第142話 12の使徒たち
意外と作業が順調なので、今週更新しました。
楽しんでいただければ幸いです。
聖山ノースドームの中をくりぬかれた地下都市は、外よりはましという程度で、端的に言えば寒かった。
地下とはいえ、さほど深さはなく、冬期となればうっかり地表近くで寝ようものならば、凍死するほどである。
だから、信者たちはなるべく奥の方で固まって眠るのだ。
その姿は蜂の子どものようであった。
それに加えて、今アズバライト教には頭を悩ます問題があった。
ずばり食糧だ。
「彼らを支援していたのは、主にリントリッド王国です。食糧支援の代わりに、人類軍は貴重な魔族側の情報を受け取っていました。それが突如として打ち切られたんです」
ルミルラはノースドームの居住区を歩きながら解説する。
側にはエスカリナがいて、熱心に耳を傾けていた。
その背後には護衛のザガスがいて、退屈そうに欠伸をしている。
ヴァロウたちはリーアンの案内の下、他の神官に謁見するために神殿へ向かった。
一方、エスカリナたちはノースドームの現状を確認するため居住区を訪れていた。
食糧事情が悪いとは聞いていたが、予想以上の深刻さだ。
「それって……。やっぱりわたしたちのせいだよね」
エスカリナは俯きながら尋ねる。
人類側は停戦交渉にてアズバライト教が魔族との仲介を務め、停戦を後押ししたと思っている。
停戦は人類側にも利益をもたらす形になったが、アズバライト教の動きに納得できない者が、王宮にいる者の過半数を占めていた。
さらには、魔族軍が人類を分断してしまったため、西側にいる前線軍と接触が難しくなってしまった。
聖地占領は報復と、北の通行の確保。
プライドと実益を兼ねた――突然の北の侵攻であった。
とはいえ、ヴァロウは当然そうなることを読んでいた。
あらかじめリーアンに予測を示した上で、仲介人を交渉し、彼女はヴァロウの方にかけたのだ。
ルミルラとエスカリナの会話は続いた。
「リーアンさんにとっても難しい決断だったでしょう。少なくとも半年前の魔族軍の現状では、うんとは言わなかったはずです」
「魔族軍の勢いにかけたということね」
「というよりは、ヴァロウ様に賭けたんでしょう」
「アズバライト教の中にも納得していない人は多いんじゃない?」
「勝利を確定できない状況では致し方ないと思います。だから、師――ヴァロウ様はわざわざ神官の方に出向いて、説得に向かいました。これは重要なことです。開戦した直後に、背中から刺されては如何にヴァロウ様とて勝利を引き寄せるのは難しいでしょうから」
「そうね……。ルロイゼンの時とは違うものね」
今回も厳しい戦いは目に見えている。
こちらは5000。
派遣される人類軍の数は未確定だが、同数というのは望み薄だろう。
この数の倍、いや3倍は想定してしかるべきだ。
だが、ヴァロウには10倍以上の兵数と戦って、勝った実績がある。
それを鑑みれば、3倍の兵数など、まだ組みしやすいと言えるだろう。
しかし問題は足場である。
ルロイゼンの民とヴァロウには、一定の信頼関係があった。
城塞都市を水没させてもなお、熱狂的に支持できる意志が宿っていた。
だが、今回は違う。
ヴァロウと信者の間には、まだ信頼関係が構築できていない。
その時間も少ない。
いくら聖地を救いにきた救世主とはいえ、ルロイゼンの民ほど盲目にはなれないだろう。
今回ルロイゼンの時のような手は使えない。
ヴァロウを信じていないわけではないが、それでも兵数だけみれば、こちらが不利である。
「ヴァロウ……。大丈夫かしら」
エスカリナは地下都市にある神殿の方を振り返るのだった。
◆◇◆◇◆
神殿に入り、ヴァロウは12神官と対面していた。
円卓に座った神官たちは、矢継ぎ早に聖地へやって来た魔王の副官に質問する。
12神官の陣容は大きく2つに分けられる。
つまり、人類側と魔族側だ。
人類側に人族2、エルフ2、獣人として亀甲族と灰梟族がそれぞれ1人いる。
一方、魔族側は子鬼族、邪蛇族、殺戮蜂族、骸骨族、魔狼族、水霊族と種族が完全にバラバラだ。
歓迎する信者を見た時もそうだったが、世界にいる様々な種族が、円卓に等しく腰掛けていた。
まずヒステリックに叫んだのは、クセニアという女のエルフだ。
「なんで? どうして? 5000というのは少なくありませんか?」
それに同意したのは、同じくエルフ族の男でピクトルフである。
「わしもそう思う。まだ5000はあまりに心許ない」
その横に座る紳士が眼鏡を釣り上げながら、書類に目を落とした。
灰梟族のブロッサである。
「小生の情報では北辺境駐屯地ブルベンの領主が兵を集めていると聞く」
亀甲族の神官モレナがかすれた声を響かせる。
「ブルベンもまた冬期は雪に埋もれる。雪中戦には慣れているはずだよ。対して、あんたが連れてきた兵士の半数が、竜騎兵や騎兵出身というじゃないか。これで戦えるのかねぇ?」
宗教の神官とは思えない軍事上の指摘が続く。
アズバライト教が今日まで潰されず、生き残ってきたのはその情報網だ。
その神官となれば、多くのことを見聞きする。
自然と情勢にも明るくなるのである。
ヴァロウが質問の答えを吟味していると、その前に口火は開かれた。
人類側の神官に対するように座っていた魔族側の神官の1人が椅子を蹴って立ち上がったのだ。
だが、子どものように小柄であるため、やや迫力に欠ける。
青白い血色と、額に小さな角を生やした子鬼族ビバルだ。
「お前ら! もっとヴァロウ様に敬意を持って質問したらどうなんだ?」
「全くだよ。彼らは私たちの救世主なんだよ」
ビバルに同意したのは、ほっそりとした長首に、蛇の髪を邪蛇族――エシケンである。
横の殺戮蜂族ヴィーも同意見らしい。
言葉には出さなかったが、シューと息を吐き出す。
甘い蜜の匂いが漂った。
「我が輩が思うに、少し無礼なのである」
カタカタと骨が鳴る音がする。
口を開いたのは、肉のない骨だけの骸骨族スカルラディである。
その横で目を潰した魔狼族バンケル、口に糸を通して沈黙する水霊族グニルが頷いた。
「なんですって!」
ビバルに対抗するようにクセニアが立ち上がる。
円卓は一気に騒然となった。
喧々諤々とはほど遠い罵り合いが始まる。
ヴァロウは質問に答えず、様子を見守っていた。
やがて息を吐き出したのは、円卓の中で1番上座に座った人物である。
「やめろ!!」
よく通る声だった。
戦場にあっても、よく響いただろう。
狭い室内であれば、効果は覿面だ。
事実、あれほど騒がしかった議場は静かになる。
「クセニアさん、ビバルさん……。ともかく落ち着いて。座って下さい」
優しく語りかけるように忠告したのは、リーアンである。
表情に変わりはない。
細い狐目は緩やかな曲線を描いて、笑っている。
だが艶然としながらも、どこか薄気味の悪い雰囲気を漂わせていた。
そんなリーアンの不気味な迫力に押されたのか。
言い争っていた2人は素直に応じる。
椅子に腰掛けた。
「ヴァロウ様、失礼しました」
まず謝ったのは最初に一喝してみせた人族の神官だ。
浅黒い肌に炭のような黒い髪と太い眉毛。
神官をするにはもったいないほどの偉丈夫で、さらにその表情は戦さに出た闘将のように顔を赤くしていた。
男はアストロフと名乗った。
「差し支えなければ、先ほどのクセニアの質問に答えていただきたい。何故、5000の兵で来られたのか。今、あなたが率いる第六師団には1万の兵がいると聞いております」
アストロフの瞳が一瞬光る。
第六師団の兵数が1万に達したのはつい最近である。
おそらく人類軍ですらまだ知らない情報だろう。
ヴァロウは表情に出さなかったが、他の者が聞けば慌てたはずである。
アズバライト教の情報網は、どうやら侮れないらしい。
ヴォロウは軽く咳払いをする。
ようやく説明を始めた。
「もうご承知とは思いますが、我々は人類軍と3年間の停戦条約を設けました。故に、現状魔族として戦うのは条約破棄に当たります。しかし人類として擬装して戦うことは可能です」
「擬装?」
「はい。表向きは我々はアズバライト教の信者とし、聖地守護のために戦う義勇軍という形で戦います」
「なるほど。だから、人間の兵だけを選抜してきたのですね」
「そうだ」
「しかし、それはバレないでしょうか?」
やや眉間に皺を寄せながら、アストロフは尋ねる。
「バレるとは思いますが、証拠はありません。むろん我々が敗北し、信者1人1人を尋問にかければ、明るみに出るでしょうが、それはあり得ません」
「それはどういう根拠かしら!」
再びクセニアが食ってかかる。
「我々が勝利するからです」
ヴァロウは言い切る。
その自信満々な態度に、幾人かの神官――主に懐疑的なエルフや獣人族だけだが――は肩を竦めて唖然とした。
ブロッサが眼鏡を釣り上げる。
「現実ではないな、ヴァロウ殿。相手は倍の兵力でこの聖地を襲ってくるかもしれないのだぞ」
「俺はその十倍の兵力に勝利しました」
「しかしね。君たちが戦ってきた土地とは――――」
モレナもまた口を開く。
再び口論が勃発しようとした時、アストロフが一喝した。
「やめないか。彼は少ない兵力ながら、我々を救おうと極寒の北の地までやってきてくれたのだ。その厚意を無下にするつもりか」
また神官たちは黙り込む。
彼らもわかっているのだ。
今、ヴァロウにしか頼れないことを。
そして納得いかないのは、今回の事件が魔族――ヴァロウの停戦交渉の案が発端となっている。
それに同意したのはアズバライト教だが、だからといって「はい。そうです」とは認めたくはない。
お小言の1つでも言っておかないと、気が済まないのだろう。
正直、これだけでヴァロウや魔族たちに対する悪感情がぬぐえるとは思えない。
不戦を誓っている以上、殺されることはないだろうが、人類軍に情報を売られる可能性はある。
ヴァロウはすでにリーアンと結託し、信者の動きを逐一見張らせているが、20万人の信者をすべてというのは、さすがに難しい。
「(やはりここで不安を取り除く必要がありそうだな。そのためには飴を用意しなければならん)」
すると、ヴァロウは1歩進み出る。
「俺にはあなた方が欲している3つのものを提供する準備があります」
「わしらが欲しているもの?」
神官最年長のピクトルフが首を捻る。
ヴァロウは説明を続けた。
「1つは武力。もう1つは食糧です」
「食糧だと!」
「は! 魔族が持ってくる食糧など」
「いや、彼らは実際人間の兵や都市を食わせているのだぞ」
「どうせ残飯だろう。人権侵害だ!」
「ふふふ……」
笑ったのはリーアンだ。
皆が真剣に討論する中、その声は妖しく響く。
神官たちの口から言葉がなくなるほどに妖艶であった。
「わたしはあちらで魚料理をご馳走になりましたわ」
「な!」
「魚料理!!」
「馬鹿な!!」
神官たちは一様に驚く。
いくつかの神官は椅子を蹴って立ち上がる始末だ。
その中でヴァロウは口角を上げる。
「では、皆様に俺のシェフを紹介しましょう」
恭しく頭を下げるのだった。
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