第49話 煮魚
これにて「第5章シュインツ攻略戦」は終了です。
ここまでお読みいただきありがとうございました。
「はい。煮魚できたわよ」
エスカリナはシュインツの中央広場に並べられたテーブルの上。
濃い飴色に染まった煮魚が載った皿が置かれた。
海藻出汁をベースに、醤油と砂糖で味付けしたスープ。
そこにキラキラと皮に照りが入った煮魚が姿をさらしている。
身は見た目からわかるほど、ふっくらとし、白い湯気を吐き、一緒に添えられたお頭と尾びれは、迫力満点だった。
何より匂いが溜まらない。
醤油の匂いは出汁と混ざったことによってまろやかになり、代わりにつんと生姜の匂いが勢いよく鼻腔の中へと入ってくる。
「「「おおっ!」」」
煮魚を待ち望んでいた魔族たちは思わず歓声を上げた。
「おお! こいつはいい匂いだ!」
「ふん。やるではないか、娘。褒めてやる」
「うわぁぁぁぁ……。おいしそう」
「こんなの王きゅ――魔王城でも見たことがないわ」
エスカリナが作った煮魚を、魔族たちは褒めちぎる。
対して、シェフは大きな胸を反り、自慢げに微笑んだ。
「見た目だけじゃないわよ。味も保証するわ。あ、そうそう。これを食べる時は、これを使ってね」
エスカリナが出したのは、この辺りで使っている“箸”という食器だった。
「あんたたち、魔族は手掴みで食べるでしょ。文化の違いをとやかくは言わないけど、それじゃあ味気ないと思うのよ。衛生上よろしくないし。一口で食べるとつまらないしね。だから、こうやって身をほぐして、ゆっくりじっくり味わって食べてほしいの」
エスカリナは説明したことを実践して見せる。
器用に箸を動かし、飴色に染まった身をパクリと食べた。
うん、おいしい! と満足げに微笑む。
そのおいしそうな顔を見て、魔族たちはごくりと唾を飲み込んだ。
それでもザガスやベガラスクはいやがったが、とにかく食べてみてと、エスカリナの勢いに押されてしまう。
「ちっ! めんどくせぇなあ」
「ザガス、持ち方が違うわ。人差し指はこう――」
「む! こうか?」
「そうそう。……ベガラスクさん、うまいじゃない」
「ふふん。これでもオレは副官だからな」
「こっち見て笑うな、狼野郎」
「な! ザガス、お前! オレはこれでもお前よりも――」
「はいはい。食べ物の前で争わないの! 早く食べないと冷めちゃうわよ」
睨み合うザガスと、ベガラスクの間にエスカリナは割って入る。
「ちっ! 覚えてやがれ」
「お前こそな」
食べ物のため――しかもおいしい煮魚といわれて、2人は素直に引いた。
そして悪戦苦闘しながらも、ようやく箸で白身を摘まむ。
箸に持ち上げられた白身がぶるりと震えていた。
まるで魔族を恐れているようである。
ザガスは癖なのか、いつも通り大きく口を開けて、小さい白身を頬張った。
「むうぅ……!!」
先ほどまで不機嫌だった人鬼族の顔から、怒りが消える。
表層に現れたのは、驚きだった。
まるで狐につまされた子どものような顔をしている。
「どう? どう? ザガス?」
エスカリナがニヤニヤしながら、感想を尋ねた。
ザガスはエスカリナの方を見ると。
「うめぇ……」
ただ一言呟く。
短い言葉だったが、そのすべてに実感がこもっていた。
戦さしか知らない魔族が、明らかに食べ物を食べて感動している。
エスカリナも、その意味を知って、少し感動した。
だが、その間抜けな顔を見て、ベガラスクは笑う。
「くはははは……。鬼すら言葉を失うか。それほど、うまいものなのか」
ベガラスクもまた箸を使って食べる。
パクッと上顎を開き、白い身を舌の上に載せた。
…………。
…………。
…………。
ベガラスクは沈黙した。
ただ不味いのではない。
その逆だろう。
黙り込んだまま一口、二口、と箸を運ぶ。
しかし、決して「うまい」とは口にしない。
魔狼族の矜恃か。
単に咀嚼するのに忙しいだけなのか。
ベガラスクは夢中で煮魚を堪能した。
「私もいただいていいかしら」
「どうぞ、メトラさん」
メトラも煮魚に箸を付ける。
白身を頬張ると、幸せそうな表情を浮かべた。
「うううううううううんんんんんん……」
熱々の白身はふっくらとしていた。
ぱさつく感じはなく、ルロイゼンから持ってきたとは思えないほど、新鮮な食感を与えてくれる。
その白身をギュッと奥歯で噛んだ瞬間、口の中に沁みる旨みがたまらない。
醤油ベースの甘みも程よく上品だった。
おそらく出汁の味だろう。
匂いと同じくまろやかな仕上がりになり、舌を刺激した。
メトラは心のどこかで野蛮な田舎料理だと思っていた。
宮廷に長くいたのだ。
そう思うのも仕方がない。
だが、この煮魚は宮廷料理以上の品格と味を備えていた。
「くやしいけど、おいしいわ、これ」
「やった! メトラさんの舌を唸らせたら本物ね」
「おいしいよ、お姉さん。生姜が効いてて」
「アルパヤちゃんだっけ? ありがとう」
アルパヤも満足そうだ。
骨の周りについた白身をほじくりながら、口に入れている。
煮魚は他のドワーフや魔族にも振る舞われた。
シュインツの整備に当たっていたゴブリンやスライムも、手を止め、頬張る。
下級の魔獣たちも喜び、ピョンピョンと跳ねていた。
エスカリナは大忙しだったが、喜ぶ魔族たちの姿を見て、疲れを吹き飛ばす。
煮魚は完売。
魔族たちは満足げに、中央広場で腹を出して寝っ転がった。
そこへヴァロウが遅れて到着する。
「ヴァロウ様、これを……」
メトラは残しておいた皿をヴァロウに差し出した。
「ほう……。煮魚か」
「わたしが作ったの。食べてみて。これでね」
エスカリナは忘れずに箸を渡す。
ヴァロウは受け取ると、白身を摘まんだ。
ぴくりと眉を動かす。
少年のような顔をして驚いていた。
「うまい……」
「ありがとう。これだけ盛況なら、従軍して補給部隊の料理長にでもなろうかしら」
「…………」
「あ、あれ? 否定しないの、ヴァロウ」
「……悪くはないかもな」
一瞬、ヴァロウの口元に笑みが浮かぶのだった。
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