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【WEB版】叛逆のヴァロウ ~上級貴族に謀殺された軍師は魔王の副官に転生し、復讐を誓う~  作者: 延野正行
14章 極雪の聖地攻防編

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第143話 缶詰の発明

 聖地ノースドームの各所に白い湯気が上がっていた。

 その元には、黒鉄の鍋が吊され、沸いた湯がぽこぽこと音を立てている。

 鍋の中には、2つのものが入っていた。


 1つは発熱石といわれる魔導具だ。

 微少ながら魔法鉱石(ミスリル)が含まれている石で、少し魔力を通すだけで熱を帯びる石である。

 それを水の中に入れて、お湯を沸かしていたのだ。


 ノースドームは広いとはいえ、風通しはあまりよい方ではない。

 新鮮な空気は貴重なため、火を使うことを基本的に禁止されている。


 そして、鍋の中にはもう1つ奇妙なものが入っていた。

 平べったい円形上の物体。

 材質はどうやら鉄らしい。

 その周りに白い塗装が施されていた。


「お姉ちゃん、何やってるの?」


 小さな女の子が鍋の中の奇妙な物体を指差して、尋ねる。

 おそらく信者の子どもだろう。

 遠目で見る大人たちとは違って、外からやってきた人間のやることに興味津々といった様子だった。


 お姉ちゃん――と言われたエスカリナは鍋の中の様子を見ながら、質問に答える。


「ちょっと待ってね。そのままでも(ヽヽヽヽヽヽ)食べられるん(ヽヽヽヽヽヽ)だけど(ヽヽヽ)、ちょっと火を通すとおいしくなるから」


「……? これ、食べ物なの?」


「うふふふ……。楽しみにしておいて。さーて、そろそろかな」


 エスカリナは火箸を使って、丸い鉄の缶を取り上げる。

 すると、懐からナイフを取り出し、丸い面の端に突き立てた。


 ふわり……。


 おいしそうな香りが漂ってくる。

 子どもはすぐに反応した。


「お味噌の匂いだ!」


 目を輝かせる。

 その口元にはすでに涎が付いていた。

 内陸部では、味噌は一般的な調味料だ。

 このノースドームでもよく食べられているのだろう。


 エスカリナは微笑む。

 そのまま作業を続け、蓋となる缶の面を開いた。

 やはり味噌だった。

 それもトロトロに溶けている。


 だが、子どもの反応はいまいちだ。

 おそらく中に入っている食材に覚えがないのだろう。

 それは肉でもなければ、野菜でもないからだ。


「これはお魚よ!」


「お魚!! お魚って、海と川に泳いでる?」


「そう」


「パパとママが、お魚はとても高いって言ってたよ」


「そうね。でも、私たちならおいしく、しかも格安で食べられるわ。どう? 食べてみたい?」


「うん!」


 子どもは満面の笑みを浮かべる。

 かなり好奇心が強いのか。

 それとも漂ってくる香りに魅了されたのか。

 子どもの瞳には、もう鉄缶の中に入っている料理しか映っていなかった。


 鉄缶は熱くなっているので、エスカリナは皿に移す。

 箸を握って、待ち構えていた子どもの前に差し出した。


「熱いから気を付けてね」


 子どもは魚の身に箸を入れる。

 何も力を入れていないのに、身が簡単に切れてしまった。

 瞼を大きく開きながら、ほお! と変な声を上げてはしゃいだ。

 子どもはそのまま魚の身を摘まみ上げる。


 口の中に入れた。


「むふうううううう!!」


 飛び上がって歓声を上げる。


「おいしい?」


「おいしい! こんなの食べたことないよ」


 よく通る子どもの声に周りの大人たちも集まってくる。

 そこにタイミングよく神官たちを連れて、ヴァロウとメトラがやってきた。

 エスカリナを呼ぶと、ヴァロウは神官たちに紹介する。


「彼女がうちの師団の料理長です」


「エスカリナ・ボア・ロヴィーニョです。以後、お見知りおきを神官様」


 丁寧にお辞儀する。

 神官の1人――アストロフは差し出された手を優しく握り返した。


「ところで、これは一体?」


 アストロフは周りを見渡す。

 ノースドームのあちこちに鍋が並べられていた。

 そのどれもに、お湯、発熱石、そして食材が入った鉄缶が入っている。


「どうやら食糧事情がよくないようなので、持ってきた食糧を解放したところです。師団長にはすでに許可をいただいておりますが……。お節介だったでしょうか?」


「いいえ。とてもありがたい。ところで、この鉄缶の中身は何ですか?」


「海魚を味噌で煮た料理が入っていますわ」


「海魚の料理ですって!!」


 ヒステリックに叫んだのは、クセニアだった。

 アストロフを押しのけ、突然エスカリナの前に進み出てくる。

 エルフ特有の美しい容貌をしているが、眉間に浮かんだ皺のおかげで台無しになっていた。


「冗談でしょ?」


「本当ですよ。ほら……」


 缶の蓋を開けて、エスカリナは見せる。

 漂ってくる味噌の香りと、魚の臭味が混じった香りに魅了されるかといえば、そうではない。

 眉間に浮かんだ皺を一層深く刻んだ。


「馬鹿なの、あなた! ここが海からどれぐらいの距離にあると思っているのよ? いくら味噌を入れて保存を良くしているからって、輸送している間に全部腐ってしまうわよ」


「でも、みんな食べてますよ」


 エスカリナは指を差す。

 側にはいた子どもも、クセニアの金切り声に驚きながらも、食べることを止めない。夢中になって食べているからか、口の周りには魚の身と味噌が付いていた。

 それに子どもだけではない。

 すでに大人の中にも、鉄缶の魚料理に舌鼓を打っている者もいる。


 食べてお腹を下すものはいない。

 むしろ、その顔は幸せそうだった。


「どういうこと?」


「密閉された鉄缶を使っているからです」


 説明したのは、ヴァロウだった。


「密閉? そういえば、これ蓋がないわ」


「はい。完全に鉄で密閉されているため、雑菌の繁殖を抑えています。さらに鉄缶に詰めた後で、お湯で煮沸消毒をしているため衛生面の安全度を高めています。この方法によって、常温状態で海から運んできても、おいしい魚料理を食べることが可能になったのです」


「なっ――――!」


 クセニアは絶句する。


 これがどれほど凄いことが彼女にはわかるからだ。

 ノースドームは過酷な土地だ。

 ほとんど作物が育たない。

 そのため人類圏からの輸入に頼っているのが現状だ。


 卸市場から遠いため、主に保存が利く食べ物が主で、魔法を使った冷凍輸送もされることがあるが、輸送代は高くつき、滅多に利用することがない。


 しかし、夏場や湿気の多い雨期になると、食中毒が起きるため、食糧の保存方法と輸送方法に対して何より気を配らなければならなかった。


 神官の中でも食糧事情に明るいクセニアには理解できたのだ。

 ヴァロウたちがどれだけ凄い事をしているかを。


「もし良ければ、お一ついかがですか?」


 エスカリナは皿を差し出す。

 鉄缶から出した魚の味噌煮からは、白い湯気が上がっていた。


 クセニアの顔は「ほっ」と緩む。

 漂ってくる香りに、ついに彼女のガードが下がった。


「じゃ、じゃあ……」


 エスカリナから皿を受け取った。

 箸を持ち、魚の身に箸を入れる。


「柔らかい……」


「ええ……。どうぞ豪快にかぶりついて下さい」


 クセニアは言われるまま摘まみ上げる。

 魚の身は食べやすい形にカットされ、大人であれば二口で食べられるほどのサイズになっていた。

 少し遠慮がちに口に入れる。


「ううううううううんんんんんんん…………」


 先ほどまでしかめっ面だったクセニアの顔が赤くなる。

 興奮を抑えられず、思わず唸った。


 うまい。


 魚の身が予想以上に柔らかい。

 じっくりと長い時間をかけて、煮込んでいたのだろう。

 魚とは思えないほど、身がトロトロになっていた。


 食感だけではなく、味もいい。

 中心まで味噌の味がしみ込んでいる。

 加えて魚の特有の旨みのようなものも感じた。

 肉とは違う動物の味に、クセニアは魅了される。


 だが、彼女が驚いたのはそれだけではない。


「何これ……。骨まで柔らかい」


 硬い感触は全くない。

 身と一緒に噛めて、あっさりと飲み込める。

 細かい骨だけではなく、太い体骨ですら感触なくするりと溶けていった。


 その疑問に答えたのは、エスカリナだった。


「通常に煮込むのと煮沸消毒、さらにさっきまた温めたから、骨が気にならないぐらい柔らかいでしょう。それもこの缶詰のいいところよね」


「缶詰?」


「瓶詰めってあるでしょ? あれは瓶だけど、こっちは“缶”を使ってるから、缶詰ってわたしたちは呼んでるんです」


「いかがでしょうか? この戦いが終わった後、ノースドームにこの缶詰を卸そうと考えているのですが」


 ヴァロウは提案する。

 一瞬、クセニアは色めくような表情を浮かべる。

 だが、まだまだガードは堅い。

 プライドが高い女性なのだろう。

 今一度引き締めると、ヴォルフに尋ねた。


「鉄の缶に詰めるなんて、高いんじゃ。そもそも魚だって……」


「鉄については、我々は良質な鉄鉱石が取れるルガン鉱山が抑えています。それにこの缶も一見難しいようでさほど手間はかかってません。そうだな、アルパヤ」


 ヴァロウについて来たアルパヤが答える。


「え? う、うん。薄い鉄板を巻いて、上下から丸い蓋をして溶接するだけだから。鉄の加工は僕たちドワーフの得意技だし。眠りながらだって作れるよ」


「魚の調達も、我々には海の魔物がいますので問題ありません。安定的な調達をお約束しましょう。値段はそうですね? これぐらいでどうですか?」


 ヴァロウはハンドサインで値段を示す。

 クセニアだけではない。

 その破格の値段に、他の神官たちも驚いていた。


「高かったですか?」


「とんでもない。うちに卸してる保存食の3割以下ですよ。是非買わせてください」


「ありがとうございます。細かいことは、すべてが終わった後に、うちの商業担当を派遣しますので、その時に詰めていただければ」


「でも、まだ……それはこの戦いに勝利してからですよね」


 クセニアは頬を染める。

 少し踏み込みすぎた自分を戒めるように照れ笑いを浮かべた。


 ヴァロウは口角を上げる。


「ご心配なく……。我々は必ず勝利します」


 ヴァロウはヘーゼル色の瞳を光らせる。


 その冷徹な輝きに、クセニアは恐れを抱かなかった。

 むしろ頼もしく、その瞳の魅力に呆然とする。

 一瞬息をすることすら忘れた。


「さあ、みんな! 良い感じでまとまったところで、持ってきた缶詰を食べちゃって。色んな味があるからね。色々試してね」


 エスカリナの明るい声が、変わろうとしていた空気を一気に加速させる。


 円卓で疑心暗鬼に囚われていた神官の表情に笑みが灯った。

 皿に盛った様々な魚料理に舌鼓を打つ。

 青白い顔をし、死を待つしか信者の表情にも変化が現れた。

 生あることに喜ぶ人間の姿である。


「ルロイゼンの時を思い出しますね」


 メトラはヴァロウに囁く。


「ああ……。缶詰もそうだが、エスカリナを連れてきたのは正解だったな」


 絶望の淵にいたルロイゼンの民を力強く鼓舞したカリスマ性。

 それは、この極北の地でも活きたらしい。

 民衆の心を一気に引き込むことは、最強の軍師ヴァロウにも、『リントリッドの至宝』と謳われたメトラでも難しい。


 エスカリナのそれは持って生まれた能力のようなものなのだろう。


 缶詰を摘まみながら、ノースドームが1つになっていく。


 だが、トラブルは続いたのだ。


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今回の話が気に入った方は、是非読みに来て下さい。

よろしくお願いします。

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[一言] >「彼女がうちの師団の料理長です」 「エスカリナ・ボア・ロヴィーニョです。以後、お見知りおきを神官様」 領主代行の仕事は……?
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