第165話 戦乙女の恋バナ
まさかのお風呂回w
からり……。
瀟洒な音を鳴らして、横扉が開く。
白い湯煙が立ち上る湯殿に入ってきたのは、ルミルラである。
切石の床に、如何にも自然風に置かれた石の湯船を見て、思わず口笛を吐いて出た。
工兵として連れてきたドワーフたちは、かなりの仕事をやってのけたようだ。
纏っていた大布を外し、このところの戦さ続きで筋肉ばかり付いていく身体を湿度の高い空気にさらす。
やがて恐る恐る湯船に足を差し入れた。
「熱っ!」
なかなか反抗的な湯加減だ。
少しびっくりしたが、入れないというわけではない。
むしろ1日中――いや、もっとか――冷たい雪の塹壕の中を駆け回って、指示を送っていた指揮官としては有り難いものだった。
有り難いといえば、軍幹部のためにしばしの間貸切を許してくれた信者にも感謝しなければならない。
別に一緒に入って、勝利を分かち合うことに何の抵抗もないルミルラだが、たまには静寂を味わうのも乙なものに思えた
再チャレンジを果たして、ルミルラは思いっきり足を伸ばし、肩まで浸かる。
「かあぁ~。至福ぅ……」
ポッと頬を赤くする。
口から漏れたのは、戦さで受けた疲れであろう。
ともかく筋肉が弛緩し、毛穴が開いていくのがわかる。
このまま溶けてお湯になりそうだ。
しかし、魔族になったのに、こんな風に風呂――しかも天然の温泉に入れるとは思わなかった。
「それに」
ルミルラは持ってきた桶の中から小さな杯と、首が細く下部が膨らんだ容器を取り出す。
後者の容器の栓を抜き、透明な液体を小杯に注ぐ。
直後、白い湯気とともに芳醇な匂いが鼻腔を衝いた。
酒である。
「1度やってみたかったんですよね」
杯になみなみと注ぐ。
これだけでもちょうど一口で飲めるほどだ。
ルミルラは杯を掲げる。
それは誰に捧げたものであるか、自分でもわからなかったが、ともかく杯に口を付けると、一気に呷った。
ふわりと口の中に酒気が広がっていく。
嚥下すると、喉がキュッと締まる感覚とともに、身体が熱くなってきた。
「たまりませんね!!」
思わず唸る。
オヤジ臭いなあ、なんて自分でも思うのだが、誰も見ていないからこそできる楽しみだ。
もう1杯――とばかりに、酒器を持ち上げる。
杯に注ごうとしたところで、横扉が開いた。
湯煙の向こうから誰かが入ってくる。
ルミルラはそっと桶を岩の影に隠した。
今の時間は幹部優先だが、幹部であって、ルミルラの貸切というわけではない。
誰かが入ってくることは予想していた。
だが、ルミルラが遭遇したのは、その予想とはかけ離れた人物だった。
「あら? えっと……アジェリアさん?」
「る、ルミルラ殿……!」
アズバライト教の温情で、無罪放免となった人類軍の参謀アジェリアであった。
「すすすすすみません! 今すぐ出るので」
「あ。いえ。お気遣いなく。それに同じ参謀同士じゃないですか」
「し、しかし……」
出て行こうとしたアジェリアは振り返る。
少し涙目になっていた。
その不安を和らげるようにルミルラは笑う。
「我々の仕事場は戦場です。そしてここは湯殿です。私はプライベートにあまり仕事を持ち込みたくないタイプなので……。どうぞ。いいお湯ですよ」
ルミルラは自分の横を進める。
かつての敵指揮官の気さくな態度に、ついにアジェリアは折れた。
「…………じゃ、じゃあ」
アジェリアは身体をガードしていた大布をほどく。
自分と同じく筋肉質な身体をしている。
だが、向こうの方が背が高くスタイルもいい。
胸もたまに少年と見間違えられるルミルラと比べると、大きかった。
ルミルラの熱視線に気付き、アジェリアはビクリと身体を震わせる。
「な、なにか……」
「べ、別になんでもありませんよ」
ルミルラはそう言いながらも、口を尖らせ、子供のように拗ねる。
一方、アジェリアは湯船に足を入れた。
「熱っ」と1度驚くと、慎重に差し入れる。
勧められるまま、アジェリアはルミルラの横に座った。
ルミルラと視線が合うと、アジェリアは頬が赤らめる。
そして、しばし沈黙が続いた。
ルミルラから誘ったが、元は敵同士だ。
やはり気まずいものは気まずい。
話したいことは割とあったのだが、思い浮かんだのは戦場での事ばかりだった。
まごまごしていると、アジェリアの先制を許してしまった。
「あのルミルラ殿。こんな時に、このような立場でこういうことを言うのもなんですが……」
「え? なんですか?」
「あ、あの……。不躾なお願いなのですが、あ、握手してもらえませんか?」
「は? 握手?」
「わ、私――実は、その…………」
ルミルラさんの大ファンなんですぅ!!
「え……? えええええええええええええ!!」
湯殿いっぱいにルミルラの絶叫が響き渡る。
埒外の言葉に、思わずルミルラは湯殿の中で立ち上がった。
一方、アジェリアは熱烈な眼差しでルミルラを見つめる。
ルミルラはないないとばかりに手を振った。
「いや、私なんかそんな……」
「ルミルラ様は若く、女性でありながら、男ばかりの戦場でご活躍され、指揮官としてもとても優秀……。ご本人を前にしてこういうのも言うのもなんですが、女性士官にとって、ルミルラ様は憧れの女性像なんです」
「はは……。あはははは……。すみません。こんなちんちくりんで」
「そんなことはありません!」
アジェリアは熱っぽく弁舌を振るって、迫ってくる。
かと思えば、再び涙目になり、反射的にルミルラの手を取った。
この時すでにアジェリアの願望は叶えられたわけだが、にも関わらず涙ながらに心境を吐露する。
「同盟領が魔族の手に落ち……。行方不明になった時には、とてもショックでした。でも、良かった。本当に生きておられて」
「ははは……。まあ、正確には人間ルミルラは死んでるんですけどね」
「ご事情はヴァロウ殿からお伺いしました。しかし、まさか私が戦っていたのが、ルミルラ様だったとは……。勝てないわけですね」
泣いたかと思えば、今度アジェリアは肩を落とす。
なかなかの百面相ぶりだった。
印象としては硬い指揮官だと思っていたが、どうやらそれは部下の前だけらしい。
「いえ。今回の勝負は勝敗以前の問題でした。まともにやっていれば、こちらの負けですよ」
「いいえ! 初日の戦いは見事でした。あの塹壕はルミルラ様が?」
「指示したのは私ですけど、大元は私の師匠ヴァロウ・ゴズ・ヒューネルが書いた教書をアレンジしただけです」
「ですが、雪中戦においても効果的に用いた手並みはさすがです」
「い、いやあ……」
ルミルラは濡れた頭を掻いた。
こうやって素直に自分の戦術を褒められることはなかなかないからだ。
「(師匠もこれぐらい素直に褒めてくれたらいいのに)」
心の中で不平を呟く。
からり……。
また人が入ってきた。
今度は2人だ。
湯煙で、石の床が滑りやすいのにも関わらず、お喋りをしながら入ってくる。
お喋りと言ったが、主に1人だけが喋っていた。
「うわぁ……。リーゼロッテさんの肌、しっろ!」
「そ、そんなことないですよ。エスカリナさんだって」
「いや、わたしと比べるなんて……ひゃっ!」
どうやらリーゼロッテとエスカリナらしい。
そして早速エスカリナは滑ったらしい。
大きな音とともに、大布が湯煙で揺らぐのが見えた。
「大丈夫ですか? エスカリナさん」
ルミルラは湯船から声を上げる。
「あれ? その声はルミルラさん?」
「ええ。いますよ。横にアジェリアさんもいますが」
「アジェリア?」
「人類軍の参謀されていた方です」
リーゼロッテは説明しながら、倒れたエスカリナに手を差し出す。
ようやく湯船にやってくると、足を差し入れた。
「「熱っ!」」
予想通りの反応を見せた後、ゆっくりと浸かり、エスカリナとリーゼロッテはルミルラたちの側へ寄ってくる。
2人のその大きさを見て、ルミルラは深く湯船に浸かり直した。
横でアジェリアがゴクリと息を呑んでいる。
「これが若さですか?」
ルミルラはやれやれと首を振る。
エスカリナは眉を顰めた。
「なんのこと?」
「こちらの話です」
「まあ、いいわ。でも珍しいわね。かつての敵同士で、仲良く温泉?」
「そんなに悪いこととは思えませんけど、エスカリナさん」
「別に悪いなんて言ってないわよ。むしろ良いことだと思ってるわ。改めてよろしくね、アジェリアさん。わたしはエスカリナ。ルロイゼン城塞都市の領主代行兼食糧部隊担当よ」
「前者はともかく、食糧部隊担当を命じたことは1度もないんですけどね」
ルミルラは肩を竦めた。
「別にいいでしょ? ヴァロウだって感謝してたし」
確かにヴァロウだけでは、神官たちや信者たちを説得できなかったかもしれない。
エスカリナのカリスマ性があってこそ、今回もまとまったといえるだろう。
「私の名前はリーゼロッテと申します。よろしくお願いします、アジェリアさん」
少し頬を膨らませるエスカリナの横で、リーゼロッテは頭を下げた。
慌ててアジェリアも頭を垂れる。
「アジェリア・デーラシアと申します。よろしくお願いします、リーゼロッテ殿」
「そんなにかしこまらなくてもいいですよ」
「いや、私はあなた方の聖地を――」
アジェリアが言いかけると、リーゼロッテは頭を振った。
「神官様はあなた方をお許しになられた。そして、あなた方が敗北を受け入れたことによって、今の私たちがこうしていられるのです。敗北を受け入れることもまた勇気……。私たちはあなた方を尊敬します」
人類軍には3000人以上の死傷者が出ていた。
被害が多い方にとって、戦さを止め、敗北を受け入れる事はかなりの屈辱である。
それでもアジェリアとアジェリアが錬磨した兵たちは、その苦渋の決断を受け入れた。
テガンという恐ろしい上級貴族の力を見た後では、混乱もしていようが、それでもなかなかすぐに下せる決断ではない。
「どうぞリーゼロッテとお呼びください」
「ありがとうございます。そう言ってもらえるなら、死んだ兵も浮かばれるでしょう。わかりました。ならば、私もアジェリアとお呼びください」
「はい。アジェリアさん、よろしくお願いしますね」
リーゼロッテはアジェリアの手を取る。
そして満面の笑みを浮かべた。
純血のエルフが微笑むと、それはもはや1枚の絵画のようで、アジェリアは思わず見とれてしまう。
「じゃあ、わたしもよろしくね。アジェリア」
気さくにエスカリナは手を振る。
それを見て、ややのぼせて来た感のあるルミルラが、ジト目で睨んだ。
「軽いですね、エスカリナさん」
「別にいいでしょ? そもそもわたしは人類側なんだし。人間のお友達ができるのは、大歓迎よ」
「ああ。確かにそれは言えますね。気付いたら、周りは魔族ばかりですし。それよりも、炊事担当がこんなところにいて、いいんですか?」
「私の仕事は終わったわよ。ここの信者の人が協力的で、実務面は全部やってくれてるから、すっごく助かってるわ。……ところでこうして女同士が集まってるんだからさ。やるっきゃないでしょ!」
エスカリナは湯船から立ち上がる。
拳を強く握り込んだ。
「「「何をですか?」」」
ルミルラ、アジェリア、リーゼロッテの声が重なる。
「決まってるでしょ、恋バナよ、恋バナ」
「「「恋バナ……???」」」
また見事に声がハモる。
思わず3人は頬を赤らめ、俯く。
その反応に、エスカリナはご不満のようだ。
「何よ、その反応……。女同士が集まって話をするとしたら、これでしょ!」
「恋バナねぇ」
「しみじみ言ってるけど、ルミルラさんとかあるでしょ。女領主だったんだし。引き合いは多かったんじゃない?」
「ないですよ。父親が【竜王】と呼ばれてましたから」
「あ、ああ……。なるほど」
エスカリナはピクピクとこめかみを動かす。
話題をアジェリアに振った。
「アジェリアさんはどうなの?」
「ええ? 私ですか!!」
「領地で兵士達を鍛え上げていたんでしょ? 兵団の中に、カッコいい人とか1人は2人ぐらいいたんじゃないの?」
「い、いいえ! そんな公私混同はしませんよ。それに私の好みは、その……」
「その??」
エスカリナの顔が近くなる。
「もっと物静かなタイプでして。……なんというか。戦場で戦う戦士には、憧れがないというか」
「わかります、その気持ち。どんなに恋愛脳を絞り出しても、同僚に憧れることがないというか」
ルミルラは深く頷く。
すかさずアジェリアはルミルラの手を取った。
「そう。そうなんですよ!!」
「そもそも戦士なんていつ死ぬかわからないし」
「そう! いっそのこと後方で大人しくしててくれた方がいいというか」
「それな!!」
ルミルラとアジェリアはここでも盛り上がる。
その2人を見ながら、エスカリナは1つ結論づけた。
「あんたたち、だから結婚できないんじゃ……」
ぐさり…………!!
ルミルラとアジェリアの胸に深く剣が突き刺さる。
一瞬で身体は真っ白くなり、何か気配のようなものが消えていった。
どうやら痛恨の一撃が入ったらしい。
エスカリナは咳払いし、リーゼロッテに矛先を向けた。
「やっぱリーゼロッテさんは、キッザニアさん?」
「なななななな、何を言ってるんですか!?」
エスカリナの初撃に、リーゼロッテは思いっきり動揺する。
ニヤリと1人十代のエスカリナは微笑んだ。
「やっぱり」
「違います! キッザニア……い、いえ。キッザニアさんは、そういうのではなくて……」
「じゃあ、なんなの? 部下ってのはなしだから」
「え、ええ~。そ、そのぅ……。えっと…………」
お、おとうさん?
告知が遅れました。
本日『叛逆のヴァロウ』のコミカライズ更新日です。
いよいよルロイゼンに敵襲来。対してヴァロウが取った行動とは?
もうすでに読んだという人も、まだ読んでないという人も、
是非読んで下さい。よろしくお願いしますm(_ _)m




