第172話 インタビュー・ウィズ・ヴァロウ
魔王の副官。
そして今や新魔王城ゲーディアにおいて、最大勢力を誇る第六師団の師団長。
その人鬼族ヴァロウが淹れてくれた紅茶は、思いの外――いや、もしかしたら世界一と言っていいぐらいおいしかった。
とはいえ、オルタンシアは珈琲派だ。
紅茶は元々上流階級の飲み物であるため、なかなか庶民が嗜むことはない。
それでも「美味い」とはっきりわかるほど、ヴァロウが淹れてくれた紅茶はとても卓越していた。
紅茶以上に印象的だったのは、ヴァロウの表情であろう。
部屋に入ってきたのは、氷の彫像でできたような冷たい印象のある人鬼族の青年だった。
だが、椅子に腰掛け、紅茶を楽しみ始めた人鬼族の顔は一変する。
白い湯気が漂う熱気に、その氷の仮面がぽろりと落ちたのか、実にリラックスしているように見えた。
これが紅茶の力というなら、恐ろしいものだ。
飛ぶ鳥落とす勢いの魔王の副官の感情を、変えさせるのだから。
飲みながらオルタンシアは考える。
ヴァロウ・ゴズ・ヒューネルもまた紅茶好きだったことは、よく知られている。
嘘か誠か。戦地においても、紅茶を飲む習慣を欠かさなかったらしい。
同じ名前。
紅茶好き。
軍略家。
共通点は多い。
違うのは、ヴァロウ・ゴズ・ヒューネルは人族である一方、ヴァロウは魔族であるということぐらいだろう。
(転生……。それとも、魔族化……)
転生の魔法が完成したという話は聞いたことがない。
人間が魔族になる事例もだ。
他の記者から渡された質問の中にも、同じような疑問があった。
果たしてヴァロウはどう答えるだろうか。
そこは1つの注目ポイントになる。
いずれにしろ、仮にヴァロウ・ゴズ・ヒューネルと同一人物だとしても、オルタンシア他記者たちは、荒唐無稽な記事を書かなければいけなくなる。
「さて、落ち着いたところで、そろそろ始めてよろしいかな。オルタンシア殿」
「はい。よろしくお願いします」
オルタンシアはペンを取った。
◆◇◆◇◆
オルタンシア(以下『オル』):
まず初めに、お招きいただきありがとうございます、ヴァロウ様。
早速ですが、今回人間の記者を魔王城に招き、そのインタビューに答えると決断された理由をお聞かせいただけますでしょうか?
ヴァロウ(以下『ヴァ』):
まずオルタンシア殿に勇気と敬意を称したい。危険を承知で、遠路はるばる魔王城にお越しいただいた――その勇気を称えたいと思います。
オル:ありがとうございます。
ヴァ:では、質問の件について。ご承知だと思いますが、我々は獣人族の傭兵部隊『ベヒーモス』の亡命を認めました。理由として、彼らと我々の目的が一致したからです。獣人族は21年ほど前まで人族と争っていました。皮肉にも我々の侵略が、2つの種族をくっつける機会となりましたが、その後も獣人社会において、獣人の地位は向上していないと伺いました。
その点に置いては、オルタンシア殿の方が詳しいかと思いますが……。
オル:仰る通りです。人族との戦争が終わり、我々と人族は和解しました。しかし、我々の地位はいまだ低いままです。未だに政府系企業や官舎には、獣人の姿がありません。
ヴァ:なるほど。未だに差別が横行しているということですね。
オル:とはいえ、獣人の中には人族の中での生活をよしとしない者も多いことは事実です。自然の中で自然に暮らすことが、獣人にとって自然である考えるものも多い。地位向上を叫ぶ声が本格的に聞こえてこないのは、そういう事情があるからでしょう。
ヴァ:そうした獣人たちを密猟し、奴隷として働かせている者もいると聞きました。
オル:はい。私も被害者の1人です。幸いにも私が身を寄せた先の貴族の方々には、よくしてもらいました。でも、私は希有な事例でしょう。……さて話を戻しましょう。つまり、ヴァロウ様は魔族と獣人の共通の敵である人類側を討つために、同盟を結んだ――そういう解釈でいいのでしょうか。
ヴァ:討つというのは半分おかしい。我々は停戦状態にあるのですから。ですが、人類は我らの同盟相手である獣人の森に武力行使を行おうとした。それを阻止するための選択だったということです。
オル:そのために獣人の森を国家として認めたということですか。
ヴァ:突然、獣人の森を国として認めたことに賛否両論があることは聞いています。ですが、現在魔族と人族の間に国際法のようなものはない。
オル:国際法?
ヴァ:魔族と人族が守るべき共通の法律と呼べばいいでしょうか。そもそもリントリッド王国という国の成り立ちにしても、曖昧でしょう? 確たる証拠もなく、あそこに国が建っている。我々もなんとなくあそこに国があると認識しているだけです。
オル:確かに。言われてみればその通りです。
ヴァ:その点において、獣人の森はまだはっきりしている方でしょう。魔族側と100万人以上の信者を持つ、アズバライト教の聖地が認めているのですから。これ以上、国としてはっきりさせるのであれば、先に述べたような国際法が必要になってくるでしょう。
オル:獣人の森には独自の政治体系があり、50万人以上の獣人がいまだあそこで生活していますしね。
ヴァ:その通り。それほどの規模の群体が、境もなく暮らしていることの方が、世界的に見ても稀だと私は認識しています。さて、最初の質問に戻って、我々がどうして人類側のインタビューを受けることにしたのかですが、こうした大義があったとしても、我々が魔族というだけで情報がねじ曲げられることを恐れたからです。いや、我々はいい。停戦状態ではありますが、我々と人族は水と油だ。しかし、同盟者である獣人まで、誤解を受けることになってはいけない。それ故に、我々はインタビューを受けることにしました。
オル:なるほど。獣人側に配慮したというわけですね。
ヴァ:同盟相手に配慮することは、当然ですから。
◆◇◆◇◆
その後も、オルタンシアの代表質問が続いた。
質問は以下のようなものだ。
・ヴァロウの人類への印象
・リントリッド王国の評価
・今後の動向
・アズバライト教のような宗教について
中には、ヴァロウがリントリッド王国を統治するならば、というとんでもない質問まであったが、ヴァロウは気さくに、時にユーモアを交えながら答えてくれた。
残念ながらルロイゼン城塞都市を陥落させた方法といった軍事上の質問には答えてくれなかったが、それは仕方ないことだろう。
特にリントリッド王国の圧政についての質問が多いのは、反政府報道機関らしいものだった。
そして、ついにあの質問の番がやってくる。
◆◇◆◇◆
オルタンシア(以下『オル』):
さて次の質問です、ヴァロウ様。この質問はおそらく人類圏の中でもっとも支持され、多くの国民が知りたいと思っている質問です。
ヴァロウ(以下『ヴァ』):
ほう……。それは興味深い。どのようなものでしょうか?
オル:まずお伺いしたいのですが、約15年前に亡くなった人類軍最強の軍師のことは知っているでしょうか?
ヴァ:ヴァロウ・ゴズ・ヒューネルのことですね。彼は裏切り者と聞いています。人類の中で、その名を口にする者は少ないと聞いていますが。
オル:確かにヴァロウ・ゴズ・ヒューネルは王女を殺した大罪人です。彼を英雄視するような集会は禁止され、彼が出した著作はすべて焼かれてしまいました。それでも、彼を求める声を止んでいません。そして今回、あなたの名前は人類圏に広く知れ渡ったことによって、最強の軍師ヴァロウ・ゴズ・ヒューネルが戻ってきたと信じる者も少なくない。教えて下さい。あなたの名前と、かつての英雄が一致した――これは単なる偶然なのでしょうか?
◆◇◆◇◆
オルタンシアは問い詰めた。
ペンを握る手に自然と力が入る。
今までいくつかしてきた中で、もっとも緊張した。
一方、先ほどまで勢いよく質問に答えていたヴァロウは、些か答えに窮していた。
すでに冷め切っていると思われる紅茶を一口飲み、舌を潤す。
向こうも緊張しているのだろうか、オルタンシアは少し首を傾げた。
いよいよ口が開く。
「偶然ではないでしょうね」
オルタンシアは反射的に息を飲み込んだ。
一瞬、頭が真っ白になった。
だが、すぐに自分の使命を思い出す。
メモ帳にペンを走らせることを忘れて、オルタンシアは身を乗り出した。
「それはつまり、あなたとヴァロウ・ゴズ・ヒューネルが……」
「ふふふ……。それは早計というものでしょう。あなたはヴァロウ・ゴズ・ヒューネルが魔族に転生し、魔王の副官となって人類社会に復讐を始めた――とでもお書きになりたいのか?」
「それは――――」
「そう。あまりにも荒唐無稽すぎる」
「ですが――――」
オルタンシアがさらに食い下がろうとした時、ヴァロウは待ったをかけた。
「忘れないでいただきたい。私は『偶然ではない』と言ったのですよ」
何か茶化されているような気もする。
それでもオルタンシアは前のめりにならざるえない。
確かに荒唐無稽であるが、仮にだ。
彼が本当にヴァロウ・ゴズ・ヒューネルというならば、おそらく世界はひっくり返る。
人間が魔族に転生した――いや、そんな事実ではない。
あの英雄が生きていた。
それだけで、今圧政の下で暗い顔をして日々過ごしている人間が蘇る。
反政府の機運は一気に高まり、打倒リントリッド王国という言葉が高々と響くはずだ。
そして、その先頭はきっと――――。
記者歴の浅いオルタンシアでも、そこまでシナリオを描くことができる。
自分よりも遥かに頭のいいヴァロウであれば、さらなる完全勝利の策略を思い付くはずだ。
この質問は同名を一致させることだけではない。
英雄の復活を示唆しているのだ。
さあ、一体何を言う……。
オルタンシアはヴァロウの次の言葉を待った。
「はっきり申し上げて、私とヴァロウ・ゴズ・ヒューネルは別人です。当たり前でしょう。彼は人間、私は魔族だ。確かに彼との共通点があることは、私も承知している。だが、それが揺るがぬ事実です」
「はい。その通りです」
「しかし、そこまで彼と私が似ているというのは、偶然の一致だと片付けるのも無理がある。私はアズバライト教の信者でもなければ、なんらかの神を信奉する者でもないが、神の悪戯、運命の歯車、因果――そういった要素が働き、第三者から見て、私をヴァロウ・ゴス・ヒューネルとたらしめているのであれば、いつかその望みに応えることができるかもしれない」
新作「魔物を取るな、とハンターギルドに言われたので、料理ギルドに転職したら、好待遇な上においしいものまで食べれて幸せです。魔物が増えたから復帰してくれと言われたけど、もう遅い。」という作品を書きました。
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