外伝 ヴァレンタイン
ギリギリ間に合った。
なんか尻切れ感があるかもですが、
たまにはこういう『叛逆のヴァロウ』もあっていいんじゃないかと。
楽しんでいただければ幸いです。
17年前――。
王宮は浮ついていた。
王族の淑女たちから女給に至るまで、朝から甘い香りを漂わせ、男たちもまたソワソワしながら職務を続けている。
いつも荘厳な空気が詰まっている王宮の中が、温かくふわふわした雰囲気に包まれていた。
それもそのはずだ。
本日は、年に1度のヴァレンタインの日である。
聖女ヴァレンタインが、修道女でありながら騎士に愛を告白し成就したという曰く日で、その際指輪ではなく手作りのチョコを送ったといわれている。
そうした逸話が転じ、女性が意中の恋人にチョコを送るという日となった。
今では意中の相手ではなく、友人や親友に対してチョコレートをプレゼントするようになったが、女性にとって一大イベントの日でもある。
実はリントリッド王国は、今でも男尊女卑社会だ。
時代が進み、戦争による人員不足によって女性の社会進出が頻繁となった今では随分緩くなったものだが、しきたりの厳しい貴族社会においては、この考えは根強い。
そのためか、基本的に女性が男性に告白することは御法度とされている。
だが、ヴァレンタインの日だけは違う。
唯一女性が男性に愛の告白をすることが許されている日なのである。
そして――。
王宮にある薔薇園の一角。
ここにも告白しようと決めた乙女と、それを待ち受ける男の姿があった。
女性はメトラ・リーン・リントリッド。
リントリッド王国の『至宝』と呼ばれるほどの美貌を持つ王女。
対するは、若いながらすでに最強の軍師として誉れ高いヴァロウ・ゴズ・ヒューネルであった。
2人は赤、ピンク、黄色――様々な色の薔薇が咲く園の中で向かい合っていた。
「どうしました、メトラ王女。今日は寒い……。あまり長時間外を出歩きますと、身体に障りますよ」
戦さにおいて、まるで未来を見てきたかのように予測できるヴァロウも、どうやらメトラ王女の不可解な行動を予想することができていないらしい。
いや、ここが戦場ではないからこそ、ヴァロウも乙女心というものを理解できていないのかもしれない。
そんな若き軍師の忠告を聞いていたのかいなかったのか。
メトラ王女は顔を上げる。
やや潤んだ瞳を、ヴォロウに向けた。
「ヴァロウ様、どうか。これをお受け取り下さい」
差し出されたのは、手作りのチョコであった。
◆◇◆◇◆
「ザガス、これをやろう」
そう言ったのは、魔王軍第六師団師団長ヴァロウであった。
前線軍と上級貴族との戦いで、ほぼ何もなくなってしまったルロイゼン城塞都市。
資材が運び込まれ、あちこちで木槌が釘を打つ音が聞こえる中、ヴァロウとザガスはその中心で向かい合っていた。
「なんだ?」
ヴァロウが差し出してきたのは、葉に包み隠された何かだった。
突然のことでザガスは思わず警戒する。
それでも包みは気になるらしい。
指先で摘まむと、クンクンと匂いを嗅いだ。
何やら甘い香りが漂ってくる。
「おほ!!」
ザガスがペロリと舌を出す。
葉の包みを乱暴に開けると、黒光りする丸い物体が現れた。
「おお! チョコじゃねぇか!!」
「味わってくえ」
「応! いただくぜ!!」
ザガスはチョコを口の中に放り込んだ。
鋭い牙でゴリゴリと音を立てながら、あっという間に食べてしまう。
「うめぇぇえええええ!!」
唸りを上げる。
戦場では残忍な顔を見せるザガスの表情が緩んでいく。
マタタビに酔う猫のようであった。
「なあ、もっとないのか、ヴァロウ」
「あるが、お前にはその1個だけだ」
「なんだよ。もっと食わせろよ」
ザガスがねだるが、ヴァロウは首を振るだけだ。
そこへ金髪を靡かせた少女が登場する。
戦装束を脱いだエスカリナであった。
「あんたたち見てたわよ。なに男同士でチョコを渡しているのよ」
と言いながら、エスカリナの顔は赤い。
言動から、ヴァロウとザガスのやりとりの始終を眺めていたようである。
対してヴァロウは事も無げに言った。
「なんだ、人間共はやらんのか? 今日はヴァレンタインだろう」
「え? ――――あっ! そうだ!! そうだったわ。戦いだったり、ルロイゼンの復興だったりで忙しかったから、すっかり忘れてた」
「ああ……。そういえば、そんな行事があったな」
ザガスはチョコの余韻に浸るように笑みを浮かべる。
「――って、なんであんたたちがヴァレンタインなんて、人間の行事を知ってるのよ?」
「魔族にもあるのだ。魔族のヴァレンタインがな。ただ人間とは違って、女が男にではなく、男が日頃世話になってる者に渡すことになっているのだが」
「へー。意外! 魔族ってそういう文化的な行事って、もっとドライに考えているのかと思ってた」
「つっても、やってんのはヴァロウだけだがな」
「え? ヴァロウだけなの?」
「エスカリナ、お前の分もあるぞ」
ヴァロウはエスカリナにチョコを渡す。
そして理由も言わないまま立ち去ってしまった。
見ると、本当にチョコを渡している。
人間、魔族、ゴブリンやスライムにまで渡していた。
「理由はよくわかんないけど……。親近感が湧くわね。わたしも今から作ろうかしら。ヴァロウが作ってるんだから、どっかに材料はあると思うし」
「なんだ、娘。お前も作るのか?」
ザガスは涎を垂らし、目を輝かせた。
その子どもみたいな表情を見て、エスカリナはクスッと笑う。
「もちろん義理チョコだけどね」
「なんでもいい。オレ様の腹を満たせれば」
ザガスは歯を見せ喜ぶ。
「ああ……。ここにいましたか」
次に現れたのは、銀髪を揺らしたメトラである。
その手には何やら包みのようなものを握られていた。
包みの形状からしてヴァロウから貰ったというわけではないらしい。
「メトラさん、それってもしかしてチョコ?」
「え? ええ、そうよ」
「もしかして、ヴァロウに?」
尋ねると、メトラの白い顔が急速に赤くなっていく。
魔族の女が耳まで赤くなる姿は、同性のエスカリナから見ても可愛かった。
「そ、そうですが、な、何か……?」
「別に照れなくても」
「う゛ぁ、ヴァロウ様には日頃お世話になっているので……」
モジモジと身体を動かす。
会議ではいつも手厳しい意見を言うメトラだが、今日は違う。
1人の女の子になった魔族の反論に、力は全くなかった。
「でも、メトラさんがあげるんですね。さっき魔族は男の方からあげると」
「あ、あれはヴァロウ様が勝手に始めたのです。あ、そういえば……」
メトラは何かを思い出す。
胸の谷間から小さなチョコを取り出した。
「な、なんてところから取り出すんですか――ってか、溶けてるんじゃ」
エスカリナのツッコミは的確だった。
事実、葉の中にくるまれたチョコは少し溶けているように見える。
「ザガス……。あなたにも差しあげますよ。もちろん、義理ですが」
「お! ありがてぇ!」
ザガスはチョコを摘まみ上げる。
口の中で転がし始めた。
「ところで、ヴァロウ様はどこへ……?」
「あ……。海の方に行きましたよ」
「ありがとうございます。あなたにもどうぞ」
エスカリナにもチョコを渡す。
上司と同じく、マメな性格らしい。
では――と言って、メトラは足早に去って行った。
「美男美女だし……。お似合いなカップルよね。わたしじゃ。入る隙間もないか」
エスカリナはがっくりと項垂れる。
ふと目に入ったのは、メトラからもらったチョコだ。
「これを食べて元気だそう」
ライバルから貰ったチョコで、元気を出すというのもおかしな話だが、ともかくエスカリナは口を開ける。
ドサッ!!
突如側で何か物音がして、エスカリナは肩を振るわせる。
驚きのあまり、折角のチョコを落としてしまった。
振り向く。なんとあのザガスが倒れていた。
「ちょ! どうしたの、ザガス?」
慌てて駆け寄る。
ザガスはかろうじて息があるといったところだった。
何かエスカリナに対して、言いたいことがあるのか。
その太い腕を彼女の方に向ける。
「わ、忘れてた……」
「何が……」
「ヴァロウが危ない……。メトラのチョコを食わせるな」
「へ?」
はああああああああああ……????
エスカリナは絶叫するのだった。
それは2年前に遡る。
ヴァロウが師団長になってまもなくであった。
人間でいうヴァレンタインの日。
その日は、魔族にとって忘れられない1日となる。
突然、魔族の多くが食中毒を起こしたのだ。
その中には竜人族も含まれており、当のドラゴランですら床に臥せったという。
その猛威を振るった食中毒の原因が――。
「め、メトラさんのチョコおおおおおおおおおおお!!」
再びエスカリナは絶叫した。
魔族の身体は総じて屈強だ。
その強靱さは決して内臓組織も例外というわけではない。
「その魔族のお腹を…………一体、何をしたら」
「本人は普通にチョコを作っただけと言っているけどな」
「普通に作ってもチョコでお腹壊すなんてならないわよ」
そこでエスカリナは、はたと気付く。
何故、ヴァロウが魔族の中でチョコを配り始めたのか。
それは魔族自体の文化を変え、メトラからチョコを貰わないようにしたかったからではないのか。
つまり、それは文化を変えるという戦略をもってして、メトラのチョコという脅威から身を守るという最強軍師の計略の1つではないのだろうか。
何はともあれ、ヴァロウが危険だ。
復興も半ば、敵が攻めてくる可能性だってゼロではない。
そんな状態のルロイゼン城塞都市を、ヴァロウ抜きで守れるはずがない。
「ザガス! わたし、言ってくるわ」
「は? ちょっと待て! 娘ぇえ――――」
ザガスの言うことを最後まで聞かず、エスカリナは走り出していた。
◆◇◆◇◆
エスカリナが追いついた時、ヴァロウとメトラは海岸にいた。
すでに時間は夕暮れ時だ。
太陽が水平線に没しかけ、海面が橙色に染まっている。
その海岸に立つのは、2人の美男美女である。
姿は異形であれど、絵になる光景であることは間違いない。
メトラは思わず見とれてしまった。
「ヴォロウ様、これを……」
メトラがヴァロウに差し出したのは、チョコが入った包みであった。
魔族の胃袋を、一瞬にして侵略してしまった恐ろしきチョコ。
今、その封が開けられ、ヴォロウは食そうとしていた。
「ヴァロウ、だめぇえええええええ!!」
エスカリナは2人に駆け寄りながら叫ぶ。
だが、時すでに遅かった。
ヴァロウはチョコを何気なく口に入れたのである。
コリコリという小気味良い音を立てて咀嚼する。
ごっくん……。
喉を鳴らす音を響かせた。
「た、食べちゃった……」
「うん? どうした、エスカリナ。随分と急いでいるようだが」
「あ、あの……。チョコ?」
「ん? チョコ? なんだ、まだ欲しかったのか」
「ザガス並に食いしん坊ですね」
「じゃなくて! ――って、ちょっとその言いぐさはひどくない、メトラさん」
思わずツッコみを入れる。
だが、猛り狂っている場合ではない。
「だ、大丈夫なの、ヴァロウ。お腹とか痛くない?」
「ん? 至って健康だが」
いよいよエスカリナは首を傾げる。
おかしい……。
確かにヴァロウは健康そのものといった感じだ。
強がっているようにも見えない。
感情の起伏の乏しいポーカーフェイスもいつものままだった。
そして、エスカリナはある結論に至る。
「(これってもしかして、ザガスに担がれたのかしら)」
あり得る話である。
ザガスが魔族だ。
性格から考えても、エスカリナをからかった可能性はある。
「なんか倒れ方がそれっぽかったけど……」
「倒れ方? なんですか、それは?」
メトラが顔を覗き込んでくる。
その表情は疑心に満ちあふれていた。
やがて嫌疑が晴れたのか、その美貌を引っ込める。
赤い瞳をヴァロウの方に向けた。
「いかがでした、ヴァロウ様? おいしかったですか?」
「ああ……。今年もうまかった。ここに紅茶があれば最高のだが」
「では、執務室にて用意しておきますね」
「頼む……」
2人は海を背にし、城塞都市の方へと歩いて行く。
やはりザガスの言葉はウソだったのだろう。
そもそもメトラは完璧な魔族だ。
仕事も戦さも器用にこなす。
まさか料理だけダメなんてことはないはずである。
「きっとザガスが自分のぶんのチョコが減るからって、わたしを騙したのね」
「あなた、さっきから何をブツブツ言ってるの?」
「い、いや、なんでもないの。あ、そういえばメトラさん。チョコ持ってない? もらったチョコさ。落としちゃって……」
「仕方ないわね、ほら」
メトラは再び胸の中からチョコを出すと、エスカリナに放り投げた。
エスカリナはうまくキャッチすると、手の平の上に乗せる。
溶けかかっていたが、どう見ても普通のチョコだった。
念のため匂いを嗅いでみる。甘い香りが鼻腔を突いた。
「ありがとう!」
礼を言って、少し羨ましげに2人を見送る。
手の平に乗ったチョコを見つめた後、エスカリナは口に入れた。
…………。
…………。
…………………………ドサッ!
後に海岸で倒れていたエスカリナは、介抱した海の魔物たちに向かってこう言ったという。
「あ、あれはチョコとは思えないほど――――」
その後に続くエスカリナの言葉。
皆が倒れる中、何故ヴァロウだけが平然としているのか。
そして、何故ヴァロウは魔族版のヴァレンタインを制定したのか。
終ぞ判明することもなく、ヴァレンタインという日が終わるのであった。
今まで、あんまり行事に合わせてなんか書くってことしたことがなかったので、
読者さんの反応が不安……。
けど、悔いはねぇ!!




