第166話 優しき断罪
本日はコミカライズ更新日になります!
女同士のかまびすしい声が隣の女湯から聞こえてくる。
キャッキャウフフ、とばかりに騒がしく、そして華やいでいたのだが、男湯に浸かったザガスには耳障りだったらしい。
湯船に持ち込んだ樽いっぱいの酒を、機嫌良く柄杓ですくって飲んでいたのだが、甲高い声を聞いて、眉根を顰めた。
「うっせぇえなあ……。人間の女ってのは、どうしてああ煩いんだ? なあ?」
「俺に同意を求めるな。ついでに気安く喋りかけるな」
神妙な顔で言い放ったのは、キッザニアである。
ザガスと違って、柄杓で直接というわけではないが、杯に酒を注ぎ、チビリチビリと味わっていた。
「別にいいじゃねぇか。一緒に戦った仲だろう? お前はどうかわからねぇがよ。オレ様はお前のことを結構気に入っているんだぜ」
「俺はお前のことが好かん。アズバライト教の誓いと、その信者たちを馬鹿にしたこと、俺は許すつもりはないからな」
キッザニアの鋭い視線が飛ぶ。
明確な怒気と殺気を混ぜたのだが、ザガスには暖簾に腕押しだ。
柄杓で酒をすくうと、豪快に飲み干した。
「で? どこまで聞いたんだっけ?」
「興味がないなら、この話は終わりだ。そもそもお前が振ってきた話題だろう」
犬猿の仲であるキッザニアとザガスが、こうして肩を並べて湯船に浸かっているのは、酒と温泉以外に理由がある。
キッザニアを第六師団に引き入れようとしていたからだ。
これはヴァロウからの命令であった。
勿論彼から話をすべきなのだが、この話をザガスに振ったところ、「自分がやる」と言い始めたのである。
キッザニアのガードが堅かった。
だが、ザガスもしつこかった
その理由を話せと凄むと、キッザニアは少し長い話を始めた。
◆◇◆◇◆ キッザニア 視点 ◆◇◆◇◆
もう21年以上前になるか。
俺は魔族軍第六師団の人鬼族だった。
その頃にはゴドラム様が、師団長の席に着き、その指示の下で、俺たちは人間たちの集落を荒らし回った。
第六師団の力は圧倒的で、そして無敵だった。
俺もゴドラム様も若く、おそらくその頃が師団の全盛期だっただろう。
だが、俺たちの勢いはあるところで躓く。
ある集落を襲撃した時だ。
そこは純血エルフの集落だった。
純血エルフは身体的に人間よりも弱い。
加えて、人間や魔族が保菌する菌に感染するだけで、死んでしまう。
その代わり、魔力は魔族の上位クラスに匹敵するほどの力を持っていた。
体力勝負の俺たちにとって、魔力に特化した純血エルフは天敵だ。
たった100人程度の集落だったのに、1万以上いた俺たちはあっという間に半分にまで減らされた。
俺はその時、初めて戦いが怖いと思ったよ。
それでも、俺たちは体力が続く限り戦い続けた。
結果、第六師団は勝利する。
気付いた時には、知り合いの人鬼族が全員死んでいた。
辛勝というヤツだ。
俺のように戦いに疲れて項垂れるヤツもチラホラいたが、それでも勝利に酔いしれ、はしゃぎ回るヤツがほとんどだった。
先輩の人鬼族は純血エルフの死体を見つけては、弄んでいたな。
ゴドラム様も純血エルフを頭から食らって、「まずい」と感想を漏らしていた。
俺はそんな惨状が嫌になって、師団から少し離れたところで休んでいた。
そして聞こえたのだ、赤ん坊の声が。
赤ん坊がいるということは、そこに生き残りがいる。
俺は警戒して近づいたが、大樹の木のうろに赤ん坊が隠されているだけだった。
玉のような――という表現があるが、まさしくその比喩にピッタリな赤ん坊だ。
俺はどうしようかと悩んだ。
近くに純血エルフの残党はいない。
単純に殺すことも、弄ぶことも、そして食べることもできた。
赤ん坊の生殺与奪は俺の手の中だった。
いずれにしろ、殺さねばならないことは確かだ。
なのに、不思議だ……。
その赤ん坊は俺を見るなり笑った。
手を大きく広げ、見たこともないような笑顔を俺に向けた。
たった今、その同族をなで切りにした俺に……。
俺は必死だった。
赤ん坊に殺気をぶつけても、怒気をぶつけても、牙を見せて威嚇しても、赤ん坊をさらに喜ばせるだけだった。
次第に何か落ち込んでいる俺を励ましてくれるような気がして、俺は思わず赤ん坊を抱きながら、涙を流してしまった。
その時、俺は思ったのだ。
負けた、と……。
それが俺の初めての敗北だった。
それから俺は赤ん坊を携えて、第六師団から抜け出した。
ゴドラム様が逃亡兵である俺を許さなかった。
何度も俺に刺客を差し向け、命を狙い続けた。
俺は必死に赤ん坊と自分を守り、なんとかこの極北の地に辿り着く。
そしてアズバライト教の神官に、赤ん坊を預けて俺は去って行った。
それから魔族であることを隠しながら、各地を転々とした。
魔族領や、人間の国も訪れたことがある。
そして月日は流れ、俺はアズバライト教の誓いの大切さを知り、そして今から3年前に再び極北の地に戻ってきた。
俺はあの赤ん坊のことを意識しないようにしていた。
が、結局無意識のうちに目で探していた。
思いの外あっさりと赤ん坊は見つかった。
リーゼロッテという名前を与えられ、立派に成長していたのだ。
◆◇◆◇◆
「俺にはリーゼロッテ様を守らなければならない義務がある。彼女は俺を最初に負かした人物だ。そして荒んでいた俺の心を癒やしてくれもした。……気付いたのだ、俺にとって彼女は拾った赤ん坊以上に、大切な存在なのだと」
キッザニアは話を終えた。
乾いた喉を潤そうとしたが、生憎と杯は空だ。
樽から掬おうとするも、その前にザガスが柄杓を使って、キッザニアの杯になみなみと酒を注いでいた。
まあ、飲めよとばかりに促す。
話を聞いても一向に雰囲気の変わらないザガスを見て、キッザニアは少し眉を動かした。
だが、結局無視して注がれた酒を呷る。
アズバライト教では、酒は御法度というわけではない。
ただ酒を呑むと暴力的になることから、信者の間では自らに禁酒を課している者も少なくない。
そのためあまり酒が流通しておらず、キッザニア自身もかなり久しぶりの酒の味であった。
「それに俺は逃亡兵だ。魔族軍に戻れば、軍法会議にかけられるだろう」
その飲みっぷりを湛えながら、ザガスが口を開く。
「軍法会議云々ってのは、気にしなくてもいいだろ。うちの大将をあんたを欲しがってる。どうにでもなるだろうぜ」
「しかし、俺には――――」
「リーゼロッテ様のことだろ。わかってるよ。そんなもんな、すぐに解決できらぁ」
「単細胞なお前の頭と違って、これはデリケートな問題なのだ!」
「何がデリケートだよ。21年もかかって、いまだにわからねぇお前の方が、よっぽど頭はわりぃっつの」
ザガスは柄杓を樽の中に放り投げると、自分は湯船から出て行く。
すると湯殿の壁の方に向かって歩き、忠告した。
「おい。離れてろよ。怪我するぜ」
「貴様! 何を――――」
キッザニアが忠告する前に、ザガスの強打は湯殿の壁をぶち抜いていた。
現れたのは、隣の湯殿と、一糸まとわぬ女たちの姿だった。
『きゃああああああああああああ!!』
絹を裂いたような悲鳴が響く。
女性陣は身体を隠したが遅く、蹲るか、湯船の中に逃げることしかできなかった。
「ちょ、ちょっと! ザガス! なんてことしてくれるのよ!!」
エスカリナが床に小さく蹲りながら、腕を振り上げる。
「ケッ! 心配すんな。おめぇみたいなちんちくりんな身体を見ても、何もそそらねぇよ」
「う、うっさいわね! わたしはまだ成長途中なのよ!!」
さらにムキになって抗議の声を上げる。
怒りを示したのは、エスカリナだけではなかった。
「ザガス! 貴様、何をしているんだ?」
キッザニアも湯船から出て目くじらを立てる。
ザガスは悪びれることもなく、ただ両手を上げるだけだった。
「オレ様はお前の話をもう少し聞きやすくしてやっただけだ。……どうやら、オレ様以上に熱心に聞いていたみたいだからな」
「まさか――」
キッザニアが息を飲んだ。
視線の方向を変えた時、黄緑色の髪と、長い耳を持つ少女が進み出る。
リーゼロッテだ。
あの玉のような赤子だった純血エルフの肌は、まさに玉のように滑らかで白かった。
思わずキッザニアは頬を染める。
慌てて後ろを向いた。
「す、すみません、リーゼロッテ……様」
「い、いえ。それはいいのです。ただ――キッザニア。確認させてください。先ほどの話は本当のことですか?」
白い湯気が立ち上る湯殿は、独特の緊張感に包まれる。
「それは――――」
キッザニアは口を噤む。
首を傾げたのは、ザガスだった。
「おいおい。ここに来て、黙りかよ。そんなもん隠してどうすんだ? まさか黙ってることがカッコいいなんて思ってねぇよな。だったら、飛んだナルシスト様だぜ」
「ちょ、ちょっとザガス。あんまり言い過ぎると――――」
エスカリナは制止するが、それぐらいでザガスを止められるなら、苦労はしない。
さらにザガスは、キッザニアを挑発し続けた。
「こいつはてめぇらの問題であって、てめぇの問題じゃねぇ。2人で決めることだ。それにな。リーゼロッテ様を守る事が、お前の贖罪だと思ってるんなら大間違いだろう。オレ様からすれば、お前は逃げてるだけだ。21年間この嬢ちゃんに断罪の機会を与えずにな」
「すごい……。ザガスがまともなことを言ってる」
「てめぇは黙ってろ、小娘」
皆の視線が自然と背中を向けるキッザニアに向かう。
その肩は小刻みに震えていた。
まるで21年前のあの時が蘇ったかのようだ。
木のうろにいた赤ん坊を発見した時のような……。
「キッザニア……」
リーゼロッテから声をかけられる。
キッザニアの背中がさらに震えた。
そのまま何も言い出せず、キッザニアはリーゼロッテの先制をそのまま許すことになった。
「なんとなくですが、気付いてはいました。いや、そうだったらいいな――と思うこともありました」
「――――ッ!!」
「あなたの話は聞かせてもらいました。言いたいことは、先ほどザガスさんが言ってくれた通りです。だから、私から1つ言わせて下さい」
ありがとう……。
「え?」
キッザニアは振り返った。
視線の先のリーゼロッテは微笑んでいる。
本当に人間が理想とする女神のようにだ。
「私はあなたを許します。そもそも私はあなたを裁くつもりなんて、これっぽっちもなかったのです」
「しかし、俺はリーゼロッテ様の故郷を……」
「はい。ですが、あなたは軍規に背いてまで、私を助けてくれました。今は戦争の時代です。命を奪い、奪われることは、残念ながら致し方ないことです。ならば、1つの命を救うというあなたの行動は、恥ずべき事なのでしょうか? ザガスさんは、あなたが逃げていると仰いました。ですが、私はそう思いません。私にとって、あなたは今も昔も“勇者”様なのですから」
それを聞いた瞬間、キッザニアはすとんと膝から落ちた。
湯床に落ちたのは、涙だ。
気付けば、キッザニアの目から涙が溢れる。
「おおおおおおおお!」
ケダモノのように吠えると、床に蹲った。
そして喉を絞るように言葉を吐き出す。
「ありがとうとざいます!」
そしてまたキッザニアは泣いた。
ずっと……ずっと怖かった。
だから、ずっと逃げていたのだ。
故にそんな自分が1番嫌いだった。
周りも同じだと思っていた。
だけど、違った。
自分を許す者、感謝する者、そしてその力を欲す者。
責めていたのは、キッザニア1人だけだったのだ。
年甲斐もなく泣き崩れる人鬼族を見て、ザガスは笑った。
その頭に手を置き、子供の褒めるようにわしゃわしゃと撫でる。
「キッザニア! もう2つほどてめぇに言っておくことがある。うちの大将はゴドラムみたいな馬鹿じゃねぇ。だから、集落襲撃なんてケチな戦さは絶対しねぇ。あとな。その大将から伝言だ。それを聞いた時には、なんだそりゃ? って思ったけどよ。今ならわかるぜ」
俺は逃亡兵などいらない。欲しいのは、軍の先頭に立って戦う勇者だけだ。
キッザニアだけではない。
その場にいた全員が、ヴァロウの伝言を聞いて固まった。
ザガスの口角が上がる。
「あの野郎……。この結末まで手の平の上なのかよ」
たまらねぇなあ。
とばかりに、ザガスは己の頭も掻くのだった。
本日『叛逆のヴァロウ』のコミカライズ更新日になります。
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