エピローグ(後編)
これにて『4章ラングズロス撤退戦』は終了です。
ここまでお読みいただいた方ありがとうございました。
鎖で繋がれた人鬼は、手で己の腹を突きながらも、平然と笑っている。
そのショッキングな姿を見ても、ヴァロウの表情は変わらない。
依然として、冷たいヘーゼル色の瞳を光らせていた。
「何をしている?」
「ん? ああ、これのことか……」
人鬼は両手を身体から引き抜いた。
どろりと血の塊がこぼれる。
本来失血死してもおかしくないはずだ。
なのに、人鬼の口からわめき声が漏れることはなかった。
「オレはよ。ぶわぁっと派手に死にたいのよ。でも、こんな牢獄に繋がれてたら、それも叶わないだろう。だから、自分で自分を殺せば、それもそれで派手かと思ったのさ」
「だから、自分で自分の腹を突いたのか? 気分はどうだ?」
「最悪だ。結局死ねなかった」
「自分の死に場所を求めるか。なるほど。報告書通りの性格の持ち主だ」
「性格じゃねぇよ。美学だ」
人鬼は黄ばんだ歯を見せて、ニヤリと笑う。
「ところで、あんたは?」
「この方はヴァロウ様。新しい第六師団の師団長です」
「新しい師団長? ゴドラムの馬鹿野郎はどうした?」
ヴァロウはゴドラムの最後を語る。
すると、くつくつと愉快げに人鬼は笑った。
「魔王城と一緒に爆散か……。そいつは派手だな」
「お前もそれを望むのか?」
「悪くはねぇ……。だが、オレはオレの意志で戦場を決めたいのさ。誰かが用意したもんじゃなくてな」
ヴァロウは無表情だったが、横のメトラはぐっと息を呑んだ。
「かかっ! やっぱりか。ゴドラムの馬鹿野郎は、名誉の死を遂げたんじゃなくて、お前に殺されたんだな……」
「あなた……」
メトラは殺気を膨れ上がらせた。
魔族の誰もが、ヴァロウの企てと疑わなかったことを、この人鬼は何のヒントも無しに当ててしまった。
他の副官に知られることになれば、ヴァロウは今すぐ師団長を下ろされるだろう。
いや……。副官を殺したのだ。
死罪ということもあり得る。
そうなれば、今まで練った計画が、すべて水泡に帰してしまう。
(かくなる上は……)
メトラは手を振り上げる。
人鬼は笑って、その様子を見ていた。
「あんたが殺してくれるのかい? 美女の手で殺されるのも悪くねぇが……。あんたじゃオレは殺せねぇぜ」
太い腕で自分の腹を突いても死ななかった人鬼である。
さすがにメトラの細腕では、力不足だった。
「ふっ……」
(ヴァロウ様が笑った!?)
顔をほころばせたヴァロウの表情を見て、メトラは驚く。
おいしい紅茶を飲む時以外、決して笑顔を見せない軍師が、初めて出会った人鬼を前にして笑っていた。
「聞こう。何故、俺だと思った?」
「理由なんてないさ。勘に近いものだ。昔から死にたがっているとな見えるのさ。そいつが背負っている“死”がな」
「“死”か……」
「人類、魔族含めて色々見てきたが、お前の“死”は随分とでかいな。今にも押し潰れそうだぜ、お前」
「だろうな……」
「だが、悪くはねぇ。自分の戦場は自分で決めるというのが、オレのポリシーだがお前が用意する戦場には興味がある。お前、オレをスカウトしにきたんだろ? 入ってやるよ、お前の部隊に。だから用意しやがれ。オレの最高の戦場を」
ニッと人鬼は笑った。
血まみれの手を差し出す。
その手を見た時、ヴァロウの顔もまた綻んだような気がした。
そして口を開く。
「断る」
「ああ! ふざけるな!! なんでだよ。そこは『よろしく』って頭を下げるところだろう」
「『ふざけるな』はこっちの台詞だ。どうして、死にたがりの手駒など加えなければならん。多少頭は回るようだが、ゴドラムに毛が生えた程度だったようだな」
「な、なんだと! お前!!」
人鬼は初めて大きくアクションを起こす。
鎖を引っ張り、猛獣のようにヴァロウに噛みついた。
硬質な音を立てて、牙が打ち鳴らされる。
だが、ヴァロウは余裕で回避していた。
「俺がほしいのは優秀な武将だ。戦況の流れを一変させるほどの力を持ったな。お前にその力があるとは思えん」
「て、てめぇ! オレの実力も知らないで――」
「ああ、知らない。知りたくもない。だが、お前は自分の実力を知っているのか?」
「な、なにぃ……」
「脳が茹で上がるまで知恵を振り絞り、すべての魔力を吐き出し、血の1滴まで無駄にせず、死んでるのと同じぐらい動けなくなるまで戦ってこそ、お前はお前の本当の実力を知ることができる。違うか?」
人鬼から笑みが消えていた。
三白眼の瞳を大きく見開き、息すら忘れて、そのヘーゼル色の瞳を見つめていた。
「思い上がるなよ、『死にたがり屋』。俺がお前にしてやれるのは、お前の実力を最大限に引き出せる戦場を用意することだけだ。お前の墓場を作ることではない」
ヴァロウは吐き捨てる。
すると、冷たい瞳がようやく人鬼から外れた。
くるりと後ろを向き、独房を出て行こうとする。
「それが……。オレの死に場所になるのか?」
「知らんな。それがお前のいう戦場であるならな」
ガキィン!!
けたたましい音が独房に響く。
人鬼が鎖を引きちぎった音だった。
すると、まるで蹲るようにヴァロウの前に膝を突く。
「いいだろう……。お前の戦場とやらに、オレを連れていけ」
「ふん。頭を下げても、その不遜な言葉遣いは変わらんか。しかし――」
「へっ! それはお互い様だろ」
人鬼は大きく口を裂いて、子どものように笑う。
一方で、ヴァロウもま口角を上げた。
「ようこそ、第六師団へ。『死にたがり屋』ザガスよ」
ヴァロウは手を差し出すのだった。
◆◇◆◇◆
さらに半年後……。
師団の編成も進み、6人の副官が御前会議に臨んだ。
そこで提案された作戦に、ドラゴランを除く全員が叫び声をあげることになる。
1番反応したのは、ベガラスクだった。
魔狼族の若き副官は声を張り上げる。
まるで遠吠えのように、会議室に響き渡った。
「どういうことですか? 我々が防衛戦に徹すというのは……」
「慎め、ベガラスク。魔王様の御前であるぞ」
ドラゴランはたしなめる。
だが、ベガラスクは副官筆頭を前にしても、退かなかった。
「それだけではありません! 遠いルロイゼンを落とし、人類軍を西と東から挟み討つなど! 机上の空論だ!!」
と吐き捨てた。
目の前にあった書類を手で払う。
スライムによって磨かれた床を、皮紙が滑っていった。
「一体、誰がこんなふざけた作戦を提案したのだ」
「落ち着きなさい、ベガラスク」
とうとうゼラムスが口を挟む。
さすがに魔王の一言だけあって、ベガラスクは退き、椅子に腰掛けた。
しかし、憤然とした様子は変わらない。
大きく腕を組む。
「では、この作戦を立てたものに説明してもらいましょう、ヴァロウ」
「はっ!」
厳かに椅子を引き、ヴァロウは立ち上がる。
1人の人鬼を見て、再び御前会議は騒然となった。
「それでは……。作戦の概要を説明します」
自分を殺したものへの復讐……。
貴族階級の破壊……。
神々すら含めたすべての世界の征服……。
その全てを掲げ、ヴァロウは作戦を読み上げる。
最強軍師の長い戦いは、今始まるのだった。
ひとまず大きな区切りを迎えることができました。
ここまでお読みいただいた読者の皆様、本当にありがとうございます。
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