第32話 毒の勇者
まさかの複数投稿です。
「さすがですわ、ヴァロウ様」
ヴァロウと一緒に魔馬に跨がったメトラが讃える。
そのヴァロウは表情を1つ変えない。
燃えさかる森を見つめていた。
その中から、仕事を終えた竜人たちがやってくる。
100名の寡兵が、5000名の騎兵隊を破ったのだ。
大勝利といってもいいだろう。
「相手の指揮官が馬鹿だっただけだ。功を焦っていたのもあるだろうがな」
「それでも、ヴァロウ様の策なしにはこの結果は生まれなかったでしょう」
メトラは胸を押さえ、敬服する。
「ところで、戦いになる前にヴァロウ様が言った言葉。あれはどういう意味だったのですか?」
メトラが指したのは、ヴァロウがいった『人類軍の思い込み』という言葉だった。
「ああ。簡単なことだ。これまで魔族軍は策というものを使わなかった。いや、必要なかったといってもいい。これまで質、量ともに優れていたのだからな」
「なるほど……。魔族軍が策を使わないと思ったからこそ、騎兵部隊は誘いに乗ってきたのですね」
「これで、魔族も策を使うと思ったに違いない。次はそれを利用させてもらうとしよう」
ヴァロウは口角を上げるのだった。
◆◇◆◇◆
残存騎兵部隊は1500名。
その中で動けるものは、半数もいない。
一旦騎兵部隊はその後ろを行軍していた第二部隊と合流する。
歩兵と合わせた戦車部隊である。
騎兵隊から情報を聞き、第二部隊は速度を上げた。
竜人族が魔族の要であることは、人類軍の中では周知の事実である。
第一師団がいるということは、魔王が側にいるということだ。
今、ここで魔王を討つ。
第二部隊は奮起した。
その時、手に重度の火傷を負った騎兵部隊の隊長が、前方で何かを見つける。
少し小高くなった丘に、1人の魔族が魔馬に跨がった状態で、第二部隊を睥睨していた。
「あいつは――――!」
騎兵部隊隊長は息を呑む。
彼は覚えていた。
紅蓮に染まる森の中で、まるで悪魔のように光らせていたヘーゼル色の瞳を……。
「お止まり下さい!」
部隊長は、第二部隊の指揮官に懇願する。
「なんだ? 相手は魔族1匹ではないか」
「ヤツです……。ヤツが魔族の指揮官です」
「あいつが! あいつが、騎兵部隊を敗走させたのか!!」
「罠です。きっと策を巡らしているかと……」
「案ずるな。こっちは12000、中には戦車もいるんだぞ」
「ヤツは寡兵で、精鋭の騎兵部隊を壊滅寸前にまで追い詰めました。どうかここはご自重ください」
騎兵部隊部隊長は、騎馬から下りて必死に懇願する。
第二部隊の指揮官はすぐに判断できなかった。
魔族が策を弄したというのは、偶然だと考えていたからだ。
だが、騎兵隊が壊滅寸前にまで追い込まれたことは事実である。
それに随分と魔族領に向かって突出しすぎている。
魔王を討たなければならないとはいえ、退路も確保せずに敵領地に行軍するのはいささか危険だ。
仮に騎兵部隊部隊長の言葉が本当で、やや遅れ気味の第三、第四部隊から分断されれば、少々厄介になる。
ならば、第三、第四部隊を待って開戦する方が安全だろう。
「わかった。一旦ここで様子を見よう。斥候を出せ。丘の様子を探るのだ」
第二部隊の指揮官は指示を出す。
12000の兵たちの軍勢が、たった1人の魔族に翻弄されていた。
◆◇◆◇◆
ヴァロウが丘の向こうで待機していた原隊に復帰する。
1人で人類軍の行軍を止めた英雄を、100名の竜人族たちは讃えた。
「おお!」
「止まった!」
「ヴァロウ様が……」
「お1人で人類軍を止めたぞ!」
魔族軍は沸き上がる。
そんな称賛を浴びても、ヴァロウは涼しげな顔だった。
「さすがはヴァロウ様ですね。敵の疑念を逆手に取るとは……」
「相手の心理を逆手に取るのは、軍略の初歩中の初歩だ。褒められるものではない」
疑念というのは策に引っかかった直後が、1番大きい。
冷静な判断が難しく、「また引っかかったら」と消極的な気持ちになるからである。
故にヴァロウは立て続けに人類を揺さぶるため、単騎で現れたのだ。
「敵はどこまで待ってくれるでしょうか?」
「動きから見て、後ろの第三、第四部隊と合流するつもりだろう。なかなか優秀な指揮官らしい。だが、今回ばかりはそれが仇になったがな」
これで少なくとも1日、いや半日の時間は稼げる。
それだけの時間があれば、第二師団が建設しているはずの要塞に逃げ込むことは可能だ。
第二師団が上手くやってくれているかどうかは、さすがに確認できない。
こればかりは、ヴァロウであろうとも祈るしかなかった。
それに他にも不確定要素がある。
ヴァロウにはまだ、気になることがあった。
もう1度、人類軍の様子を見る。
その時、歓声というよりは戸惑いの声が、人類軍から聞こえてきた。
メトラも気になり、顔を出す。
12000の兵が縦に割れるのが見えた。
その間を、1人の人間が歩いている。
重度の火傷を負い、足を引きずり、荒い息を吐いていた。
今にも倒れそうだ。
だが、その目は確かに敵――ヴァロウたちを睨んでいる。
「あれは『毒の勇者』! 生きていたなんて……」
メトラは横のヴァロウを見る。
さぞかし驚いているだろうと思ったが、ヴァロウはいつも通りだった。
冷えた目で、ボロボロになった勇者を見つめている。
「いかがなさいますか?」
メトラの声は震えている。
あの爆発で完全に『毒の勇者』を仕留められたと思っていた。
だが、彼女は生きていた。
その憎悪を倍増させ、今まさにヴァロウに敵意を向けている。
だが、ヴァロウは言った。
「問題ない……。すでに用意は調えてある」
「あ。まさか……。あれをお使いになるのですか?」
「その通りだ」
ヴァロウは懐から小さな杖のようなものを取り出すのだった。
◆◇◆◇◆
当代最強の勇者の登場。
その心強い援軍に第二部隊が沸き返ったかといえば、そうではない。
むしろ悲鳴が上がっていた。
「『毒の勇者』だ!」
「生きていたのか!!」
「ひぃい! 助けてくれ」
「おい! 下がれ! 下がれ!!」
12000の人波が割れる。
『毒の勇者』に花道を作るかのように、何もない一直線の道ができあがった。
死にかけているのは明白だ。
だが、彼女を手当しようと駆け寄るものはいない。
そして、『毒の勇者』ヒストリアもそれを望んでいなかった。
ただただ魔族がいる方に歩いて行く。
「勇者様、一旦手当をされてみては?」
その時、1人の兵士が歩み寄る。
瞬間、ヒストリアは山猫のような瞳をその兵士にぶつけた。
「ひぃ!!」
兵士は悲鳴を上げる。
その刹那、兵士は白目を剥くと倒れた。
12000の兵士たちは一斉に悲鳴を上げる。
我先に逃げようとするものがほとんどだったが、激昂した兵士の一部が彼女に槍の先を向けた。
「ゆ、勇者様、何をなさ――――」
その兵士も次の瞬間には死んでいた。
周りにいた20名ほどの兵が、同じく倒れ、息を引き取る。
その骸をヒストリアは、無感情な瞳で見下していた。
「撤退せよ! 退け! 退くのだ!!」
第二部隊の指揮官は指示を出す。
その号令を聞いて、兵士たちは散り散りになりながら、その場を離れた。
広い荒野にぽつんと取り残されたのは、『毒の勇者』1人だけである。
味方が周りにいなくなっても、ヒストリアは進み続けた。
その彼女の前に、影が伸びる。
顔を上げると、そこには1人の人鬼が立っていた。




