第148話 人類軍聖地占領作戦部隊
聖山ノースドームの周りの地形は比較的平地である。
まずノースドーム南には、半囲いするように川が東から西に向かって流れており、堀のような役割を担っていた。
さらに南には、西側の人類圏へと至る街道、北東側から南東側には森が広がる。
そして東には人類軍が通ってきた険峻な渓谷がそびえていた。
だが、ノースドームを攻略に当たって問題なのは天候であろう。
少しでも吹雪けば行軍は難しく、戦いどころではない。
ちょっとした吹きだまりができれば、そこから雪が溜まり、地形そのものが変わってしまう。
しかし、幸いにも今日の天気は穏やかだった。
「絶好の戦さ日和だな、グハハハハハ!」
大口を開けて笑ったのは、餅を縦に2つくっつけたような男だった。
ギョロリとした大きな目玉に、牛蛙でも一飲みできそうな下品な口。
短身太躯には、防寒用のローブを3枚も重ねていて、餅が雪だるまとなって膨らんでいた。
彼の名前はガラケン・ルベット・アーヴォス。
人類軍聖地占領作戦総司令官に任じられた男である。
見てくれから考えても、武勇に秀でた様子はない。
口調からも知性を感じさせず、当然侮る者も多い。
しかし腐っても貴族――しかも侯爵である。
陰口は叩くことはあっても、兵たちは本人の前ではおくびも出さない。
司令官と違い、北で鍛え抜かれた兵団は、粛々と行軍していた。
領地に戻れば放蕩の限りを尽くす司令官ではあるが、兵たちは猛者揃いだ。
それにはある人物の存在があった。
ガラケンの背後。
主君への敬意を滲ませ、控える女騎士がいる。
きっちりと中央に分けられた長い黒髪に、広めのおでこ。
紺青の瞳は子どものように小さくつぶらで、童顔ではあるが、細くしなやかな肢体は巻き上げた鋼線の如く鍛え上げられていた。
同じく防寒耐性ついた外套の下に、フルプレートを纏っているが、その重さに潰されることなく、しゃんと背筋を伸ばし、目の前のノースドームを望んでいる。
アジェリア・デーラシア。
人類軍聖地占領作戦の参謀長を務める女性であり、ガラケンの補佐役である。
普通参謀長には、それなりの爵位を持つもの多い。
1万を超える軍勢となれば、尚更だ。
しかし、アジェリアは貴族名がないことからもわかるとおり、平民の出である。
それでも彼女がこうして参謀長に選ばれたのは、兵の信頼が厚いことと、平民の出でありながら騎士学校に入学し、その後首席で卒業した経歴の持ち主だからであろう。
「所詮は、狂信者どもよ。数は揃っているだろうが、武器を持たぬ信者どもなど恐るるに足らぬ。心配性な本国は、臭い『ベヒーモス』ども寄越してきよったが、必要などないわ。我々だけで一捻りにしてやろう。のぅ、アジェリア」
ガラケンはやや鼻の下を伸ばしながら、自分よりも背の高い参謀を見上げた。
昔から彼女の美しさには一目置いていた。
何度か手込めにしたいと考えたこともある。
だが、そういうことにアジェリアは慣れているらしい。
様々な言い訳を持って、丸め込まれ、今だに手すら握ったことがなかった。
「ガラケン閣下……。窮鼠猫を噛むといいますよ。油断なさるべきではないかと」
ガラケンと違って、アジェリアは穏やかに忠告する。
「アジェリア、お前まであの獣どもと同じことを言うのか?」
「我々の勝利に疑いの余地はありません。しかし、戦さの女神は気まぐれです。癇癪を起こして、恥も外聞もなく敵に勝利の口づけすることもありましょう」
「はっ! そんな勝利の女神などいるものか。それはもはや女神などではない。我らに仇なす悪魔と同じだ」
ガラケンは笑う。
釣られてアジェリアは笑みを返した。
再びその視線はアズバライト教の聖地ノースドームに向けられる。
「(閣下ぐらい楽観的になりたいものね)」
油断はするな、と忠告したもののアジェリアも、今回の戦さの勝利は揺るがないと考えていた。
問題は20万の信者の処遇である。
20万の信者が教えを捨て、襲ってくるならば切り捨てる他ない。
武器を持っていないとはいえ、20万の群衆だ。
一斉に襲いかかってきたなば、1万の兵では心許ない。
逆に大人しく降参した場合も厄介だろう。
20万人の人間の処遇をすぐ決めることなどできない。
まず本国の判断を仰ぐべきだ。
占領と言っても、その間彼らを食わせるのは、自分たちである。
「(この作戦はあまりに行き当たりばったりね。占領した後の指針が全く書かれていないのだから)」
アジェリアはため息を吐く。
白い息を見て、はたと意気軒昂とするガラケンの存在を思い出したが、司令官は山を見つめては勝ち誇るかのように大口を開けて笑っていた。
「(まあ、大本営の行き当たりばったりなところは今に始まったことではないのですけどね)」
「むっ? どうした、アジェリア? わしの方を熱心に見て。さてはお前、わしに惚れたか、グハハハハハ」
よく笑う司令官である。
アジェリアは話を逸らすため、話題を変えた。
「ところで、ガラケン閣下。『ベヒーモス』は後方でよろしかったのですか?」
「構わん。わしは獣人を信じておらん。特に金で雇われた傭兵など、犬に食わせた方がマシだ。何が人類最強の傭兵部隊だ。つけあがりおって」
先ほどの上機嫌はどこへやら、ガラケンはその場で唾棄した。
現在『ベヒーモス』は、人類軍聖地占領作戦部隊の後方に布陣している。
決めたのはガラケンだ。
表向きは退路の確保となっているが、明らかに手柄を横取りされたくないがための布陣である。
しかし、アジェリアは一定の評価を下していた。
『ベヒーモス』が布陣した位置は、現在魔族が占拠している旧同盟領へと続く街道上だ。
魔族と停戦条約を結んだことは、アジェリアも知っている。
故に彼らがこの戦さを邪魔することはないと思うが、やはり相手が相手である。
北のアズバライト教の信者と、南の魔族に挟まれれば、1万の兵など紙屑同然だ。
南を『ベヒーモス』に抑えてもらうことによって、人類軍は腰を付けて作戦を遂行することができる――そうアジェリアは考えていた。
条件は着々とクリアできている。
あとは信者の出方次第だが、いざとなれば『ベヒーモス』にも手伝ってもらい、鎮圧すればいいだけであった。
「(何も問題ない……)」
アジェリアは自分に言い聞かせる。
しかし、何度思っても嫌な予感がしてならない。
『ベヒーモス』の団長ヴォーギンも同じことを思っているようだった。
「おい! アジェリア」
「は? はい……」
「何をボーとしておる?」
「すみません。何か……?」
「目の前の川をどうするのだと聞いておる」
「は、はい。川を凍らせて渡河する予定です。水深も浅く、魔物も小型の者しかいないので、あまり注意する必要は無いかと……」
「うむ。では――全軍進発!!」
ガラケンが号令をかける。
人類軍聖地占領作戦部隊は横一列となり、歩みを進めた。
まず魔導部隊が出て、川を凍らせる。
歩兵の足場を確保すると、あっさりと川を渡った。
川を渡れば、ノースドームはすぐそこである。
「(拍子抜けするぐらい順調ですね)」
アジェリアは油断なく辺りを見渡した。
悪い予感が収まるどころか、膨らむ一方である。
全軍の渡河が終わり、いよいよ本格的に山へと進む。
「アジェリア、少々警戒しすぎなのではないか? 行軍が遅いぞ」
1人輿に乗ったガラケンが不満顔を浮かべる。
「足場が雪なので、行軍が遅いのです」
「ふむ……」
ガラケンは仏頂面を頬杖に託す。
だが、アジェリアは全軍に7割の速度で行軍するように密かに指示を出していた。
同時に辺りを警戒するように指示を出す。
そして人類軍聖地占領作戦部隊は、山の麓までやってきた。
アズバライト教の聖地にして、聖山ノースドームは比較的急な斜面を持つ、傘の形をした山である。
「(雪崩でも起きたら、一溜まりも――――)」
思考した直後だった。
ドンッ!
大砲を撃ったような音が、極北の空気を震わせる。
ざらりとした音を聞いて、アジェリアの顔が青くなった。
それは山の頂から、パラパラと雪が落ちてくる。
「まずい! 全軍退け!! 魔導部隊、眼前の山の斜面を凍らせよ!!」
命令に対して、質問をしている暇もなかった。
直後、山の雪が一斉に滑り始める。
所謂、雪崩だ。
魔導部隊はすぐに動いた。
簡易的な氷属性魔法を唱えて、山から滑ってくる雪崩を全て凍らせる。
その企みはうまくいった。
雪崩の動きが止まる。
同時に、歩兵を撤退させて事なきを得た。
雪崩発生時に舞い上がった雪煙が、山の周囲を覆う。
「な、何が起こった!?」
戦場に滅多に顔を出さないガラケンは大慌てだった、
一方、他の兵士やアジェリアは冷静だ。
「なんとか訓練通りにいきましたね」
雪崩対策は、ここに来る前に検討していた。
打ち合わせ通り動けたのは、アジェリアが敷いた厳しい訓練のおかげだ。
「おい、アジェリア」
「大丈夫です。窮地は脱しました」
「そ、そうか。狂信者どもめ。小細工をしよって。このわしを怒らせたらどうなるか知らんようだな」
ガラケンは妖しく微笑む。
一方、アジェリアは進むか退くか迷った。
今のガラケンなら間違いなく、進むというだろう。
だが、アジェリアの胸のつかえは下りない。
まだ悪い予感は、しこりのように残っていた。
その時、雪煙がアジェリアたちのところにまで降りてくる。
人類軍聖地占領作戦部隊を一時的に包んだ。
「全軍、放て……」
極北の地の温度よりも、さらに冷たい声がアジェリアの耳朶を振るわせる。
直後、光が占領部隊を囲むように閃いた。
魔法だ。
火、氷、雷、あるいは風――属性は様々である。
一斉に放たれ、人類軍聖地占領作戦部隊を挟み撃ちするような形で襲いかかった。
「敵襲! 敵――――」
敵発見報告が虚しく響く。
あちこちから自軍の悲鳴が聞こえてきた。
優秀なアジェリアとて、この事態は想定していなかったのだ。
さらに信じられないことが、もう1つある。
「(何故? 何故、挟み撃ちで魔法を撃てるのか!!)」
普通、敵を挟み討つ時には、なるべく弓や魔法を使わないのが定石である。
理由は単純明快で、同士討ちを助長してしまうからだ。
だが、敵とおぼしき存在はアジェリアを挟み撃ちし、魔法によって味方の軍を圧倒していた。
「同士討ちが怖くないのですか? いや、そもそも敵はどこに?」
渡河している最中、敵の姿はおろか野生生物1匹見当たらなかった。
どこかに隠れていたとしか思えない。
しかし、周りは山と川を除けば広い平原が広がるのみである。
隠れる場所は、どこにもないはずだ。
「アジェリア、なんとかしろ!!」
ガラケンの悲鳴が聞こえる。
アジェリアはハッとして顔を上げた。
「(しっかりしろ。この軍の指揮官は実質私なのだから)」
アジェリアは魔法を使う。
得意ではないが、風を起こし、雪煙を払うぐらいはできる。
視界が開けた瞬間、何が起こったかすぐにわかった。
地面の下から人が顔を覗かせていた。
魔導兵とおぼしき敵兵が、手を掲げて、味方の軍を狙い撃っている。
「な! 塹壕か!!」
アジェリアは驚く。
雪を掘って、穴を作り、そこから味方の軍に向けて魔砲撃を放っていたのだ。
「雪の下に隠れていたのですか。……なるほど。あれならば、同士討ちはしない」
地面側から撃つと、射角はどうしても上を向いてしまう。
放物線を描く弓の軌道ならともかく、魔法なら空に打ち出されて消えるだけだ。
「(感心してる場合か!!)」
アジェリアは自分にダメだしする。
すぐに状況を確認すると、南を指し示した。
「一時川向こうまで撤退します」
「撤退じゃと!?」
ガラケンは絶叫する。
大きな口をギシギシ動かしながら憤った。
「堪えて下さい、閣下。このままでは全滅します」
「ぜ、全滅??」
正確には全滅に近い被害が被ることになるのだが、アジェリアはわざと多く見積もった。
この小心者の小男指揮官には、これが一番応えるのだ。
「わ、わかった。下がろう! 指示はお前が出せ」
ガラケンはアジェリアが指示を出す前に、戦場を撤退していく。
「全軍進発」と勇ましい声を上げた指揮官の姿はない。
そのガラケンに代わり、アジェリアが指示を出した。
「全軍、川向こうまで転進する」
部隊は転進する。
先ほど渡ったばかりの川に戻ろうとした。
その時、ガラケンが立ち往生しているのを発見する。
「ガラケン閣下?」
「な、何故だ!?」
ガラケンの大きな瞳に複数の異形の姿が映っていた。
側でアジェリアも声を失っている。
「ぎょぺぺぺぺええええええ!!」
奇声が雪国の戦場に響いた。
そこにいたのは、寒い地方にいるフロストサハギンという半魚人型の魔獣だった。
「さっきはいなかったのに!!」
思わずアジェリアは声を上げる。
だが悔いている暇はない。
東と西に謎の敵襲。
南に魔物。
1万の人類軍聖地占領作戦部隊は囲まれていた。
「これが雪中の戦いだ」
気のせいではない。
山の頂から聞こえてきた冷たい声は、確実にアジェリアの耳朶を震わせるのであった。
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