第170話 反政府系新聞社
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ヴァロウとペイベロが仕掛けた情報戦は、人類領内で猛威を振るっていた。
あまりにセンセーショナルな獣人たちの亡命。
さらに獣人の亡命政府と魔族が手を結んだこと。
『獣人の森』を新たな国として認知すること。
これまで誰もやらなかった……。
いや、考えもつかなったことを、魔族は提案してきた。
その発起人がヴァロウという名前であれば、尚更報道機関も力が入る。
政府はデマだと吐き捨てたものの、あまり効力はない。
反政府系報道機関が、ペイベロが横流ししている資金の一部を使って活発に活動し、民衆に真実を伝えていた。
王都で暮らす獣人や、その他地方都市で奴隷として働いている獣人たちにとって、それは希望だ。
そのため獣人の中に、反政府組織に入隊するものも現れ始めていた。
さらに地方都市では、大本営ともいえるリントリッド王国王都の権限の弱さを指摘するものも現れた。
立て続けに起こった大きな敗戦。
魔族との停戦交渉でもいいようにやられ、獣人の亡命政府の宣言まで許した。
地方都市の君主でもなくても、今人類軍に勢いがないことは一目瞭然だろう。
一方、地方領主にとって怖いのは反乱だ。
反政府組織が日に日にその勢力を地下で蓄えていることは、彼らも肌感覚でわかっている。
加えて、一般市民の間でも長い戦争に疲れ、反戦の声を上げるものが多い。
そういう勢力が合流し、かつての同盟領の反乱のように膨れ上がることを懸念しているのである。
そもそも地方都市も、今は元気がない。
度重なる戦争により、人手も戦費も絞り取られているからだ。
故に、領主の中にはすでに反政府組織と結託するものも現れた。
ヴァロウがルロイゼン城塞都市を占領した時のことを思えば、こうした人類圏の動揺は考えられないことだ。
だが、ルロイゼン城塞都市でのヴァロウの振る舞い。
そして今現在における旧同盟領に住む人類の扱い。
アズバライト教聖地の防衛などなど、こうした動きはすべてペイベロを通じて、反政府組織に伝わり、民間レベルで流布されていた。
ある世論調査によれば、魔族に対するイメージについて問われた時、半年前までは「良い」と答えた人間がほぼ0だったにもかかわらず、最新の調査においては、「良い」と答えた人間は3割以上にも上ったという。
こうした民間の意識が変わったのには、今回の亡命騒ぎとヴァロウの名前があったことは勿論だが、そうした下地はヴァロウがルロイゼン城塞都市を占拠していた時から始まっていたのである。
ヴァロウは情報戦をさらに加熱させるため、さらに手を打つ。
それを聞いたペイベロは一瞬眉を動かした後。
「かしこまりました。すぐに手配いたします」
恭しく頭を下げた。
執務室からペイベロが出て行くのを見送った後、メトラは少々心配げにヴァロウに尋ねる。
「よろしいのですか、ヴァロウ様? またこの魔王城に人間を招くのですよ。以前のような騒動が起きる可能性も……」
「それならそれで対処のしようはある。だが、あまり心配していない。すでにドラゴラン様と魔王様には許可も取っている。案ずるな、メトラ」
ヴァロウはメトラを安心させると、目の前の執務に戻っていった。
◆◇◆◇◆
ペイベロから反政府組織を経由し、もたらされたのは意外な提案だった。
「ヴァロウ氏の独占インタビュー!?」
素っ頓狂な声を上げたのは、反政府系新聞社『シーク』の記者オルタンシアである。
あっと声を上げ、周囲の記者たちの視線に気付いた。
人族が集まる会議の場で、獣人は彼女1人だけだ。
その静まり返った地下の会議室で、オルタンシアは栗鼠族特有の尻尾を丸めて縮こまった。
ペイベロからもたらされた提案について話していたベテランの記者は、こほんと咳払いをする。
「その通り。ヴァロウ氏の独占インタビューをすると言ってる。こんなチャンスは滅多にない」
場所は、と早速記者から質問が上った。
「それが問題なんだが……。場所は魔王城ゲーティア――つまりは魔族の懐だ。向こうは魔族の幹部だからな。仕方がないだろう」
記者から多少の不満は出たが、概ね好意的だ。
しかし、問題は魔族がひしめく魔王城でのインタビューという点である。
魔王城の中に入れることは、記者としては願ったり叶ったりだ。
美人のサキュバスでも付くなら最高のツアーになるだろう。
けれど、リスクが高すぎる。
停戦しているとはいえ、向こうの本拠地なのだ。
「向こうは、安全は保証すると言っている。誰か手を上げるものはいないか?」
促すも、記者たちの反応は渋い。
互いに顔を見合わせながら、細かい議論を行ったが結局手を上げるものはいなかった。
ただ1人を除いては……。
「いないのか? 弱ったなあ。千載一遇のチャンスなんだぞ」
「あ、あの~~……」
弱々しい声が聞こえる。
皆の視線が動く。
オルタンシアが小柄な身体を目一杯伸ばして、手を上げていた。
それでも、大人の人族にはわからないほど、栗鼠族は背が低い。
6、7歳の子どもと変わらないのだ。
「私が行きます!!」
ふんとオルタンシアは鼻息を荒くした。
◆◇◆◇◆
「うわあ!」
オルタンシアは客車の中で悲鳴を上げた。
馬車が小石を踏んだのだろう。
客車が一瞬斜めに傾くと、走らせていたペンが大きく斜めにずれたのだ。
ヴォロウに対する質問を馬車の中で纏めていたのだが、その質問状に大きく斜めの線が出来てしまった。
それを見て、オルタンシアは極度の緊張と、こんがらがる自分の頭を表現するかのようにペンをグルグルと回す。
最後に貴重な紙をくしゃくしゃにした。
インタビュワーに決まってからというもの、質問内容がうまくまとまらない。
他の記者からの質問を預かってきているので、それを本人の口から聞くだけでも意義があるし、十分記事になるだろう。
でも、それらの質問を見ても、オルタンシアはピンとこなかった。
自分が聞きたいことと、何か違う気がしたのだ。
オルタンシアは、6歳まで『獣人の森』で過ごした。
だが、そこで人間の密猟者にさらわれ、一家共々奴隷として売り飛ばされた。
それによって、一家はバラバラになる。
彼女の買い手は、貴族だった。
非常に人の良い人で、闇市場で誘拐してきた獣人を買うような人間には見えなかった。
後でわかったことなのだが、奴隷商人が闇市場と繋がりがあることを知らなかったらしい。オルタンシアも「戦災孤児」だと聞かされていたそうだ。
貴族はオルタンシアを我が子のように接してくれた。
そこで学問や、一通りの礼儀作法などを学んだ。
家族を探すために貴族の家から出ていく際にも快諾してもらい、オルタンシアは思春期を最高の形で過ごすことになる。
19歳になり、王都に出てくると、家族の情報を得るために報道機関の入社を熱望する。
しかし、獣人ということもあり、政府系の報道機関には悉く落ちてしまった。
貴族のこともあり、反政府活動にはあまり興味はなかったが、反政府系新聞社『シーク』の入社試験を受け、今日に至るというわけだ。
「質問と言えば、入社した当時、編集長に『私が入社できたのって、獣人だからですか?』って詰め寄ったことがあったけなあ」
若気の至りだ。
今振り返ると随分と不躾な質問をしたと思う。
だが、あの時は必死だったのだ。
読み書きできるだけで、獣人は珍しがられる。
でも、オルタンシアは獣人ではなく、オルタンシアという自分を認めてもらいたくて、躍起になっていた時があった。
それは多分、街中に出ればいつも色眼鏡で見られることに対する反発だったのだろう。
「確か編集長、ニヤリって笑ってこう答えたっけ?」
目上だろうとなんだろうと、お前なら聞きたいことをそのまま図々しく聞くことができると思ったからだ。
「今思うと失礼しちゃうわ。そんなに私は試験の時、図々しかったかな?」
オルタンシアは眉間に皺を寄せた。
ガシャン……。
突然、馬車が止まる。
オルタンシアは座っていた客車の椅子から転げ落ちた。
インクがこぼれ、白いシャツに染みとなって広がる。
「ちょ! 何事?!」
ぎゃああああああああ!!
直後、悲鳴が上がる。
オルタンシアは身を竦ませた。
その脳裏に、6歳の時村に現れた密猟者の姿がまざまざと蘇る。
そっと客車のカーテンを開け、外を覗き見た。
真っ暗闇だ。
実は馬車は真っ暗な夜の森を進んでいた。
最近、反政府組織の動きが活発化していることを受け、主要な街道ではいくつもの検問が設けられている。
さらにその街道から離れた場所でも、騎兵による巡回が行われていた。
厳しい取締のおかげで、昼間の移動はほぼ不可能。
そのため夜の移動に加えて、街道を大きく回り込むようなルートを通らなければならなかった。
護衛も付け、警戒していたが、それでも政府側の警戒網に引っかかったらしい。
直後、蹄の音が近づいてくる。
おそらく政府の騎馬兵だろう。
「情報通りだったな」
男のそんな声が聞こえる。
オルタンシアはキュッと心臓が締め付けられた。
おそらく自分が魔王城に向かうことが、どこからか漏れたのだろう。
こういう事態は予想していなかったわけではない。
反政府勢力が大きくなればなるほど、政府側の間諜が潜り込みやすくなるからだ。
しかし、今誰がスパイなのか、詮索する時間はない。
このままでは死んでしまう。
栗鼠族は他の獣人と比べれば夜目が利かないが、人間よりはマシだ。
森の中に逃げ込めば、生還できるかもしれない。
オルタンシアは騎兵たちがいる方とは逆方向の扉を開ける。
そっと外に出て、闇に紛れようとした。
だが――。
「動くな……」
冷水に浸した刃のような声が、オルタンシアの身体を強ばらせた。
振り返ると、短刀を持った男が睨んでいる。
暗殺者だ。
騎兵とは別に、気配を消して立っていた。
持っている短刀には血がついている。
護衛を殺したのは、この暗殺者だと、すぐに推測が吐いた。
オルタンシアに戦闘能力はない。
あっという間に木の根元に追い詰められる。
そこにさらに騎兵たちが集まってきた。
「可愛い記者だな。しかも獣人とは……」
「どうする?」
「殺せ。魔王城に行くなんて、生け贄にされたようなものだ」
違うと叫びたかったが、刃物を前にしてオルタンシアは完全に居竦んでいた。
「反政府組織でも、結局獣人は使い捨てなのだな」
「ち、違う……。私は自分で――――」
さすがに頭に来て反論したが、暗殺者に冷たい殺意をぶつけられ、黙るしかなかった。
「もう黙れ……」
ついに短刀が振り上げられる。
オルタンシアは死を覚悟した。
ヒュッ!!
何かが風を切った音だけが聞こえた。
ついで生暖かいものが首筋にかかる。
死んだな、オルタンシアは覚悟したが、いつまで経っても死神のお迎えは来ない。
さらにくぐもった悲鳴が続き、馬が立ち上がって嘶く声が聞こえた。
何が起こっているのかわからない。
それは仕方ないだろう。
オルタンシアは目をつむっていたからだ。
それに気づくのに、たっぷり5拍かかった。
すると、オルタンシアはゆっくりと目を開ける。
騎兵も暗殺者も、皆死んでいた。
全滅だ。
「ひっ――――」
オルタンシアが悲鳴を上げそうになったが、口を押さえ付けられた。
その臭いに、オルタンシアは懐かしさを感じる。
むせ返るような獣臭が、鼻腔を衝いたからである。
続いてオルタンシアが見たのは、立派な牙と獰猛な瞳、そして雪原のように白い体毛だった。
(白狼族……?)
すると、白狼族は指を自分の口に押し当てる。
しーっと合図した。
人の声が聞こえる。
同時に追跡犬の吠声も……。
どうやら仲間はこれだけではなかったらしい。
「オルタンシアだな?」
その質問に、オルタンシアは黙って頷いた。
すると、白狼族はそっと手を離す。
ようやくお腹いっぱいに空気を吸えるようになったが、そんなことをしている場合ではなかった。
少し乱れた着衣を直し、オルタンシアは改めて尋ねる。
「あの……。あなたはもしかして、ヴォーギン様ですよね。『ベヒーモス』の……」
ヴォーギンは一瞬目を丸くしながら、満更でもない様子で顎を撫でた。
「ああ。その通りだ、オルタンシア。ヴァロウの命令で、あんたを迎えに来たぜ」
牙を見せ、『ベヒーモス』団長ヴォーギンは笑うのだった。
本日『叛逆のヴァロウ』のコミックスが発売されました!
昨週の週末から並んでいる書店もあるようですが、
すでにゲットしていただけましたでしょうか?
電子書籍または各通販でも取り扱っております。
書店などお立ち寄りの際には、是非よろしくお願いします。
ちなみに新作「宮廷鍵師、【時間停止】と【分子分解】の能力を隠していたら追放される~封印していた魔王が暴れ出したみたいだけど、S級冒険者とダンジョン制覇を目指すことにしたのでもう遅いです~」を始めました。
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