第151話 純血種
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人類軍聖地占領作戦部隊は『ベヒーモス』のおかげ急死に一生を得た。
兵の中には個人的に彼らに敬意を示す者が現れる。
天幕を訪れては頭を下げ、こっそり酒を振る舞うものもいた。
人類部隊と『ベヒーモス』の間にある溝が埋まるかと思われたが、この男だけは揺るがない。
「遅い! 貴様ら、何をしていた!?」
激昂したのはガラケンである。
頭に包帯を巻き、自分の天幕にやってきたヴォーギンに指を差した。
随分と大げさに包帯を巻いているが、敵が放った氷属性魔法の飛礫の一部がこめかみをかすめただけなのだという。
怪我自体は川辺で転んだ方が出血が多いという程度だが、戦さにおいて素人同然のガラケンは大騒ぎし、最後には自分の血を見て失神してしまった。
この事は全部隊にいち早く広まり、ガラケンはたちまち嘲笑の的になる。
事実は事実ゆえ、陰口程度ではガラケンも兵に処罰を加えるような蛮行こそしなかったが、自分とは対照的に名を上げた『ベヒーモス』のことが気に入らないのだろう。
白狼族の姿を認めるなり、ガラケンは座ったまま怒鳴り付けた。
ヴォーギンは肩を竦めたが、アジェリアは申し訳なさそうに俯く。
さすがたにいたたまれなくなり、ガラケンに忠言した。
「ガラケン閣下……。ヴォーギン殿以下『ベヒーモス』の方々は我ら部隊を救ってくれた大恩があります。感謝こそすれ、今の言葉は失礼に当たるかと」
「アジェリア! 貴様、わしに獣どもに頭を下げよというのか!!」
「そんなことは言ってません。ですが、一言ぐらい労いの言葉があっても」
「よい! 貴様は下がれ!」
「閣下!!」
「アジェリア殿、もうその辺でよろしいですよ」
熱くなる2人の上司と部下に、渦中のヴォーギンが割って入る。
その言葉はガラケンとアジェリアを「うっ」と喉を詰まらせるほど、冷え切っていた。
「それよりも、我々はこの後どうすればいいんですか? 無力だと思っていた信者たちに、一端の戦力が揃っていたんですよ。人類部隊の兵数は今すぐ動かせるのは、8000余り。対して、相手は5000。もしかしたら、山の中にはさらにそれ以上の兵数がいるかもしれません。8000対5000……。五分とはいいませんが、余裕ある兵数差とは言いがたい。その上、まだ人類部隊だけで戦うおつもりか?」
ヴォーギンはアジェリアとガラケンを睨むのだった。
◆◇◆◇◆
その後、作戦会議は罵倒会議になった。
完全にガラケンは癇癪を起こし、ヴォーギンに汚い言葉を投げる。
ヴォーギンも負けていなかった。
「この雪だるま!!」
そもそもガラケンは直接的な上司ではない。
『ベヒーモス』は本国政府に雇われ、派遣されて来ているからだ。
そして、その一言が決定打となった。
雪だるまが溶岩のように赤くなる。
さらに傷口が開いて、血だるまになるのにさほど時間はかからなかった。
垂れてきた血を見て、またガラケンはひっくり返る。
こうして会議は終わってしまった。
ヴォーギンは自分の陣地へと帰る。
その背中を追って、アジェリアがやってきた。
「ヴォーギン殿、すみません」
開口一番アジェリアは頭を下げる。
「気にしてねぇよ。逆にスッキリした。1度でいいから『雪だるま』って言ってみたかったんだ」
ヴォーギンは満足そうだ。
上司の悪口を目の前で聞いても、アジェリアが咎めることはなかった。
むしろくすりと微笑む。
「これは機密事項なのですが……」
「あん?」
「私もです」
「くく……。がははははは! だよな!」
ヴォーギンとアジェリアは道すがら笑う。
2人の笑声はかろやかに人類軍自陣に響き渡った。
ひとしきり笑った後、ヴォーギンは少し表情を引き締める。
「アジェリア殿。俺たちは今日と同じく後方に待機する」
「いや、私が後で閣下に――」
「説得は無駄だろう。だから、俺たちは後方に待機しているというていでいく」
「どういうことですか?」
「アジェリア殿、俺らを信じちゃくれねぇか。あんたらに損になるようなことはしねぇからよ」
「……わかりました。ヴォーギン殿を信じましょう」
「ありがてぇ」
「ご武運を」
アジェリアはヴォーギンを陣まで見送ると、綺麗に敬礼し、その場を後にした。
その後ろ姿を見送った後、ヴォーギンは振り返る。
雪狐族のフォービルが陣の入口に立っていた。
狐目をさらに細めて、ヴォーギンの方を睨んでいる。
「なかなか良い子じゃないか、ヴォーギン」
「おいおい、フォービル。妬いてんのか?」
「ふん!」
フォービルはそのまま振り返り、陣の中心に戻っていく。
残されたヴォーギンは肩を竦めた。
陣に戻ってくると、そのど真ん中で呆然と空を臨むブロルと、心配そうに見つめるガジャンの姿があった。
「どうしたんだ、ブロルの野郎。いつも何を考えているわからないが、今日いつにもまして、訳のわからないツラをしてるじゃねぇか」
惚けるブロルに変わって、ガジャンが答えた。
「どうやら、ブロルの力を受け止めた者がおるらしい」
「げぇ! ブロルの一撃を受け止めた?? それ、人間なのかよ?」
「人間じゃないから受け止めることができたのであろう」
「まさか――魔族か!!」
「本人曰く、本気ではなかったようだがの。わしより図体がデカいくせに、脳みそはわしの半分しか入っておらんブロルじゃが、ちょっとショックだったようじゃ」
「なるほどね。こいつにも心はあったんだな」
ヴォーギンは感心したように腕を組む。
「ところで会議はなかなか紛糾したようじゃの」
「ああ……。『雪だるま』って言ってやったよ」
「かかか……。それは愉快。で、我らはまた待機か。わしはそれでいいがの。最近、腰が――――」
「そんなわけねぇだろ。部隊を2つに分ける。ここに3000を残して、俺たちは2000を率いて東に回る。ブロル、お前も連れてくぞ」
ヴォーギンは大熊族の広い背中を叩く。
するとブロルは「おおおおお……」と低く唸った。
表情はいつも通りボーっとしていたが、やる気はあるようだ。
それを見て、ガジャンは「ホホホ」と笑い、髭を撫でる。
ヴォーギンの狙いを見抜いた。
「わしの読みでは、明日は魔砲撃戦になる。遠距離の打ち合いじゃ。今日の戦さの結果では、指揮官が消極的になるのも無理はなかろう。いずれにしろわしらの出番はない。……それを見込み、回り込んで後背を衝くというわけか」
「そんなお上品な戦術論じゃねぇよ」
「ほう……。ではなんじゃ?」
ヴォーギンはやや自嘲気味に口端を釣り上げる。
ただ一言呟いた。
ただの勘だ……。
◆◇◆◇◆
『ベヒーモス』の参謀役ガジャンの読みは当たった。
人類軍聖地占領作戦部隊は再び南に展開。
渡河はせず、ノースドームに向けて、魔法による砲撃戦を開始する。
「これでよい! ノースドームの中は、穴だらけと聞く。信者共を生き埋めせよ!」
ガラケンは息巻いた。
部隊の作戦目的は聖地占領である。
魔法によってノースドームを崩落させ、信者を生き埋めにするのが目的ではない。
だが、信者たちは明確な敵対行動を示した今、ガラケンの中で作戦目的は変化していた。
様々な要因によってキレた指揮官は、ノースドームを破壊することを選択したのだ。
アジェリアは反対したが、最後はガラケンに押しきられた。
ガラケンの狂乱ぶりは、もはやアジェリアの制御下を離れている。
魔法部隊に密かに命令を下し、魔法の威力を抑えてもらうことしか対処法はなかった。
武人ならともかく、20万人の無辜の命を奪うわけにはいかない。
ちなみに『ベヒーモス』の戦線投入は、即却下された。
一方で聖地防衛を任されたルミルラも何もしないわけにはいかなかった。
魔砲撃戦を予想し、すでにノースドームの強度は高めてある。
具体的には山の雪を強固に硬めて、山に氷の鎧を敷いたのだ。
余談だが、この方法を思い付いたのは、昨日人類部隊が雪崩を凍らしているのを見たからである。
固まった氷は、魔砲撃を弾く。
だが、そのすべてというわけにはいかない。
ルミルラはノースドームの守りを敷くと共に、魔砲撃戦に応じた。
すでに夜のうちに用意した塹壕から、南に展開する人類部隊へと応撃する。
特に決め手はなく、魔力が虚しく減っていくだけだった。
◆◇◆◇◆
ノースドームの南の戦いが、退屈な凡戦を演じる中、ヴァロウ率いる遊軍は、ノースドーム東側の入口を出て、森を通って南下しようとしていた。
激しい魔砲撃戦が西の方角から音が聞こえる。
ノースドームの山肌からは煙が立ち上っていた。
山肌に魔砲撃が着弾する度に顔を上げたのは、黒罪騎士の1人キッザニアだった。
本来黒罪騎士は、信者たちを守るためにある。
そのためにアズバライトの教えに反し、武器を握っているのだ。
キッザニアが心配するのも無理はなかった。
「辛気くせぇ顔しやがって……」
そのキッザニアの表情に、ザガスがケチを付ける。
ノースドームでの拳闘大会以降も、2人は何かといがみ合っていた。
たいていザガスの方から突っかかるのだが、今回も同じパターンらしい。
いつも通り、キッザニアはザガスの方を睨む。
安い挑発に乗った訳だが、声は冷静だった。
「仲間を心配して何が悪いというのだ」
「ここは戦場だ。人の心配するよりも、自分の心配をしたらどうだ?」
「なんだと?」
「お前が取り締まっていたのは、せいぜい教えを忘れて鶏冠に来た暴漢ぐらいだろう。だが、今回の相手は違ぇ。武器を持った本物の兵士だ」
途端、ザガスの表情が険しくなる。
顔全体も赤く、口の奥で何かが欠けたような音がした。
その時のザガスの目に、キッザニアは映っていない。
昨日見た山のように大きな大熊族の獣人だった。
「言われなくともわかっている。我々はそのために今日まで訓練を」
「訓練と実戦は違うぞ」
「ほう……。ならば教えてもらおうか」
キッザニアは背中に背負った大剣の柄を握る。
対してザガスも棍棒を肩に掲げ、構えた。
「ザガス、やめろ」
「やめよ、キッザニア」
2種類の性質の声が重なる。
1人はヴァロウ。
もう1人は黒罪騎士の団長だった。
いつも兜を被ったままで、ヴァロウですらまだ素顔を見たことがない。
いまだ正体不明のままであった。
「リーゼロッテ様……」
団長の名前を呼び、キッザニアは身を退く。
ザガスは無視したが、相手の戦意が失われたことに気付くと、軽く舌打ちした。
「失礼した、団長殿。名前を聞きそびれていたな。リーゼロッテと仰るのか?」
ヴァロウは団長の方を向く。
「そういえば、挨拶をしていませんでしたね」
そう言って、リーゼロッテは兜を脱ぐ。
長い黄緑色の髪が穏やかな流水のように流れた。
特徴的な白い肌と長い耳を見て、ヴォロウは呟く。
「エルフ族か。しかも、純血だな」
エルフとは魔法に秀で、森の賢人と呼ばれるほど知能が高い種族である。
エルフと人族の交流が始まって、かなりの年月が経つ。
そのためエルフと人族の混種ハーフエルフが増え、純血種は少なくなってしまった。巷では金髪、長耳、白い肌を見て、エルフと指差すようになってしまったが、それは間違いであり、それらも人間と交わったことによる変化なのだ。
正式な純血種は金髪ではなく、黄緑色の髪をしており、長耳もハーフエルフよりもさらに長い。
病に弱く、空気が綺麗な森に住むのもそのためではあるが、この極北の地も病気の原因となる雑菌が増殖しにくいため、純血種が住むには悪くない環境なのであろう。
それでもリーゼロッテは口元を布で隠し、病気の対策を怠っていなかった。
「改めまして、リーゼロッテ・ラウシャルと申します」
「ヴァロウだ。よろしく頼む。こっちは補佐のメトラ。ザガスの紹介は不要だな」
「よろしくお願いします、リーゼロッテさん」
「よろしく、メトラ様。戦場にいる同性同士、気軽にリーゼと呼んで下さい」
「では、私もメトラと」
かなり良いところのお嬢さまなのだろう。
リーゼロッテから溢れる気品は、『リントリッドの至宝』と呼ばれたメトラにも負けていない。
貴重な純血種だ。
それなりに大事に育てられたのかもしれない。
問題は何故、彼女がアズバライト教で黒罪騎士に参加しているかということだ。
見たところ、戦士タイプというわけでもなさそうだ。
鎧が他の者と比べて薄くできており、ある程度軽量化されている。
着ている者の筋力に合わせているようだった。
「作戦はうまく行くでしょうか?」
「ご案じ召されるな、リーゼロッテ殿。さあ――着きましたよ」
いよいよ森を抜ける。
そこにあったのは、断崖絶壁であった。
人類軍聖地占領作戦部隊が通った東の渓谷である。
そこに糸を縫うような狭い山道があった。
両側を絶壁に挟まれ、挟撃されればいくらヴァロウとて全滅は必至だろう。
古来より、こういう地形は縁起が悪いとされてきた。
幾人の武人や参謀たちが、罠にはめられ、殺されてきたからである。
だが、この先を抜ければ人類圏は目と鼻の先だ。
ヴァロウは狭い山道に入ろうとした矢先のことであった。
すでに先客がいた。
「よう。来るのを待ってたぜ」
先頭の白狼族が牙を剥き出し笑う。
後ろに控える獣人たちの姿を見て、ヴァロウは確信した。
「『ベヒーモス』か……」
相手は2000弱。
それも全員獣人である。
間違いなく、危機だ。
しかし、最強軍師の口端はわずかに上がっていた。
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