第51話 出立
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「め、メッツァーに武具を売りに行く?」
エスカリナとメトラの声が響いた。
街を見回り、執務室に戻ってきたヴァロウは紅茶を啜る。
シュインツのほとんどが鍛冶場だ。
他の都市と比べても、空気が悪い。
周りが山であるため循環も悪く、淀みやすいのだ。
おかげで街を一回りするだけで、喉がいがらっぽくなってしまった。
それをヴァロウは紅茶で癒やす。
ティーカップを置くと、事情を説明した。
「戦費を稼がなければ、この先戦えない。シュインツを維持するのもあるが、第四師団との契約もあるしな」
「お金が必要なのはわかるけど……。いつも通り、お魚を売るだけじゃダメなの?」
エスカリナは尋ねる。
その質問には、ペイベロが尋ねた。
「小売業で稼げるお金は微々たるものです。それに、そろそろわたくしの素性を怪しむものが現れ始めました。あまり派手に商売するのは控えた方がいいかと……」
「その点、武具は利益が大きい。需要もある。特に今は戦時下だしな」
「にしたって、直近の敵に売るのはどうかと思うわ」
「それには理由があってな――――」
ヴァロウは理由を語った。
それを聞き、エスカリナとメトラは目を剥く。
先に聞いていたペイベロも、やれやれと首を振った。
「さすがですわ、ヴァロウ様」
メトラが称賛すれば、エスカリナは渋い顔を見せる。
「相変わらずえげつない作戦を考えるわね、あなた」
「ええ? わたくしも聞いた時は寒気がしました。この作戦が成功すれば、もしかしたら戦争そのものが変わるかもしれませんよ」
ペイベロも同調する。
「でも、メッツァーは危険じゃない? あそこは大要塞同盟の主都市よ。潜り込むのは容易じゃない。まずはヴァルファルを目指すべきじゃ……」
「いや、ヴァルファルはダメだ」
「どうして?」
すると、ヴァロウは腕を組む。
書類に視線を落とした。
そこにはヴァルファルの領主の名前が書かれている。
ルミルラ・アノゥ・シュットガレン。
その名前を見て、ヴァロウの顔が少し曇る。
「ヴァルファルには、少々厄介な相手がいる」
「厄介な相手?」
「ルミルラですか……。確かに厄介ですね、彼女は」
メトラも眉間に皺を寄せる。
黙りこくった2人を交互に見つめながら、エスカリナは尋ねた。
「最近、領主になった人だからわたしは知らないのだけど、ルミルラっていう領主はそんなに厄介な人なの?」
「ええ……。ルミルラは――」
「メトラ……」
「ああ。すいません」
メトラは慌てて口を噤んだ。
エスカリナは首を傾げるだけにとどめる。
ルミルラはヴァロウが人間だった頃の教え子だ。
そして、そのポテンシャルはヴァロウも認めるところだった。
教え子故に、その弱点も熟知しているが、向こうもヴァロウを知っている。
戦うなら、メッツァーの方が先だと考えていた。
「とりあえず、メッツァーへ行く」
「え? もしかしてヴァロウも行くの?」
「私も聞いてませんよ、ヴァロウ様。ペイベロに任せておけば……」
「いや、さすがにペイベロだけでは荷が勝ちすぎている。ペイベロの能力を疑うわけではないが、今回の交渉は難しいものになるだろう」
「わたくし、1人で十分と――と言いたいところですが、ヴァロウ様の言う通り。少々わたくしには責任は重すぎます」
「それに……。お前が欲を出さないか見張る必要もあるしな」
ヴァロウは釘を刺す。
ペイベロは商人だ。
利があれば、そちらになびく可能性もある。
そのお目付役というわけだ。
「ああ……。やはりそういう意味もありましたか。やれやれ。まだ信用されていないようですね。馬車馬のように働いているのに……」
「では、私も行きます」
「いや、メトラは残ってくれ。あまり大所帯で行きたくない」
「しかし――」
メトラは食い下がる。
「お前には饗応役を命じる」
「饗応役?!」
「ああ。おそらくだが、俺がいない間、客がここに来ると思うからな」
ヴァロウは執務室にかかった地図を見る。
ある地名に視線を注いでいた。
◆◇◆◇◆
ヴァルファルに戻った領主ルミルラは、私室の机に座り、考えにふけっていた。
時間は夜である。
黄金色に輝く月が空を支配し、月光がルミルラの私室を照らしていた。
それでも薄暗い部屋には、1枚の地図が掲げられている。
それをルミルラはじっと見ていた。
頬杖を突き、時折机を指で叩く。
まるで恋人を待っているような少女のようだ。
すると、突然ルミルラは立ち上がる。
「決めた」
そう一言いうと、私室を出ていった。
衛兵に見つからないように館をこっそり抜け出す。
向かったのは、スライヤの厩舎だった。
そっと戸を開ける。
羽を畳み、寝ていたスライヤは長い首を持ち上げた。
ふごっ、と興奮したように鼻を鳴らす。
「しー」
ルミルラは指を当てて、スライヤを鎮める。
飛べる? と囁くと、その期待に応えるように飛竜は羽を広げた。
「ありがとう。いい子ね、スライヤは」
目を細め、スライヤの鼻頭を撫でる。
すると鐙を載せ、その背に跨がった。
首を叩くと、スライヤは走る。
厩舎を抜け、月が版図とする夜空へと舞い上がった。
スライヤは首を振り、鼻息を荒くする。
行き先は? と尋ねているようだった。
「行き先はシュインツよ」
『ぐおおお……』
「そう。今は魔族が支配しているの。でも、会ってみたくなっちゃった」
私の大好きな軍師と同じ名前の魔族を……。




