第48話 平和な風景
シュインツの中央広場に炊き出し場が立っていた。。
本来なら、軍人以外に近づくことができないが、ヴァロウがシュインツの民にも開放した。
官民交流の一環として、エスカリナが提案し、ヴァロウが許可したのだ。
「おお! こりゃうめぇ!」
「川魚はたまに食べるが……」
「海魚もうめぇなあ!」
「ああ。この塩気がたまらねぇ」
ドワーフたちにも焼き魚は好評だ。
彼らは暇さえあれば、土を掘り、鉄を鍛っているような種族だ。
そのドワーフたちが、手を止め、唇の周りを白身の食べかすだらけにしながら、夢中で頬張っている。
そして、この師団長も満足そうに頬張っていた。
「うむ! うまい!」
ベガラスクだ。
両手に、串の刺さった焼き魚を持っている。
かくかくと下顎を動かしながら、咀嚼していた。
いつもは鋭い眼差しを放っている魔狼族の副官は、無邪気な少年のように喜んでいた。
他の魔狼族の評判も上々だ。
シュインツの駐屯兵に対し、凶爪を振るっていた彼らも、地面に腰を下ろし、焼き魚を堪能していた。
中央広場には魔狼族や魔獣、そして裏切り者と断じられたドワーフたちがあつまっている。
不思議な光景だった。
昨日まで仲が悪かった種族たちが、同じ釜の飯を食べている。
これもヴァロウが目的の1つと掲げる種族の融合の形なのかもしれない。
そんな中、1人食事が進んでいないものがいた。
今は動いていない噴水の前に腰を下ろし、焼き魚を眺めていたのは、ザガスだ。
「どうしたの、ザガス? おいしくなかった?」
三角巾を被ったエスカリナが尋ねる。
実は、ザガスが眺めていたのはエスカリナが焼いたものだった。
味については、懸念がなかったわけではない。
ルロイゼン城塞都市はすぐ近くに海があるが、シュインツは内陸にある。
魔法を使い、冷やして持ってきたものの、ここまで持ってくるのには時間がかかっていた。
ルロイゼンで食べられるとものとは違って、鮮度が違うのだ。
だが、ザガスは事も無げにこういう。
「飽きた!」
「へ?」
「そろそろ肉が食いてぇ……」
食べかけの焼き魚をポンと放り投げる。
慌ててエスカリナは、焼き魚をキャッチした。
「ちょっと! 食糧を粗末にすると、もったいないお化けが出るわよ」
「なんだ、そりゃ。は! そんなお化けだか、ゴーストだか知らねぇけど、いたとしてもオレ様がぶっ飛ばしてやるぜ」
理論としてはむちゃくちゃだ。
けど、ザガスならやりかねない。
エスカリナはやれやれと息を吐いた。
「お肉はまだ用意できないけど、魚の味付けを変えることはできるわ」
「味付けだぁ?」
「そうよ。魚の味付けを変えるの」
「それでオレ様の腹を満足させられるのか?」
「ええ……。自信はあるわ。あなたたちが、魔王城に行ってる間、わたしが何もしてなかったと思ってるの」
「よし。さっさとオレ様に寄越せ。中途半端なもんだったら、まずてめぇから食ってやるからな」
ザガスは腰を上げるのだった。
◆◇◆◇◆
即席の厨房に戻ると、エスカリナは腕をまくった。
まな板に大きめの魚を載せる。
手際よく切り身にし、骨ごと水を張った鍋に入れた。
沸騰し、皮の部分がチリチリになってきたら、お湯から上げ、冷水で冷やす。
「それを食べるのか?」
「ひゃ!」
気がつくと、ザガスが立っていた。
まさか厨房まで付いてくるとは思わず、エスカリナは悲鳴を上げる。
「こ、これは臭み抜きよ」
「臭み抜き?」
「おいしくするための方法よ」
「ふーん。ま、どうでもいいけど、早くしろよ」
これ見よがしにザガスの腹が鳴る。
本人も、その胃袋もせっかちらしい。
エスカリナは魚をよく洗うと、再び鍋に入れる。
すると、その上に何か乾いた草みたいなものを一緒に投入する。
「なんだ、そりゃ」
ザガスは草を摘まむ。
バリッと音を立てて、もしゃもしゃと食べ始めた。
「味がしねぇ……」
たちまちペッと吐き出す。
「こらこら……。これは食べ物じゃないの。出汁を取るためのものなの」
「出汁?」
「料理をおいしくさせるための……調味料っていったらいいのかな?」
エスカリナはもう1枚乾燥させて草を出す。
「これは乾燥させた海藻なの」
「なんだってそんなもんを入れるんだ? 食べてもおいしくねぇのに」
「詳しくはわからないわ。でも、うちに大昔の料理本があってね。海の料理をする時は、この海藻で出汁を取るのが1番って書いてあったのよ」
「訳わからねぇ」
「あっそ……。だったら、ちょっと厨房から出てってくれる。ただでさえ、ザガスは大きいんだから」
ザガスの背中を押して、退散させようとする。
「わかったわかった。早くしろよ」
ザガスが厨房から出て行くのを見送る。
1度、エスカリナは額の汗を拭うと、調理を始めた。
先ほどの鍋に水を入れ、煮立てる。
煮立てる際、皮を上にするのも忘れなかった。
しばらくして、お酒、砂糖、そして醤油を加える。
酒はともかく、砂糖と醤油はペイベロが本国から仕入れたものだ。
海の幸がないぶん、人類の文化は陸地を中心に進化してきた。
それは料理も同じだ。
砂糖と醤油はその最たるものだといってもいいだろう。
すると、独特の醤油の匂いが厨房を漂いはじめる。
「いい香りだわ」
エスカリナは満足そうに頷いた。
「うむ。良い香りだ」
「あひゃ!!」
また突然、背後から声が聞こえ、エスカリナは飛び上がる。
振り返ると、白銀の魔狼族が立っていた。
第四師団師団長ベガラスクである。
2人は初対面ではない。
ルロイゼンで第四師団を迎える際、挨拶をしていた。
「べ、ベガラスク……さん……」
「うむ……。良い匂いがしたから、気になってきてみたのだ」
やや自慢げに、ベガラスクは己の鼻を掲げる
「何を作っているのだ?」
「えっと……。煮魚だけど……」
「ほう。まあ、それが何かは知らないが、1つ味見をさせてもらおう」
「残念だけど、まだ出来上がっていないのよ。出来たら持っていくから」
調理の邪魔になるから、とエスカリナはまた排除する。
ふぅ、とまた額の汗を拭った。
「どうして、みんな厨房にまで入ってくるのかな」
興味があるのはわかる。
けれど、片手間に作れるほど、エスカリナも料理に熟達してるわけではない。
誰もいなくなった厨房で黙々と料理を続ける。
落としぶたをして、少し火を強めて一気に煮立てた。
「よし。あとはこれを入れて……」
エスカリナは生姜を取り出す。
これも山の幸の一つで、生肉の臭味取りに使われている。
「あ! 生姜入れるんだ。ボク、生姜大好きなんだよね」
今度はドワーフの娘が入ってきた。
しかも、全身煤だらけだ。
(この子、誰??)
もはやエスカリナの頭の中はパニックだった。
「アルパヤ、ここにいたのか? 進捗はどうだ? ん? もしかして、この匂い……。もしかして煮魚か?」
ヴァロウまで入ってくる。
さらに、メトラ、追い出したはずのザガスとベガラスクが戻ってきた。
窓にはドワーフとゴブリンがいて、厨房の中をのぞき込んでいる。
どうやら、醤油の香りに引かれたらしい。
厨房の人口密度が一気に上がる。
エスカリナは叫んだ。
「ああ! もう! お料理させてよぉおおおおお!!」




