第174話 2人の騎士
サーガフォレスト様にて、
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パチッ……。
破裂音は聞いて、オルタンシアは我に返った。
頬が熱い。
当然だ。
今、彼女の目の前に大火が燃えさかっていた。
紅蓮の光を放ち、オルタンシアのつぶらな目の中でユラユラと揺れている。
燃えていたのは反政府系新聞社『シーク』が入る建物だった。
王都では珍しくない4階建ての建物の2階に、『シーク』がある。
特に燃えていたのは、その2階部分だった。
すでに窓から火を吹いている。
部屋の中にあった記事の紙らしく屑が、窓から飛び出し空へと舞い上がっていく。
1枚、目の前に落ちると、オルタンシアは拾い上げた。
その時、自分が震えていることに気付く。
燃えかけていた記事はかろうじて読める。
ヴァロウをインタビューした記事のゲラだった。
ごごごごごごごご……。
突如、轟音が鳴り響く。
野次馬の悲鳴が上がった。
倒れるぞ、と消火に来た衛兵たちが叫んでいる。
建物が崩れようとしていた。
決して居心地の良い仕事場ではなかった。
鉄製の階段は今にも抜けそうなほど錆びていたし、2階なのに雨漏りもひどかった。でも、たくさんの思い出が詰まっていた。
現実感のない光景の中で、オルタンシアはふとある人物の顔が浮かぶ。
「編集長!」
そうだ。
編集長はどこにいるのだろう。
うまく避難しただろうか。
最近運動不足が祟って、腰痛に苛まれていた。
果たして、逃げることに成功しただろうか。
オルタンシアは弾けるように飛び出した。
しかしすでに遅い。
衛兵たちに止められる前に、建物は倒壊する。
まるで意識を失った拳闘士のように前のめりになり、向かいの建物に一部が激突すると、通りを塞ぐように倒れた。
オルタンシアは膝を突く。
つぶらな目を大きく見開き、2年世話になった新聞社を見つめた。
「そんな…………」
短い言葉を呟くのが精々だった。
しばし呆然と火と煙に巻かれ、オルタンシアは粉々になった新聞社を見つめる。
だが、感傷に浸る時間も、その犯人を推測する時間も、まして編集長の安否を気遣う時間などない。
何故なら、彼女の後ろに黒い影が迫っていたからだ。
「オルタンシア・ルシエンテスだな……」
振り返ると、火と煙に紛れるように2人の黒装束の姿があった。
顔まで隠し、性別すら不明だが、聞こえてきたのは男の声だが、喉をつぶしたようなだみ声だ。
そして、その手には暗殺者が使うような刃渡りの短いナイフが握られていた。
野次馬は崩れた建物を見つめている。
衛兵たちはその野次馬を下がるよう指示に躍起になっていた。
小さな栗鼠族の獣人が、今悪漢に襲われているなど、誰も気に止めている様子はなかった。
黒装束たちは「死ね」と「殺す」とも言わない。
ただ息苦しい程の殺意だけを向けて、オルタンシアにナイフを突き刺そうとしていた。
今まさに殺されようとしている時に、オルタンシアが気になったのは、男の頭にあった突起だ。黒い布で覆われているが、それはまるで角のように見える。
まさか――――と思ったが、新聞社が燃えたばかりで、すでに絶望の淵に立たされていたオルタンシアにとっては、ひどくどうでもいいことだった。
ギィンッ!!
だが、黒装束が持つ凶器がオルタンシアに振り下ろされる事はなかった。
その一瞬前に、刃物を弾いたものがいたのだ。
それも2人同時に……。
オルタンシアは見えたのは、外套だった。
冒険者や、あるいは英雄譚に出てくる勇者が羽織っていそうな真っ青な色の外套だ。
続いて、端整な顔に、真剣な表情。
短めの癖ッ毛は炎のように揺らいでいた。
まるでヒーローのような登場だ。
オルタンシアは興奮を抑えられない。
一方、黒装束も動揺している様子だった。
その反応だけで、両者の派閥が違うことがわかった。
突如現れた外套男は踏み込む。
横薙ぎに払った剣をさらに返し、逆に薙いだ。
黒装束もぼうと見ていたわけではない。
すぐに体勢を整えると、1歩引いた。
そこでようやく周りの野次馬が、黒装束と外套男に気付く。
火事現場で始まった刃傷沙汰の方に目を向けた。
これで助かった……。
オルタンシアはホッと胸を下ろす。
しかし、それで終わらなかった。
黒装束が姿をさらしても、退かなかったのだ。
よほどオルタンシアを殺したいらしい。
「こっちだ!!」
「え?」
外套男はオルタンシアの手を引く。
側にあった裏路地へと逃げ込んだ。
1歩遅れて、黒装束も追ってくる。
(何これ……)
オルタンシアは戸惑っていた。
目の前には自分を救ってくれた外套男。
その彼に今自分は手を引かれている。
背後には、オルタンシアの命を狙うもの……。
まるで貴族令嬢が読む乙女向けの英雄譚の世界にでも迷い込んだようだった。
(読んだ事はないけど……)
前置きする。
どう考えても命の危機だというのに、茶番めいた状況のおかげでオルタンシアの思考は徐々にはっきりし始めた。
「あなた、何物?」
「僕の名前は、アールフ」
「アールフ?」
「悪いけど、下の名前は言えない、これでも密命を受けていてね」
「まさか政府の人間?」
「……?? なんでわかったの?」
「な、なんとなく……」
何となくとは言ったが、それなりに確証はあった。
アールフの剣や防具が、軍の官給品だからだ。
魔族が仕掛けた呪いの武器のおかげで、今官給品の管理は厳しくなっている。
民間の人間では、早々手に入らないからだ。
「なんで政府の人間が? 私は――――」
「オルタンシア・ルシエンテス。21歳。栗鼠族。スリーサイズは……」
「ちょっと!!」
「冗談だよ。……そして反政府系新聞社『シーク』の新人記者。さらに魔族にインタビューしたのも君だろ」
「そこまで知って、何故……」
「君を助けるか――か。まあ、それは後ろの2人を撒いてからだね。足に自信は?」
「獣人を舐めないで下さい。それに仕事でもね」
「それは良かった。とにかくあの2人を撒くことだけを――――」
急にアールフは止まる。
思わずオルタンシアはつんのめり、アールフの背中に激突した。
しかし、アールフは全く揺らがない。
ただじっと裏路地の暗闇を見つめている。
そうこうしているうちに、黒装束にも追いつかれた。
カシャ……。
鉄靴の音が響く。
前方から近づいてくるのがわかった。
「弱ったな。挟み撃ちされるとは……」
アールフの額に汗が流れる。
オルタンシアに武力はない。
ひたすらアールフの背中に隠れるしか術はなかった。
不意に裏路地で光ったのは、凶刃だ。
黒装束の方ではない。
前方で光ったのを、オルタンシアは見逃さなかった。
やがて鉄靴の音が止まる。
同時にその全貌が露わになった。
女の騎士だ。
真ん中を2つに分けた赤紫色の髪。
口元を薄い布で隠し、ブレストアーマーと鉄靴という割と軽装を身に纏っていた。 長身である一方、腰幅は狭く、猫のようにしなやか。
青紫色の瞳は山猫のように鋭く、それがまた女の魅力の1つではあったが、広いおでこから顎に、さらに首筋に向かって伸びる縫合のあとが、すべてを台無しにしていた。
異様な女騎士だった。
いや、異様と言えば、握っている武器からして違う。
細い片刃の剣。
柄の拵えは簡素で、鍔がない。
ロングソードよりも長く、洗濯物をかけるにはちょうど良い長さだった。
(あれ? この人…………)
どこかで見たことがある。
直接会ったことはないが、記事か『シーク』の片隅に置かれた古い記事で読んだような覚えがあった。
新作「300年山で暮らしてた引きこもり、魔獣を食べてたら魔獣の力を使えるようになり、怪我も病気もしなくなりました。僕が世界最強? ははっ! またまたご冗談を!」という話を書きました。
300年山の中で暮らした主人公が、魔獣を食べたことによって尋常ならざる強化をされてしまったお話です。『叛逆のヴァロウ』が好きな人でも楽しめる作品となっておりますので、是非見に来てくださいね。




