第156話 違和感
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交渉は成立した。
ヴァロウは獣人たちを助ける代わりに、この場を見逃してもらう。
事実上、それは人類側を裏切ることに他ならない。
だがヴォーギンにも『ベヒーモス』にも、罪悪感はなかった。
最初に裏切ったのは、人類側の方だからだ。
なら後腐れなく、存分に裏切ることができる。
それでも、すんなりと踏ん切りつけれる者は少数だ。
そもそも獣人は今まで人類側に付き、魔族と戦ってきた。
魔族によって、多くの友を失ってきたことも事実である。
複雑な想いに浸る者も少なくなかった。
フォービルもその1人である。
「本当に良かったのかい、ヴォーギン」
「そればっかり割り切るしかねぇ。今、俺たちに選択肢はねぇよ」
「でも、魔族と手を組まなくてもさ」
「魔族と手を組むのは、あのヴァロウってヤツの頭がいいからだけじゃねぇ」
「どういうこと?」
フォービルは目を瞬かせる。
「理由は簡単だ。東の渓谷がこんな状態になった今、まともなルートは南の旧同盟領――つまり、魔族の領土を通らなければならないからだ」
「あっ――――」
フォービルは思わず呻いた。
そうだ。すっかり忘れていたが、人類軍の退路が断たれた今、人類圏にある故郷に戻るためには、どうしても南の魔族領を通らなければいけなくなる。
獣人がピンチだから通してくれと頼んでも、「はい、そうですか」と言って通してくれるほど、魔族たちはお人好しではない。
ヴォーギン1人なら強行突破もできるかもしれないが、獣人の1人や2人戻ったところで、大した戦力にはならないだろう。
「それなら、あいつと組んだ方がお得だろ」
「ま、まあ……。そうね」
「よし。お前たちもいいな」
「「「「「うす!!」」」」」
歯切れの良い返事が響く。
皆、覚悟を決めたようだ。
正直に言って、この後鬼が出るか蛇が出るかは、ヴォーギンにもわからない。
だが、手をこまねいて見ているよりは、悪魔と契約してでも故郷に戻った方が、後悔がないとヴォーギンは感じていた。
それに不思議と心配はなかった。
おそらくこのヴァロウという男は、アルデラが認めた魔王の副官の1人だ。
さほどのリスクはないと、ヴォーギンの勘は囁いていた。
「こっちの話はまとまったぞ、ヴァロウさんよ」
「ならばこちらからもう1つ、俺たちがお前たちに助力するための条件を加えさせてもらう」
「なんだ、ストリップでもしろってのかよ?」
深い毛に覆われているが、ほぼ半身を晒したヴォーギンはケラケラと笑う。
しかし、ヴァロウの表情は至って真剣だった。
ヘーゼル色の瞳を光らせる。
「今、アズバライト教の聖地の前にいる人類軍聖地占領作戦部隊を壊せ……」
「なっ!!」
ヴォーギンは絶句する。
人類を裏切ると決めた。
その覚悟はすでにある。
だが、いざ目の前の人類軍と敵対するとなると、さすがのヴォーギンもすぐには踏ん切りはつかなかった。
それに短期間ではあったが、聖地占領部隊には見知った人間がいる。
中には反吐が出るほどの糞野郎もいるが、基本的にどの人間もプロフェッショナルで、割とヴォーギンは気に入っていた。
その部隊に『ベヒーモス』をぶつける。
相手の兵数はたかだか8000。
対してこちらは、残してきた兵も合わせて5000。
兵数は人類側が有利だが、兵の質から考えれば勝利は必至であろう。
「禊ぎってヤツか」
「そのようなものだ。お前たちが、我らの側についたということを、魔族側に示してもらわなければならない」
「まっ……。確かにな、当然だわな」
「で? どうする?」
「ああ。やるよ。……お前らもいいな?」
ヴォーギンは仲間たちに振り返る。
否定する者も、反論する者もいなかった。
皆、黙って頷く。
先に裏切ったのは、人類……。
皆の腹は決まっていた。
獣人達の目が据わる
「――というわけだ」
「そうか。ああ……。あと、壊せとは言ったが、部隊を機能不全に陥らせれば十分だからな」
「はっ?」
「大将首を取れれば、それでいい。他は捕虜とする。使い道もあるしな」
「おま――――まさか、俺を試したのか?」
ヴォーギンは慌てた。
てっきり部隊を全滅させろ、という条件だと思っていたが、どうやら違うらしい。
「俺は壊せと言った。全滅させろとは言っていない。もう1度言うが、部隊を機能不全にすればいい」
「ややこしいこと言うなよ」
ヴォーギンは腰砕けになり、その場で尻餅を付く。
やれやれと首を振った。
「なんだ? 人類軍に気に入った女でもいたのか」
「え゛? いや~、そんなことはねぇよ」
ヴォーギンは頭を掻く。
否定はしたものの、その内耳は少し赤みを帯びていた。
その煮え切らない態度に、怒り心頭な獣人がいる。
「ヴォ――ギ――ン!!」
カッと開いた狐目に炎を燃やし、フォービルが全身の毛と尻尾を逆立たせ、怒りを露わにしていた。
「な、何を怒ってるんだよ、フォービ――――」
問答無用でフォービルは爪を立て、薙ぎ払った。
顔を引っ掻かれたヴォーギンはのたうち回る。
「目がぁ! 目がぁアア!!」と呻いていた。
団長を引っ掻いても、フォービルは素知らぬ顔だ。
先ほど戦ったメトラやリーゼロッテに、挨拶をすると、社交的な笑顔を浮かべていた。
「まーた厄介なヤツを抱き込みやがって。うちの大将はよ」
獣人たちのやりとりを見ながら、ザガスがケラケラと笑う。
その顔をキッザニアが覗き込んだ。
「それをお前が言うのか?」
「あん? なんか言ったか、根暗野郎」
「な! 根暗野郎とはなんだ! わ、私は決して根暗なのではないぞ、この戦さ馬鹿め!!」
「なにぃ! もう1回言ってみやがれ、根暗野郎!」
「おうよ。何度も言ってやるわ。お前の頭には戦争することしかないんだろうが」
「て、てめぇ!! それの何が悪いんだよ!」
ザガスとキッザニアが取っ組み合いの喧嘩を始める。
それに新参者であるはずの獣人たちが観戦し始めると、やんややんやと盛り立てていた。故郷が大ピンチなのに、割と呑気なヤツらである。
とはいえ、時間がないことは確かだ。
「よし! 戻るぞ!!」
ヴァロウは声をかけて、全軍を引き締めるのだった。
◆◇◆◇◆
東の渓谷を脱出し、ヴァロウは『ベヒーモス』とともに聖地ノースドームへ向かっていた。
ヴァロウはブロルの背中に乗っている。
さすが獣人である。
走りにくい雪道も、ものともしない。
足の遅い黒罪騎士は一旦置いてきた。
後に合流する手はずになっている。
そうこうしているうちに、戦場が見えてくる。
いまだ魔法による遠距離戦が展開されていて、どちらの陣営にも大した被害が出ていない。
ブロルの横で四つん這いになって走っているヴォーギンが、質問する。
「ヴァロウさんよ。このまま突っ込むのか? 大将首をあげろって言われても、このまま突っ込むと、多少兵に損害を出しちまう。この際、やむをえねぇ犠牲だとは思うが……」
「心配するな。兵士の足止めはこちらでしてやる」
「おいおい。……まさかそれも見越していたっていうのかよ。一体、どこまで戦場を読んでいるんだ?」
「真っ直ぐ進め。それ以上は望まん」
ヴォーギンは軽く額を抑えると、『ベヒーモス』に指示を出す。
「おめぇら、紡錘隊形! このまま真っ直ぐ本陣にまで突き進む。目標は『雪達磨』だ」
「雪達磨?」
ヴァロウは眉宇を動かす。
雪山の上から戦場を眺めていたため、いまだ敵指揮官のことを知らないのだ。
「見ればわかるよ」
にひひひ、とヴォーギンは笑った。
すると、先頭から距離の報告が飛ぶ。
接敵は時間の問題だった。
「フォービル。悪いが、留守番してるガジャンの方へ事情を説明してやってくれ。いきなり雇い主に俺たちが襲いかかっているのを見たら、びっくりしてそのままおっちんでしまうかもしれないからな」
ガジャンは短命な獣人族の中にあって、すでに72を越える。
本人はピンピンしているが、いつ死んでもおかしくないのだ。
「わかったよ。……でも、あのじいさんがそんな殊勝なヤツとは思えないけどね。むしろ『よくやった!』と褒め讃えそうなものだけど」
「その時はその時だ。行け!」
「あいよ!」
フォービルは隊列から離れる。
人類軍聖地占領部隊の後方に控える『ベヒーモス』の陣営に向かって駆けた。
「よっしゃ! 残りの野郎共は全員突撃だ!!」
「「「「おおおおおおおおおおお!!!!」」」」
鬨の声が上がる。
雪煙を上げて、『ベヒーモス』が敵側面に襲いかかろうとしていた。
◆◇◆◇◆
おかしい――。
アジェリアはこの戦場のおかしさに気付き始めていた。
朝から始まった戦さは、昼になってもその様相を変えない。
魔法による遠距離攻撃を継続していた。
確かに硬い作戦だ。
遠距離魔法で確実に敵の戦力を削いでいく。
しかし、決定的なダメージは与えられていない。
というよりは、決定的な打撃を与えるような作戦行動をしていなかった。
そもそも不気味なのは、昨日あれだけ怒り狂っていたガラケンが微動だにしないことだ。
作戦を具申しても聞き入れず――というよりは上の空で――この凡戦をじっと眺めている。
昨日の戦さにおいて、功を焦るあまり九死に一生を経験することになった。
そのため戦さが怖くなったという気持ちはわかる。
ならば、そのまま前線に立たずとも、アジェリアに任せておけばいいのだが、決して指揮官は部下に指揮権を譲渡しようとはしなかった。
そもそもガラケンがこんな地味で退屈な戦さを望むはずがない。
昨日の経験があったとしても、昼頃になれば耐えきれず「全軍突撃」を命じるような男であったはずだ。
「何かおかしい……」
いや、何かおかしいといえば、敵方もおかしい。
こちらの戦術に付き合って、対遠距離魔法防衛戦術を敷くのは定石中の定石だ。
しかも間隙をついては、こちらの陣に一点集中砲火を加えて、崩しにかかるのも小憎たらしい。
よほど向こうの指揮官は優秀で、兵の練度も高いのだろう。
ヴォーギンの読みではヴァルファル城塞都市の駐屯兵だというが、それなら納得できる点もある。
あそこには『竜巫女』と呼ばれたルミルラ・アノゥ・シュットガレンがいた。
いくつもの優秀な竜を育て上げた竜士。
そして竜騎士として名を馳せ、その戦果は父であり、『竜王』バルケーノ・アノゥ・シュットガレンにも勝るとも劣らない。
戦史に名を残すエースであることは、間違いないだろう。
同盟領が魔族に落ちてから、その生死は不明だが、彼女が育てた兵というなら、納得がいくというものである。
アジェリアはその敵軍にすら、何か違和感を感じていた。
だが、どうしてもその理由を言語化できない。
もどかしい思いでいると、東側で雪煙が舞い上がるのを見た。
最初、風が雪を舞い上げたのかと思ったが違う。
雪煙はどんどんとこちらに向かってきていた。
「まさか――」
アジェリアは遠見鏡を持ち出す。
そこに映った獣人の姿を見て、愕然とした。
何故か『ベヒーモス』が全速力でこちらに向かってきていたのだ。
「ヴォーギン殿?」
理由すら見当も付かず、アジェリアはただ立ちつくした。
◆◇◆◇◆
東側から迫る雪煙を見て、ルミルラはすべて理解する。
おそらく、あれは『ベヒーモス』の部隊だろう。
そしてルミルラは、ヴァロウが彼らの説得に成功したことを確信した。
これまで防御魔法を展開するよう指示を出してきたルミルラが、作戦変更を告げる。
「属性魔法を『炎』に変更。魔法形状、砲弾型に指定――」
朝から頑張ってきた魔導士部隊の手もとが光る。
紅蓮の炎が逆巻き、1発の砲弾に成形されていく。
ルミルラは手を上げて、角度と方向を指示した。
敵の魔法弾が塹壕近くに着弾する中、ルミルラの指示が飛ぶ。
「魔法名『火蜥蜴』。高仰角射撃、はじめ!!」
炎の魔法が一斉に放たれる。
それは1度雪国の空に放たれると、綺麗な放物線を描く。
ゆっくりとだが、確実に敵陣営に落下を始めた。
迫る炎に、アジェリアは気付く。
東の雪煙と獣人の突進に唖然としていたため、対応が遅れてしまった。
「(防御魔法の構築が間に合わない)」
だが、幸運にも敵の魔法の弾速が遅い。
これなら足の鈍い魔導士でも回避できるはずである。
「全員散開!! 回避行動を!!」
アジェリアは指令を出す。
彼女が鍛えた兵たちは密集隊形を解くと、着弾地点とおぼしき場所から退避する。
直後、『火蜥蜴』が曇り始めた空から落ちてきた。
轟音を上げて、辺りの雪を吹き飛ばす。
激しい雪煙が巻き起こり、熱は周囲の雪を水に変えていった。
「無事か?」
アジェリアは顔を上げ、まだ雪煙がけぶる周囲を見渡す。
ようやく煙が晴れた時、アジェリアは自分が目にしたものを信じることができなかった。
火属性魔法の着弾地点がぽっかりと空いていた。
凄まじい威力の魔法がピンポイントで着弾したのだ。
当然の結果だろう。
だが、アジェリアが驚いたのは、威力などではなかった。
「嘘でしょ。氷――――」
深く積もった雪の下にあったのは、地面などではない。
厚く凍った氷の上だったのだ。
氷には亀裂が入っていった。
炎属性魔法による衝撃と熱。
それによって、分厚い氷が軋みを上げて割れようとしている。
「まさか――――」
アジェリアは頭が良かった。
幼年の頃から、そう言われてきた。
おかげで軍の学校も首席で卒業できたほどに。
しかし、察しがよく、頭のいい自分を呪った。
気付いてしまったのだ。
敵方に対して抱いていた違和感が――。
「今まで、1発の炎属性魔法を撃っていない」
向こうは時々反撃していたが、そのどれもが氷属性か雷属性のものだった。
炎属性魔法は1発たりとも撃っていなかったのである。
「炎属性魔法を撃たなかったのは、この氷が熱で溶けないようにするため」
そして今使ったのは、今この時が最良のタイミングだから。
アジェリアはハッと顔を上げる。
「全軍退避!!」
遅い。
絶望的に遅かった。
氷に軋みが走る。
8000人近くの兵を支えていた分厚い氷が、一気に割れようとしていた。
まるで戦記物のようだ……(戦記物です)
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