第159話 武官の天使
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2つの魔法剣がついに振り下ろされる。
お互いに天を切り裂き、そして地上にてぶつかり合った。
青白い光と銀光が混じり合う。
耳をつんざくような轟音は凄まじく、空気は震え、大地は衝突した魔力同士の衝撃だけでめくり上がる。
雪は散り、その熱量によって一瞬で蒸発すると、雪の下から無垢な土が現れた。
辺りは2つの魔法剣の色に染まり、雪国を幻想的に照らし出す。
まさに悪魔と神の戦いの如く、戦場を彩った。
先に変化が現れたのは、テガンだ。
その口端が割け、不敵に微笑む。
「その程度ですが、最強の軍師殿!!」
テガンは哄笑交じりにそう叫んだ。
同時に放つ銀色の魔力が膨れあがる。
一気にヴァロウのストームブリンガーを押し込んだ。
「うそ……」
息を飲んだのは、自陣から走ってきたルミルラだった。
その側には、ヴァルファルから連れてきた兵たちもいる。
彼らもまたその神々の戦いを彷彿とさせる戦さにおののいていた。
「師匠のストームブリンガーが押されてる?」
ストームブリンガーは元々ヴァロウの技ではない。
『風の勇者』ステバノス・マシュ・エフゲスキの魔法剣技である。
だが、もはやヴァロウが放つストームブリンガーは、オリジナルのそれを越えていた。
ステバノスの魔力では、精々1000の兵を蹴散らせる程度に対して、ヴァロウであれば、万の兵を殲滅する力がある。
単純に比較しても、10倍以上の威力だ。
しかし、テガンの魔法剣のそれは、遥か上を行っていた。
「魔王の副官に加え、その恩恵にあるとはいえ、所詮1個人が持つ魔力のキャパシティなどたかが知れている。あなたのストームブリンガーは、個人が出せる限界であるはずの神罰魔法を越えて、S1――即ち第一種戦術級魔法に匹敵するが、それでも私には遠く及ばない」
すると、テガンの皮膚の一部が剥がれた。
そこに現れたのは、肉でも骨でもない。
何か硬い金属のような皮膚だ。
非常に滑らかで、光を強く反射していた。
いよいよヴァロウも息を飲む。
「貴様――――!」
「ほらほら……。気を抜いている場合ですか?」
もはやそこに慈悲も救いもない。
テガンは自分の細剣にさらに魔力を送る。
一気に勝負を仕掛けた。
ついにヴァロウの冷たい表情が歪んだ。
歯をむき出し、目尻を釣り上げる。
人鬼族という名の通り、悪鬼羅刹と化していた。
それでも押し返すことができない。
周囲が銀光に染まる。
その時、ヴァロウが持った刀に変化があった。
チンッ!
刀の一部が欠ける。
それをヴァロウはゆっくりと目で追いかけていた。
その瞬間、ストームブリンガーの魔法起動式が乱れる。
強制的に拒否されると、一気に銀光がヴァロウに迫った。
咄嗟にヴァロウは防御姿勢を作る。
腕を交叉させて、竜のような咆哮を上げて迫る雷精の魔法剣に備えた。
その瞬間、ヴァロウは銀光の中に消える。
直撃――――!!
彼を知るすべての者が、言葉を失う。
それは異変を感じ急いで戦場にはせ参じた黒罪騎士たち、そしてメトラも同様だった。
「ヴァロウ様ぁぁぁぁあああぁあぁあぁあぁああ!!」
メトラの悲鳴が響く。
その美しい旋律をテガンは実に心地よさそうに聞いていた。
視線を背後に向ける。
「役者が揃いましたね。ですが、1歩遅い。あなた方の指揮官はすでに――」
「勝手に殺すんじゃねぇよ!!」
怒号が聞こえた。
「なに?」とテガンは反射的に振り返る。
その細い目を一瞬開き、表情に動揺を走らせた。
溶けた雪から蒸気が上がっている。
その白煙から現れたのは、およそヴァロウとは思えない巨体であった。
身体の前面は重度の火傷――一部炭化しているところもある。
しかし、逆立った赤い髪は炎のように揺れ、組んだ腕の隙間から、人を圧するような鋭い三白眼が見えていた。
ザガスである。
「ぐっ!」
ザガスは膝を突いた。
いくらタフな身体を持つザガスでも、テガンの一撃は効いたらしい。
いや、彼だからこそこの程度で済んでいるのかもしれない。
ヴァロウのストームブリンガーが万の兵を殺す魔技であるならば、テガンのそれは10万の兵を殺せるものである。
それを正面から受けたのだ。
意識がある方がおかしいと言っても、過言ではなかった。
「また死ねなかったな、『死にたがり屋』」
そのザガスの後ろから現れたのは、ヴァロウだった。
ザガスが盾になってくれたとはいえ、無傷とは言い難い。
ところどころ、火傷の痕があり、寒冷地仕様の黒ローブもほとんど吹き飛んでいた。
「助けてくれたお礼ぐらい言えないのかよ、てめぇ」
「まだ助けてもらったわけではないからな」
危機はまだ続いている。
単にテガンの初撃を食らって生きているというだけで、本人はピンピンしているのだ。
そのテガンの方を、ヴァロウは睨む。
「貴様……。上級貴族だな?」
「え?」
「上級……」
「上級貴族だって」
「じゃあ、まさか――」
安堵の息を吐いていた一同の雰囲気が一転し、強い緊張感に包まれる。
皆の視線がテガンの方を向く。
すると、青年将校といった風情の男は、口端を歪めた。
そして何も答えず、着ていた寒冷地仕様のローブを剥ぐ。
次の瞬間、身体が暴れ始める。
内臓の中で巨大魔獣が動き回っているかのように皮膚が引っ張られると、やがて背中が隆起を始めた。
皮膚が破れ、赤い血が飛び散る。
そのどす黒い鮮血の中から現れたのは、純白の羽であった。
さらにテガンは自分の顔に手をかける。
指で自分の顔を突き刺すと、まるで西瓜の外皮を剥ぐように乱暴に引き裂いた。
現れたのは、骨でもなければ、血管でもない。
先ほどほんの一瞬見せた金属にも似た滑らかな体肌が現れる。
「おい……。あれも、天使なのかよ?」
空に上っていくテガンを見ながら、ザガスは息を飲んだ。
それは天使という人が想起するイメージから外れている。
まるで全身を鎧で包んだように金属質の肌に覆われていた。
それ故に、背中から生えた白い生物的な翼が浮いて見えるほどだ。
2本の腕、2本の足、胴もあり、こう書けば一見人型ではあるのだが、その頭となる部分に顔はない。
そこにあったのは、1つの目だ。
赤い星のような光を閃かせていた。
「驚きましたか……」
口もないのに、聞こえてきたのはテガンの声だった。
軽やかな人語が、周囲の人間の耳朶を打つ。
深い当惑に皆が駆られる中で、テガンは言葉を続けた。
「あなたたちはダレマイルを殺したそうですね。だが、私は違いますよ。ダレマイルは所詮神族の中では、文官――。つまり、戦う専門ではないのです。けれども、私は違います」
私は天使の中で武を司る――武官……。
「つまりは戦闘に特化した天使ということですよ」
「はっ! 天使様が戦闘だぁ。穏やかじゃないね。神様も戦さをするってのかよ」
啖呵を切ったのは、ずっと話を横で聞いていたヴォーギンであった。
傷口を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。
鋭く目を怒らせ、空の上で停止する天使を睨む。
「戦さ? そんなものは、私たちはしない。私に武力があるのは、粛正をするためですよ」
「粛正だと……」
「愚かな人間、魔族、あるいは獣人……。この地上で生活する生きとし生ける者の粛正が私の使命……。そしてヴァロウ、私はあなたを粛正するためにやってきました」
「な、何故師匠を……?」
ルミルラが声を震わせながら尋ねる。
再びテガンの目とおぼしき赤い光が閃いた。
「何故? くははは……。何をしらばっくれているのですか? あなた方は我ら天使の同胞を殺した。あんな豚でも、神族は神族ですからね。故に、私が裁きにやってきたというわけです、ヴァロウ」
そしてテガンは再び細剣をヴァロウに向ける。
表情こそわからなくなってしまったが、なんとなくテガンが笑っているように見えた。
ヴァロウが上級貴族ダレマイルを討ったのは、彼が人類軍の総司令官であり、この世に巣くう上級貴族の一角だからだ。そして、人類と魔族によってこの土地を統治するため。
しかし、テガンにその志を説いたところで無駄だろう。
説得して、はいそうですか、と退いてくれるとは思えない。
「さあ、どうしますか、ヴァロウ。早くあなたの神算鬼謀を見せてくださいよ。そして、私を殺してみせなさい」
「…………」
「無理でしょうね。もうあなたは袋の鼠だ。ダレマイルを殺したという、【雷帝】はここにはない。確かにあれは強力です。S3の第三種戦術級魔法ならば、私とて無事ではすまない」
今ヴァロウが持ち得る最強の一手は、ストームブリンガーだろう。
だが、テガンも説明していたが、あの魔法でもS1――つまり第1種戦術級魔法である。
それではテガンを討ち取ることはできない。
ゆっくりと皆が状況を理解していく。
その度に、絶望が広まっていった。
仲間であるはずの人類軍たちの顔も、青ざめている。
空に浮き、かつ鎧のような物に肌を固めたものを、仲間と認識することは難しい。
「おいおい……。どうするんだよ、ヴァロウ。こりゃ大ピンチじゃねぇか」
「嬉しくないのか、ザガス。やっとお前の戦場が見つかったのだぞ」
「は! あんな鉄臭いスカしやろうに屈するなんてごめんだね。あいつの言うとおりだ。ここはてめぇの神算鬼謀を見せる番だぜ」
万策尽きた。
もはや、目の前に現れた天使に対抗できるものといえば、ヴァロウの知謀ぐらいしかないだろう。
先ほどまでぐっと硬くなっていたヴァロウの表情が一瞬緩む。
口角を開けて、ザガスにそっと耳打ちした。
「策は――――」
ある……。
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