第155話 勝利条件
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東の渓谷に寒風が通り抜けていく。
狭い山道に吹く極北の風は当然ながら冷たい。
空気さえ凍てつくような寒さであったが、今は別の意味で凍り付いていた。
その原因を作っているのは、戦場の中心に立つ1人の人鬼族だろう。
ヘーゼル色の瞳は冷たく、人族、獣人問わず居すくんでいた。
緊張感は時間が経過するたびに増し、空気が重く張りつめていく。
「その前に聞かせろ……。どういうことだ、これは?」
最初に口火を切ったのは、ヴォーギンであった。
ヴァロウから漏れた「交渉」という言葉が気になったが、それよりも今の惨状の方が気になったのだ。
瓦礫は完全に山道を塞ぎ、さらに呪霊結界によって辺りのものに触れることすらできない。
1500人の人間の怨念……。
毎日浄化魔法を使ったとしても、払拭するには2年あるいは3年かかるだろう。
自然浄化であれば、その10倍はかかるはずだ。
しかし、ヴォーギンにとって問題はヴァロウたちが何故退路を断ったかということではない。この東側の渓谷は人類圏との唯一の通行路である。それを潰しておけば、聖地侵攻は今後3年以上は行われなくなる。
加えて、今ノースドームで戦っている人類軍は、退路と補給路を失う。
西側の前線軍に逃げ込むことはできるが、前線軍から補給を受け取ることは、難しい。西側の山道は東よりも険しく、ひと1人がやっと通れるような道しかないからだ。
退路と補給路を失った軍は言うまでもなく悲惨だ。
はっきり言うが、彼らに残された道は、敗北しかない。
故に、東側の渓谷を塞ぐことは、この戦さにおいてヴァロウたちの勝利条件であり、人類側にとっては敗北条件だったのだ。
ヴォーギンにアドバイスをしたアルデラはそこに気付き、ヴァロウたちがこの渓谷に来ることを読んだのだ。
だから、ヴォーギンは腑に落ちなかった。
「これほどの大規模な仕掛け……。いつの間に仕掛けたんだ?」
爆薬の量。
さらに刻まれた魔法陣の数。
どう考えても1日2日の仕事ではない。
この戦さが始まって、まだ2日しか経っていないのにだ。
ヴォーギンは、若干声を上擦らせながら質問する。
『ベヒーモス』のリーダーが驚く中で、ヴァロウは冷たい声を響かせる。
「メトラ……。答えてやれ」
「はい」
回答をメトラに託す。
銀髪をなびかせながら、メトラは1歩前に出た。
「あれは停戦交渉が始まる前でしたから、ちょうど2月前でしょうか? リーアン――じゃなかった、リーアン様を迎えに行った時ですね」
「2月前だと!!」
ヴォーギンは口を大きく開く。
黄色の瞳を剥きだし、その回答に驚いた。
メトラとルミルラにアズバライト教の使いを出した時、ヴァロウは一緒にアルパヤを通じて数名のドワーフを極北に派遣していた。
そこで東側に爆弾と魔法陣の仕掛けを用意するように、指示を出しておいたのである。
「嘘だろ……。戦さが始まるずっと前から、この仕掛けをしておいたってのか?」
ヴォーギンは喉を鳴らし、興奮気味に質問を繰り返す。
対してヴァロウは「ふん」と鼻を鳴らすだけだった。
「停戦条約が結ばれれば、人類側はおそらく内政の安定化を目指すだろうと思っていた。つまりは、人類圏に巣くう不穏分子の一掃だ。人類だけでも70万人以上いるといわれる信者のおおもとを叩くのは、ヤツらのこれまでの思考パターンを考えれば、当然だろう」
「待てよ。それなら作業した時に封鎖しちまえば良かったじゃないか?」
「呪いに使う命をどこでまかなうのだ? 古代の戦さとは違って、瓦礫で山道を埋めても、魔法や爆弾を使って簡単に撤去できる。しばらくの間、通行止めにするには、ここに兵を呼びださなければならなかった。犠牲になるための兵をな」
「じゃあ、お前……。俺たちがここに来ることも……」
「知っていた」
「人類軍が挟みに来るのも? 自分を餌にして……」
「むろんだ。すべては――――」
俺の手の平の上だったのだ。
………………………………………………………………。
もはや沈黙以上の言葉を持たなかった。
ヴォーギンには自信があった。
最強の傭兵団といわれる団長であること。
これまでの戦歴。
魔族にも負けない膂力。
人間の知略すらかいくぐる組織力。
確かにこれまでの経験上、どこかで負けることはあった。
だが、そのすべてで上回られたのは、これが初めてのことだった。
一瞬、茫然自失となる。
自分が抱えていたプライド、21年前の悔しさすら陳腐に思えてくる。
完全敗北であることを知り、ヴォーギンが口を開けた。
大笑が腹の底から溢れてくる。
「くくく……。あは、あははははははははははははは!!」
いっそ清々しさすら感じる笑声は、戦場のど真ん中で響き渡った。
何か糸が切れたように笑うヴォーギンを見て、『ベヒーモス』の団員たちは、ただただ見ていることしかできない。
ヴォーギンの気が触れたとしか思えなかった。
しかし、笑声は永遠には続かない。
ヴォーギンは目の下の辺りを拭いながら、言った。
「すまねぇな。納得した。あんた、すごいわ。すごすぎる。……子どもみたいな感想で申し訳ないがよ。それ以上言うことはねぇ」
敵指揮官を激賞する。
もはや、それぐらいしか抵抗する手段はなかった。
「じゃあ、そろそろ本題に入るか。それで、『交渉』ってのはなんだ?」
「難しいことではない。そこを通してほしい」
ヴァロウは『ベヒーモス』を指差す。
つまりは、そこをどけと言っているのだ。
「そいつはできねぇ交渉だな、ヴァロウ。あんたの才覚は本物だ。それは認める。陣営が違えば、俺はあんたの部下になっていただろう。だが、そうじゃない。あんたと俺は敵同士だ。1500人の兵士をぺちゃんこにしたからといって、はいそうですか、と通すわけにはいかない」
「はあ……」
ヴァロウは深いため息を吐く。
やれやれと首を振った。
その態度に、さすがのヴォーギンもカチンときたが、反論するより早くヴァロウが口を開いた。
「お前は、俺の話をちゃんと聞いていたのか?」
「なんだと?」
「さっき言っただろう?」
ヴァロウは先ほどの言葉をもう1度繰り返した。
『停戦条約が結ばれれば、人類側はおそらく内政の安定化を目指すだろうと思っていた。つまりは、人類圏に巣くう不穏分子の一掃だ。人類だけでも70万人以上いるといわれる信者のおおもとを叩くのは、ヤツらのこれまでの思考パターンを考えれば、当然だろう』
「その不穏分子の1つに、獣人も含まれていると何故気付かない?」
「え? あなた、何を言っているの?」
眉間に皺を寄せて、疑問を呈したのはフォービルだった。
「確かに人族と獣人は昔、仲が悪かったわ。だけど、今は比較的良好な関係が築けているし、不穏分子なんて」
「それは何故だ?」
「そりゃあ。人族がそれどころじゃなくて……」
「だから、それは何故だと聞いている?」
「あなたたちが人類圏に本格的に侵攻してきたからでしょ?」
フォービルは思わず叫ぶ。
だが、叫んでからすぐに気付いた。
「あっ」と小さく呻くと、真っ白な羽毛がたちまち青くなっていく。
他の『ベヒーモス』の団員たちも気付いたらしい。
頭の弱いブロルだけが「?」と頭をボリボリと掻いている。
当然、ヴォーギンは気付いていた。
「人類と魔族は停戦条約を結んだ。3年間、魔族が攻めて来なくなった。それはつまり――――」
「そうだ。人類側に国内の不穏分子勢力を掃討する時間が生まれたということだ。この機会を、ヤツらは絶対に逃さない。アズバライト教、獣人、そして各地で細々と活動する反政府派のレジスタンスを標的として、大規模な魔女狩りを行うはずだ」
フォービルは呆然とし、大きな尻尾が枯れた花のように下を向く。
今にも倒れそうになりながら、声を震わせた。
「じゃ、じゃあ――――あたしたちは……」
「わざわざ本国に呼び出され、こんな北の地の戦争に借り出された理由は1つだ」
お前たち『ベヒーモス』を、獣人が暮らす地域から離すためだ。
突如、甲高い音が響いた。
見ると、ヴォーギンが地面に拳を突き刺している。
その拳は地面に深くめり込むと同時に、闇雲に放たれたためか、血が滲んでいた。
「俺たちは…………まんまとはめられたということか?」
ヴォーギンは強く奥歯を噛む。
おかしいとは思っていた。
何故、自分たちがこんな北の地に派遣されたのか。
だが結局、理由はわからなかった。
「自分に腹が立つぜ。……何が勘だ」
肝心なところで働かなければ意味がない。
結局、最強とかいわれていても、獣人族のお山の大将でしかなかったのだ。
ヴォーギンは自分をいたぶるように拳を打ち付ける。
拳に血が滲む。
さらには白い毛が毟られ、皮がめくれ、肉がそげる。
その段になっても、ヴォーギンは殴ることをやめなかった。
「やめて!」
フォービルが止めに入るが、それでも止めない。
数人がかりで押さえつけても、ヴォーギンは自分を傷つけ続けた。
ようやくそれが止んだのが、巨躯のヴォーギンを覆い隠すような大きな影が現れたからである。
ブロルだ。
ヴォーギンの手ではなく、腕の上から手を回して締める。
ちょうどサバ折りのような形になると、ヴォーギンの背骨が軋んだ。
「ぶ、ブロル!! いてぇ! やめろ!!」
「やめない……。だんちょ、はなしたら、また自分をきずつける」
「わかった。やめるから、離せ」
「だんちょ、おで、むずかしいことわからない」
「はあ?」
「でも、みんなこまってる。なら、たすけにいけばいい」
「何をいってんだ、でくの坊! ここから『獣人の森』まで一体どれぐらいの日数がかかると思ってるんだ。俺たちが全速力で走っても、1週間はかかるんだぞ。いくらか兵は残してきちゃいるが、人類軍が本気になったら2日もあれば、攻略されちまう」
「けど、まだわからない」
「わかんねぇなら、口出しすんな!!」
「そうだ。おで、とてもあたまがわるい。だから――」
みなくちゃ、わからない……。
「ブロル、お前……」
「…………」
「――ったく。わかった。痛いからもう下ろせ」
「もうたたかない?」
「ああ……」
ブロルは言われた通り、ヴォーギンから手を離した。
フォービルはすぐに駆け寄り、治療を始める。
包帯を巻いてもらいながら、ヴォーギンはヴァロウに向き直った。
「わかった。交渉に応じる」
「それがいい」
「ただし条件がある……」
「言ってみろ」
すると、ヴォーギンは頭を下げた。
勇ましい鼻と、鋭い牙を雪の地面に擦りつけ、平伏する。
その状態のままヴァロウに向かって懇願した。
「頼む。仲間を救ってくれ。俺では無理だ。……だが、あんたならできるんじゃないか?」
「理由は?」
ヴォーギンは少し頭を上げる。
鼻の頭に土と雪が着いていた。
「俺の勘だ……」
言葉を絞り出す。
すると、ほんの一瞬ヴァロウの口角が上がったような気がした。
「存外悪くない勘だな」
「え? じゃあ――――」
「心配するな。獣人たちを救うまでが――」
俺の手の平の範囲だ。
ヴァロウは己の手を掲げると、ヘーゼル色の瞳を光らせるのだった。
さらに明日6月15日には書籍版が発売されます。
こちらもWEB版にはないエピソードをかなり追加しました。
どうぞお手にとっていただけると嬉しいです。
活動報告には、キャラデザを発表させていただいています。
今回はヒロイン編。2巻を彩る美しき乙女たちについて、
少し創作秘話を語らせていただいています。
なかなか外には出さない情報なので、そちらも読んでいただけると嬉しいです。




