第19話 帰還
2章、最終回です。
ロアリィは地面に尻を付けたまま呆然としていた。
顔を手で覆い、朝日が来ても顔を上げることはない。
ただその胸中は、たった1つの自問に埋め尽くされていた。
「これからどうすればいいんだ……」
絞り出すようにいった。
テーランを治めた総督府に反旗を翻し、その親族を討ち取った。
中央を説得するために、ゴドーゼンの領主であり、元勇者のステバノスをテーランに呼び込むまでは良かったが、結局手に掛けてしまった。
果たして自分たちのしてきたことは、間違っていたのだろうか。
ロアリィはぼやけた思考の中で、必死に答えを探し求めた。
打ちひしがれるロアリィの元に、仲間が駆け寄ってくる。
何か慌てた様子だった。
「ロアリィ、来てくれ! 商人が来た!」
「は? 商人? そんなまさか……。今、私たちと商売する商人など」
仮にいたとしても、中央や他の大要塞同盟の都市に睨まれることになる。
とにかく来てほしい。
仲間に言われて、テーランの城門に向かう。
残っていたステバノスの兵たちはすでにゴドーゼンに引き返していた。
今、城門はもぬけの空だ。
仮に魔族が攻めてこようものなら、あっという間に蹂躙されるだろう。
しかし、その城門前にいたのは魔族ではなく、ターバンを巻いた優男だった。
「わたくし、ペイベロと申します。以後お見知りおきを……」
「本当に、あんた商人なのか?」
「ははっ。なら、大道芸でもして見せましょうか?」
ペイベロは手を広げて戯ける。
殺伐としていた空気が、少し和らいだように感じた。
「何を売ってくれる?」
「なんでもでございます。食糧でも、日用品でも……。そうですな、武器というのも取り扱っておりますよ」
「武器……」
「はい……」
するとペイベロは後ろの荷台の幌を解く。
すべての荷物を見せた。
そこには日用品や食糧に交じって、武器も並べられていた。
「おお……」
壮観な眺めにロアリィは思わず唸る。
夢にまで見た食糧が朝日に輝いていた。
「いかがでしょうか?」
「買わせてくれ。全部だ」
「武器もですかな?」
「もちろんだ。……あ、でもお金は――――」
「後でも結構ですよ」
「い、いいのか?!」
「はい。皆様、お困りのご様子……。お代を取るなんてことはできませんよ」
「あ、ありがたい」
ロアリィはペイベロの手を強く握る。
その手に涙が落ちた。
その光景は彼がステバノスと出会った時のものと重なる。
「では、わたくしはこれで――」
「もう行くのか。ゆっくりしていってくれ。今、何もないが……」
「ご厚意は嬉しいのですが、これからまた得意先を回らなければならないので」
ペイベロは荷を下ろすと、馬車を引いて街道を引き返していった。
ロアリィはその後ろ姿を見送る。
その側には、喉から手が出るほどほしかった食糧があった。
「まるで妖精につままれたようだ……」
だが、確かに現実だ。
ロアリィは荷物からそっと剣を取る。
鞘から抜き放った。
親指の先で刃に触れると、ぷくりと鮮血が滲んでいく。
夢ではない。
本物の武器だった。
「決めた」
ロアリィは剣を掲げた。
「戦おう」
この世界は間違っている……!
◆◇◆◇◆
「あれでよろしかったのですか?」
ペイベロが尋ねた相手はヴァロウだ。
彼と合流し、一行はルロイゼンへの帰途についていた。
2台の馬車の片方にはメトラが手綱を引き、その荷台には足を伸ばしたザガスが豪快な鼾を立てて眠っている。
ペイベロが引く馬車にはヴァロウ。
荷台には大量のスライム。
周りにはゴブリンがついてきていた。
アンデッドは捨ててきた。
彼らの動きは鈍い。
その歩調に合わせると、ルロイゼンに戻るのに1週間もかかってしまう。
ただ彼らには帰巣本能のようなものがあり、最初にアンデッドを作った術者の魔力を辿る機能が付与されている。
放っておいても、いつかルロイゼンに戻ってくるのだ。
ペイベロの質問に、ヴァロウは黙って頷いた。
すると、ペイベロはふっと息を吐く。
「恨みますよ。商人のわたくしに無料の奉仕をさせるなんて」
「あれは投資だと思えばいい」
「投資というなら、一体何の利が返ってくるのですか?」
ペイベロは尋ねる。
賢い彼も、いまだヴァロウの狙いが読み切れていなかった。
彼がしたことは、テーランから食糧を奪い、ゴドーゼンの補給部隊を襲っただけだ。
はっきり言えば、嫌がらせとしか思えなかった。
だが、ヴァロウは明確に答える。
それもたった一言だった。
「時間だ」
「時間?」
眉を顰めたのは広い街道で馬車を併走させたメトラだった。
同じくペイベロの顔も曇る。
答えを聞いても、やはりヴァロウの思考においついていなかった。
「今回の事件がきっかけにして、大規模な反乱が起こるだろう。テーラン、そしてゴドーゼンでな」
「テーランはともかく、ゴドーゼンもですか?」
「ゴドーゼンも兵の9割近く失った。くわえて、領主ステバノスの凶行が明るみになった。不満を持った人間が声を上げるのは容易く想像が付く」
「そうか!」
半ば興奮した様子で、ペイベロは唸った。
「2都市を焚き付け、大規模なものに発展すれば、周辺の大要塞同盟諸都市は、その内乱の鎮圧に向かわなければならない」
ペイベロの声を聞いて、メトラもまた得心した。
「なるほど。テーランとゴドーゼンの民衆は合わせて25000。それほどの暴動を治めるのは簡単なことではない」
そこにヴァロウが説明を加えた。
「大要塞同盟は本国リントリッドから独立した都市同盟だ。もし、それが崩れれば、同盟に認められた自治権を剥奪される恐れがある。他の同盟都市は躍起になって、内乱を鎮圧しにくるはずだ。いつでも潰せるルロイゼンの魔族よりも、暴動鎮圧を優先するだろう」
「なるほど。そこに時間が生まれるというのですね。今のうちに、軍備を増強し、来たるべき決戦のために力を蓄えるというわけですか。さすがは、ヴァロウ様です」
メトラは手綱を持ったまま震え上がった。
顔を上気させて、ヴァロウをうっとりと眺める。
「いやはや……。げに恐ろしいのは、一都市の食糧庫を空にしただけで、広大な大要塞同盟を揺るがす事案を作ったことですよ。その深い知謀……。もはや脱帽するしかありません」
ペイベロは本当にターバンを脱ぐ。
紺色の髪が、やや肌寒い朝の空気に揺れた。
「しかし、ヴァロウ様。時間を作って何かなさるのですか? わたくしには、あなたがルロイゼンの書斎にずっと引きこもって、内政を安定化させる姿がどうも思い浮かばないのですが……。何か面白いことをお考えなのでは?」
「ふん。なかなか聡いな、ペイベロ」
「お褒めにあずかり恐縮です」
「内政の方は、エスカリナとお前に任せるつもりだ。励めよ」
「なんと……。とんでもない仕事を押しつけられたものです。それで、ヴァロウ様はいかがされるのですか?」
「俺は本国に戻る」
「本国? まさか?」
「俺の本国といえば、1つしかない」
魔王城ドライゼルだ……。
これにて『2章 テーラン反乱編』終幕です。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。
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