第24話 膝枕
15,000pt突破しました。
ブクマ、評価いただいた方本当にありがとうございます!
引き続きよろしくお願いします。
第六師団の援軍に、第四師団が決まり、いよいよヴァロウの周りも慌ただしくなってきた。
私室で政務に励み、ルロイゼンでの編成を考える。
すると、ヴァロウは呼び出しを受けた。
相手はドラゴランでもなければ、他の副官でもない。
魔王本人からだった。
その間に向かう。
いつもならドラゴランが付き添いでいるのだが、今日はいない。
呼び出されたのは、ヴァロウだけだった。
またあの薄暗い部屋に通される。
周りに視線を放つが、誰もいない。
護衛すらいなかった。
本当にヴァロウ1人らしい。
「ヴァロウ、近くへ……」
魔王の声にハッとする。
前を向くと、【闇の羽衣】が晴れていた。
暗がりのため、まだ魔王の姿は見えない。
が、組んだ足は見えた。
青白く、むっちりとしている。
女好きな男が見れば、涎を垂らしたことだろう。
それほど魅惑的だった。
だが、ヴァロウは無表情だ。
ただ言われるまま近づき、いつもの距離で膝を折る。
「ヴァロウ、参上いたしました」
顔を伏せる。
だが――。
「ヴァロウ、近くへ」
同じ言葉が聞こえた。
ややいぶかりながらヴァロウは1歩前にである。
「もっと近くへ……」
また1歩進む。
「もっともっと……」
思い切って、2歩進んでみた。
それでも――。
「もっともっともっと……」
と指示が飛ぶ。
いつしかヴァロウは魔王のすぐ側まで寄っていた。
「まあ、それぐらいでいいでしょう」
唐突に魔王は玉座から立ち上がった。
ヴァロウの方へと近寄ってくる。
当然、ヴァロウは警戒した。
さすがに、この事態は想定外だったのだ。
もしかしたら、自分が元人間のヴァロウだとバレたのか。
そう思って理由を考えてみたが、最近どうも思考能力が鈍くなっているらしい。
真っ当な答えは出てこなかった。
そして、薄闇から魔王は現れた。
腰まで広がった薄桃色の髪。
ゆるやかな曲線を描いた金色の瞳。
弾けんばかりの大きな胸は魅惑的に揺れ、細いくびれはそっと手を伸ばしたくなるほど艶めかしい。
ドレスを横から裂いたような奇抜な衣装は、前と後ろで表面積がまるで異なっており、その豊満な肢体が露わになっていた。
こう表現すると、まるで娼婦のように思えるだろうが、まさにその通りであろう。
頭を覆うように巻いた角と、力強い竜の翼がなければ、ヴァロウとてそう認識したかもしれない。
だが、纏う空気は他の魔族とは全く違っていた。
地面に杭を刺したように堂々としており、こちらが抱きかかえられているような包容力を感じる。
これが魔族の頂点……。
魔王ゼラムスである。
最初に声をかけたのは、ゼラムスの方であった。
「久しぶりですね、ヴァロウ」
「久しぶり?」
「あ……。そうですね。一昨日、ここで会いましたものね。……つまり、わたくしが言いたいのは、こうして【闇の羽衣】を解き、あなたの前に現れたことが、久しぶりといったのです」
「そういうことでしたか……。思慮が足らず、申し訳ありません」
ヴァロウは深く頭を垂れる。
ゼロムスは慌てて手を振った。
「良いのですよ、ヴァロウ。そう畏まらなくても……」
「いえ。そういうわけには……」
ヴァロウは姿勢を改めようとはしない。
すると、ゼラムスは少しキョトンとした後、プッと噴き出した。
「相変わらず頑固ですね、あなたは。わたくしが命令すると、たいていの魔族は言う通りにしてしまうのですが……」
「…………」
「……こうして面と向かって話すのはいつぶりでしょうか、ヴァロウ?」
「おそらく2年前の撤退戦以来かと……」
「そうですか? あれからもう2年も経つのですね」
ゼラムスは目を細めた。
少し遠くを見るように天井の闇を見つめる。
「副官の仕事は大変ではありませんか?」
「いえ。すべては魔族の繁栄のため。そして魔王様のため。苦しくなどございません」
「連日、政務に励んでいると聞きましたよ。疲れていませんか?」
「心配していただきありがとうございます。この通り問題ありません」
「本当に?」
「はい。魔王様の前で嘘は申しません」
ヴァロウはあくまで表情も言葉も硬く、応答した。
魔王に忠誠を誓う部下としては、満点の回答であっただろう。
しかし、何故かゼラムスはお気に召さなかったらしい。
むぅ、と頬を膨らませる。
眉間に皺まで浮かんでいた。
すると、何を思ったのだろうか。
ゼラムスはペタリと大きな尻を付け、座った。
次々と予測不能な動きをするゼラムスに、さしもの最強軍師も慌てる。
「ま、魔王様! 何をなさっているのですか。床は汚のうございます」
「大丈夫ですよ。毎日スライムたちが床についた汚れや小さな細菌まで食べてくれています。食堂のテーブルよりも綺麗ですよ」
ゼラムスは正座の姿勢を取る。
むちむちした太股が、握り飯のように並んだ。
すると、ゼラムスはその太股をペチペチと手で叩く。
「さあ――!」
何かをアピールするのだが、ヴァロウはピンとこなかった。
ただ首を傾げ、困惑する。
何かの儀式かと思い、覚えている知識の範囲内で検索してみたが、魔族にも人類にも該当するものは見当たらなかった。
(もしかして、魔王特有の何かなのか?)
ならば、わからないのも当然だ。
人類はおろか、魔族ですら魔王の生態について知らない部分が多い。
魔族になって15年の若いヴァロウが知るよしもなかった。
「何をしているのです?」
「え? あ、いや……。その――」
「ん? もしかして膝枕を知らないのですか?」
…………。
え?
「今、なんと?」
「膝枕ですよ、ひ・ざ・ま・く・ら・!」
ゼラムスは常用語で5文字、古代語で10文字の言葉をはっきりと口に出していった。
(膝枕!!)
ますますヴァロウは戸惑っていた。
いや、膝枕を知らないわけではない。
子どもの頃、よく孤児院のシスターにやってもらったものだ。
たまにメトラに耳掃除をしてもらう時に、そういう体勢になることもある。
ワーオーガの耳は人間よりも大きいため、よくゴミが溜まるのだ。
し、しかしである。
(何故に今……。膝枕なんだ?)
ヴァロウは逡巡している。
すると、ゼラムスから催促がかかった。
「どうしました? 魔王のわたくしが許可しているのです。それとも命令しましょうか?」
ゼラムスはキッとヴァロウを睨む。
その時になって、ようやくヴァロウはゼラムスが何故か怒っている事に気付いた。
何か粗相をしただろうか。
得意の思考をフル回転させるものの、やはり当てを得ない。
ずっと迷っていても仕方がない。
如何に最強軍師のヴァロウであろうとも、今ゼラムスの機嫌を損ねるわけにはいかなかった。
「よろしいのですか?」
「はい……」
ゼラムスの顔に、ようやく笑みが浮かんだ。
何かの罠かと思うのだが、ゴブリンの穴に入らずんばゴブリンを得ずという言葉がある。
とりあえず指示に従った。
ヴァロウもまた床に尻を付ける。
慎重に身体を傾け、そしてゼラムスの太股に頭を着地させた。
まず最初に思ったのは――。
(柔らかい……)
――だった。
ゼラムスの肌の柔らかさもさることながら、その太股がヴァロウにとって絶妙な位置にあり、吸い付くようだった。
あれほど混乱していた頭が真っ白になっていく。
何も考えられない。
自然と気持ち良く、身体がリラックスし始める。
すると、何か魔法にかかったかのように瞼が重くなってきた。
しかし、魔王から魔力は感じない。
魔眼系の能力かとも考えたが、そうでもなかった。
単純にヴァロウの眠気から来るものである。
「気持ちいいですか、ヴァロウ?」
「は、はい……」
「それは良かった。では、このままお眠りなさい」
「いえ……。しかし、俺にはせぇ……む…………が…………」
ぷつりと意識が途切れる。
すぅすぅと寝息を立てて、ヴァロウは眠ってしまった。
◆◇◆◇◆
ゼラムスには一目見てわかった。
ヴァロウが疲れていることに。
それは仕方がないことだ。
撤退戦から2年。
彼は常に全速力で駆け抜けてきた。
いや、そのずっと前から走っていたのかもしれない。
だから、もしヴァロウと会うことあらば、彼を休ませようとゼラムスは決意していた。
きっかけは1通の嘆願書である。
「メトラ……。そこにいますね。お入りなさい」
ゼラムスは声をかける。
すると、そっと大扉から現れたのは、ヴァロウの補佐役であるメトラだった。
入ると、すぐにかしづく。
「この度は、私のような下賤な魔族の嘆願を聞いていただきありがとうございます」
「良いのです。わたくしがこうして迫らない限り、彼はずっと走り続けたことでしょう」
ゼラムスはそっとヴァロウの髪を掻く。
黒い髪は子どものように柔らかだった。
その寝顔を、ゼラムスは愛おしそうに見つめ。
それは魔王という存在からは遥かに遠く、慈愛に満ちあふれていた。
まるで聖母のようである。
「ヴァロウは良い部下をもちましたね。これからもよろしくお願いします、メトラ」
「はい。ありがとうございます、魔王様」
メトラは深く頭を下げる。
「それにしても、少し大きくなりましたね、ヴァロウは」
「もう2年ですからね。あの撤退戦から……」
「はい。今でも覚えていますよ。彼がまだ第六師団の師団長ではなく、その副官であった時のことを」
ゼラムスはまた目を細める。
その目は遠い――かつての魔王城ラングズロスの会議室に向けられていた。
3章「決闘編」はこれにて終了です。
ここまでで面白かった! と思った方、
是非ブクマ・評価お願いします
そしていよいよ4章では、2年前にヴァロウが立てた撤退作戦が始まります。
ますますヴァロウの活躍が光る章となりますので、引き続きよろしくお願いします。




