第144話 黒罪騎士
「なあ……」
他の兵士と共に炊事の準備をしていたルミルラは、突然声を掛けられる。
顔を上げると、ザガスが立っていた。
お腹が空いたのだろうか。
しきりに腹をさすっている。
「ご飯はまだですよ」
ルミルラは鍋の中に缶詰を入れる。
発熱石に魔力を込めると、同じ鍋の中に放り込んだ。
その作業を見ながら、ザガスは軽く首を振る。
「そうじゃねぇよ。おかしいとは思わねぇのか、お前」
「は? 何がですか?」
「こいつらは『不戦の誓い』ってヤツを立てた信者様なんだろ?」
ザガスは質問を質問で返して、指差す。
その方向には、鍋の中身を不思議そうに見つめるアズバライト教の信者たちの姿があった。
「だったら、なんでオレ様たちのことを受け入れるんだ? 戦争しまくってるオレ様たちは、こいつらにとっては敵だろ――――って、なんだその顔。鳩が豆鉄砲食らったような顔をしやがって」
ザガスは顔を近づけ、ルミルラを覗き込む。
その剣先の鋭い牙を見て、ルミルラはようやく我を取り戻した。
「(素で唖然としたわ。生涯初めてかも……)」
ルミルラからすれば、ザガスらしからぬ意見だった。
ザガスは戦闘狂だ。超が付くぐらいの。
戦場に突撃して暴れられればいい。
そういうタイプの猛将だと思っていた。
現地の状況、任務達成のための守るべき者あるいは依頼者。
煩わしいことは一切興味ないと思っていたのだが、どうやらそれは改めなければならないらしい。
「(しかし、アズバライト教の信者を指差して、『敵』と表現するのは趣深いですね。確かに……。戦闘好きの彼にとって、『不戦の誓い』を守る彼らは敵以外の何者でもないでしょう)」
だが、一体何故そんなことが気になるのか?
ルミルラは尋ねてはみたかったが、口を開けば「暴れさせろ」「腹減った」としかいえない人鬼族が、きちんと答えることができるとは思わなかった。
「それはですね。彼らが『不戦の誓い』を立てているだけであって、何も他の人にもそうなってほしいわけではないからですよ」
「はっ?」
「そもそもアズバライト教の高祖と呼ばれる人物は、『不戦の誓い』を広めたわけではありません。自分はこうだと意志を示したことによって、周りに自然と広まっていったと言われています。アズバライト教と呼ばれていますが、宗教とくくることすら間違っているかもしれません。あくまで個人目標みたいなものですから。『戦場に出て、10人倒すぞ』と言っているのと同じなんですよ」
ルミルラは至って一般的なアズバライト教の解釈を教えてみせる。
ザガスは幾度か首を傾げてみせた後。
「わかんねぇ」
「(ですよね。……その反応はなんとなく予想してました)」
ルミルラは苦笑する。
するとザガスは口を開く。
「それってよぉ。『私たちは戦いませんから。どうぞあなたたちは戦って、無抵抗な私たちを守って下さい』って言ってるようなもんじゃねぇか?」
「有り体にいうと、そういうことです」
「はっ! 情けねぇ! 人に戦わせておいて、不戦を貫くって……。めちゃくちゃ矛盾してるじゃねぇか。アズバライト教の高祖様ってのは、そんなに臆病なのか?」
「ちょっ! ザガス! さすがに声が大き――――」
「聞き捨てならないな」
ルミルラが注意するが、遅かったらしい。
小さな光蟲精霊が岩肌に無数にいるおかげで、ノースドームの中は比較的明るい。
その中で、漆黒の甲冑を身に纏った一団が現れる。
腰には剣がぶら下がり、武装していた。
1度ザガスは振り返る。
ルミルラは知らないと首を振った。
ヴァルファルから連れてきた兵団ではないことを確認したザガスは、1歩前に進み出る。
「なんだ、お前らぁ……?」
ザガスは顎を上げて、凄んだ。
一団の中から、一際背丈の高い者が先頭に出てくる。
甲冑を脱ぐと、横一文字の大きな古傷のある男の顔が現れた。
その男のみ、背中に大斧を背負っている。
男はザガスの睨みに屈することなく、静かに向かいあった。
「我らは臆病なのではない」
「はっ!? 臆病じゃない? 戦わないヤツが何を言うんだよ」
「戦わないからこそだ。この戦さにまみれた世界で、戦わないことを選んだ我らこそ勇気あるものなのだ!」
「大層なご高説ありがとよ! けどな。なんでだ?」
ザガスは「はっ」と笑い、牙を見せた。
その反応に男は眉を釣り上げる。
「なんで、てめぇの身体から血の匂いがするのかな」
「貴様ぁ……」
男は動揺する。
一方、ザガスはにやぁと口端を裂いた。
戦いの匂いがする……。
見つけたとばかりに、ザガスの顔は歓喜に歪む。
「ザガスさん!」
「ルミルラ! てめぇは黙ってろ」
ザガスは一喝する。
それを見て、ルミルラは顔を覆った。
さしもの最強軍師の弟子も、これほどの展開の速さを予想してなかったらしい。
遅かれ早かれ、現地民とのいざこざは起こると思っていた。
この情勢下の中で『不戦の誓い』と言われても、納得できる者は少ない。
その最先鋒は、まさしくザガスだろう。
こうなることは予測できていたはずだ。
この戦闘狂を極北の地まで連れてきて、檻にも鎖にも繋がなかったヴァロウが悪い。
ルミルラには、もはや事の趨勢を見極めるしかなかった。
「何をしている……」
冷たい声が、一触即発の空気を打ち消す。
噂をすればなんとやらである。
ヴァロウとメトラが現場に駆けつけた。
その後ろにはリーアンを初め、神官たちが居並んでいる。
ヴァロウは現場を見るなり、すべてを察した。
「師匠……」
ルミルラが声を上げる。
それは助けを求めるというよりは、抗議しているようでもあった。
ヴァロウはやれやれと首を振る。
「大方はわかった」
「なら、任せます」
ルミルラは退く。
すると、先に口を開いたのは神官たちである。
「ヴァロウ殿、彼らは――」
「黒罪騎士……。アズバライト教の中で唯一暴力が認められた騎士たちですね」
「知っていましたか。彼らは我々が言い聞かせます」
アストロフは先頭に立った黒罪騎士に注意した。
「キッザニア……。そこまでだ。退け」
「それは聞けませんね、アストロフ様」
「なんだと?」
「俺たちは『不戦の誓い』を破った背信者だ。たとえアズバライト様の考え方が尊敬に値するものだとしても、あんたらの言うことは聞かん」
「お前、まだそんな――」
「つまり、俺の上司でも何でもない。俺に命令できるのは、ただ1人だけだ」
キッザニアと呼ばれた男は振り返る。
その後ろには、屈強な団員の中にあって、背の小さな人間がいた。
おそらく女性だろう。
黄緑色の長い髪が、被った兜からはみでていた。
背格好からして、騎士を纏める長とは思えないが、否定するものは誰もいなかった。
黒罪騎士の騎士団長と目された人物は沈黙を持って答える。
キッザニアのやってることを咎めることはなかった。
ただ静かに、兜のバイザーの奥から鋭い視線を放っている。
キッザニアは勝ったかのように笑い、手を上げた。
「団長は手を引くなということらしい」
そして今一度、ザガスに向き直った。
「聖地は俺たちが守る。そして、アズバライト様の崇高な考えを馬鹿にするようなヤツなど、この聖地で息することすら不敬だ!!」
「キッザニア!!」
「いいではないですか、アストロフ殿」
「え? ヴァロウ殿?」
いつの間にか、ヴァロウはザガスとキッザニアの間に入っていた。
あっさりと間合いに入ってきたヴァロウを見て、キッザニアは多少狼狽する。
さらにそのヘーゼル色の眼光を見て、息を飲んだ。
「ちょうど良いでしょう。ここであなた方に見せて差し上げますよ」
我々の武力を……。
書籍版の方もよろしくお願いします。
コミカライズ企画も進んでいるので、
こちらもまた後日アナウンスさせていただきます。




