プロローグⅣ
おかげさまで書籍の続刊が決まりました。
お買い上げいただいた方、Webから応援いただいてる方に、
感謝申し上げます。
白一色であった。
眼前に広がるのは雪原。
遠くを望めば雪山が広がり、たくましい針葉樹の葉にも雪がかかっていて、薄ぼんやりと輝く太陽の光を反射している。
ここは北の地――ノースランドだ。
その豪雪と極寒の地ゆえに、人類からも魔族からも見捨てられた土地である。
今やそこに住むのは、戦火を逃れ、不戦を誓うアズバライト教の信者たちぐらいだろう。
しかし、今この生命を拒むような過酷な土地にて戦いが始まろうとしていた。
◆◇◆◇◆
踏み入れた瞬間、足首まで雪に埋まった。
あちこちで雪を踏みしめる音が響く。
昨日の吹雪のおかげで、気が付けば腰の高さまで雪が積もっていた。
たった1日、吹雪で立ち往生していただけだが、見える景色が変わっているなんてことは、雪上ではよく起こることである。
「はあ……」
白い息を吐いたのは、すっぽりとローブに身を包んだ少女だった。
防寒強化された黒いフードからは金色の前髪が垂れ、宝石のような緑の瞳が薄暗い雪国にあっても輝いている。
しかし、顔はしっかり疲れており、顎は上がっていた。
彼女の名前はエスカリナ・ボア・ロヴィーニョ。
元ルロイゼン城塞都市の領主の娘で、現ルロイゼン城塞都市の領主代行を務めている。
「大丈夫ですか、エスカリナさん?」
と尋ねた女性の黒髪が揺れる。
背が低く、前髪を揃えているからだろうか。
どこか男の子のような赴きすら感じる。
しなやかな腕と足についた筋肉が、余計その人物を少年らしく見せていた。
「だ、大丈夫よ。ありがとう、ルミルラさん」
しかし、エスカリナはなかなか雪から足を抜けない。
ルミルラは手を出し、エスカリナを補助した。
「ありがとう。……ダメね。最近、ずっと調理場だったから。足腰が鈍ってるわ。帰ったら鍛え直さないと」
「領主代行という大役と、料理人の二足草鞋を履いているんです。仕方ないですよ」
「なのに、いきなり呼びつけたと思ったら、北まで同行しろだなんて。全くうちの指揮官様は人使いが荒いんだから」
「あはははは……」
ルミルラは苦笑いを浮かべる。
というのも、理由があった。
そもそも指揮官様はエスカリナに強制したわけではない。
どちらにするか、と尋ねただけだ。
質問に対して、エスカリナは――。
『行く! 私、まだ雪って見たことないのよね! 楽しみだわ!!』
目をキラキラさせながら即答したのである。
半分はエスカリナのたくましい好奇心のせいなのだ。
「こういう時、飛竜が使えればいいのにね、ルミルラさん」
「残念ながら飛竜というのは寒さに弱い生き物なので。私が領主をしているヴァルファルは飛竜以外にも軍馬を育てていますが、雪の移動は不得意なんですよ」
「へぇ……。ヴァルファル城塞都市って、同盟領でも北側にあるから寒さにも強いと思ってた」
「ここの寒さは特別ですよ。我々だって、この防寒具なしには半日保たないでしょ」
ルミルラは自分も着ているローブを摘まむ。
彼女らが着ているローブは、防寒性能があるローブだ。
外気を9割以上遮断し、体温を逃がさない魔導構造になっている。
雪国のマストアイテムだ。
「こんなところで戦おうっていうのね。戦う場所じゃないでしょ、ここ」
「クレームは人類軍にどうぞ」
「でも、それにしたって、ヴァルファル軍5000だけで戦うのって無謀じゃないの?」
エスカリナは振り返る。
彼女の後ろには、ずらりと兵士が行軍していた。
エスカリナと同じく雪に悪戦苦闘している。
皆、雪上に慣れていないのだ。
「仕方なかろう。今回は魔族が戦えないのだからな」
不意に声が上から振ってきた。
同時に大きな影がエスカリナと空の間に割って入る。
馬だ。
それもかなり大きな馬である。
そこに2人の男女が乗っていた。
1人は靡く銀髪を耳の後ろでそっと押さえた見目麗しい女性。
もう1人は、漆黒の髪に、鋭いヘーゼル色の瞳を湛えた青年である。
絵に描いた美男美女。
白馬というわけにはいかなかったが、大きな魔馬に跨がった姿は、空想の話から出てきたように幻想的な光景だった。
「う゛ぁ、ヴァロウ……!」
エスカリナは息を飲む。
魔族軍第六師団師団長ヴァロウ。
そして、その秘書・補佐役メトラだった。
「我々がつい先日、人類と停戦期間を設けたことを忘れたのか?」
「覚えてるわよ。それを今すぐ反故にできないのも理解しているわ。でも、今回の戦さをこちらにいる人類勢力と、ヴァロウみたいに人の姿にもなれる魔族に限定して戦うのは、結構無茶なんじゃない?」
エスカリナの言うことはもっともではある。
相手は正規の人類軍だろう。
その数はヴァロウの予想では2万以上と考えられる。
しかも、今回も防衛戦だ。
聖地に20万人以上いるアズバライト教の信者を守らなければならない。
それなりの数で当たるのが定石だ。
ヴァロウが率いる第六師団には、ルミルラが元々率いていたヴァルファル城塞都市の駐屯兵団5000に加えて、先頃仲間になった文民派と言われる魔族たちが麾下に加わった。
だが、ヴァロウが連れてきたのはヴァルファルの兵団だけである。
人間と魔族を比べた時、種族にもよるが、雪中戦に強いのは圧倒的に魔族だ。
元々身体構造が寒さに強く、雪上をものともしない膂力を持ち合わせている。
まともにぶつかり合えば、たとえ2万の人類軍であろうと、魔族に勝利することは厳しいだろう。
必勝を期するなら当然、魔族を連れてくるべきだ。
だが、今回停戦期限を設けられたことによって難しくなってしまった。
ヴァロウは前を向く。
やがてエスカリナの質問に答えた。
「それをどうにかするのが、俺の役目だ」
その言葉は力強く、さらには頼もしくエスカリナの胸に響く。
すると先頭の方から「見えたぞ」と声が聞こえた。
白い雪原と、清らかな川の向こう。
鎮座していたのは、大きな雪山である
「あれが聖山ノースドームですわ、ヴァロウ様」
1度ルミルラと来たことがあるメトラが、ヴァロウの背後から指を差して囁いた。
魔馬を止めて、ヴァロウは山を望む。
ヘーゼル色の瞳を細めた。
「あれがアズバライト教の聖地か……」
呟くのだった。
第六師団はアズバライト教の案内係に先導され、山の西側にある斜面へ向かう。
そこには太い樹木を並べた門扉があった。
上に引き上げられ、ヴァロウたち第六師団はいよいよ聖地に入城する。
その彼らに向けられたのは声援だった。
拍手、そして歓待の声が揃う。
空気を伝って、極北の地へとやって来た勇者たちに賛辞を送った。
胸を熱くするような光景に、喜びを忘れて、第六師団は圧倒される。
「こりゃすげぇや」
笑ったのはザガスである。
鋭い牙を見せ、ぐるりと首を動かして周囲を伺った。
すでに第六師団たちは、万の信者たちに囲まれていた。
生花ではない造花が投げられ、花吹雪が舞う。
いきなり娼婦たちが兵士たちに抱きつくようなことはなかったが、子どもは無邪気に救世主到着を喜んでいた。
そして地面だけではない。
山の中を切り抜いたような空間には壁に穴が空いていて、そこからも老人たちが手を振っている。
何より珍しいのは、種族がごちゃ混ぜになっているからだろう。
人類、魔族、あるいはエルフ、ドワーフ、獣人もいる。
まるで種族のサラダボールだった。
そしてそれは魔馬に跨がるヴァロウの理想でもある。
「お姉ちゃん!!」
声をかけられたのは、同行したアルパヤだった。
彼女は魔族側だが、ドワーフはいまだ人類勢力についている者もいる。
それに身体的にはドワーフは人間よりの構造をしているため、ヴァロウが同行を許可したのである。
「え? ボク?」
アルパヤに群がってきたのは、ドワーフの子どもたちだった。
「頑張ってね、お姉ちゃん」
「はい。これぇ」
渡してきたのは、一輪の花だった。
「ボクに? ――って、これ生花じゃないか? 大変だったんじゃ」
極北の地で咲く花の種類は限られてくる。
そもそも地面が雪で埋まっているため、探すことすら難しい。
「みんなで一生懸命掘ったの」
「頑張ってね」
「悪いヤツ、やっつけて!」
無邪気なエールを送る。
アルパヤはそのまま列に続いた。
花弁は白く、中心は黄色い。
鼻を近づけると、芳しい香りがした。
アルパヤは黒くなった鼻の頭を、花に近づける。
良い匂いがした。
「頑張らなくちゃ。ねっ! typeⅡ」
アルパヤは振り返る。
雪に強い品種の輓馬2頭に引かれた荷車には、厳重に布にくるまれた大きな構造物が押し込まれていた。
◆◇◆◇◆
ヴァロウが率いる第六師団が、聖地アズバライト教の聖地ノースドームに到着した同時刻、極北の地に近いブルデンから旅立つ部隊があった。
人類軍聖地占領作戦軍と名付けられた軍団には、異形な姿した者が混じっている。
大狼、熊、狐、あるいは象。
深い毛や硬い皮膚に覆われた集団は、二足で歩いていた。
口には牙を、手には鋭い爪を生やしている種族もいる。
一見魔族のように映るが、彼らは獣人種といわれる人類圏に属する種族だ。
だが、人類にありながら、その膂力、タフさは魔族に比肩する。
寿命こそ他の種族と比べて短命で、とある理由から数こそ少ないが、今や人類にとって貴重な戦力であった。
その中で彼らは獣人の傭兵団だ。
名は『ベヒーモス』。
幻獣名の通り、彼らが通る場所は巨大な岩が転がったように何もなくなってしまうという。
ついた綽名が『人類圏最強の傭兵部隊』である。
その彼らが大きな足跡を残し、北へと移動を始めた。
◆◇◆◇◆
「遠路はるばるご足労いただきありがとうございます、ヴァロウ様、そして第六師団の皆様。アズバライト教を代表し、歓迎いたします」
魔馬に跨がったまま進むヴァロウの前に、アズバライト教神官リーアン・ハッシャーが現れる。
新魔王城ゲーディアで再会した時とは、少し趣が違う。
神官の正装を身に纏った姿はたおやかで、やさしげな雰囲気がある。
しかし、糸目から見える橙色の虹彩の鋭さに変わりはなかった。
「盛大に歓待いただきありがとうございます、ハッシャー殿」
リーアンは薄く笑う。
このところあまり聞いたことがなかった己の名前に反応したようだ。
「ここに宣言しましょう。この期待に我々は必ず応えてみせると」
「おお……。どうか副官殿、勝利を――」
「無論です。我々の勝利はすでに約束されている。何故なら――――」
すでに、俺の手の平の上だからだ……。
ヘーゼル色の瞳が閃く。
魔族軍第六師団。
vs
最強の傭兵団『ベヒーモス』。
北の雪原で両者がぶつかり合う時が、刻々と迫っていた。
ちょっとまだストックが心許ないのと、
続刊の作業が重なるので、次の更新は再来週を予定してます。
ご理解のほどよろしくお願いします。
【宣伝】
「ゼロスキルの料理番」の重版分が、
3月上旬には店舗に並ぶ予定です。
まだ手に入れていないと言う方は、是非この機会にゲットして下さい。
よろしくお願いします。




