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【WEB版】叛逆のヴァロウ ~上級貴族に謀殺された軍師は魔王の副官に転生し、復讐を誓う~  作者: 延野正行
4章 ラングズロス撤退戦

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第26話 魔王ゼラムス

 今、ヴァロウの目の前にあったのは、倒れたゴドラムの巨体だった。

 白目を剥き、完全に意識を失っている。


 力では向こうが上。

 だが、ヴァロウは戦術と技だけで、ゴドラムを制してしまった。


「何をしておるかぁ!!」


 背後から慌ただしい足音が聞こえた。

 竜の嘶きのような大声を上げたのは、ドラゴランである。

 その後ろに他の副官の姿があった。


「な! これは――――!」


 ドラゴランは現場に来て、息を呑む。

 ヴァロウと、倒れたゴドラムを交互に見比べた。


「まさかヴァロウ、貴様がやったのか?」


「はい……」


 ヴァロウは頭を下げるように膝を折った。

 後ろの副官たちも、その返答を聞いて目を剥いている。


 沈黙するドラゴランの様子を見て、ヴァロウは「少しやりすぎたか」と考えたが、聞こえてきたのは笑い声だった。


「がはっはっはっはっ! やるではないか! まさかゴドラムが負けるとはな」


 そう言って、ドラゴランはヴァロウの頭を2回軽く叩く。

 軽くとはいえ、ドラゴランの力は強い。

 首が縮みそうだった。


 人類社会において、部下が上司に手を挙げることは許されざる行為である。

 ヴァロウが乱心したのかと思われるだろう。

 だが、ここは人類社会ではない。


 魔族社会……。

 暴力1つで這い上がることができる。

 むしろ、その行為は魔族的だといわれ、時にこのように称賛を受けることがあった。


「大方予想は付くが、どうしてこうなったのか理由をを述べよ」


「恐れながら……」


 ヴァロウは経緯を話す。

 ゼラムスに対する侮辱発言については語らなかった。

 不敬罪となり、なんらかの処罰を受けることになれば、ゴドラムの身動きが取れなくなる。


 ヴァロウにとって、ゴドラムは優秀な道化師だ。

 まだまだ手の平の上で踊ってもらわなければならない。


 話し終えた後、ドラゴランは頷いた。


「やはりそうではないか、と思っておったわ。余程血が上っておったのだろう。頑固だのぅ、こやつも……」


 ドラゴランはやれやれと首を振る。

 軽くつま先で小突いてはみたが、意識が戻ることはなかった。


 すると、涼やかな声が廊下に響く。


「どうしました、慌ただしいですね」


 ゆるやかな薄桃色の髪を揺らし、それは現れた。


「ま、魔王様!!」


 ドラゴラン以下、副官たちは慌てて膝を折る。


 そこにいたのは、【闇の羽衣】を解いた魔王ゼラムスだった。

 ヴァロウは一瞬、呆然とする。

 それが初めて見たゼラムスの姿だったからである。


(これが、魔王か……)


 見た目は豊満な肢体を見せびらかした娼婦のように映る。

 ただ敵意も殺意も剥き出すことなく、穏やかな表情を浮かべていた。


 しかし、その圧迫感は違う。

 魔力の差は圧倒的だ。

 ただ立っているだけなのに、空気が歪んで見えた。


(俺たち人類は、こんな化け物と戦おうとしていたのか……)


 気がつけば、ヴァロウの服にじっとりと汗を滲んでいた。


「なるほど。状況を見るに、彼がゴドラムをこのようにしたと察しますが……」


「は、はい。お察しの通りでございます、魔王様」


「そうですか」


 すると、ゼラムスは副官たちの脇を抜け、ヴァロウの方へ近づいてくる。

 ヴァロウはまだ膝を折り、頭を垂れたままだ。

 顔を下げ、なるべくゼラムスを見ないようにしている。

 目をあわすだけで、何か飲み込まれそうな圧力を感じた。


 ゼラムスはぴたりとヴァロウの前で止まる。

 やがて手を差し出した。


 何か罰を与えられるのだろうか。

 ヴァロウは身を硬くする。


 だが、軍師の予想は珍しく外れた。


 わしゃわしゃ……。わしゃわしゃ……。


 あろうことか、ゼラムスはヴァロウの頭をなで始めたのである。


「お強いのですね、ヴァロウ」


「あ、ありがとう……ございます……」


 思いがけない言葉に、ヴァロウは戸惑いを禁じ得なかった。


「撤退作戦案……。興味深く拝見させていただきました。賢いのですね、あなたは……。良ければ、わたくしの先生になっていただけませんか?」


「お戯れを……」


 ヴァロウは言葉を絞り出すのが精いっぱいだった。

 ゼラムスはそれを見て、まるで生娘のように笑う。


「ふふ……。ヴァロウ、どうかその知略を以て、ゴドラムは助けてあげてください。彼はとても頑固ですが、すべては魔族のためにしていることです。よろしくお願いします、ヴァロウ」


 そう言い残し、魔王ゼラムスはその場を後にした。



 ◆◇◆◇◆



「直接魔王様にお目にかかったのですか!?」


 素っ頓狂な声が、ヴァロウの私室に響く。

 声の主はメトラである。

 驚いた彼女は、入れていた紅茶をこぼしてしまった。


 だが、ヴァロウは咎めない。

 ティーカップを取り上げると、まず匂いを嗅ぐ。

 芳しい香りが胃の中にまで満ちていき、癒してくれる。

 すると、かすかな音を立てて、紅茶を口にした。


 身体が温まっていくのを感じる。

 緊張した筋肉がほぐれているのがわかった。


 ヴァロウは胸元を開く。

 いまだに玉のような汗が浮かんでいた。


「ああ……。おそらく、凄まじく強い。あれを倒すのは至難の業だろうな」


「そうですか……。それでは計画が……」


「心配しなくていい。魔王と対峙することになるのは、ずっと先だ。むしろ、今会えて良かったと思う。対峙してからあの雰囲気を知れば、取り返しの付かないことになっていただろう」


「問題はゴドラム様の件ですね」


「いや、それも問題ない」


「え?」


「明日――いや、今日の夜にはおそらく動きがあるはずだ」


「では、私たち何を……」


「それまで2人で紅茶を楽しめばいい」


 ヴァロウはティーカップをメトラに掲げる。

 メトラの白い頬が、ポッと赤くなった。

 自分の分の紅茶を入れると、ひっそりと2人はお茶会を始める。


 人類軍の侵攻が5日後に迫る中、ヴァロウの私室には、良い茶葉の香りが漂っていた。



 ◆◇◆◇◆



 次の日。

 ヴァロウは私室で朝食を取っていると、荒々しく私室の扉が開け放たれる。

 その入口に立っていたのは、ドラゴランだった。

 大きな口を開け、息を切らしている。

 相当慌てた様子だった。


(やはり……。動いたか……)


 ヴァロウはドラゴランの姿を見ながら、目を細める。

 息を切りながら、ドラゴランは口を開いた。


「やはり……。貴様はいるか」


「どうされましたか、ドラゴラン様?」


「どうされたかではない! お前の上司がいないのだ」


「ゴドラム様が?」


 すると、今度はメトラが私室に飛び込んできた。


「報告します、ヴァロウ様。――――あっ! ドラゴラン様!」


 メトラは魔族式の敬礼をして畏まる。

 ドラゴランは軽く首を振る。


「よい、メトラ。何があったか、報告せい!」


「は、はい! 第六師団が私たちを除き、昨日の夜中に出兵した模様です」


「くそ! やはりか……。功をあせりおって、ゴドラムのヤツ。『毒の勇者』は化け物だ。昨日、会議で残っている全軍で当たると決めたというのに」


 ドラゴランは尻尾で床を叩いた。

 鋭い音が、ヴァロウの私室に鳴り響く。


「その様子だと。お主たちには声がかからなかったようだな。まあ、昨日のこともある。声をかけづらかったのだろう。……とりあえず、わしは出るぞ。ヤツを犬死にさせるわけにはいかない」


「お待ち下さい、ドラゴラン様」


「なんだ? お主は我が部下ではない。具申を申すなら、上司であるゴドラムに申せ」


「ならば、その上司を説得しようと思います」


「無駄だ。昨日のヤツの様子を見たであろう。お主の言葉に耳を貸すヤツではない」


「では、1つ確認させていただけませんか?」


「確認だと? 一体、何を確認するのだ?」


「そ、それは……。返答しかねます」


 ヴァロウは横を向く。

 ドラゴランはまた尻尾を床に叩きつけた。

 すると、机を挟んでヴァロウの胸倉を掴んだ。

 昨日のゴドラムと一緒の状況である。

 だが、ヴァロウは竜人族の硬く冷たい皮膚を掴んだだけだった。


「言え! 一体貴様は何を隠しているのだ」


「もう1度いいます。返答しかねます!!」


 ヴァロウは叫んだ。

 メトラは立っているのが精一杯だった。

 ドラゴランの迫力に、気圧されていたのだ。


 しかし、嵐のような殺気にもヴァロウは屈しない。


 頑なに口を閉ざした。


 やがて、ドラゴランは剣を抜く。

 とうとうヴァロウの喉元に突き付けた。


「言え……。でなければ、お前の首を切る」


 その刃はすでにヴァロウの薄皮を切っていた。

 一条の血の筋が浮かび、鮮血が垂れる。

 ドラゴランの力は強い。

 今の体勢からでも、硬い人鬼族の首骨を叩き斬ることができる。


 それはヴァロウも重々承知していた。


 それでも口を閉ざす。


「わかった。ここで貴様を斬る!」


「お待ち下さい!!」


 叫んだのはメトラだ。

 半分腰を抜かしながら、唇を震わせていた。


「ヴァロウ様がお隠しになられていることを、私は知っています」


「メトラ!!」


 今度は、その上司であるヴァロウが叫ぶ。

 首を振り、メトラに「喋るな」と合図した。

 だが、ドラゴランは剣を引くと、そのヴァロウの口を塞ぐ。

 そのまま長い首をぐるりと動かし、メトラを睨め付けた。


「なんだ、メトラ……。申してみよ」


「はい……。昨日、ヴァロウ様がゴドラム様に言われたのです」


「言われた?」


 …………。


 メトラは逡巡する。


「言え……」


 そう冷たい殺意が、再びドラゴランから放たれると、彼女は観念したようにこう告げた。


「ヴァロウ様は、ゴドラム様にこう言われたそうです」



 お前、人類軍に来るつもりはないか? と……。


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