第154話 呪霊結界
明日も更新する予定です。
西に『ベヒーモス』。
東に現れた謎の人類軍。
道は狭く、両側に立つの峻険な崖。
ヴァロウたちは完全に挟まれていた。
絶体絶命――。
過去、ヴァロウが指揮した戦さにおいて、これ程明確な危機的状況はなかっただろう。
これにはヴァロウの功績をよく知るザガスやメトラですら息を呑む。
魔族ですらおののいているのだ。
今回初めてヴァロウに同行した黒罪騎士の動揺は、さらなるものだった。
悲鳴を上げる者や、頭を抱えて蹲る者すらいた。
「落ち着きなさい!!」
一喝したのは団長リーゼロッテだ。
「我らの使命は聖地の守護! こんなところで死ぬのは、宗主アズバライトがお許しになるはずがありません。立ちなさい!!」
珍しく声を荒らげ、リーゼロッテは黒罪騎士たちを叱咤する。
だが、効果は薄い。
その声を聞いて、奮い立つ者は少なかった。
リーゼロッテに人望がないわけではない。
それほど、この状況が切迫したものであると、皆理解しているからだ。
その反応を見て、リーゼロッテは歯がみする。
自分の力のなさを思い知らされた。
その時だ。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!」
犬か、あるいは狼か。
ともかくそれに類する吠声が空に響き渡る。
『ベヒーモス』の誰かと思ったが違う。
声を上げたのは、キッザニアだ。
すると、リーゼロッテを背にして、再び『ベヒーモス』に向かい合う。
「リーゼロッテ様!! 血路を開きます! リーゼロッテ様だけでもお逃げ下さい」
「キッザニア! あなた、何を言っているのですか?」
「問答している暇はありません、お早――――ぐわっ!」
突然、キッザニアは足を払われ、倒された。
敵ではない。側にいたザガスにだ。
「何をする、貴様!?」
すぐさま起きあがり、キッザニアは抗議する。
だが、そんな彼をザガスはまるで眼中に入れていなかった。
その視線の先にあったのは、ヴァロウである。
前後を敵に囲まれながら、その表情は一部も動いていない。
静かに佇んでいるだけだった。
「ちょっと黙ってろ……」
「はあ……」
「うざってぇがな。うちの指揮官のあの顔は何か企んでる顔だ」
「企むって……。この状況で何を企むことが」
「そんなもんオレ様がわかってたまるものか。……それにな。動揺しているのは、オレ様たちだけじゃなさそうだぜ」
ザガスは『ベヒーモス』の方を指差すのだった。
ヴォーギンはかろうじて起き上がる。
ダメージはあるが、立てないほどではない。
頭を抑えながら、戦況を見やった。
突如視界に現れた人類軍を見て、ヴォーギンも驚く。
「なんでこんなところに人類軍が?」
質問に答えたのは、人類軍の先頭に立ち、最初に声をかけてきた男だ。
狐のように釣り上がった瞳に、サラリとした金髪。
面長で常に笑っているように見えるが、その分何を考えているかわからない不気味さを漂わせていた。
細身だが、しっかりと筋肉はついており、フォービルと同じく細剣を腰に帯びていた。
男はややきざったらしく腰を折る。
まるで社交界の奥方に、ダンスを申し込むかのようであった。
「私の名前は人類軍遊撃部隊隊長テガン・フラードと申します」
「遊撃部隊……? テガン……? 俺は何も聞いていないぞ」
「あの方から何も訊いていないのですか?」
テガンと名乗った部隊長は思わせぶりな発言する。
ヴォーギンは、はっとなり沈黙した。
「(なるほどね。……アルデラのヤツなら、こんな隠し球を用意していないとは限らない。そもそも敵部隊がこの東側を封鎖にかかると予見したのは、アルデラだしな)」
ヴォーギンは1人結論付ける。
知らない相手とはいえ、心強い味方であることは間違いない。
何よりも、この状況を生みだしたアルデラに畏怖すら覚える。
今や昼行灯といった風情ではあるが、王国の『最強の盾』の綽名は、伊達ではないようだ。
だが、それ以上に不気味なのは、敵の指揮官である。
動揺する素振りすら見せない。
冷酷とも取れる表情は終始一貫し、全く変化がなった。
本当に心というものがあるのかどうかすら疑わしい。
仮にあったとしても、壊れているとしか思えなかった。
ヴォーギンが戦況を洗い直す中、テガンの視線はその敵指揮官の方に向けられる。
「初めまして……。ヴァロウ殿」
魔族軍第六師団師団長殿……。
「な! 魔族軍第六師団師団長だと!!」
ヴォーギンは強く反応する。
魔族が深く関わっていることはなんとなくわかった。
だが、まさか師団長――つまり、魔王の副官クラスがこの戦さに関わっているとは思わなかったのだ。
しかも、ヴァロウという名前……。
ヴォーギンの脳裏に、否応なくあの苦い思い出が蘇る。
対して、本人はひどく冷静に返答していた。
「なんのことだ? 俺の名前はヴァロウだが、魔族軍というのは心外だ。俺はあくまで義勇兵。アズバライト教を守るために立ち上がった一指揮官に過ぎない」
「あくまで白を切りますか。まあ、いいでしょう。予想はしていましたし。あなたの遺体を回収しない限りは、証拠もないでしょうしね。だから、ゆっくりそうさせていただきます。私の部隊がね」
テガンは自分が連れてきた軍隊を前に出す。
さらに黒罪騎士たちを圧迫した。
絶望の空気がさらに深まる。
「助けてくれ」と懇願する者すら現れた。
その無様な姿を見て、テガンは醜悪に微笑む。
狐の顔が、悪魔となった。
「ふふふ……。なかなか心地よい。弱い者をいたぶるというのは、いくつ歳を重ねてもそそりますね。それが絶望に歪んでいたらなおさら……。さあ、どうしますか、ヴァロウ。ダレマイルが屠った神算鬼謀を見せてくださいよ」
「貴様……。まさか――――」
ヴァロウの顔が初めて動いた。
すると、テガンは口元を抑える。
表情が狐顔に戻っていた。
「おっといけませんね。興奮して、つい――。ところで、本当にここで終わりなのですか、ヴァロウ? ここで終わってしまうと、演出した私としては少々がっかりなのですが……」
「ふん……」
静かにヒートアップするテガンに対し、ヴァロウは軽く鼻を鳴らす。
やがてすっと腕を上げた。
手には魔石が握られている。
「ほほぅ。そこで呪いを仕掛けますか?」
呪いとは、武具に仕掛けられた呪いのことだ。
今、人類軍に流通している9割以上が、ペイベロが売りさばいた武具である。
そのため現在、人類軍にまともに使える武器は少ない。
「呪いを発動させて、同士討ちを狙いますか、ヴァロウ。ですが、無駄です。我々の部隊を見て、わからないのですか?」
テガンは自分が連れてきた部隊を指し示し、軽く胸を張った。
その部隊数1500。
軍隊としては小規模だが、今のヴァロウたちの3倍はある。
だが、注目すべきは数ではない。
そのほとんどが特殊な兵科で構成されている。
すなわち皆が素手なのだ。
鎧も付けず、あるのは分厚い筋肉だけだった。
「拳闘士です! 彼らの武器は己の肉体のみ。武器を一切必要としません。それも彼らは全員専門家です。表、裏問わず興行あるいは賭博場で活躍する本物の専門家集団ですよ。たとえ、あなたたちが分厚い鎧に覆われようとも、あなたたちが魔族であろうとも、この鋼の肉体を持つ部隊を破ることなど不可能だ」
「そうか――――」
その瞬間、ヴァロウは躊躇うことなく魔石を起動した。
ズドオオオオオオオオオォォォォォォォォォンンンンンンン!!
突如、爆発が起こる。
両側の崖が吹き飛び、大きな岩盤が倒れてきた。
狭い山道に殺到すると、ちょうど人類軍遊撃部隊の上に降り注ぐ。
「ぎゃああああああああああああああ!!」
テガンの絶叫が上がる。
だが、それすらも轟音の中に掻き消えていった。
自分よりも数十倍重い瓦礫の前に、鋼の肉体を持つ拳闘士たちも為す術なく、巻き込まれていく。
渓谷全体が震えた。
土煙と地鳴りが収まるまでには、長い時間を要する。
これで収まったかといえばそうではない。
突然、何か黒い湯気のようなものが岩と岩の透き間から立ち上ってくる。
それに呼応するように、あちこちで魔法陣が開いた。
「なんだ? 何が起こっている?」
ヴォーギンですら展開の速さについていけない。
それは他の獣人たちも、ヴァロウの味方である黒罪騎士たちも、口を開けたまま固まるしかなかった。
冷静に見つめていたのは、ヴァロウだけである。
黒い霧が魔法陣に触れた瞬間、増幅した。
それは渓谷一帯に、半球体状に広がっていく。
すると、聞こえてきたのは、身が竦むような怨嗟の声だった。
悲しげで、悔しげな声が、渓谷内に充満する。
触れることすらおぞましく、ただ見ているものに恐怖を与えた。
黒罪騎士の1人が興味本位に手を伸ばそうとする。
「やめなさい!!」
リーゼロッテが警告した。
純血種のエルフは、眉間に皺を寄せて、できあがったおぞましいものを見つめる。
「呪霊結界ですね」
リーゼロッテの声に、ヴァロウは頷く。
結界魔法というのは、普通魔力を使って、様々な命令式を実行させる空間魔法である。結界に様々な命令を加えることによって、範囲内に置ける禁止事項や、その逆の現象を起こすことができるのが特徴だ。
しかし、呪霊結界とは魔力を使わず、人間の魂や霊というものを燃料として、構築する結界魔法である。魔力を使わず、大規模に展開できる点。さらに魂や霊といった人間の意志は長く、そして強く残るため、強力で持続期間が長い。
だが、デメリットがないわけではない。
まず怨霊など人の霊が溜まりやすいところでないと、効果がないのだ。
だが、ヴァロウは――――。
「敵兵を殺し、それを呪怨とするなんて」
リーゼロッテは突然ふらつき始める。
地面に倒れそうになったのを、キッザニアが受け止めた。
「リーゼロッテ様!」
「狼狽えるな、キッザニア。純血種のエルフの魔法感度は高い。強い呪いを感じて、一時的に身体が処理できなくなっただけだろう」
ヴァロウはキッザニアをフォローする。
「さて――」
とヴァロウは『ベヒーモス』の方に振り返った。
振り出しに戻ったように見えるが、そうではない。
吹き飛んだ崖のおかげで山道は完全に塞がってしまった。
しかも、たとえ魔法か何かで瓦礫を排除したとしても、約1500名の怨念が憑いた結界を破ることはほぼ不可能である。
つまり、『ベヒーモス』そして人類軍聖地占領部隊は、事実上2度と人類圏には戻れなくなってしまったことを指し示している。
だが、それはヴァロウにも同じ事がいえる。
人類圏に行けなくなったことはおろか、自ら退路を断ってしまった。
目の前にはまだ『ベヒーモス』がいるのにだ。
それでも依然として冷たいままで、ヴァロウの表情は変わらない。
ヴォーギンに向き直ると、にべもなくこう告げた。
「これで枷はなくなった……。さて、ヴォーギンよ――――」
交渉を始めようか……。
いよいよ明日(6月14日)コミカライズ配信開始です。
翌日の6月15日には、書籍版の2巻発売になります。
すでに店頭に並んでいるところもあるようなので、
週末書店にお立ち寄りの際に、ご購入いただけると嬉しいです。
※ 第4章と第5章の先頭に、「これまでのあらすじ」を追加させていただきました。
書籍版の第1巻発売から随分空いてしまったため、
内容を忘れてしまった方もいると思います。
もちろん、第1巻を改めて読んでいただけると嬉しいのですが、
一応忙しい人用ということで、追加させていただきました。
もし良ければ、2巻を読む前にでも読んでいただけると嬉しいです。




