幕間 西へ……
諸事情で1週お休みさせていただきました。
お待たせして申し訳ない。
書籍版2巻は、6月15日発売予定です。
『竜王』戦を余すところなく網羅しております。
書籍販売サイトではすでに予約が始まっておりますので、
是非お手にとって下さい。
ヴァロウたちが『ベヒーモス』と激戦を繰り広げている頃――。
聖山ノースドームを挟んで真反対に当たる方角にも、険しい渓谷が広がっていた。
現在、そこは魔族に占領された旧同盟領を除き、人類が唯一西の前線軍が統治する地域に渡ることができる山道があり、たった今1人の男が雪と急な坂路を越えて、西へと踏破しようとしていた。
山道は当然険しく、道の角度も鋭い。
鍛え抜かれた兵士ですら顎を上げるほどである。
その男も息も絶え絶えといった様子で、雪道に足跡を残してゆっくりと進んでいた。
やがてようやく頂上にさしかかる。
ここは事実上、極北と西の前線軍地域を分ける境界線であり、過去アズバライト教と協議した時に、前線軍が動かせるギリギリのラインであった。
雪山用の背嚢を一旦下ろすと、側の雪を掬って呷る。
水筒もあるにはあるのだが、おそらく中身が凍ってしまっているだろう。
本来魔力を使って溶かすのだが、今は少しの魔力も体力も惜しみたい気分だった。
そして雪の上に大の字になりながら、息を整える。
すると物音が聞こえた。
かすかに甲高い音が混じっている。
おそらく鉄製の武器がこすれる音だ。
「よっと……」
男は起き上がった。
上半身だけだ。
あいにく下半身は笑ったままで、しばらく動けそうになかった。
フードを取ると、ボサボサの灰色髪が現れる。
顔は甘く、美男子の範疇にギリギリ入ると思われるが、小さな丸眼鏡と、顎から延びた無精髭が減点対象だった。
男は浅黄色の瞳を細め、愉快とばかりに破顔する。
現れた2人の男を、歓迎した。
「やあ、君たちだけかい? ロッキンド、レイン」
尋ねると、元気よく逆立った柿色の髪の男が肩を竦める。
元前線軍第7部隊司令官『爆滅の勇者』ロッキンド・ラー・ファルキスだ。
「軍隊を連れてくるわけにもいかないでしょ、先生」
「別に連れてきてもいいんだよ。ここはちょうど軍事境界線だ。ピクニックするには少し肌寒いけど、訓練というならちょうどいい地形だろう。ただ僕の同行を諦めてくれ。この山を往復するのは、2度とごめんだ」
「文句なら魔族に言ってください。そもそも休戦なんて受けるから悪いんです」
「ああ。全くだ。……一体どこのどいつだろうね」
「ええ……。親の顔が見て――――むごごご!」
ロッキンドが何気なく口にした言葉を遮るように、横の藍色の髪の男がその口を氷で縫いつけた。
慌ててロッキンドは自分の能力を使って、炎で氷を溶かす。
しかし、今度は火の加減を誤り、口元を軽く火傷する。
「何をするんだよ、レイン!!」
「お前にはデリカシーがないのか、馬鹿者!!」
元前線軍第5部隊司令官レイン・ヴォア・アバリカンが、喝破する。
会うなり喧嘩を始めた2人を見て、男はクツクツと笑う。
「全く……。君たちを見ていると飽きないよ」
「すみません、先生。こいつには後で言って聞かせますので」
「僕は気にしていないけど、一体レインがロッキンドに何を言い聞かすのかが気になるねぇ」
にひひひ、と先生と呼ばれる男は怪しく笑う。
その愉悦に歪んだ顔を見ながら、レインは慌てた。
「な、何を期待しているのですか!?」
「久しぶりに本国に戻ったらね。淑女の皆様の間で流行っている青草子というものがあってだね。その中のものが実に興味深い」
草子というのは、一般的に俗世のことを面白おかしく書いた娯楽本である。
たいていの場合、内容は卑猥を極め、コスト面を抑える意味で普通の書物よりも、薄く作られている。
「へぇ……? どんな内容なんだ、先生?」
「聞くな、ロッキンド。どうせ益のないことだ」
「相変わらず頭が硬いねぇ、レインは」
「私の頭が硬いわけではありません。本当のことを言ったまでです」
「よし。ロッキンド……。1冊買ってきたから、陣地に戻ったら見せてあげよう」
「ホントか、先生!」
ロッキンドの顔が少年のように輝く。
横でレインが自分の顔を押さえていた。
「レインも見るか?」
「知らん! 私はもう知らん!!」
レインは頭を振る。
何故かその顔は赤くなっていた。
3人の男たちが雪山の頂上で冗談を言い合う中、一瞬光が走る。
数瞬後、大きな轟音が空気を震わせた。
反射的に身を屈めるが、光と音のズレから考えても、かなり遠くであることはすぐにわかった。
3人が同時に、東を望む。
空気は濁り、ちらつき始めた雪の影響で視界は悪かったが、ノースドーム方向で上がった爆煙が、遠く離れた頂上からでも確認できた。
「始まりましたね」
「今日は第二戦さ」
「どっちが勝つと思いますか、先生」
「そりゃ人類軍さ。僕らは人類側だからね。当然、味方の勝利を願わないと」
皮肉っぽく返す。
「でも、相手はヴァロウなんでしょ?」
ロッキンドが呟いた名前に、レインは思わず息を呑んだ。
それはつい数ヶ月前、ロッキンドとレインに敗北という煮え湯を飲ませた相手の名前だった。
「まあ、間違いないだろう。……アズバライト教を取り巻く状況の中で、彼以外に介入する意味を見いだせる人間――いや、魔族はいないだろう」
「本国にはそのことを?」
レインが質問すると、男は頭を振った。
「いつかは知るところになるだろうけど、ヴァロウは尻尾を出さないだろう。元々交渉が難しい相手だし、停戦条約に違反する決定的な証拠がない限りは応じることはないだろう。条約が締結されてまだ2ヶ月と立っていない状態では、人類軍も反故にはしたくないはずだ」
「ヤツはその間隙を狙って、このアズバライト教と人類軍の争いに介入したのですか?」
「狙ったというより、停戦交渉を始めた時から、この状況を想定していたんだろうね。まったく……敵に回すと、これほど厄介な相手とは思わなかったよ」
「せ、先生……?」
「ああ、すまない。こっちのことだ」
男は首を振ると、はらりと頭に付いた雪が落ちた。
そこに今度はロッキンドが質問する。
「なあ、先生。俺たちはここで傍観するしかないのか?」
「任務を言い渡されていないからね。僕が時間外労働と、任務外の仕事が嫌いなことは、君たちもよく知っているだろ」
「「…………」」
「心配しなくても、人類軍側の指揮官はともかく、参謀はなかなか有能だ。それに『ベヒーモス』のヴォーギン殿には、少し囁いておいた。彼は聡明な獣人だから、うまく使ってくれるだろう」
「先生が、献策を?」
「献策というほど、大したものではないよ。ただ――――」
今頃、ヴァロウは困ってるだろうね。
男は口角を上げる。
その笑みは、妖しくもあり、かつ悪戯を仕掛けた子どものように無邪気であった。
「さて、そろそろ行こうぜ、先生」
「なあ……君たち、そろそろその『先生』というのはやめないか。君たちの先生は亡くなったステバノス殿だろう」
「ステバノス師匠は師匠だ。先生は先生だよ。それとも前線軍総司令官殿と呼べばいいのかい?」
「…………」
「なんだよ、その微妙な顔はよ」
「やっぱり先生でいいよ」
「どうして?」
「自分にはやはり荷が重い。誰か代わってくれないかなあ」
「何を言っているんだよ。あんた以外に、適任なんかいるものか。最強の盾――アルデラ総司令官殿」
ロッキンドは歯を見せ、からかい半分に名前を口にした。
やがて前線軍総司令官アルデラ・フィオ・ディマンテに手を差し出す。
その手を握り、アルデラは立ち上がった。
いつの間にか笑っていた膝は元に戻っていた。
そして一行は西を目指す。
ここからは下りだ。上りよりは多少楽ができるだろう。
最後にアルデラは東の方へ振り返る。
下山すれば、しばらく見ることがなくなる北の地の戦争を目に焼き付けた。
「ヴァロウ、すまない。だが、君は少々勝ちすぎた」
そろそろ君は退場するべきだよ。
アルデラの言葉を雪が吸い上げる。
かすかな白い息を残し、戦地に背を向けるのだった。
『「ククク……。ヤツは四天王の中でも最弱」という風評被害のせいで追放された死属性四天王のセカンドライフ』という新作を始めました!
タイトル通り笑えるお話なので、是非最新話を読み終わった後にでも読みに来て下さい。
応援もいただけると嬉しいです。よろしくお願いします。




