第34話 援軍
蹄の音が近づいてくる。
ヴァロウは『毒の勇者』の骸を地面に下ろした。
振り返ると、人類軍の第二部隊がヴァロウの方へ向かってきている。
遥か後ろの方でメトラが叫ぶのが聞こえたが、ヴァロウは1歩も動かなかった。
先頭の指揮官が手を上げ、合図を送る。
すると、行軍は止まった。
ゆっくりと指揮官だけが、蹄の音を鳴らし近づいてくる。
『毒の勇者』の骸を取り返しに来たのだろうか。
ヴァロウはそっと離れた。
名のある指揮官なのだろう。
鎧や武具には魔法鉱石が施されている。
その指揮官は『毒の勇者』を一瞥した。
波乱の人生とは裏腹に穏やかに眠る少女を見ながら、指揮官は笑う。
「ふん……。所詮は兵器だな」
すると持っていた槍を振るう。
ザッと地面を抉りながら、倒れていた『毒の勇者』を吹き飛ばした。
宙を舞うと、地面に叩きつけられ、ぐるぐると転がる。
『毒の勇者』から悲鳴が上がることもなく、その能力の切っ先が向けられることもなかった。
「本当に死んだようだな。清々するわ。化け物め。あれが勇者だといわれていることに怖気が立つ」
砂を被った『毒の勇者』を卑下する。
口元に笑みを浮かべ、むしろ喜んでいるように見えた。
対してヴァロウはヘーゼル色の瞳で指揮官を睨む。
冷たい視線に気づき、指揮官は馬頭を向けた。
「なんだ、その瞳は? もしかして、同情しておるのか? 化け物が化け物に同情するか。道理といえど、笑いが抑えきれぬわ!」
指揮官は大口を開けて笑い始める。
その後ろの第二部隊の兵たちからもクスクスと笑いが漏れた。
肩を振るわせ、ヴァロウと『毒の勇者』に侮蔑の視線を送っている。
「確かにヒストリアは化け物であっただろう」
「あん?」
「だが、その化け物のおかげでお前たちは、この魔族領へと侵入することができた――とは考えないのか? あいつのおかげで、何千何万もの人類が救われたのだと考えないのか?」
「はっ! そんなにあの女が気に入ったか? ならば、骸を持っていけ。ヤツはすでに魔王城とともに爆散したことになっている。死体は出ない。だが、名誉の戦死だ。こいつを研究していた研究機関は欲しがるかもしれないが、これほど本国から離れているのだ。どうとでもなる」
「…………」
「むしろ持って帰ってどうするというのだ? 化け物どもの慰み者にでもするのか? ふははは……。屍姦か。ならば、今度教えてくれ。死体となった勇者のアソコの具合はどうだったのか、とな」
ぐははははははは!!
笑い声を響かせる。
同じく兵も笑った。
腹を抱え、顔を歪めている。
その表情は、今目の前にいる魔族よりも遥かに化け物であった。
ヴァロウの表情は変わらない。
ただぽつりとこう言った。
「人類は相変わらずだな。出る杭を見れば嫉妬をし、それを叩き、死ぬまで嘲笑を浴びせ、その名誉を傷つけ続ける。しかし、腐った杭には水をあげ続け、自分の杭が腐っていることに気付かない。同じだ。昔となんら変わっていない」
「うるさい! 魔族風情が人類を語るな!」
指揮官はヴァロウに槍を向ける。
舐めるように喉元に沿って切っ先が動いた。
「貴様、魔族の指揮官だろう。多少知恵は回るようだが、ここまでだ。いずれ魔王を捕らえることもできよう。ところで聞くが、魔王が女と聞いたが本当か?」
指揮官は目が歪む。
自然と鼻息が荒くなっていた。
「化け物どもを狂わせる美貌か……。もし、それが真実ならば楽しみだ。どんな風にして楽しんでやろうか。くくく……」
「…………」
「何か言え、魔族よ。大ピンチだぞ。ここは1つ魔王様に助けを請うてはどうだ? 『助けてください、魔王様!』と豚のように鳴いてみせろ!!」
指揮官は槍を振るう。
だが、その切っ先は止まる。
ヴァロウの手が槍の柄を握っていた。
全く動かない。
指揮官はもがくが、押しても引いてもビクともしなかった。
「貴様、貴族か?」
「おうよ! 我こそは上級爵位を受けし、マルターニュ伯の――――」
「ああ。そうか。どおりでよく鳴くわけだ、豚どもめ」
「き、貴様……! 我ら貴族を愚弄するのか!!」
「まったく……。耳元で鳴くな、豚どもめ」
「な、なんだとぉ!!」
「大ピンチだと……。冗談も休み休みにいえ。ピンチなのはお前らの方だ」
「何を言って――――ッ!」
直後だった。
曇天の空から何かが落ちてくる。
それは巨大な岩のように降り注ぎ、第二部隊に直撃した。
兵たちが吹き飛ばれる。
何事か、と振り返った時、指揮官は目を剥いた。
「ぐらららららららららららららら!!」
雄叫びを上げたのは、竜人族だった。
間髪入れずに、太い柄の槍を振るう。
まるでしぶきのように人間とその一部が吹き飛んだ。
同然、第二部隊は混沌のど真ん中に突き落とされる。
「な、何故! 竜人族が落ちて――――」
ハッとなって指揮官は空を見上げる。
翼を広げ、巨大な鳥が飛んでいた。
否――。
違う。
鳥ではない。
「鳥人族か!!」
すると、数千羽の鳥人族たちが第二部隊に襲いかかった。
空から飛来すると、鋭い足で人間を掴む。
たちまち空へと上っていくと、まるで塵のように放り捨てた。
城の尖塔より遥か上空から落下した人類に助かる術はない。
浮揚の魔法を使うことができても、呪文を唱える前に地面に叩きつけられていた。
鳥人族の襲来に、第二部隊自慢の戦車隊も為す術がない。
複数の鳥人たちで戦車ごと持ち上げると、同じように落下させる。
それが第二部隊に降り注ぎ、さらなる犠牲者を生み出した。
鳥人族の攻撃方法はそれだけではない。
翼を鋭い刃物のように使い、人間たちを切り裂いていく。
その羽はたちまち赤く染まっていった。
空には鳥人族。
地には竜人族。
魔族の空の王者と地の王者が、万の軍勢の中で大暴れしていた。
「大人しく引き返していればいいものを……。くだらない理由で引き返してきたお前たちが無能なのだ、豚が」
「ば、馬鹿な! 聞いた情報では、ちょ、鳥人族は後方の……」
ヴァロウは第五師団を二部隊に分けていた。
第二師団を運搬するものと、ドライゼルに宝具を送り届ける部隊である。
今、人類軍第二部隊に襲いかかっているのは後者だ。
ドライゼル城に宝具を送り届けた後、魔王の撤退を援護するようにヴァロウはあらかじめ指示を出していたのである。
そう。すべては――。
ヴァロウの手の平の上だったのだ。
その手を使い、ヴァロウはあっさりと槍を取り上げる。
無手となった指揮官に向かって、手を掲げた。
魔力が満ちた瞬間、嵐の塊が発生する。
「地獄で語れ、貴族どもよ。我の名前はヴァロウ……」
「う゛ぁ、ヴァロウだと! ま、まさか貴様――!」
「貴様ら貴族階級を滅し、この世界のシステムを征服するものなり」
「この世界のシステムを征服? 書き換えるというのか。馬鹿な! そんなことできるはずがない!」
「できるさ。覚悟ならもうとっくにできてる! 殺す覚悟も、壊す覚悟も、そして罪を背負う覚悟もな!!」
「や、やめろぉおおおおおおおお!!」
ヴァロウは魔法を放った。
それは殺傷能力のない――ただの突風を発生させる魔法であった。
指揮官は馬の上から吹き飛ばされる。
宙を舞った。
「は! お、大口をたたき折って! そ、そんな魔法など、我が鎧で――!」
次の瞬間、ふわりと宙を浮く指揮官を受け止めるものがいた。
顔を上げる。
鳥人族が妖艶な笑みを浮かべていた。
ひゅるるるるる、と歌いながら、鳥人族は上昇していく。
眼下に見える兵たちの姿がどんどん小さくなっていった。
あまりの恐怖に指揮官はまたを濡らす。
小水が足を伝ってこぼれ、戦場に降り注いだ。
「や、やめろ! 離せ!!」
必死にもがくが、逃れられない。
このまま地面に落下させ、叩きつけるのかと思ったが違う。
他の鳥人族が近づいてくる。
指揮官の両手両足を掴んだ。
「な、何を……」
「どうやら慰み者になるのは、お前の方だな。……いくら無能な指揮官でも、土の肥やし程度にはなれるだろう」
「やめ――――!」
指揮官の腕と足がもがれた。
真っ赤な鮮血がまるで火花のように散る。
残った胴はそのまま地面に落ち、血染めの大輪を咲かせ、さらに兵たちの混乱を誘った。
結局、第二部隊は全滅した。
遅れてやってきた第三、第四部隊はそのむごい死体の山を見て、戦意を喪失する。
それでも人類軍は進軍を続けた。
だが、第二師団が作った要塞と、ヴァロウの巧みな用兵によって、人類軍は総崩れとなり、撤退を余儀なくされる。
一方、第六部隊が壊滅した魔族側には、彼らを追撃できる余力はなかった。
要塞の守りを第二師団に任せ、魔王はとうとうドライゼル城に入城する。
かくしてヴァロウが立てた撤退戦は、ここに完遂されたのであった。
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