、横のヴァロウは依然として無表情だ。
「以上の理由で女は飽きてんのよ。といっても、まだまだ正常なヤツはいるだろうけどな。さっきの親子もどうなってることやら。今頃母親は子どもの前で性教育を教えているだろうよ」
「あなたたちは、本当に人間なんですか!?」
普段、冷静なペイベロが声を荒らげる。
衛士はまた鼠みたいな笑みを浮かべ、頭を掻いた。
「ししっ……。おれたちもよくわかんねぇわ。ただ可愛い顔した兄ちゃんたちの具合を知りたい……。それだけなんだわ」
「も、もう! お、おおおおれ、我慢できない!!」
がああああ!
猛獣のように大柄な衛士は襲いかかってきた。
ペイベロの「ひぃ!」と悲鳴を上げる。
ただ頭を抱えて、蹲ることしかできなかった。
だが、この男は違う。
ジャッ!!
鮮血が壁に貼り付く。
ペイベロが顔を上げた時、大柄な衛士は両腕を開いた状態で固まっていた。
特に外傷はない。
ただ鎧を貫通し、穴が空いていた。
肋骨を突き破り、その先にあった心臓が抜かれている。
「うひぃ!!」
そのグロテスクな光景を見て、ペイベロはまた悲鳴を上げる。
尻餅をつき、その状態で油虫のようにカサカサと後ろに下がった。
同時に衛士は倒れる。
「ひぃいいぃぃいぃいぃいぃいいぃいい!!」
甲高い悲鳴を上げたのは、もう1人の衛士だった。
腰を抜かしながら、指を差す。
その方向はヴァロウが手に持ったものに向けられていた。
心臓である。
男の心臓が、生き物のようにビクビクと動き、時折血を吐いていた。
そして衛士は気付く。
心臓を持った手には鋭い爪。
頭には角が生えている。
「もしかして、お前……。魔族か――」
衛士の問いにヴァロウは答えない。
ただもう次の瞬間には、衛士の首を掻き切っていた。
ほんの刹那であった。
2人の衛士を、最強の軍師は葬り去ったのだ。
ペイベロは圧倒されていた。
そして改めて認識する。
彼が魔族であることを。
まだ若輩の身ながら、魔王の副官であることを。
(先ほど人間らしいといった言葉を撤回しなければなりませんね)
ペイベロはようやく立ち上がる。
裏路地に溜まっていた泥が跳ね、長衣にべったりと付いていた。
息を吐き、今一度冷静さを取り戻す。
ようやくヴァロウに忠告した。
「ヴァロウ様……。ここは敵地ですよ。いくら衛士とはいえ、痕跡を残すと……」
ヴァロウは指をくいっと曲げた。
瞬間、火の柱が立ち上がる。
Aランクに匹敵する炎属性魔法だった。
それを無詠唱で始動させ、2つの死体を焼き払った。
高温の炎は骨まで焼き尽くす。
細かな灰になると、そのまま裏路地に吹き込んだ風にさらわれていった。
「これで問題なかろう」
振り返った時のヴァロウは、いつも通り無表情だった。
ペイベロはターバンの上に手を置く。
やれやれ、と肩を竦めた。
◆◇◆◇◆
森で衛士たちが死んでいた。
その頭には矢が刺さっている。
カッと口を開けた表情からして、笑ったまま死んだのだろう。
それを見ていた母親はカチカチと歯を鳴らす。
その胸には子どもを抱いていた。
「大丈夫ですか?」
現れたのは、銀髪の美しい女性だ。
手には弓を持っている。
そして、さらに異様だったのは、女性の周りに何匹ものゴブリンがいたことだ。
母親は子どもをギュッと抱く。
この異様な状況をなんとか理解しようとしていた。
すると、銀髪の女性は微笑む。
「大丈夫ですよ。私たちは味方ですから。……あら?」
銀髪の女性は母親が持っていた瓶を見つめる。
「ちょっと失礼……」
そう言って、母親から薬瓶を取り上げる。
そこには文字が刻まれていた。
ルロイゼンで保護してやれ。
銀髪の女性はふっと息を吐く。
一度、髪を撫でると、笑みを浮かべた。
「さすがヴァロウ様。何もいっていなかったのに、私がここにいることはお見通しだったのですね」
あの人の手の平の上からは逃れられない。
銀髪の女性――メトラは、再認識するのだった。
面白い! スカッとした!
と思っていただいたら、
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