第25話 御前会議
早速、新章開幕です!
それは約2年前に遡る。
当時、最前線の要であったルロイゼン城塞都市を占領した人類軍は、勢いそのままに魔族領に雪崩れ込んだ。
ルロイゼンの英雄といわれた軍師――ヴァロウ・ゴズ・ヒューネルを欠いた人類軍であったが、破竹の8連勝を遂げ、魔族領を一気に制圧、支配下に置いた。
その立役者となったのが、1人の勇者の存在である。
ヒストリア・クジャリク。
彼女はその当時に置いて、最強と謳われた勇者であった。
その特筆すべき能力は『毒』。
あらゆるものを一瞬にして殺せることから、ヒストリアは『毒の勇者』といわれていた。
その名前は、仲間はおろか敵である魔族たちにも知られることとなる。
生き物の肉体だけでなく、魔法やその道具の効果すら消滅させてしまうことから、魔王の絶対防御【闇の羽衣】ですら消してしまうのではないか、という憶測が流れると、魔族たちは一層戦々恐々としていた。
やがてヒストリアが率いる人類軍第五部隊は、当時の魔王城ラングズロスから5日という距離に迫る。
現状、ヒストリアを止められるものはいないのではないか、と思われていた。
実際、当時の第三、第四師団の師団長が為す術なく殺されている。
同時に、魔族軍の中でも比較的兵力が豊富な第三、第四師団は壊滅的な打撃を受け、魔族はあっという間に窮地に陥った。
これを受けて、魔王城では御前会議が行われている。
そこで提起されたのは、魔王城からの撤退作戦だった。
魔王ゼラムスを1度安全な場所へ退避させた後、反攻の機会を窺う。
場所は、西にある古城ドライゼル城。
海と山に囲まれ、道中は道幅の狭い3つの街道を使うしかない。
防衛がしやすく、さらに肥沃な土地もある。
反攻の機会を窺うには、打って付けの場所だった。
その理路整然とした作戦を立ち上げたのは、第六師団師団長補佐ヴァロウである。
必要なことを、シンプルにかつ論理的に説明を終えると、黒板に向かった身体を上司たちが並び座る大テーブルへと向けられた。
「馬鹿か、貴様は!!」
どんと机を叩いたのは、魔王の副官にして第六師団師団長ゴドラムである。
つまりはヴァロウの直属の上司であった。
当時、ゴドラムの力は副官の中でも絶大だった。
年と実績においては、同じ魔王の副官のドラゴランが上であったが、戦歴の華々しさでいえばゴドラムが上であった。
ドラゴランとゴドラム――この2枚看板が、時にいがみ合いながら、魔族軍を引っ張って来たのである。
そのゴドラムは4本の牙が突き出た口を開き、怒鳴りつけた。
「撤退など以ての外だ!! 貴様がどうしてもというから、御前会議に出席させてやったのに、なんだ撤退作戦とは!? ワシの顔に泥を塗るつもりか!!」
ゴドラムは空気が震えるほどの声で、怒鳴り付けた。
それにドラゴランも呼応する。
腕を組み、神妙な顔で1つ頷いた。
「ゴドラムと同じ意見というのは忌々しいが、全くその通りだ。まさかこのラングズロスから撤退するなどという言葉を聞くことになるとはな」
ヴァロウを一睨みする。
この時、まだドラゴランとはほぼ初対面にあり、まだ信頼関係が構築されていない時期だった。
ドラゴランはゴドラムと比べて静かであったが、怒りの具合がビリビリとヴァロウに伝わってくる。
一方、ドラゴランの意見を聞き、ゴドラムは大きく頷いた。
「全くだ! 人類に背を向けて逃げるなど、言語道断だ!!」
「尻尾を巻いて逃げるのではありません。最終的に勝利するための布石だと考えていただきたい。それに『毒の勇者』によって、すでに2人の副官の方々が戦死しております」
「ワシらも死ぬというのか!!」
ゴドラムはすかさず怒りをぶつけてくる。
「策がなければ、勝てないといっているのです」
「策などいらんわ。正面突破しうち砕いてくれる」
「『毒の勇者』の能力をお忘れになられたのですか?」
「知っておるわ。だが、その能力が発動する前に、叩きつぶせばよい!」
「それができなかったから、他の副官の方々は亡くなったのです」
第四師団の魔狼族はスピードを以て、その能力を封じようとした。
だが、その前に能力は発動され、もがき苦しみ、一太刀も入れずに死んだ。
第三師団の死霊族は、強力な魔法によって封じ込め緒戦は善戦する。しかし、その魔法効果すら殺され、最終的には師団はヒストリアと人類軍第5部隊に壊滅させられた。
個々の能力だけでは、『毒の勇者』は攻略できない。
かくなる上は、魔王自身にご出陣いただくことだが、魔王の副官たちはその話になると、途端に口を閉ざした。
ヴァロウとゴドラムは、部下と直属の上司という間ながら、激しく火花を散らす。
しかし、ドラゴランはおろか、他の2名の副官たちもゴドラム側だった。
やはり徹底抗戦を訴える。
孤軍奮闘するヴァロウに、援軍を送ったのは思いも寄らぬ相手であった。
「皆、聞きなさい……」
【闇の羽衣】の向こうから声が聞こえる。
その主は魔王ゼラムスだった。
「このヴァロウなる者……。とても優秀な人鬼と感じました。良い部下をもちましたね、ゴドラム……」
「は……? あ、いえ……。ありがとうございます、魔王様」
ゴドラムは慌てて頭を垂れた。
「ヴァロウは、これ以上の被害を抑えるために撤退作戦を立案してくれました。これは魔族を守るためです。魔族の代表として、捨て置くことはできません」
「し、しかし……。人族どもに背を向けるなど……」
「採用しろとはいいません。ただ蔑ろにはするな、とわたくしは申しているのです」
「わかりました、魔王様」
応じたのは、ドラゴランだった。
「では、これからヴァロウが提案した作戦をもう1度検証しよう……。ヴァロウはもう下がってよい」
「……わかりました」
ヴァロウは引き下がる。
邪魔者として排除されたことは、明白であった。
検証したところで、覆ることはない。
魔王ゼラムスは味方になってくれたのが、せめてもの救いだろう。
だが、彼女1人でどうにもならないだろう。
魔王という立場は、人間でいう「王」とは少し違うらしい。
人間で言う王は、すべての権限を有している。
そして、時に戦場へ出て、指揮し、気質によっては自ら剣を振るうものもいる。
だが、魔王ゼラムスはそうした動きを見せたことは1度もない。
軍事作戦会議に出席こそするが、意見を出したことはないし、作戦を発令することすらしない。
それらはすべて魔王の副官の役目である。
以前、ゴドラムに聞いたことがあるが、魔王とは『象徴』なのだという。
ただそこにあって、魔族が守らなければならないもの。
それだけなのだという。
それは魔族の習性なのか。
人間では理解しがたい考え方だった。
いずれにしろ、撤退作戦は否決される。
だが、この時からヴァロウの策略は始まっていた。
そう。
もうすでに、この会議室にいる魔王ゼラムス及び副官たちは、ヴァロウの手の平の上で踊っていたのである。
扉を見ながら、小柄な人鬼は笑みを浮かべていた。
◆◇◆◇◆
ヴァロウは御前会議が行われている部屋の前で待った。
さほど時間はかからず、会議室の扉が開け放たれる。
まるで大きな砲弾のように飛び出してきたのは、ヴァロウの上司であるゴドラムだった。
その上司は「まだいたのか」と鼻頭に皺を寄せた。
部下の出迎えを無視して、廊下を歩き始める。
その後をヴァロウは追いかけた。
「会議は如何でしたか?」
「如何でしたもこうもない! 徹底抗戦に決まっておろう! 今すぐに出て、第六師団の力を見せつけてやるわ!」
「今から出陣するのですか? しかし、『毒の勇者』は強い。撤退は考慮に入れるべきです。魔王様も――」
「魔王様に少し褒められたぐらいで、つけあがるなよ、小僧!」
ゴドラムは振り返る。
大きな声で叫ぶと、それは一陣の突風となり、ヴァロウの髪を揺らした。
すると、ゴドラムはハッとなって顔を上げる。
何かに気付くと、たちまち顔色が変えた。
「お前、まさか魔王様と通じているのではないのか?」
「何を言って――――」
「魔王様とて、魔族のメスよ。可愛い顔をした人鬼とあらば、寵愛したくなるのは道理であろう……」
「俺は今日、初めて魔王様にお会いしたのです。それに、その発言は魔王様に対する侮辱――」
「うるさいぞ、小童が!!」
ゴドラムはヴァロウの胸倉を掴んだ。
人鬼は赤鬼となって、自分の部下に怒りをぶつける。
しかし、ヴァロウも1歩も引かなかった。
自分の身が危ないというのに、内心でため息を吐く。
(やれやれ……)
いつもこうなのだ、この上司は。
直情的で、無鉄砲。
軍事においてもまるでバカの1つ覚えのように中央突破を繰り返す。
その度に、受けなくていい損害を被る。
敗北すれば、気持ちが足りていないと部下を叱りつけ、精神論を振りかざして叱咤する。
補佐役のヴァロウの意見など聞いた試しがない。
挙げ句に上司に対するセクハラである。
おそらくゴドラムの頭の中には、筋肉と根性しか入っていないのだろう。
ヴァロウはそう本気で考えていた。
「なんだ、その反抗的な目は――!」
ゴドラムはさらにヴァロウをねじり上げる。
(やれやれ……。やはり、そうなるか。致し方ない)
ヴァロウは1つの決断を下す。
そのためには、まずこの危機を脱する必要があった。
ゴドラムの力は強い。
だが、技がない!
瞬間、ヴァロウはゴドラムの手を取った。
伝わってくる力に逆らわず、逆にそれを利用する。
まるで水のようにゴドラムに密着すると、軽くその巨体を投げ飛ばした。
轟音が魔王城の廊下に響き渡る。
ゴドラムは背中を強打した。
だが、人鬼の肉体は鋼そのものだ。
多少のダメージはあるだろうが、ゴドラムが悲鳴を上げることはなかった
むしろ自分が投げ飛ばされたことに驚き、ポカンと天井を眺めている。
だが、ショックを受けていたのは、わずかな時間でしかなかった。
「貴様ぁ!!」
ゴドラムは雄叫びを上げた。
すぐに立ち上がると、ヴァロウの方へ突進してくる。
速さはない。
目線の動きから何をしようとしているか丸わかりだった。
これが、魔王の副官かと思うと、呆れて何もいえない。
心技体、すべてにおいて最悪な上司であった。
勝負は一瞬だった。
ゴドラムは利き手を伸ばし、掴みかかろうとする。
だが、ヴァロウはすでに予想していた。
補佐として、ただ黙ってついていたわけではない。
ゴドラムの数少ない動きのパターンは、すでにヴァロウの頭の中にあった。
伸ばした手をあっさりとかいくぐる。
脇に潜り込むと、ヴァロウはゴドラムの横っ腹に拳打を突き入れた。
人鬼の身体の構造は、人のそれと酷似している。
急所の位置も、ほぼ同じだった。
「ぐはあっ!!」
ゴドラムは胃の内容物を吐瀉する。
ヴァロウの拳が深く突き刺さり、悶絶した。
すると、ゴドラムの顎が下がる。
上司と比べて一回り小さいヴァロウにとって、絶好の位置だった。
顎の急所に拳打を突き入れる。
その衝撃は凄まじい。
ゴドラムの筋肉と根性が詰まった脳を激しく揺らした。
ぐるりと白目を剥く。
巨体はゆっくりと後ろに倒れ、大きな音を立てるのだった。




