第173.5話 記者の帰還(後編)
「すげぇな……」
反政府新聞『シーク』の編集長は、新聞を広げながら呟いた。
側で声を聞いたオルタンシアは、ピンと耳を立てる。
2年の付き合いだが、編集長は滅多に褒めることはないし、驚くことも少ない。
長い報道人生を歩んできたからだろうか。
どこか世界を冷めてみている節があるように、オルタンシアには映っていた。
その編集長が、感嘆の息を漏らしている。
それも記事を読んでだ。
新聞はヴァロウのインタビューが掲載されたものである。
記事のチェック、校正も何度も読んでるはずなのに、食い入るように文字を目で追っている。
ネタから記事まで、ほとんどオルタンシアが書き上げた。
おそらく、今後これ以上の新聞は書けないだろう。自分でも会心の出来だった。
オルタンシアは思わず尻尾を揺らす。
それがバレたのか。
編集長は新聞から顔を上げて、鋭い眼光を光らせた。
「お前の記事じゃねぇよ」
ピシャリ……。
わかっていたが、オルタンシアはペタンと耳を倒した。
「褒めたのは、このヴァロウの答えだ」
編集長は手の甲で新聞を弾く。
オルタンシアは覗き込んだ。
それはヴァロウが、かつての英雄ヴァロウ・ゴズ・ヒューネルなのか、とその真偽を問うた時に答えたものだ。
『しかし、そこまで彼と私が似ているというのは、偶然の一致だと片付けるのも無理がある。私はアズバライト教の信者でもなければ、なんらかの神を信奉する者でもないが、神の悪戯、運命の歯車、因果――そういった要素が働き、私をヴァロウ・ゴス・ヒューネルとたらしめるのであれば、いつかその望みに応えることができるでしょう』
もう1度記事を読み上げながら、愛煙家の編集長は胸ポケットを漁る。
だが、無情にも恋人の姿はない。
仕方なく灰皿に手を伸ばし、しけもくを口にくわえた。
「否定はしつつ、だが望みと期待を残してやがる」
「私には、ヴァロウ・ゴズ・ヒューネルの代わりに私たちを救ってやる、という風にも思えました。まるで私たちにエールを送っているような」
「ニュアンスとしてはそうだ。いや、それよりも質が悪い。こっちを熱狂的にさせておきながら、自分は国境の向こうにいるのだからな」
「まるで国を追われた王子様が、他国の王女と結婚して、国の再興を目指す――英雄譚にありがちな展開ですね」
「ありがちだから許されるんだよ。わかりやすいんだ。このヴァロウさんは、かなり頭が切れるぞ。あっという間に、魔族の英雄ではなく、人類の英雄になっちまったんだからな」
ヴァロウが切れ者だということは、インタビューをしていて、嫌と言う程理解ができた。
だが、実際出会った印象を他人や記事にして伝えることは、難しい。
淡々とインタビューの内容を掲載したことが、功を奏したということも考えられるが、編集長がそして人類圏の人間たちが、こうまで熱狂的になったのは、やはりヴァロウの受け答えであろう。
如何にすれば、人類を熱狂させ、自身を英雄へと担ぎ上げてくれるか。
振り返ってみれば、それを理解した上での受け答えだったようにも思う。
現に、オルタンシアは質問をすればするほど、ヴァロウに心酔していくような感覚を受けた。
魔法の影響もあったのかと疑ったが、その後反政府組織に所属する魔法使いに調べてもらったが、痕跡は見つからなかったという。
記事ができたにもはできたが、真にフラットな記事を書けたかどうか、正直自信がなかった。
「それにお前の個人質問も良かったぞ」
「へ?」
滅多に人を褒めない編集長から、お褒めの言葉を聞き、オルタンシアは思わず固まった。
編集長は新聞をピシリと伸ばし、質問部分を読んだ。
『ヴァロウ様とメトラ様は、付き合っているのでしょうか?』
「ぷっ!」
編集長は笑う。
褒めたかと思えば、肩を揺らしてケタケタと笑い出したのだ。
オルタンシアは思わず食べ物を含んだ栗鼠のように、頬を膨らませた。
「へ~ん~しゅ~う~ちょ~う~」
「そりゃ笑うだろう。まさか魔王の副官に、ゴシップ新聞の記者みたいことを聞くんだぞ。こりゃ傑作だ」
編集長の丸い腹を抱えて、大笑いした。
オルタンシアは顔を赤くするしかない。
彼女の思惑とは裏腹に、オルタンシアの最後の質問は好評だった。
いつの時代も他人の色恋というのは、万人に受けるものだ。
世界の縮図や、戦争の結果、生活が悲惨な時ですら、人類は興味を示すものらしい。
(いや、こんな世の中だからこそ、みんなゴシップネタが好きなんでしょうね)
質問者オルタンシアは、少し複雑に肩を落とした。
「何を落ち込んでるんだよ? お前が聞いたんだろうが」
「はい。その通りです」
「それにお前の質問はな。あの魔族の軍師ですら考えていなかった効果を発揮した。英雄に色恋は付きものだ。付き合っている人間――じゃなかった――守る相手がいれば、民衆は一層熱狂する。一瞬だけど、お前はあの魔王の副官に勝てたんだよ」
「そんな気は全然しませんけど……」
「当たり前だ。お前はまだまだひよっこだからな。ほら。無駄話してる時間があったら、足を動かせ。ネタは足でとってくるもんだ」
「私、一応お尋ねものですよ」
こうしてヴァロウのプロパガンダは大成功に終わる。
この出来事は、ヴァロウの予測を超えて、一気に人類との和平へと加速していくとは、この時誰も予想だにしていなかった。




