第140話 宿敵
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会議は終わった。
終わってみれば、やはりヴァロウの手の平であったと思い知らされる会議ではあった。
ドラゴランはヴァロウを手荒く褒め称え、ファーファリアは鋭い眼光を放って、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの若い副官を警戒する。
ゼラムスも当然ヴァロウに感謝したが、まだ本調子ではないのだろう。
大きく欠伸すると側付きのものと一緒に、寝室へと引き返していった。
ヴァロウもまた執務室にメトラとともに戻ろうとしていたところで、1人の魔族に呼び止められる。
白銀の毛を生やした魔狼族が2人立っていた。
第四師団師団長ベガラスク、その娘ステラである。
「ヴァロウ、話がある」
「……なんだ?」
そう言いながら、ベガラスクはすぐには切り出さない。
奥の牙をむずむずさせていると、「パパ」と側のステラが肘で父の脇を小突いた。
やがて、ピンと立てた耳をゆっくりと前に倒す。
ヴァロウに向かって、あのプライドの高いベガラスクが頭を下げたのだ。
「なんのつもりだ?」
「すまん……」
ベガラスクは謝罪の言葉を絞り出す。
すると堰を切ったように話し続けた。
「いくら娘のことがあったとはいえ、お前を窮地に立たせたことは事実だ。申し訳ないと思っている」
「会議でも言っただろう。俺もまた加害者だ。お前が傀儡になっているのもわかっていて、自分の計画に利用したのだぞ」
「だが、お前はオレの娘を助けてくれた。それについては感謝のしようがない」
垂れた頭を引っ込めない。
ベガラスクはヴァロウの次に若い副官である。
故に、ライバル視をしていた。
ヴォロウの第六師団の手助けをするようゼラムスに命じられた時は、強く反発したものだ。
その魔族が、今ライバルに対して頭を下げている。
ベガラスクとしては、仁義を示したといったところだろうか。
助けてくれたのだから、感謝するのは当然ではある。
だが、横で見ていたメトラから見ても、ベガラスクの行動は奇異に映った。
同じことをヴァロウも思っていたらしい。
謝罪も感謝も受け入れる素振りも見せず、ただベガラスクの横を通り過ぎていく。
2、3歩歩いたところで、ヴァロウは言った。
「付いてこい……」
◆◇◆◇◆
ベガラスクはステラともにヴァロウの後ろに付いていく。
やってきたのは、広い講堂のような空間であった。
一段上ったところには演台が置かれている。
戦さの前の祈念式などが執り行えるように、ヴァロウ自ら設計したものだ。
講堂には多くの魔族が集まっていた。
邪豚族、鬼獣、蛇女族、夜羽族、首無族――その種族は多種多様である。
ざっと見ても、5000くだらないだろう。
かなりの人数だ。
そのどれもが、ベガラスクには見覚えある者たちばかりだった。
「こいつら、文民派か……」
「ああ……」
ヴァロウは素っ気なく答える。
自分をおとしめた文民派の連中の前に出て行った。
「あ!」
「ヴァロウ様だ」
「ヴァロウ様!!」
「おお!!」
手を振り、歓声を上げ、ヴァロウの登場を歓迎する。
これまでヴァロウは文民派の敵役だった。
しかし、今はどうだ。
その瞳は子どものように輝き、憧憬の念すら映り込んでいる。
中には跪き、感謝の言葉を復唱し続けるものもいた。
まるで勇者が現れたような歓待ぶりである。
「ど、どういうことだ?」
ベガラスクが目を丸めたのは致し方ないことだろう。
ヴァロウは文民派の直接的な目標だった。
むしろ、ヴァロウが今生きているからこそ、彼らは失墜したと言ってもいい。
呪いの言葉を受けても、致し方ないだろう。
しかし、呪詛どころかヴァロウに向けられたのは、どれも眩いばかりの感謝の言葉であった。
「ヴァロウ様は交渉によって、彼らの契約を解除させたのです」
答えたのは、メトラだった。
「交渉によって、契約を解除させただと……?」
ステラの例のように不当な契約を押しつけられた者もいるが、中には騙されたわけではなく、自ら納得した上で契約し、その内容に苦しむ者もいた。
そうした魔族にとっては、ダークエルフの免罪体質は“悪魔”のように有り難いものである。
だが、ヴァロウは交渉によって1つ1つの契約を破棄させ、今ここにいる元文民派を自由の身にさせたのだ。
ちなみにここ最近のヴァロウの執務の大半は、こうした契約解除させるための交渉によるものだった。
こういう展開になるのを、ヴァロウは旧魔王城ドライゼルにいた頃から予測し、水面下で交渉を続けていたのである。
説明を聞いたベガラスクは、ゴクリと息を飲む。
魔族に契約を破棄させることは難しい。
自分に優位ならば、尚更だ。
「一体、どんな交渉したのだ、お前……」
「交渉というのはな。机で向かい合っても決まらないことはある。どんなに口巧者でも、相手の態度を崩さなければ、ただ徒労に終わるだけだ。時に搦め手も混ぜることも肝要と知るがいい」
「まさか脅しか?」
「それも1つの交渉術だろう。だが、相手を動かすもっとも効果的なものは、欲を満たすことだ」
「欲――――だと……」
「たとえば、食欲だな」
「お前、まさか……。また――――」
「今頃、我が師団の料理に舌鼓を打っている頃だろう」
「なんと……。料理で魔族の契約を破棄させるとは」
ベガラスクはガックリと項垂れた。
すると、ヴァロウはヘーゼル色の瞳を光らせる。
「ベガラスクよ。いつまで、そうやって頭を垂れているつもりだ?」
「な、なんだと!」
「俺はこいつら全員を第六師団に迎え入れるつもりだ」
「な――――ッ!」
ベガラスクは絶句した。
ヴァロウの手元には、今元ヴァルファル軍5000がいる。
そこに元文民派の5000が加わることになれば、1万を超える兵団になる。
つまりは大台突入だ。
いまだドライゼル城に立てこもる第二、第三師団を除けば、数の上では1番多いことになる。
つまり、このゲーディア城の中で、最大の勢力を誇ることになるのだ。
そもそもルロイゼン城塞都市攻略では、3人の幹部とスライム200匹だけだった第六師団が、わずか1年足らずの間に1万にまで膨れ上がった。
もはや昇り龍だけでは言い表せない。
まさに雷光の如き成長であった。
「(なのに……。オレは――――)」
ベガラスクはぐっと拳を握り、顔と尻尾を下に向けた。
自然と表情が獰猛になっていく。
強く後悔を抱えているのに、ベガラスクの顔はいつかのヴァロウと対峙した時の――未熟で、血気に逸る副官の表情へと戻っていった。
震えた拳を見ながら、ヴァロウは畳みかける。
「ベガラスク、お前はいつまで俺の前で頭を垂れているつもりだ。お前がそうやって時間を費やしている間に、俺は万の大軍を手に入れたぞ。他の副官が着実に力を付けているのに、お前がするべきことは、宿敵に頭を垂れてることか?」
ふん、と鼻息を荒くしたのは、ヴァロウではなくベガラスクだった。
その垂れた頭をゆっくりと持ち上げる。
赤黒い瞳をヴァロウに叩きつけた。
「ヴァロウ、1つ教えろ。貴様の目的は、停戦交渉の成功でも、ロドロアン率いる文民派の壊滅でもなかったのだろう。それらは目的の線上にあっただけで、言わば副産物でしかない」
「…………」
ベガラスクの指摘に、ヴァロウは沈黙を以て答えた。
だが、その口端は大きく歪んでいる。
「貴様の目的は文民派が抱えていた戦力だ。それを自分の師団に取り込むため、停戦交渉という舞台を用意し、文民派にわざと間隙を見せることによって、ロドロアンの首を取った。そうだろう?」
「ふん。何故、そう思う?」
「オレを馬鹿にするな。ここにいる魔族全員の契約破棄の交渉をするために、どれほどの時間がかかると思っている。事前に交渉を始めない限り、今この場で解放できるのはおかしいだろう」
「ふふ……」
珍しくヴァロウの顔が綻ぶ。
肩を振るわせ、15歳の青年魔族らしい笑声を響かせる。
看破されたこと以上に、ヴァロウは喜んでいた。
その側でメトラもまた嬉しくなって、微笑む。
仏頂面でいるのは、ベガラスクとステラぐらいだろう。
やがて軽く髪を掻き上げたヴァロウは、口端を釣り上げつつ言葉を放った。
「少しは賢くなったようだな、ベガラスク。だが、お前は本来猛将タイプだ。頭で守るのではなく、その背中で仲間を守れ。もちろん、家族もな」
「言われるまでもない。……今回はオレの敗北だ。それは認めよう。だが、お前には謝罪も感謝もしない」
「よくわからない負けを認め、謝罪も感謝もしないのか。ふん。俺のよく知っているベガラスクに戻ってきたな」
「必ず追いついてみせる! この3年で、必ずだ!!」
「望むところだ、ベガラスク。先に戦功を上げて待っているぞ」
ヴァロウは黒の副官服を翻した。
軍靴を鳴らし、元文民派が作る花道を悠々と歩いて行くのだった。
(おまけ)
ルロイゼン城塞都市。
かつての難攻不落といわれた城塞都市で、魔族の叫声が響き渡っていた。
「ぬおおおおおおお!! なんだ、この味は!?」
「たまらん! たまらん過ぎる!!」
「はああああ……。このあら汁の胃の中に染み渡る味はなんとも……」
「この蛸というのもなかなか。この食感は癖になりそうですな」
「わしはやっぱり煮付けに限りますな。柔らかく、この甘塩っぱい味が……」
「やっぱ魚料理は焼き! 焼き魚ですぞ!!」
魔族たちが差し出された魚料理に舌鼓を打っていた。
皆、満足そうだ。
最初は借金取りのように厳つい表情をしていたのに、今では皿に残ったミルクをなめ回す猫みたいに、幸せそうな顔を浮かべている。
その反応を見て、やや戸惑っていたのは、エスカリナ・ボア・ロヴィーニョである。
すべての魚料理を作ったルロイゼン城塞都市の領主代行は、あら汁が入った大鍋を掲げた。
「あら汁、おかわりできましたけど」
「おかわり!」
「おかわりだ」
「大盛りで頼む」
「おかわりを頼もう」
「わしももらおう」
「拙者にもおかわりを!」
一斉にエスカリナに向かって、器を差し出した。
エスカリナは食堂のおばちゃんみたいに、「はいはい」と言いながら、器の中にあら汁を注いでいく。
その香りに酔いしれながら、魔族たちは再び箸を動かし始めた。
豪快な食べっぷりを見て、エスカリナは苦笑する。
「(ヴァロウに接待しろって言われたから、その通りにしたけど……。これで良かったかしら)」
すると、エスカリナは顔を上げる。
すでに夕闇は濃く、1つだけ星が瞬いていた。
「みんな、元気かなあ……」
エスカリナはホッと息を吐く。
鍋から上る白い湯気が闇に染まりつつある空に消えて行った。
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