第168話 檄文
これにて第4部終了です。
ノースドームの外は夜だった。
地中で生活していると、どうしても時間の感覚がおかしくなる。
加えて執務に忙殺され、集中すると、昼の光を忘れてしまう。
だからか、ヴァロウは時々外に出ては、こうして時間感覚を取り戻すことにしていた。
嘘のように静かな夜だった。
雪は降っておらず、風もない。
時折微風が吹くと、粉雪を舞い上がるのが見えた。
夜なのに明るい。
空に雲がなく、月が冴え冴えと極北の地を照らしていたからだろう。
静かでいて、優しく、なのに寒々しい。
1枚の絵画を思わせる風景であった。
「何か用か?」
唐突にヴァロウは口を開く。
正面に現れたのは、ヴォーギンだった。
『ベヒーモス』の団長である。
戦さが終わりを告げた後、『ベヒーモス』はノースドーム南に設営された野営地に留まっていた。
ノースドームに入ることは可能だが、ヴォーギンが固辞した。
『ベヒーモス』は最強の傭兵などと称えられているが、ヴォーギンから言わせればただの荒くれ者の集団だ。
中には犯罪者も紛れている。
勿論ヴォーギンの一声があれば、どんな戦地も駆け抜けていく猛者たちだ。
だからといって、品行方正という訳ではない。
現地の信者とトラブルを避けるためにも、ノースドームに入場しなかったのだ。
ヴォーギンは頭を掻いた。
「用ってわけじゃねぇ。あんたが入口に突っ立っているのが見えたのでな」
「そうか……。俺はてっきり、お前が俺の寝首を狩りに来たのだと思ったのだが」
「…………!!」
ヴォーギンは息を飲む。
かすかに牙を剥きだし、拳を握りしめた。
何か言おうと構えたが、その前にヴァロウが口を開く。
「俺を恨んでいるのではないか?」
ヴァロウはリントリッド本国がこの地に『ベヒーモス』を向かせたのは、獣人の森を襲撃するためであることを見抜いた。
それは間違っていないだろうし、ヴォーギンも疑っていない。
リントリッドの誰が決めたか知らないが、必ず突き止めて、絞め上げるつもりだ。
だが、ヴォーギンには1つ釈然としないことがあった。
獣人襲撃計画の発端が、今目の前にあるヴァロウにあるからだ。
「停戦交渉の発起人があんたってのは本当か?」
「ああ……」
ヴァロウは淡々と応える。
雪国の岩肌よりも冷たそうな顔を見ながら、ヴォーギンの怒気は高まっていった。
「あんたは賢い。オレやガジャンの爺さんよりもな。だが、停戦条約が成立した時、こういう事態になることはわかっていたんじゃないのか?」
「無論だ」
次第にヴォーギンの表情があからさまになっていく。
気付けば眉間に皺が寄り、牙が剥き出していた。
手を開き、鞘から解き放つように爪がゆっくりと伸びていく。
そして白狼族は吠えた。
「その上であんたは、東の渓谷を封鎖した。何故、あの時あんたはわかっていながら、オレたちをこの極北に閉じ込めた? 事情さえ話してくれれば――」
「お前たちを救うためだ」
「――――ッ!!」
「5000、いやあの状況ではあの場にいた2000しか、行かせることしかできなかっただろう。たったそれだけで、人類圏に戻り、数万で押し寄せてくる本国軍を迎え討つつもりだったのか?」
「それは――――」
「道化になるのは寄せ、ヴォーギン。お前は他の獣人とは違う。本当はわかっているのだろう」
「くそ!」
ヴォーギンは雪を蹴る。
そしてついにヴァロウに爪を向けた。
「それでもな。あんたが停戦条約なんて結ばなかったら……」
ヴォーギンもわかっているのだ。
もし、あのまま戦争を続けていれば、人類と魔族の戦争は泥沼化し、さらに多大な犠牲が出ていたことを。
そうなれば、多くの獣人がかり出され、獣人の森が荒廃の一途を辿ることになっていたかもしれない。
それならば、今の状況と何ら変わらなくなってしまう。
今すぐ滅びるか、ゆっくりと真綿で絞め付けられるかの違いだ。
そして何よりも腹が立つのは、そのすべてをわかっているような目をして、停戦の道を、ヴァロウが選んだことである。
ヴォーギンは最後に言葉を絞り出した。
「オレはあんたを許さねぇ」
「それでいい……」
「なに?」
「許されるとは思っていない。お前がここで俺を斬るというなら、理解もできる。無論――くれてやるつもりは毛頭ないし、抵抗もするがな」
「罪を背負うってのか? 格好つけたつもりかよ!?」
「逆に聞こう。罪のない者など、今この世にいるのか?」
戦争という時代において、罪のない者などいない。
誰もが被害者であり、そして加害者となる。
「俺もお前も咎人だ。そして、俺はそこから逃げるつもりはない。前に進み続ける。たとえ、それが修羅の道で、命と尊厳を踏みにじることになったとしても」
俺は俺が正しいと思った方向へと歩いていくだけだ。
極北の地に、ヴァロウの言葉が力強く響く。
その潔さは、一面に広がる雪景色のように清廉で、その苛烈さは北の地の空気よりも厳粛であった。
いつの間にか、ヴォーギンの頭から怒りが消し飛んでいた。
呆気に取られたのではない。
圧倒されたのだ。
指揮官としての格とでもいうのか。
この戦いにかける覚悟の違いをまざまざと見せつけられた。
ようやくヴォーギンは引いた。
伸ばした爪を引っ込め、牙を隠す。
「いいのか? 俺の首を刈るのではないのか?」
「あんた自身が言った通りだ。許したわけじゃない。水に流すつもりもねぇ。それでも、オレができることといえば、こうすることだけだ」
ヴォーギンは膝を突き、両拳を地面に突き立てた。
最後に慎重に頭を下げる。
「頼む。獣人を救ってくれ」
目の前の男が憎いと思う。
だが、それ以上に憎いのは、己自身だ。
こうして頭を下げることしかできない、自分自身である。
己に対する怒りに身が震える。
その肩にヴァロウはそっと手を置いた。
「約束は守る。……さしあたって、今後の動きに関して、話しておこう」
そしてヴァロウは、今後のことについて話した。
随分と長い話だったが、ヴォーギンは真剣な面持ちで聞き入る。
最後には、その壮大な計画に感嘆の息を漏らした。
「そんなことができるのか?」
「できる――。いや、完遂しなければならない」
獣人を救うためにはな。
◆◇◆◇◆
ヴァロウが率いる第六師団が、聖地から引き揚げたのは、防衛戦が終わって、5日後のことだった。
人類軍の受け入れ態勢も整い、埋葬も終わった。
聖地の環境整備が残っていたが、人類軍に引き続き行ってもらうつもりだ。
こうしてヴァロウは1月ぶりにゲーディア城に戻ってきた。
すでにその戦果は伝え聞いているらしい。
凱旋すると、多くの魔族が賛美して、第六師団を迎え入れた。
新魔王城がお祭り騒ぎになる中、ヴァロウは早速魔王ゼラムスの前で膝を突いた。
挨拶もそこそこに、ヴァロウはゼラムスに対し願い出る。
その予想外の請願に、ゼラムスは眉を顰めるのではなく、むしろ大きく目を開いて驚いた。
しかし、「さすがはヴァロウですね」と最後には穏やかな笑みを浮かべ、笑声を漏らした。
「あなたはいつもわたくしを驚かせてくれます」
「恐れ入ります」
「わかりました。獣人たちをこの魔族領に受け入れましょう。そして、人間たちに通達なさい」
「ありがとうございます」
ヴァロウは頭を深く垂れる。
そして早速、人間に対して文を送るのだった。
◆◇◆◇◆
魔族側から手紙を受け取ったその日。
リントリッド王国王宮は大騒ぎだった。
魔族から手紙が送られてくるなど、停戦交渉以来だったからである。
報告を聞いた王国最強の剣――ロイスは、手紙が上級貴族たちの手に渡るより前に受け取ると、早速王の私室へと赴いた。
扉の前で一呼吸を入れ、おもむろにノックした。
入れ、と王の声が聞こえた瞬間、ロイスは部屋に飛び込むと、手紙を王に差し出した。
「魔族共から? 今度は何を言ってきたのだ?」
リントリッド王国国王ライアルトは眉を顰める。
すでに目を通していたロイスは、最近目が悪くなってきたライアルトに代わり、手紙の内容を読み上げた。
手紙には魔王ゼラムスと、さらにはアズバライト教神官を代表しリーアンの名が、連名で付記されていた。
どうやらこれは魔族だけではない。
魔族と手を組んだと思われるアズバライト教との連名文らしい。
そのことだけでも、ライアルトはショックを受けたが、驚くのはこれからだった。
ライアルトの瞳がみるみる大きくなっていく。
「『ベヒーモス』の魔族領亡命だと……」
「はい。さらにこうあります」
『ベヒーモス』が魔族に対し亡命したことを鑑み、ここに魔族領の一部に『獣人の森』亡命政府を設立するものとする。
またその亡命政府が求める獣人の独立を、魔族とアズバライト教聖地ノースドームは認め、ここに『獣人の森』を国家として認知する。
さらに『獣人の森』と魔族、アズバライト教は同盟を結び、よって先の停戦合意書第3条『停戦の範囲』第1項『同盟を結ぶあらゆる勢力』を適用し、『獣人の森』に対する武力行為が認められた場合、境界を脅かす人類軍において、軍事介入も辞さないことを強く通達するものとする。
頭がクラクラしそうな内容だった。
最強の獣人傭兵団『ベヒーモス』の魔族亡命だけでも十分インパクトがあるというのに、亡命政府を立ち上げ、さらに『獣人の森』を国家として認めた上で同盟を結ぶなど、離れ業が過ぎる檄文だった。
世迷い言と吐き捨ててもいいだろう。
だが、ライアルトの反応は意外なものだであった。
「くくく……。あはははははははははは!!」
大きく身体を反り、大笑したのだ。
近年では覚えのない王の笑声に、それこそロイスは面を食らった。
一方、ライアルトはロイスから手紙を奪い、見事とばかりにピシッと広げる。
「これを考えたものは、余程うつけ者よな」
「は、はあ……」
「だが、こうまでして獣人との内乱を避けようとするか。魔族の本気度が窺える」
「いかがなさいますか?」
「もう上級貴族には?」
「すでに伝わっているかと。どうやら国内外問わず、あらゆる勢力に送っているようです」
「なるほど。ならば、早く動かねばな」
「動く? 何を?」
「会ってみよう」
「はっ?」
思わずロイスは口を開けて固まる。
「この馬鹿げた提案を考えた者に会いたくなった。ロイス、ペンを用意しろ。余が直々に返信する」
「では、まず大臣に許可を……」
「ロイスよ。何故、余が余の家臣の許可が必要なのだ? お前は、余をなんと心得る?」
「…………」
「ライアルト・リーン・リントリッド……。リントリッドの王であるぞ」
娘が亡くなったことにより、政治に興味を無くし、隠棲を続けていた王が、ついに動き出したのであった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
宜しければ、ここまで読んだ感想、評価をいただけると嬉しいです。
そして本日コミカライズの更新がございました。
ニコニコ静画、pixivコミック、マンガドア、コミックポルカ等で更新しておりますので、
よろしくお願いします。
そして12月15日にコミックス1巻が、ついに発売されます。
師走の忙しい時ですが、お買い上げいただけると嬉しいです。
さて続きですが、しばらくお休みさせていただきます。
復帰は年内いっぱいは難しいと思いますが、来年の正月、
あるいは温かくなってきた頃かなと思っております。
(12月にコミックの販売があるので、本編ではなく外伝的な作品は、
何か更新するかもしれませんが……)
それまで今しばらくお待ち下さい。




