第145話 エール
聖地ノースドームの奥に、人が集まっていた。
その数と同じぐらいの鍾乳石が並び、さながら巨大魔獣の口内のようである。
開けた場所には、ちょうど円形上のスペースがあり、今2人の男が立っていた。
1人は角も牙も収めた人鬼族の戦士ザガス。
もう1人は黒罪騎士キッザニアだ。
今からここで2人の決闘が行われようとしていた。
「なんか、ヴァロウたちがルロイゼンに来た時のことを思い出すわね」
エスカリナは胸に押し上げるように腕を組む。
苦笑い浮かべながら、即席の闘技場に視線を向ける。
復興を始めた街の一部を、ザガスに壊されたことを思い出していた。
とは言え、ルロイゼン城塞都市の時と比べて盛り上がっているかと言えばそうではない。
「さすがはアズバライト教の聖地ですね。皆の視線が冷たい」
ルミルラは周りを見ながら苦笑する。
ここにいる人間や魔族は、『不戦の誓い』を立てた者たちだ。
戦うことを忌避する者も多い。
ここに集まったのも、信者全員ではなく、ほんの一部だけである。
しかし、理由がそれだけかと問われるならそうではない。
盛り下がっている理由はまだある。
「あの……。おじさん」
子どもがキッザニアの方に近づいてくる。
5、6歳というところだろうか。
厚手にローブにすっぽりと覆われた子どもは、恐る恐るキッザニアに告げた。
「が、がんばってね、おじさん」
黒罪騎士はアズバライト教の守護騎士だ。
そう聞けば、子どもも憧れる騎士団に見えるだろう。
だが、職務上どうしても暴力を振るわなければならない時が出てくる。
つまり教義を破ることになるのだ。
それ故、彼らは背信者として扱われ、信者から忌み嫌われる存在を演じていた。
しかし、そんな騎士に向かって子どもはエールを送る。
「忌み嫌われているといっても、名目上のことなのですね。……彼らは逆に尊敬されているのかもしれません」
その微笑ましい光景を見て、メトラは薄く笑った。
直後、鋭い音が鳴る。
子どもの体勢が崩れ、その場で尻餅をついた。
キッザニアが手で子どもを払ったのである。
突然の暴力に子どもは震え上がった。
さらに追い打ちをかけるように、キッザニアの鋭い視線が子供を貫く。
「気安く俺に触るな! 下がれ!」
薄暗い声を上げて、子どもを脅す。
下がれといわれても、恐怖のあまり身が竦んで子どもは動けない様子だった。
すると、母親は進み出て、子どもを助け起こす。
「彼らは背信者なのよ。近づいたらダメ!」
叱咤すると、するすると群衆を掻き分け、後ろに下がっていく。
子どもの「どうして?」という瞳が、なんとも哀れであった。
「おいおい。お前らの仲間だろ? もう少し優しくしてやったらどうだ?」
「仲間? 違うな? あの子どもは信者、そして俺たちは背信者だ」
「わかんねぇなあ」
「よそ者には関係のない話だ」
「ま――。確かにな。聞いたところで、何かするわけじゃねぇし。それよりも早いところ喧嘩しようぜ」
ザガスはニヤリと笑う。
興行的な決闘であるが、久しぶりの実戦である。
楽しみでしょうがないのだろう。
一方、キッザニアは一部鎧を脱いで、ファイティングポーズを取る。
両者は構えを取った。
仕切るのはヴァロウである。
中央のスペースに進み出た。
そのヴァロウは闘技場の側にいたアルパヤに話しかける。
「アルパヤ。ここでいいんだな」
不意に質問されたドワーフの娘は、慌てて掘っていた穴から顔を上げる。
土にまみれた恰好のまま、質問に答えた。
「うん。思いっきり暴れていいよ」
「ふん。言わなくても、そのつもりよ」
ザガスが鼻息を荒くする。
興奮気味の部下とは違い、ヴァロウは冷静だ。
ルールを告げると、闘技場から離れていった。
すかさずルミルラが、アルパヤの質問のことについて尋ねる。
「ヴァロウ様、さっきのは岩盤の硬さについて質問したのですか?」
「似たようなものだ」
「そもそも場所はこんなところじゃなくても良かったんじゃないですか? 広い場所はいくらでもあるのに。なんでこんな奥の方を?」
ルミルラの言う通り、決闘の場所ならいくらでもある。
わざわざノースドームの奥でやる必要などない。
通気性がよくなく、ヴァロウが契約しているアイギスによって、空気を送らなければならないほど、面倒な場所だ。
ここで決闘をやる意義が、最強軍師の弟子であるルミルラにも見出すことができなかった。
「では、はじめ!」
ルミルラの悩みをよそに、決闘が開始される。
「ふん!」
先手を打ったのはキッザニアだった。
硬い地面を蹴り、ザガスに接敵する。
「速い!」
エスカリナは驚く。
対しザガスは1歩遅れた。
相手の出方を見るつもりだったのだろう。
珍しく消極策だ。
ルールは武器なし。
「参った」と宣言するか、審判が続行不可と判断した場合、負けとなる。
もちろんキッザニアの武器は己の肉体のみ。
初撃は加速がかかった渾身の直突きだ。
シュッ!!
空気が唸る。
その破壊力は遠目に見ても、一撃必倒であろう。
普通の人間なら、頭が弾け飛んでいたかもしれない。
それをザガスは両手を交差して肘で受けた。
「うまい!!」
ルミルラは唸る。
力任せに戦うイメージがあるが、ザガスの戦闘センスは本物である。
誰かに指南されたわけではない。
粗野な闘術で、優美さからは遠く離れているが、意外と理に適っている。
今の防御も、自分のダメージを最小限に抑えるとともに、硬い肘の部分に受けることによって、相手の拳を壊しにいったのだ。
キッザニアの顔が歪む。
骨の折れるような音はしていない。
壊れるまではいかなくても、痺れるぐらいには至っただろう。
だが、キッザニアは手を緩めなかった。
一旦仰け反るが、無理矢理足を前に進める。
反対の拳で、文字通りザガスの硬い防御をこじ開けようとした。
その動きは素早い。
ザガスの我流も素晴らしいが、キッザニアの拳闘術もなかなかだった。
回転が速く、さらに威力が高い。
ザガスが反撃に出られないところからも、証左であろう。
「どうした? さっきの威勢はどうした?」
キッザニアはあおる。
息を飲んだのはメトラだった。
「ヴァロウ様、あの男……」
「…………」
闘技場の外から眺めていた仕切り役のヴァロウは、両者を見つめるだけである。
すでにメトラの言いたいことを理解しているらしい。
何も手を出さないザガスも不思議だが、キッザニアの破壊力もまた不可思議だ。
ザガスは仮にも人鬼族である。
その魔族と、1対1で戦い、優位に進めるなどあり得ない話だった。
「かっかっかっかっ……」
突然笑い始めたのは、ザガスであった。
ガードの奥の表情は笑っている。
嬉しくて嬉しくてたまらない。
愉悦に表情が歪んでいた。
その奇妙な行動に、キッザニアは攻撃を止める。
1度距離を取った。
「何がおかしい……?」
「いや~~。わりぃわりぃ。オレ様としたことが、勘が鈍ってたわ」
自分を戒めるようにザガスは頭を叩く。
キッザニアは目を細めた。
「何を言っている?」
「まさかお仲間だったとはな」
「…………ッ!」
「人間と思って手加減してやろうと思ったが、予定変更だ」
ザガスは腕を回す。
身体から闘気が充満した。
今まで、本気ではなかったのだ。
「まさかあの人……」
ルミルラも気付く。
むろん彼女の師匠は会った当初から気付いていた。
「こんなところに人鬼族の生き残りがいるとはな」
ヴァロウは口角を上げる。
ザガスと同じく角と牙を引っ込めているのだろう。
同じ種族のヴァロウには、本能的にわかっていた。
ザガスが気付かなかったのは、キッザニアがその気配を巧妙に隠していたからだ。
しかし翻って考えれば、別に珍しいことではない。
ここには大勢の人間とともに、魔族も暮らしている。
その中に人鬼族がいてもおかしくはなかった。
「隠し慣れているな。おそらく、あの男……。なんらかの理由で人鬼族であることを隠しているかもしれない」
ヴァロウはそこまで見抜く。
同じ思いはザガスにもあったらしい。
「どういう理由かは知らねぇけどよ。お互い大変だな」
聖地にいる間、ザガスには牙も角も出すなと、ヴァロウは命じてある。
実は信者に対して、ヴァロウたちはあくまで聖地を守る義勇軍であり、魔族軍であることを説明していないからだ。
ノースドームには20万の信者がいる。
その中には、人類側の間諜もいるだろう。
聖地に魔族軍が入ったと聞けば、たちまち人類軍は停戦条約を破棄し、攻めてくるに違いない。
「お喋りも、手加減もなしだ。決着を付けさせてもらうぜ」
「それはこっちの台詞だ」
キッザニアは地を蹴る。
やはり速い。
どうやら人鬼族の中でも、彼は脚力が強いらしい。
刹那――ザガスの懐に踏み込んでいた。
「終わりだ!」
隠していたのだろう。
ずっと直突き主体だったファイトスタイルを変化させる。
下から抉り込むように、上突きを繰り出す。
見事ザガスの顎に刺さった。
「決まった!」
キッザニアは笑う。
だが――。
「キッザニア、まだだ!!」
声は黒罪騎士団がいる方から聞こえた。
女の声である。どうやらあの背の低い騎士が発したらしい。
一瞬、キッザニアはその声の虜となるが、聞こえてきた笑い声で覚醒する。
直後、経験したことがない打撃がキッザニアを襲った。
巨躯の男の顔が吹き飛んだ。
危なく闘技場を超えて、観客がいる方に突っ込みそうになるが、寸前で堪える。
キッザニアには意識があった。
インパクトの瞬間、自ら飛んで衝撃を抑えたはずだ。
なのに1割すら軽減できていなかった。
「何故だ?」
キッザニアは顔を上げる。
すると、ザガスは顎の辺りを撫でながら笑う。
「はっ! 何故――だぁ? そんなこともわらかねぇのかよ」
「俺の攻撃は間違いなく最高のインパクトだった」
「ああ……。確かに痛かったぜ。でも、理由は簡単だ。てめぇの拳は軽いんだよ」
「なっ!?」
「あんたのスピードは認めてやるぜ。でも、パワーとなるといまいちだ。そんなんじゃオレ様に痣ぐらいは作れても、倒すことはできねぇぞ」
「ぐっ!?」
「どうするよ? まだやるかい?」
ザガスは挑発する。
キッザニアは力を込めた。
が、うまく力を入れることができない。
一瞬、敗北を受け入れるべきかと考える。
視線を動かし、黒罪騎士団が立っている方を見た。
女の騎士がかすかに頷く。
キッザニアも呼応し、頷いた。
「俺の――――」
「おじさん頑張れええええ!!」
子どもの声がドームに響き渡る。
あの時の子どもの声だとすぐに気付いた。
そこに他の声が重なる。
どれも子どもの声だった。
その声に後押しされるかのように、ノースドームの中が騒がしくなる。
「いけぇ!」
「立てぇ!」
「しっかりしろ!」
「まだやれるぞ」
声援が送られる。
予想外のエールに、キッザニアは呆然としていた。
これには黒罪騎士たちも狼狽える。
「くかかかか……。らしくなってきたじゃねぇか? なあ――――」
「ああ……」
キッザニアは起き上がる。
その瞬間、会場のヴォルテージがさらに上がった。
「まったく……。おじさん扱いがひどい観客たちだ」
「ちげぇねぇ」
両者は口を裂く。
そして構えを取った。
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