第28話 ラングズロス崩壊
ヒストリア・クジャリクの生涯は、転落と栄光の繰り返しだった。
彼女が初めて殺したのは、父だった。
酒癖が悪く、よく母親に暴力を振るっていた。
ある時、その矛先がヒストリアに向く。
彼女はぶたれると覚悟したが、その瞬間父は死んでいた。
後にそれはヒストリアの毒の力が覚醒したものによるものとわかるが、この時誰も彼女が殺したとは思わなかった。
医者は急性アルコール中毒と診断し、衛兵は事件性なしとみて、引き揚げていった。
住んでいた町を出て、ヒストリアは母親の故郷で暮らすようになる。
田舎の村で穏やかな日々が続いたが、長くは続かなかった。
村が魔族の襲撃を受けたのである。
それは巨大なオークの群れだった。
建物を壊し、家畜を壊し、そして人を壊す。
安寧の日々が、ヒストリアの前で崩れていった。
そして彼女は、毒の力を発動する。
気が付けば、オークたちは死んでいた。
その時、ヒストリアはようやく気付く。
自分の力に……。
得た一方で、失ったものも大きかった。
村は彼女を残し全滅。
母親も死んでしまった……。
そして彼女はある魔導士に引き取られた。
軍の関係者を名乗る彼は、ヒストリアを徹底的に調べ尽くす。
さらにヒストリアに戦士としての技能と知識を身につけさせた。
幸い彼女には、そういう方面の才能があったらしい。
メキメキと上達し、13歳で初陣を経験した。
しかし、ヒストリアを英雄と讃えるものいない。
彼女は単なる戦略兵器である。
戦場に投入され、魔族たちを殲滅する。
そう言う風に言われることも、見られることも、ヒストリアは慣れていた。
むしろ楽だったのだ。
兵器として徹することが。
そして『毒の勇者』と称賛され、英雄と讃えられるようになった。
一方、ヒストリアは次第に寡黙になっていった。
表情も変えることはない。
唯一彼女とのコミュニケーションは、放たれる殺気だけだった。
向かってくる敵を殺し、逃げる敵を殺し、籠城する敵を殺す。
そして今日のヒストリアは、逃げる敵を追いかけ続けていた。
◆◇◆◇◆
兵たちと共にゴドラムは魔王城に帰ってきた。
閉めきられた巨大な城門の前で、早速声を張り上げる。
「第六師団師団長ゴドラムである! 今、帰った! 開門せい!!」
しかし反応はない。
何度か呼びかけたものの城が開くことはなかった。
仕方なく、別の入口から城の中に入る。
驚きの光景が広がっていた。
もぬけの空だったのだ。
魔族はおろか、鼠一匹存在しなかった。
「ドラゴラン! いないのか! アッガム! 帰ったぞ!」
第一、第二師団の師団長の名前を呼ぶ。
その私室を覗いてみたものの、気配すらなかった。
「一体どこにいったのだ……」
少しの間、ゴドラムは考えを巡らす。
その時、筋肉と根性しかない脳は、ある可能性を導き出した。
「まさか……。撤退したのか!」
ゴドラムは巨体を揺らす。
踵を返し、螺旋階段を上り始めた。
向かうは魔王ゼラムスの居室である。
「魔王様!!」
扉を開け放った。
薄暗い部屋が広がっている。
それはいつものことなのだが、やはり様子は違っていた。
ゴドラムは辺りを窺いながら、部屋の奥へと進む。
いつも部屋の中を漂っている【闇の羽衣】はない。
特になんの変哲もなく、荒らされた形跡もなかった。
ふとゴドラムは思い出す。
(そういえば、あの煙はなんだったのだ?)
戦場から見えた煙……。
あれは確かに魔王城の方角だった。
しかし、火の手どころか煙臭さすら存在しない。
この何もないという状態自体が、まるで幻のようにゴドラムに映った。
「ゴドラム様!!」
慌てた様子で部下が入ってくる。
すると、鬨の声が轟いた。
同時に、剣戟の音が階下の方から聞こえてくる。
「何事だ!?」
「人です! 人間どもが、このラングズロスに侵入しました!」
「なんだと――ッ!!」
ぬかった!
ゴドラムは奥歯を強く噛んだ。
みすみす人間たちをこの魔王城に入れてしまった。
魔族にとって、聖域という場所を……。
戦場から逃げ帰った上に、人間を魔王城に招く結果になってしまった。
魔王様にも、他の副官にもあわす顔がない。
「かくなる上は……」
差し違えても『毒の勇者』を殺す。
ゴドラムはそう覚悟を決めた。
「よし! ワシもすぐに行く!! なんとしても『毒の勇者』を殺すのだ!!」
「はっ!!」
人鬼族の兵は出ていく。
遅れてゴドラムは戦場へと向かった。
その時である。
カサッ……。
何かを踏んだ。
足元を見ると、そこにあったのは紙だった。
何か書いてある。
どうやら手紙らしい。
誰かが書き残したのだろうか。
ゴドラムは指でつまみ上げる。
その手紙の内容を読んだ。
途端、その赤銅色の瞳が大きく開く。
うっとまるでえづくように息を呑んだ。
すると、近くで剣戟の音が響く。
兵が悲鳴を上げながら、部屋の前で倒れた。
だが、ゴドラムは手紙から目を離さない。
やがてやって来たのは、『毒の勇者』であった。
『毒の勇者』は自分よりも倍ほどの背丈がある人鬼を見上げる。
名乗りもなく、ただ手を掲げ、毒を精製し始めた。
その段になっても、ゴドラムは動かない。
すると、呻くようにこう言った。
「己……。ヴァロウめ……」
「ヴァロウ……?」
その時、初めて『毒の勇者』の声が部屋に響く。
ゴドラムの手から手紙が落ちた。
『毒の勇者』の毒が、徐々に彼の巨体を蝕み始めたのだ。
その手紙には、こう書かれていた。
さようなら、親愛なる師団長殿。
あなたの英雄的行為は、後の世にまで語り継がれるでしょう。
ヴァロウ
「う゛ぁろぉぉぉぉおおぉおぉおぉおぉおぉおぉおおおおお!!」
毒を受け、意識が朦朧としながらも、ゴドラムは叫んだ。
その瞬間だった――。
光が部屋の中に満ちる。
ゴドラム、そして『毒の勇者』は等しくその光に包まれた。
刹那――――。
ごごごおおおおおおおおんんんんんんん!!!
凄まじい爆発が、魔王城ラングズロスを木っ端微塵にしたのであった。
◆◇◆◇◆
数百年以上、魔族の拠点としてあったラングズロス城が崩壊していく。
白い煙が上がり、飛び散った破片が周囲の地面に突き刺さる。
さらに城の火薬庫にも点火したのだろう。
二次爆発が起き、足元が崩れると、さらに原型がなくなっていった。
竜の嘶きのような音を立て、石と魔法鉱石で作られた堅牢な城が崩れていく。
その様は、巨大な魔獣の最期を思わせた。
その様子を遠くの山から見ていたものがいる。
遠見鏡を伸ばして、城の崩れ方をつぶさに観察していたのは、ヴァロウそしてメトラだった。
「どうやら、遠隔術式は正常に作動したらしいな」
ヴァロウが軍師時代に確立した遠隔操作できる魔法のことである。
この魔法によって、何度も遠い場所にいる魔族を爆散させた。
準備に時間がかかることが唯一の難点だったが、この作戦を決めてから十分時間があった。
何度も魔王城の構造計算をし、下準備を整え、そして今に至る。
最強軍師の目論見通り、ラングズロスは崩壊した。
「何か少し寂しさを感じますね」
「そんなものか?」
「ええ……。2年もあそこにいましたから」
「そうか……。俺は清々するがな。あの城の構造は最悪だ。子どもの方がもっとまともに作る」
ラングズロスの最初期は小さな城だったという。
だが、魔族の拠点となり、魔王が入城してから肥大していった。
古いものを残し、新しいものをまるで粘土遊びのようにくっつけてきたため、中は迷宮化していた。
迷路にする分には構わないが、ヴァロウにいわせれば非常にムダの多い構造だったのである。
「ゴドラム様と『毒の勇者』は……」
「おそらく死んだだろう。確かに両方ともしぶとそうではあるが、いずれにしろ俺たちやろうとしているのは、撤退だ。時間が稼げれば十分」
「なるほど……」
「では、行くか……」
「はい!」
ヴァロウは馬を引く。
普通の馬ではない。
足が6本もある魔馬である。
通常の馬よりも一回り大きく、足も速い。
難点は稀少であることだけだろう。
ヴァロウは魔馬に跨る。
手を引き、メトラを後ろに乗せた。
少し頬を染めながら、メトラはヴァロウに自分の胸を押しつける。
柔らかな感触と温もりを感じても、ヴァロウの表情は1つも変わらなかった。
最後に1度、ラングズロスの方を向く。
すでに巨大な城は完全に崩れ、瓦礫だけが大地に広がっていた。
「ゴドラム、地獄で待っていてくれ。俺もしばらくしたら、そこへ行くことになるだろう」
魔馬に鞭をくれる。
ヴァロウたちは西に向かって走り始めた。
さよなら、ゴドラム。
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