第147話 獣人傭兵団
今回はベヒーモスの紹介回
獣人傭兵団『ベヒーモス』――。
その最大の特徴は、傭兵全員が獣人であることであろう。
種族は様々だが、特に戦いに特化した種族が揃っている。
獣人の長所はなんと言っても、魔族に力負けしない強靱な身体と膂力だ。
むろん種族の特徴によるところもあるが、人類勢において唯一魔族と1対1で対抗できるのは、獣人だけといっても良い。
故に、これまで獣人だけで編成された兵団は待望されてきた。
が、人類勢において『ベヒーモス』が唯一の獣人兵団であり、しかも人類側に雇われた傭兵というスタンスを貫き続けている。
何故か……?
単純に獣人と人族の仲が悪いからだ。
だが、元々悪かったのではない。
100年以上前までは仲良く、同じ都市の中で共存できていた。
しかしその頃から獣人による職業差別や住む場所の差別などあり、次第に激化した結果、人類圏全体で大きな内乱が起こるようになる。
獣人の力は凄まじいものだったが、数に勝る人族軍が圧倒。
大規模な魔女狩りならぬ、魔獣狩りが行われた結果、その数は最盛期の1割を切っていたという。
残された魔獣は北の森に幽閉されるような形で、ひっそり過ごすことになる。
それでも抵抗を続けていた獣人兵団があった。
それが『ベヒーモス』である。
人族たちは『ベヒーモス』を倒すために、何度も兵を送ったが、事如く敗北。
一方、魔族との対決が激化したことによって、人族は獣人どころでなくなった。
獣人と魔族に手を組まれれば、人族は一転窮地に追いやられると考えた貴族たちや本国の要人は、獣人たちの要望をすべて飲む形で和解する。
『ベヒーモス』は解体されず、リントリッド王国が雇う形で迎え入れられ、人類軍の貴重な戦力として活躍してきたのだ。
荒くれ者の多い『ベヒーモス』の4代目団長に当たる人物がいる。
名をヴォーギン。
白雪を刷り込んだような白毛の白狼族である。
団長ヴォーギンはやや冴えない表情で、野営地を歩いていた。
側には、これまた美しくしなかやかな身体を持つ雪狐族がいる。
彼女の名前はフォービル。『ベヒーモス』の女副長だ。
このところ行軍を阻んでいた吹雪は止んだが、いまだ雪がちらついている。
ヴォーギンは軽く頭の上の雪を払うと、天幕の中に入っていった。
発熱石で温められた天幕内は、外と打って変わって南国の砂浜のように温かい。
長い体毛に覆われ、少々の寒さも耐えられる獣人でも、極北の地の寒さはさすがに堪えた。
「戻ったか、ヴォーギン、フォービル」
天幕の中には、小さな象の獣人が背を丸めて茶を啜っていた。
入ってきたヴォーギンを見て、鼻の根本付近から伸びた髭を摘まむ。
「ガジャン、その前に茶をくれ」
「あたしが入れるわ。ヴォーギンは座って休んで」
「フォービル、ありがとう」
「して? 人類軍の司令官殿との会合はどうだったのだ?」
ガジャンと呼ばれた象髭族はずいっと顔をヴォーギンに寄せた。
象族には他に象牙族という大きな獣人種がいるが、象髭族は比較的小さな個体が多い。力こそないが、身体の大きさに対する脳の割合が高いことから、比較的知能の高いものがほとんどだ。
それ故、獣人の賢人と呼ばれている。
ガジャンも例に漏れない。
それ故に、『ベヒーモス』の参謀役を担っていた。
そのガジャンの質問に、ヴォーギンは肩を竦める。
ついでに「降参とばかりに」手を上げて見せた。
「俺たちは後方待機だそうだ。よくあるヤツさ」
「失礼なヤツだよ、全く。ヴォーギンの話もまともに聞きやしない」
フォービルはヴォーギンに熱い茶を差し出す。
自分にも茶を入れると、熱を警戒しながら少し舌に含んだ。
人類軍聖地占領作戦。
その司令官に抜擢されたのは、北方辺境警備軍と北の都市ブルデンを預かる侯爵ガラケン・ルベット・アーヴォスだった。
北方辺境警備と言えば、名の響きはいいが、有り体にいうなら閑職である。
そもそも北の警備などいらない。
精々山や森に棲みついた山賊や野盗を追い散らすのが関の山だ。
常時、1万の兵が常駐しているが、その半分でも事足りるだろう。
ガラケン自体も全くのお飾りだ。
1万もの兵を本国から離れた北に置くためには、それなりの階位か爵位が必要であったため、使い勝手の良い男が選ばれただけである。
当然彼自身に武力はなく、戦場にも出てこない。
城にこもって放蕩の限りを尽くしているというのが、実情であった。
その彼に久しぶりに届いた本国からの指令書が、聖地占領作戦の司令官の抜擢である。
「やっこさん、相当舞い上がってるな。手柄を1人で横取りするつもりらしい」
「手柄を上げて、田舎から本国に帰還か。そううまくいくかしら」
「所詮は本国が担ぎ上げたお飾りの司令官じゃよ」
ヴォーギン、フォービル、ガジャンは同時に茶を啜る。
胃の中まで冷え切った身体が、温まっていくのを感じた。
「そういえば、ブロルは?」
「その辺で穴でも掘って、潜っておるじゃろ。あの巨体は天幕の中に入らぬからな」
「そっか……」
「それで? どうするの、ヴォーギン?」
フォービルの質問に、ヴォーギンはまた肩を竦めた。
「後方待機だ。司令官が言ってるなら、そうするだけだ」
「それで良い。被害も少なくて済む。そもそも我らは保険だ」
「ガジャンのじいさんの言う通りだ。俺たちは保険だ。ガラケンの旦那が失敗した時のな。まあ、相手は20万とはいえ、無抵抗な信者だ。負けるなんてあり得ないけどな」
団長のヴォーギンは言うのだが、フォービルの不満顔は収まらない。
余計に頬を膨らませた。
「けどさ。ヴォーギンの勘が言ってるんだろ? この戦さはこのままじゃ収まらないってさ」
「勘は勘だ」
「でも、ヴォーギンの勘はいつも『ベヒーモス』を救ってきた。あの――――」
最強の軍師といわれたヴァロウ・ゴズ・ヒューネルに勝ったんだよ。
聞く者が聞けば、ギョッと目を剥いて驚いただろう。
裏切り者とはいえ、最強軍師ヴァロウ・ゴズ・ヒューネルの知名度は高い。
ヴァロウが披露した知謀知略を密かに称賛する者は、少なくなかった。
そのヴァロウに土を付けたというならば、それは歴史に残る大偉業に他ならない。
しかし、ヴォーギンがその勝利を誇らしげに話すことはなかった。
「何年前の話だよ。20年以上前だろ。その時、あいつは数人の兵士を束ねるだけの一隊長だったんだ。権限もやれることも少なかった。むしろあいつにあと1歩というところまで追い詰められそうになった俺たちが不甲斐なかったんだよ」
「でもさ――」
フォービルは口を尖らせる。
「その話はもうやめだ。明日敵地に侵攻する。今日は早く寝ろよ」
ヴォーギンはピシャリと言い放つ。
それ以上、口を開くことはなかった。
フォービルとガジャンは、自分の天幕へと戻っていく。
仲間を見送った後、ヴォーギンは夜空を仰いだ。
雲間に星が瞬いていた。
極北の地で初めて見る星だ。
空を臨み、ヴォーギンは白い息を吐く。
「ヴァロウ・ゴズ・ヒューネルか……」
言葉に寂しさが滲んでいた。
◆◇◆◇◆
極北の地に浮かぶ星……。
ヴォーギンと同じく、それを見つけたものがいる。
魔族軍第六師団師団長ヴァロウだ。
明日の天気について占おうとしていた時、雲間に浮かぶ星を見つけたのである。
珍しくぼんやりとした顔で、ヴォロウは星に向かって呟いた。
「『ベヒーモス』か……」
吐く息と共に言葉を絞り出す。
「因縁の相手ですか?」
そう尋ねたのは、メトラだ。
ヴァロウの腕を取り、寄り添う。
赤い瞳は心配げに輝いていた。
メトラは知っている。
『ベヒーモス』とヴァロウの間にある因縁を。
21年前。
それはヴァロウが最年少中尉として任官した初めての戦さだった。
当時、人族は獣人族との内乱の最中にあった。
北の森で、頑強に抵抗する獣人たちに、人族の軍は手を焼いていた。
極北ほどではないが、寒い土地で生い茂った草木や樹木のおかげで視界が悪く、その中で潜んだ獣人を見つけなければならなかった。
だが、ヴァロウは悉く獣人の伏兵を見つけ、戦果を上げていった。
そんな中で、ヴォーギン率いる『ベヒーモス』と会敵したのだ。
「今振り返っても、何故俺の策略を見通せたのかはわからない。あの男は後に『勘』だと言っていたが、もはやあれは『未来視』に近いものだ」
「ヴォーギンと会ったことがあるのですね」
「内戦が終わった後に、二、三言葉をかわした程度だがな」
「手強い相手ですね」
「ああ……」
メトラは驚いた。
あの時とは状況が違う。
そんな言葉を返し、最後には勝利を約束してくれると思っていたからだ。
おそらくヴォーギンという団長は、ヴァロウが認めるほどの実力の持ち主なのだろう。
「心配するな」
メトラの不安が伝播したのか。
ヴァロウの力強い言葉が降りてくる。
「ヴォーギンは手強い。だがこの戦さ――――」
我々の勝利が揺らぐことはない。
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