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【WEB版】叛逆のヴァロウ ~上級貴族に謀殺された軍師は魔王の副官に転生し、復讐を誓う~  作者: 延野正行
1章 ルロイゼン城塞都市編

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第5話 親睦会

タイトルを変更いたしました。

投稿初期は度々変更することがございます。

ご了承下さい。

 エスカリナは優秀な女傑だった。


 自分の父が斬られた翌日。

 民衆を集めて、自ら事の次第を説明した。

 その時、領主が死んだと聞いても、泣き叫ぶものはいない。

 まして喜ぶものもいなかった。

 ただ民衆はうつろな目で、その報告を聞くだけだ。


 しかし、ここが魔族に占領されたことを聞くと、ルロイゼンの民はさすがに難色を示した。


 命の保証は?

 略奪は?

 また重い税が課せられるのか?


 当然、訴えるものが現れる。

 それでも、エスカリナはそのあまりある美貌と知性、そして強い意志を前面に押し出し、魔族と共に生きていくことを主張した。


 だが、1番効いたのは、魔王の副官ヴァロウが掲げた占領政策の基本方針である。


 1つ。領主代行をエスカリナ・ボア・ロヴィーニョとすること。

 2つ。重税を課さない。

 3つ。食糧の配給が必要であれば応じる。


 民衆にとってみれば、夢のような話である。

 重い税がなくなり、しかも食糧が配給される。

 更にトップが、民衆に理解あるエスカリナなのだ。


 この話を聞いた時、ルロイゼン城塞都市の民はたちまち口を噤むしかなかった。


「田舎ですね。もっと抵抗があると思っていましたけど」


 メトラは接収した教会の尖塔から街を眺める。

 領主の館は燃え落ちてしまった。

 現在、この教会が臨時司令所となっている。


 埃を被っていた書斎に机を置き、執務をしていたのは、ヴァロウだった。


「日和見主義が多いのだろう。自分たちに害がなければ、頭が代わったところで自分たちには関係がない――そう諦めているのだ。そもそもこの長い戦争に躍起になってるのは、人類も魔族も上層部だけだ。民は被害者でしかない」


 ヴァロウは書類から視線を離す。

 軽く伸びをした後、目を揉んだ。


「少し休憩されますか?」


 メトラはサイドテーブルに置いた茶器の取っ手を掴む。


 ヴァロウの好物は、人であった頃と変わらず、紅茶である。

 メトラから言わせると、もはや『紅茶マニア』という程の愛好家で、転生した直後、魔族の身体を見た彼が言った一言目が、「紅茶を頼む」であった。


「頼む……。できれば、蒸留酒を入れてくれ」


「ダメです。執務中ですよ」


 子どもを叱りつけるようにメトラは注意する。

 とぽとぽと音を立て、ティーカップに注がれた。

 芳しい香りが書斎を包む。


「どうぞ」


 メトラはカップを差し出す。

 王女だった頃は、茶を入れるなんてことはなかった。

 覚えたのは、魔族になってからである。

 指南役は今、目の前にいる若い人鬼だ。


 ヴァロウは口を付ける。

 うまい、といってメトラを褒め称えると、1枚の書類を机の上から拾い上げた。


 問題は山積みだ。

 しかも、そのすべてを即時行わなければならない。

 城門を閉じ、箝口令こそ敷いてはいるが、いずれここが魔族によって占領されたことは、近隣諸都市に気付かれるだろう。


 壊れたインフラの整備。

 占領下の治安維持。

 外敵に対する戦力も乏しい。


 とにかく人手が足りない。

 すでに本国に報告し、援軍を要請しているが、1日2日で用意できるものではなかった。


 だが、1番の問題は――。


「ヴァロウ!」


 書斎の分厚い木の扉をぶち抜いたのは、ザガスだった。

 ふー、と猫のように息を吐き、バラバラになった扉をさらに蹴飛ばしながら、ヴァロウの方に近づいてきた。


 ダンッ、と机を叩く。

 山と積まれた書類が、ばさりと崩れた。


「なんだ? 騒々しいぞ、ザガス」


「うるせぇ! それどころじゃねぇんだ!」


「何かあったのですか?」


 メトラは凜々しい顔をザガスに向けた。

 ザガスは一瞬、その三白眼をメトラに向けた後、再びヴァロウを睨んだ。


「ヴァロウ! オレ様は――――」



 ぎゅるるるるるるるるぅぅぅ……。



 盛大な腹音が狭い書斎に鳴り響いた。


「腹が減った……」


 呟く。

 メトラは「あっ」と言って、肩を落とした。


「あなたねぇ。何か問題でも起こったのかと思ったじゃない」


「馬鹿野郎! オレ様にとっては大問題なんだよ!! なあ、ヴァロウ。いいだろ? 1人くらい食ってもよぅ」


 ザガスは窓の外を見る。

 つまり、ルロイゼン城塞の民を食わせろと言っているのだ。


 魔族は雑食である。

 人間も食うし、必要とあらば同族だって食べる。


 だが、当然ではあるがヴァロウもメトラも食べたことがない。

 おそらくザガスもだろう。


 基本的にワーオーガは、人食をしない。

 そういう風な身体の構造をしていないからだ。

 人間を食べるのは、もっと大きな個体の魔族や魔物である。


 しかし、緊急時となれば種族など関係ない。

 ザガスにとっては、今がその時なのだろう。


「ダメだ。今、人間の協力が俺たちには必要なのだ」


 少なくとも治安維持管理は、駐屯兵に任せている。

 それに「今」とはいったが、今後もザガスに人食を勧めるつもりはなかった。


「けどよ。腹が減っては戦はできないっていうぜ」


「お前にしては難しい言葉を知っているな」


「そういうことじゃねぇ! とにかく何か食わせろ」


 がるるる、とザガスは牙を剥き出す。


 ヴァロウだって、そうしたいのは山々だが、ない袖は振れない。

 一応占領中の食糧を用意しておいたのだが、ヴァロウの想定以上に、都市に備蓄が残っていなかった。

 頼みであった領庫も、領主の館が燃えた時にすべて炭に変わっている。


 想定外というのは、誰にでもありうる。

 最強軍師ヴァロウも、例外ではなかった。


「ねぇねぇ、ヴァロウさん」


 険悪なムードが漂う中、明るい声が狭い書斎に響く。

 現れたのはエスカリナだ。

 武装はせず、町娘が着るような質素なワンピースに、皮のベストを纏っていた。

 それでも彼女が着ると、一流の仕立屋が作ったドレスのように見える。


 壊れた扉を踏まないように、慎重に部屋の中に入ってきた。


「なんだ、女? 取り込み中だ。オレ様に食われないうちにとっとと出てけ」


 ザガスはエスカリナを追い返す。


「ザガス……」


 メトラが諫めたが、第6師団随一の暴れん坊は態度を改めなかった。

 態度を変えなかったという意味では、エスカリナも一緒である。

 追い返されるどころか、また1歩3人の魔族に近づいてきた。


「良い感じでカッカしてるわね。そこでなんだけど、そのストレスを発散するつもりはないかしら」


「はっ?」


 ザガスは眉を顰める。

 ヴァロウも眉宇を動かした。


「あのね。魔族と人類の親睦会を開こうと思うの」


「親睦会だと?」


「折角、1つの都市に二種族が集まってるのよ。ここでお互いのことをよく知る場を設けようというわけ」


「い、いいわね」


 メトラがポンと手を叩く。


「でしょ! メトラさん、話がわかるじゃない」


「こ、こら! 気安く触るんじゃありません」


「ごめんごめん。ザガスはどう?」


「ああ! 誰がそんなのに参加するかよ、めんどくせぇ! あとな。呼び捨てで呼ぶな、様を付けろ、様を!」


 赤い顔をしながら、ザガスはエスカリナを睨む。

 大の男ですら震え上がりそうな形相なのに、エスカリナにはまるで通じていないらしい。

 ニコニコと笑顔を振りまいていた。


「そんなことを言っていいのかな。親睦会は、そもそもあなたの上司から提案されたのよ?」


「え?ヴァロウ様から?」


 皆が一斉に椅子に座った副官を見つめた。


 ヴァロウは軽く咳を払う。


「交わり合うことがなかった種族が、1つの都市にいるのだ。見えない負荷が現れるだろう。その負荷を取り除く意味でも、発散の場が必要だと考えた」


「正気か、ヴァロウ!」


 ザガスは敵意と殺意を剥きだし、ヴァロウを睨む。


「おいしい食べ物も出るわよ」


「なにぃ!」


 ザガスの目の色が変わった。

 ごくり、とあふれ出た唾を飲み込む。


「しかし、食糧は……」


 メトラは冷静に反論する。


「大丈夫よ。領庫の中に無傷の食糧を見つけたの。それでなんとかなると思う」


「貴重な食糧でしょ、それは」


「そんなに多くないの。持って3日ってとこじゃないかしら。それなら、パアッとみんなに振る舞って、精神的なケアをした方がいいじゃない」


 メトラは反論する言葉を失う。

 やがて、振り返りヴァロウの指示を仰いだ。


「やろう」


 と簡潔に答える。


「よし。じゃあ、2人にも協力してもらうわ」


「協力だあ?」


「こういう親睦会にはね。座興というものが必要なのよ」


 エスカリナは不敵な笑みを浮かべるのだった。



 ◆◇◆◇◆



 ルロイゼン城塞都市の民が、中央広場に集結していた。

 ドーナツ状に座り、声援を送っている。


 そのぽっかりと空いた中央にたたずむのは、2人のワーオーガだ。


 ヴァロウとザガスである。


 2人とも半裸になり、軽く身体を動かしていた。


「お前とは1度戦ってみたかったんだ」


 ザガスはニヤリと笑う。

 一方のヴァロウは飄々としていた。


「最初は興味がないとかいってたのに、随分変わったな、ザガス」


「はっ! そんなこと覚えちゃいねえよ。オレ様は飯を食えただけで満足だ。その上、お前と力比べをできるなんて願ってもねぇ」


「単純なヤツだ」


「なあ、ヴァロウ。賭けをしねぇか」


「賭け?」


「オレ様が勝ったら、オレ様が魔王様の副官になるってのはどうだ?」


 ヴァロウは「やれやれ」と首を振った。


「無意味だ。そもそも副官の任命権を持っているのは、魔王様だけだ。そもそも俺が勝った時に、お前はそれに見合う賭け金が払えるのか?」


「チッ! 相変わらず屁理屈ばかりこねやがる。オレ様はお前のそういうところが大っ嫌いなんだ」


「耳にタコができるほど聞いている。まあ、だが……。お前がそれでこの座興に対してモチベーションが上がるというなら、一考しなくもない」


「ホントか?」


「約束はできないがな」


「2人ともそろそろいい?」


 進み出てきたのは、審判役のエスカリナである。

 メトラでは公平性を欠くということで、彼女になった。

 そのメトラはというと、ヴァロウの後ろで旗を振って応援している。


 若干ヴァロウは迷惑そうな表情を浮かべていた。


 ルールは単純にして明快。

 武器無しの殴り合い。

 降参するか、審判役であるエスカリナが止めればそれで終わりである。


「はじめ!」


 エスカリナは合図する。

 瞬間、ザガスは所定位置から消えた。

 ざわりと観衆がざわめく。

 すると、ヴァロウを中心に影が広がった。


 上だ。


 真っ青な空と太陽を背にして、ザガスが飛来する。

 拳を引き絞った。

 地面に拳を突き刺す。

 その瞬間、整備の行き届いていない石畳が捲れ上がった。

 瓦礫が飛散し、距離を取っていた観衆の方にまで降り注ぐ。


「ちょ! 街を壊さないでよ!」


 エスカリナが注意したが、もう遅い。


 ザガスは埋まった腕をすぐさま引っこ抜く。

 寸前で後ろに下がり、回避したヴァロウを睨めつけた。

 牙を剥きだし、鬼の角をビンビンに立てて、上司に襲いかかる。


 膂力はもちろんだが、その速度も速い。

 観衆の目が追いつけないほどにだ。


「はえぇ……」

「なんていう戦いだ」

「まるで嵐だぞ」


 対するヴァロウは、その嵐のような攻撃に対応していた。

 すべての攻撃を見切り、さらに予測する。

 体格ではザガスに劣るヴァロウだが、軍師時代に培った経験則によって、その事如くを回避していた。


 だが、傍目から見れば押されているように見える。


 エスカリナはそっと近くにいたメトラに囁いた。


「ちょ! ヴァロウ、大丈夫なの?」


 ザガスの剛腕が唸る度に、背筋が冷える。

 当たれば、小さなヴァロウの身体が粉々になりそうなのだ。

 エスカリナが心配するのも無理なかった。


「大丈夫よ。ヴァロウ様は、最強の副官ですから」


 人と魔族の乙女が囁く横で、ヴァロウとザガスの戦いは白熱していく。


「どうした、ヴァロウ! 逃げ回っていたら、オレ様には勝てねぇぞ!!」


 暴風のようなザガスの剛腕が、ヴァロウの頭の上を通り過ぎていく。

 その風圧は凄まじい。

 近くの建物の壁を抉り飛ばしてしまった。


「ぎゃああああああああああ!!」


 ちょっとお下品な悲鳴を上げたのはエスカリナである。

 綺麗な金髪をくしゃくしゃにしながら、頭を抱えた。


「ちょっ! 終わり! 終わり! これ以上やったら、ルロイゼンが潰れちゃう」


 だが、ザガスもヴァロウも止まらない。

 より一層加熱し、動きが速くなる。

 エスカリナはメトラに助けを求めた。


「メトラさん、2人を止めて」


「残念ですが、それは無理ですね」


「えっ――――」


「魔族に座興を頼んだのですから、これぐらいの被害は仕方ないかと」


「そ、そんなぁ~」


 メトラは笑みを浮かべる。

 地下房での一件をここで晴らすような良い笑顔だ。

 一方エスカリナは青い顔して、2人の座興を見守った。


 次第に会場内は静まり返る。

 大丈夫か、という雰囲気になっていった。

 そんな空気を察したのは、ヴァロウである。


「そろそろかな」


「は?何を言って」


「決着がだ」


「お前が負けて、な!」


 瞬間、飛び出したのはザガスの蹴りだった。

 これまで拳打主体だった攻撃を突如切り替える。

 頭が悪いように見えて、ザガスはこと戦いになると、トリッキーだ。


 たまにヴァロウでも予測のつかない動きをする。


 だが、今回ばかりは軍師の手の平の上だった。


「残念だったな」


 ヴァロウはザガスのハイキックをかいくぐる。

 一気に距離を詰めた。


 拳を握る。

 すると、伸び上がるような動きでザガスの顎を捉えた。


 ゴンッ!!


 重い音が中央広場に鳴り響く。

 ザガスの巨体が一瞬ふわりと浮くと、尖塔が倒れるように石畳に沈んだ。


 ピクリとも動かない。

 確認するまでもなかった。


 観衆はしぃんと静まり返る。

 一体、何が起こったかわからない。


 だが、その時ヴァロウは手を掲げた。

 それが合図だったのか。


 まばらだが拍手を送るものが現れる。

 次第に数が膨れ、いつしか数千の拍手に変わった



「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」



 見ていた民衆から声が上がる。

 その中心にいたのは、最強軍師であり、今は魔王の副官。


 ヴァロウだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] なるほど。 確かにブランデー入りの紅茶が好きな軍師は目が離せませんね(笑)
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