第53話 メッツァー
一悶着こそあったが、ヴァロウとペイベロはメッツァーに到着した。
城門をくぐった瞬間、わっと押し寄せるように人の声が聞こえてくる。
所狭しと人が溢れ、露店が溢れ、盛況の良い声が溢れている。
人、人、人だ。
城門近くにまで店が出ている。
普通は警備の関係上、どこの城塞都市も城門近くの商売は許されていない。
もちろん、住居もである。
だが、先ほどのペイベロのように衛兵に金を握らせているのか。
堂々と露店が並んでいる。
そこに衛兵たちが、買い物をしてるような始末だ。
メッツァーの人口はおよそ48000人。
対して、城塞都市の広さでいえば、さほど広くはない。
同盟都市の中では大きいが、人類が作った都市の中では、3万人を越える都市の中では小さい方だろう。
故に、人口過密の問題が昔から起こっていた。
「相変わらず、人だらけですね」
「メッツァーに来たことがあるのか?」
「ええ……。元々上得意様ですからね、メッツァーは。あ……。でも、私のつては諦めて下さいよ。お上の息がかかってますから」
「わかっている。最初から当てにしていないから心配するな」
「なんか……。その言い方は若干傷つくなあ……」
ペイベロは肩を竦めた。
「それで、ヴァロウ様。これからどこへ行かれるのですか? メッツァーは初めてとのことでしたが」
メッツァーは比較的新しい都市だ。
軍師時代、ヴァロウがルロイゼンを攻略した後に、ルロイゼンよりも利便性がよく、大きな要塞が作られた。
それがメッツァーである。
最初期こそただの要塞で、4万人も住めるような都市ではなかった。
最前線が上がったことによって、橋頭堡としての有用性が下がり、住民を住まわせることによって、拡充してきたのだ。
その名残がメッツァーを代表する3段の城壁である。
先ほどくぐった城門のさらに内側に、2段の城壁がほぼ等間隔に配置されている。
これはメッツァーを守るためではなく、都市の発展とともにできあがったものだ。
「ルロイゼンの3段城壁と比べると見劣りはしますが、メッツァーの城壁もなかなか壮観ですね。あの壁は厄介ですよ、ヴァロウ様。どう攻略するつもりですか?」
「攻略しない」
ペイベロの質問に、ヴァロウは軽く切って捨てる。
肩すかしの返答に、ペイベロは目を瞬いた。
ヴァロウは説明を加える。
「少数は我らの方だ。メッツァー軍が籠城することは考えにくい。それにここの領主がそれを良しとはしないだろう」
「メッツァー領主バルケーノ・アノゥ・シュットガレン。別名『竜王』ですか。昔は猛将と名を馳せたそうですが……。確かに籠城は考えにくいですね。しかし、メッツァーには、竜騎士部隊がいます。野戦で勝てますか?」
「そのために、ここに来たのだ」
ヴァロウの言葉は力強い。
負けることを微塵も感じていない、というよりは、強い戦う覚悟をその身からほとばしらせていた。
すると、ペイベロは不意にぶるりと背筋を振るわせた。
二の腕をさする。
「ヴァロウ様、先ほど妙な気配がするのですが、わたくしの勘違いでしょうか? 誰かに見られているような……。まさか見張られている――?」
ペイベロは後ろを振り返る。
ちょうど2人は大通りから外れた裏路地を進んでいた。
荒ら屋が並ぶ下町の一角で、薄暗い通りが続いている。
ペイベロは思わず息を呑んだ。
「心配するな。追っ手はない」
「は、はあ……。では、わたくしの勘違いでしょうか?」
「いや、あながち間違っていない」
ヴァロウも感じていた。
ずっと誰かに見張られているような感覚を……。
しかし、それはヴァロウたちだけに向けられたものではない。
メッツァー全体に向けられていた。
(大きな覇気のようなものを感じる。まるですべての都民を包むような……)
これが『竜王』バルケーノか、とも考えた。
ヴァロウは彼の現役時代を知っている。
勇者のような特異な能力はなかったが、猛将という言葉に嘘偽りはない。
鬼神のように魔族を打ち払い、十万の魔族を蹴散らしてきた。
メッツァー全体に感じる覇気が、本当にバルケーノのものであるなら、いまだその力は衰えていない良い証拠だろう。
とはいえ、猛将1人いても、戦略と戦術の前には無意味――というのが、ヴァロウの持論である。
たとえ、バルケーノがどんなに化け物であっても、決して自分の手の平からは逃さない。
ヴァロウにはその自信があった。
◆◇◆◇◆
バルケーノ・アノゥ・シュットガレンは、宮殿ブロワードでもっとも高い位置にあるバルコニーに立ち、メッツァーの街を見下ろしていた。
鼠色の髪と、紫紺のマントを揺らし、腕を組んでいる。
目をかっと開き、街を眺めているというよりは、睨み付けていた。
すると、口が開く。
にぃ、歯をむき出した。
力を入れすぎたのか、奥の方で歯が欠けたような音を鳴る。
「ここにいましたか、閣下」
殺気に近いオーラを纏う領主に声をかけたのは、参謀兼大臣のレドベンだった。
早速、持っていた書類を捲り、報告する。
だが、その前にバルケーノが口を開いた。
「鼠が入り込んでおるぞ」
「はっ?」
「出るぞ」
「え? いや? どこへ?」
「決まっておろう……」
戦場よぉ……。




