第5話 親睦会
タイトルを変更いたしました。
投稿初期は度々変更することがございます。
ご了承下さい。
エスカリナは優秀な女傑だった。
自分の父が斬られた翌日。
民衆を集めて、自ら事の次第を説明した。
その時、領主が死んだと聞いても、泣き叫ぶものはいない。
まして喜ぶものもいなかった。
ただ民衆はうつろな目で、その報告を聞くだけだ。
しかし、ここが魔族に占領されたことを聞くと、ルロイゼンの民はさすがに難色を示した。
命の保証は?
略奪は?
また重い税が課せられるのか?
当然、訴えるものが現れる。
それでも、エスカリナはそのあまりある美貌と知性、そして強い意志を前面に押し出し、魔族と共に生きていくことを主張した。
だが、1番効いたのは、魔王の副官ヴァロウが掲げた占領政策の基本方針である。
1つ。領主代行をエスカリナ・ボア・ロヴィーニョとすること。
2つ。重税を課さない。
3つ。食糧の配給が必要であれば応じる。
民衆にとってみれば、夢のような話である。
重い税がなくなり、しかも食糧が配給される。
更にトップが、民衆に理解あるエスカリナなのだ。
この話を聞いた時、ルロイゼン城塞都市の民はたちまち口を噤むしかなかった。
「田舎ですね。もっと抵抗があると思っていましたけど」
メトラは接収した教会の尖塔から街を眺める。
領主の館は燃え落ちてしまった。
現在、この教会が臨時司令所となっている。
埃を被っていた書斎に机を置き、執務をしていたのは、ヴァロウだった。
「日和見主義が多いのだろう。自分たちに害がなければ、頭が代わったところで自分たちには関係がない――そう諦めているのだ。そもそもこの長い戦争に躍起になってるのは、人類も魔族も上層部だけだ。民は被害者でしかない」
ヴァロウは書類から視線を離す。
軽く伸びをした後、目を揉んだ。
「少し休憩されますか?」
メトラはサイドテーブルに置いた茶器の取っ手を掴む。
ヴァロウの好物は、人であった頃と変わらず、紅茶である。
メトラから言わせると、もはや『紅茶マニア』という程の愛好家で、転生した直後、魔族の身体を見た彼が言った一言目が、「紅茶を頼む」であった。
「頼む……。できれば、蒸留酒を入れてくれ」
「ダメです。執務中ですよ」
子どもを叱りつけるようにメトラは注意する。
とぽとぽと音を立て、ティーカップに注がれた。
芳しい香りが書斎を包む。
「どうぞ」
メトラはカップを差し出す。
王女だった頃は、茶を入れるなんてことはなかった。
覚えたのは、魔族になってからである。
指南役は今、目の前にいる若い人鬼だ。
ヴァロウは口を付ける。
うまい、といってメトラを褒め称えると、1枚の書類を机の上から拾い上げた。
問題は山積みだ。
しかも、そのすべてを即時行わなければならない。
城門を閉じ、箝口令こそ敷いてはいるが、いずれここが魔族によって占領されたことは、近隣諸都市に気付かれるだろう。
壊れたインフラの整備。
占領下の治安維持。
外敵に対する戦力も乏しい。
とにかく人手が足りない。
すでに本国に報告し、援軍を要請しているが、1日2日で用意できるものではなかった。
だが、1番の問題は――。
「ヴァロウ!」
書斎の分厚い木の扉をぶち抜いたのは、ザガスだった。
ふー、と猫のように息を吐き、バラバラになった扉をさらに蹴飛ばしながら、ヴァロウの方に近づいてきた。
ダンッ、と机を叩く。
山と積まれた書類が、ばさりと崩れた。
「なんだ? 騒々しいぞ、ザガス」
「うるせぇ! それどころじゃねぇんだ!」
「何かあったのですか?」
メトラは凜々しい顔をザガスに向けた。
ザガスは一瞬、その三白眼をメトラに向けた後、再びヴァロウを睨んだ。
「ヴァロウ! オレ様は――――」
ぎゅるるるるるるるるぅぅぅ……。
盛大な腹音が狭い書斎に鳴り響いた。
「腹が減った……」
呟く。
メトラは「あっ」と言って、肩を落とした。
「あなたねぇ。何か問題でも起こったのかと思ったじゃない」
「馬鹿野郎! オレ様にとっては大問題なんだよ!! なあ、ヴァロウ。いいだろ? 1人くらい食ってもよぅ」
ザガスは窓の外を見る。
つまり、ルロイゼン城塞の民を食わせろと言っているのだ。
魔族は雑食である。
人間も食うし、必要とあらば同族だって食べる。
だが、当然ではあるがヴァロウもメトラも食べたことがない。
おそらくザガスもだろう。
基本的にワーオーガは、人食をしない。
そういう風な身体の構造をしていないからだ。
人間を食べるのは、もっと大きな個体の魔族や魔物である。
しかし、緊急時となれば種族など関係ない。
ザガスにとっては、今がその時なのだろう。
「ダメだ。今、人間の協力が俺たちには必要なのだ」
少なくとも治安維持管理は、駐屯兵に任せている。
それに「今」とはいったが、今後もザガスに人食を勧めるつもりはなかった。
「けどよ。腹が減っては戦はできないっていうぜ」
「お前にしては難しい言葉を知っているな」
「そういうことじゃねぇ! とにかく何か食わせろ」
がるるる、とザガスは牙を剥き出す。
ヴァロウだって、そうしたいのは山々だが、ない袖は振れない。
一応占領中の食糧を用意しておいたのだが、ヴァロウの想定以上に、都市に備蓄が残っていなかった。
頼みであった領庫も、領主の館が燃えた時にすべて炭に変わっている。
想定外というのは、誰にでもありうる。
最強軍師ヴァロウも、例外ではなかった。
「ねぇねぇ、ヴァロウさん」
険悪なムードが漂う中、明るい声が狭い書斎に響く。
現れたのはエスカリナだ。
武装はせず、町娘が着るような質素なワンピースに、皮のベストを纏っていた。
それでも彼女が着ると、一流の仕立屋が作ったドレスのように見える。
壊れた扉を踏まないように、慎重に部屋の中に入ってきた。
「なんだ、女? 取り込み中だ。オレ様に食われないうちにとっとと出てけ」
ザガスはエスカリナを追い返す。
「ザガス……」
メトラが諫めたが、第6師団随一の暴れん坊は態度を改めなかった。
態度を変えなかったという意味では、エスカリナも一緒である。
追い返されるどころか、また1歩3人の魔族に近づいてきた。
「良い感じでカッカしてるわね。そこでなんだけど、そのストレスを発散するつもりはないかしら」
「はっ?」
ザガスは眉を顰める。
ヴァロウも眉宇を動かした。
「あのね。魔族と人類の親睦会を開こうと思うの」
「親睦会だと?」
「折角、1つの都市に二種族が集まってるのよ。ここでお互いのことをよく知る場を設けようというわけ」
「い、いいわね」
メトラがポンと手を叩く。
「でしょ! メトラさん、話がわかるじゃない」
「こ、こら! 気安く触るんじゃありません」
「ごめんごめん。ザガスはどう?」
「ああ! 誰がそんなのに参加するかよ、めんどくせぇ! あとな。呼び捨てで呼ぶな、様を付けろ、様を!」
赤い顔をしながら、ザガスはエスカリナを睨む。
大の男ですら震え上がりそうな形相なのに、エスカリナにはまるで通じていないらしい。
ニコニコと笑顔を振りまいていた。
「そんなことを言っていいのかな。親睦会は、そもそもあなたの上司から提案されたのよ?」
「え?ヴァロウ様から?」
皆が一斉に椅子に座った副官を見つめた。
ヴァロウは軽く咳を払う。
「交わり合うことがなかった種族が、1つの都市にいるのだ。見えない負荷が現れるだろう。その負荷を取り除く意味でも、発散の場が必要だと考えた」
「正気か、ヴァロウ!」
ザガスは敵意と殺意を剥きだし、ヴァロウを睨む。
「おいしい食べ物も出るわよ」
「なにぃ!」
ザガスの目の色が変わった。
ごくり、とあふれ出た唾を飲み込む。
「しかし、食糧は……」
メトラは冷静に反論する。
「大丈夫よ。領庫の中に無傷の食糧を見つけたの。それでなんとかなると思う」
「貴重な食糧でしょ、それは」
「そんなに多くないの。持って3日ってとこじゃないかしら。それなら、パアッとみんなに振る舞って、精神的なケアをした方がいいじゃない」
メトラは反論する言葉を失う。
やがて、振り返りヴァロウの指示を仰いだ。
「やろう」
と簡潔に答える。
「よし。じゃあ、2人にも協力してもらうわ」
「協力だあ?」
「こういう親睦会にはね。座興というものが必要なのよ」
エスカリナは不敵な笑みを浮かべるのだった。
◆◇◆◇◆
ルロイゼン城塞都市の民が、中央広場に集結していた。
ドーナツ状に座り、声援を送っている。
そのぽっかりと空いた中央にたたずむのは、2人のワーオーガだ。
ヴァロウとザガスである。
2人とも半裸になり、軽く身体を動かしていた。
「お前とは1度戦ってみたかったんだ」
ザガスはニヤリと笑う。
一方のヴァロウは飄々としていた。
「最初は興味がないとかいってたのに、随分変わったな、ザガス」
「はっ! そんなこと覚えちゃいねえよ。オレ様は飯を食えただけで満足だ。その上、お前と力比べをできるなんて願ってもねぇ」
「単純なヤツだ」
「なあ、ヴァロウ。賭けをしねぇか」
「賭け?」
「オレ様が勝ったら、オレ様が魔王様の副官になるってのはどうだ?」
ヴァロウは「やれやれ」と首を振った。
「無意味だ。そもそも副官の任命権を持っているのは、魔王様だけだ。そもそも俺が勝った時に、お前はそれに見合う賭け金が払えるのか?」
「チッ! 相変わらず屁理屈ばかりこねやがる。オレ様はお前のそういうところが大っ嫌いなんだ」
「耳にタコができるほど聞いている。まあ、だが……。お前がそれでこの座興に対してモチベーションが上がるというなら、一考しなくもない」
「ホントか?」
「約束はできないがな」
「2人ともそろそろいい?」
進み出てきたのは、審判役のエスカリナである。
メトラでは公平性を欠くということで、彼女になった。
そのメトラはというと、ヴァロウの後ろで旗を振って応援している。
若干ヴァロウは迷惑そうな表情を浮かべていた。
ルールは単純にして明快。
武器無しの殴り合い。
降参するか、審判役であるエスカリナが止めればそれで終わりである。
「はじめ!」
エスカリナは合図する。
瞬間、ザガスは所定位置から消えた。
ざわりと観衆がざわめく。
すると、ヴァロウを中心に影が広がった。
上だ。
真っ青な空と太陽を背にして、ザガスが飛来する。
拳を引き絞った。
地面に拳を突き刺す。
その瞬間、整備の行き届いていない石畳が捲れ上がった。
瓦礫が飛散し、距離を取っていた観衆の方にまで降り注ぐ。
「ちょ! 街を壊さないでよ!」
エスカリナが注意したが、もう遅い。
ザガスは埋まった腕をすぐさま引っこ抜く。
寸前で後ろに下がり、回避したヴァロウを睨めつけた。
牙を剥きだし、鬼の角をビンビンに立てて、上司に襲いかかる。
膂力はもちろんだが、その速度も速い。
観衆の目が追いつけないほどにだ。
「はえぇ……」
「なんていう戦いだ」
「まるで嵐だぞ」
対するヴァロウは、その嵐のような攻撃に対応していた。
すべての攻撃を見切り、さらに予測する。
体格ではザガスに劣るヴァロウだが、軍師時代に培った経験則によって、その事如くを回避していた。
だが、傍目から見れば押されているように見える。
エスカリナはそっと近くにいたメトラに囁いた。
「ちょ! ヴァロウ、大丈夫なの?」
ザガスの剛腕が唸る度に、背筋が冷える。
当たれば、小さなヴァロウの身体が粉々になりそうなのだ。
エスカリナが心配するのも無理なかった。
「大丈夫よ。ヴァロウ様は、最強の副官ですから」
人と魔族の乙女が囁く横で、ヴァロウとザガスの戦いは白熱していく。
「どうした、ヴァロウ! 逃げ回っていたら、オレ様には勝てねぇぞ!!」
暴風のようなザガスの剛腕が、ヴァロウの頭の上を通り過ぎていく。
その風圧は凄まじい。
近くの建物の壁を抉り飛ばしてしまった。
「ぎゃああああああああああ!!」
ちょっとお下品な悲鳴を上げたのはエスカリナである。
綺麗な金髪をくしゃくしゃにしながら、頭を抱えた。
「ちょっ! 終わり! 終わり! これ以上やったら、ルロイゼンが潰れちゃう」
だが、ザガスもヴァロウも止まらない。
より一層加熱し、動きが速くなる。
エスカリナはメトラに助けを求めた。
「メトラさん、2人を止めて」
「残念ですが、それは無理ですね」
「えっ――――」
「魔族に座興を頼んだのですから、これぐらいの被害は仕方ないかと」
「そ、そんなぁ~」
メトラは笑みを浮かべる。
地下房での一件をここで晴らすような良い笑顔だ。
一方エスカリナは青い顔して、2人の座興を見守った。
次第に会場内は静まり返る。
大丈夫か、という雰囲気になっていった。
そんな空気を察したのは、ヴァロウである。
「そろそろかな」
「は?何を言って」
「決着がだ」
「お前が負けて、な!」
瞬間、飛び出したのはザガスの蹴りだった。
これまで拳打主体だった攻撃を突如切り替える。
頭が悪いように見えて、ザガスはこと戦いになると、トリッキーだ。
たまにヴァロウでも予測のつかない動きをする。
だが、今回ばかりは軍師の手の平の上だった。
「残念だったな」
ヴァロウはザガスのハイキックをかいくぐる。
一気に距離を詰めた。
拳を握る。
すると、伸び上がるような動きでザガスの顎を捉えた。
ゴンッ!!
重い音が中央広場に鳴り響く。
ザガスの巨体が一瞬ふわりと浮くと、尖塔が倒れるように石畳に沈んだ。
ピクリとも動かない。
確認するまでもなかった。
観衆はしぃんと静まり返る。
一体、何が起こったかわからない。
だが、その時ヴァロウは手を掲げた。
それが合図だったのか。
まばらだが拍手を送るものが現れる。
次第に数が膨れ、いつしか数千の拍手に変わった
「おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
見ていた民衆から声が上がる。
その中心にいたのは、最強軍師であり、今は魔王の副官。
ヴァロウだった。




