第6話 食糧事情
「さすがですわ、ヴァロウ様」
最初に声を掛けたのはメトラだった。
微笑みを浮かべながら、そっとヴァロウに上着を差し出す。
ヴァロウは黙って、袖を通し、衿を正した。
周りをよく観察する。
熱狂的な歓声を上げる人間もいれば、やや警戒するような視線を送るものもいた。
「ひとまず成功ですね」
観衆の声援に紛れるように、メトラは耳打ちする。
ヴァロウは「ああ」と少々ぶっきらぼうに答えた。
「て、てめぇ……。最初本気じゃなかったな」
うめき声を上げたのは、ザガスである。
頭を振りながら、ゆっくりと巨体を起き上がらせた。
その通りだ。
ヴァロウは最初手を抜いていた。
それには明確な目的がある。
魔族の力を見せつけることだ。
存分にザガスの力を見せた後、さらにヴァロウがそれを打倒する。
化け物の上に、さらに化け物がいることを認識させたのだ
それは大変な恐怖に映ったはずである。
確かに民衆の協力を得るには、こういった座興に参加するのも1つの手であろう。
だが、飴だけでは統治はできない。
多少なりとも恐怖――つまり、鞭をくれることも必要だ。
最初、ヴァロウが親睦会を提案したのも、魔族と人類の融和を進め、一方で抵抗勢力の牽制する意味合いがあったのである。
「驚いたわ。ヴァロウって強いのね」
エスカリナは3人に近づいてきた
「当たり前です。ヴァロウ様は最強の――――」
「メトラ……」
「失礼しました」
ヴァロウに戒められると、メトラは慌てて口を塞ぐ。
「何々? 最強の何?」
「副官という意味ですよ」
メトラは訂正する。
エスカリナは「ふーん」と納得しながらも、ジト目で睨んだ。
「ヴァロウ、次は真剣でやるぞ」
ザガスは自分の棍棒を探す。
まだ暴れ足りないらしい。
やれやれ、とヴァロウは首を竦めた。
「ダメよ。座興はこれで終わり。これ以上やったら、残虐ショーになっちゃうわ。そこまでわたしたちは求めてない」
「うるせぇ! お前たちの事情なんて知ったことかよ!」
「そんなことを言うなら、ザガスだけ夕飯抜きよ」
「な! 飯抜きだと!!」
「今日はおいしい焼き魚なのに……」
「や、焼き魚……。な、なんだそれは……」
途端、ザガスはトーンダウンする。
魔族は料理をしない。
火もあまり使わないから、ほとんど生食である。
だから、焼き魚と聞いて、ザガスはピンときていない様子だったが、身体は正直だ。
口の中から唾が溢れてくる。
「焼き魚ですか? 食糧は……」
「心配するな、メトラ。すでに食糧問題は一部解決した」
「え?」
すると、広場が騒然とする。
わっと人垣が割れた。
その間から現れたのは、愛くるしいスライムの軍団である。
ピョンピョンと跳ねながら、ヴァロウたちの方に近づいてきた。
そのスライムに、串に刺さった焼き魚が刺さっている。
ぷん、と磯の香りを周囲に漂わせた。
ザガスの表情が緩む。
彼だけではない。
それを見ていたルロイゼンの市民たちも、ごくりと唾を呑んだ。
「魚だ……」
「うそ……」
「魚が食べられるの?」
「高級食材だぞ」
ひそひそと囁く。
本当に魚なのか。
疑念に思いながらも、スライムに刺さった焼き魚から目が離せない様子だった。
魚は高級食材である。
それはそうだろう。
何せ海は、魔族の勢力圏にある。
磯で釣り糸1つ垂らそうものなら、魔物が襲いかかってくるような世界だ。
故に魚を食べられるのは、王族か侯爵以上の上級貴族の食べ物だった。
領主の娘でもあるエスカリナすら、唾を飲み込んでいる。
それほど稀少な食糧なのだ。
「ヴァロウ。自分で言っておいてなんだけど……。これ本当に食べていいの?」
「ああ……。人数分はまだないが、家族で分け合って食べるぐらいならあるだろう」
エスカリナの瞳が輝く。
ルロイゼンの市民たちに振り返った。
「みんな、食べていいって! ただし一家族1つよ。欲張りさんは、ザガスに叱られるわよ」
「オレ様がなんだって?」
ザガスは顔を上げる。
すでに焼き魚に舌鼓を打っていた。
豪快に頬張ったのだろう。
白い身が口の周りについている。
気に入ったらしい。
ガシガシと食べると、最後は骨と頭だけになったものを飲み込んだ。
「うめぇ……」
ぺろりと唇で舌を舐める。
恍惚とした顔は、先ほどまで強大な暴力を振るっていた魔族とは、とても思えなかった。
ルロイゼンの市民は焼き魚に群がるのかと思ったが、違う。
恐る恐るスライムに近づき、串に刺さった焼き魚を拾い上げる。
しげしげと眺めるものがほとんどだった。
反応としては、致し方ないことである。
彼らは魚を食べたことがない。
どうやって食べていいのかわからない者もいた。
恐る恐る食べ始める。
すると、徐々に市民の顔つきが変わった。
貪るように食い始める。
エスカリナとて例外ではない。
淑女の嗜みも忘れて、豪快に頬張った。
おいしい、とモグモグと食べながら唸る。
その姿を見ていたヴァロウの元にも、スライムがやってきた。
ヴァロウはスライムに刺さった串を抜くと、焼き魚を頬張る。
「ふむ……」
うまい。
水分が吹き飛んだカリカリの皮が気持ちの良い音を立てる。
その下から現れたのは、白いプリプリの身だ。
新鮮であることは、食べた瞬間わかった。
以前、1度だけヴァロウは魚を食べたことがある。
その時は、時間が経っていて、パサパサで特においしいとは思わなかった。
だが、この焼き魚は違う。
肉厚な身から、旨みが滲み出てくる。
口の中でパァと潮のように広がっていった。
周りが夢中になるのもわかる。
ヴァロウは無言のまま1匹の焼き魚を堪能した。
「ヴァロウ様、一体この魚は?」
メトラは尋ねる。
口の横に小さな身を付けていた。
白いからご飯粒のようである。
ヴァロウはそっとメトラの頬についた身を指ですくい取り、自分のものにした。
その仕草を見て、メトラの顔は火が付いたように赤くなる。
「どうした、メトラ?」
「い、いいえ……、その……この魚……」
「ああ。そうだな。これは魚人たちの貢ぎ物だ」
「魚人の……!」
ヴァロウは魔族の中では末席である海の魔物を従えている。
彼らに命じて、魚を捕ってきてもらったのだ。
「すごい。さすが、ヴァロウ様」
「しかし、食糧事情としては一部の解決に過ぎない。さすがに魚ばかり食べさせるわけにはいかないからな」
「なるほど。確かに……。では――」
「ああ。案ずるな。次の策は考えてある」
ヴァロウは骨と頭だけになった焼き魚を掲げる。
いつも無表情であるワーオーガの青年は、牙を剥きだし、ニヤリと笑った。
隙あらば飯テロをぶっ込んでいくスタイル。




