第139話 魔王の判断
突然、会議場に跪いたヴァロウに浴びせられたのは、怒号であった。
最初に椅子を蹴ったのは、ファーファリアだ。
まるで威嚇するように翼を広げ、長い嘴を大鋏のように開いた。
「こいつらを許せだって!? 何を言っているんだい、ヴァロウ!! 頭がおかしくなったのかい?」
続いて立ち上がったのは、ドラゴランである。
「残念だが、ファーファリアの言う通りだ。文民派は此度の騒動に荷担したことは事実。ロドロアンの扇動があったからといって、お咎めなしとすれば他の魔族に示しがつかん」
「そもそも1番の被害者はあんたじゃないか、ヴァロウ。あいつらは、あんたの副官の椅子を狙っていたんだよ!」
ファーファリアが追い打ちを掛ける。
しかし、ヴァロウがその言葉を撤回することはなかった。
魔王ゼラムスに向かって、跪いたままだ。
そのゼラムスは深く頷き、他2人の副官の言葉に同調した。
「いくらあなたの頼みでも、今回はドラゴランやファーファリアの意見が正しいと思います。彼らを許すことは他の魔族に示しがつきません。それこそ、魔族を2つに割る騒動に発展しかねない。それにファーファリアも言いましたが、1番の被害者はあなたではありませんか、ヴァロウ」
「いいえ。それは違います、ゼラムス様」
「「「えっ?」」」
ゼラムス、ドラゴラン、ファーファリアの言葉が重なる。
その横で鎖に繋がれたベガラスクが、事の趨勢を静かに見守っていた。
「俺は被害者などではありません。むしろ、1番の加害者と言っても差し支えないでしょう」
「あなたが加害者? どういうことですか?」
ゼラムスは何度もその瞳を瞬かせた。
ヴァロウはいつも通り、淡々と説明する。
「先ほど申し上げた通り、俺はロドロアンが騒動を起こすことを見抜いておりました。しかし、俺はそれを放置した……」
「それはあなたがロドロアンを失脚させるために……」
「見て見ぬ振りをしたことは事実です。ドラゴラン様にはあらかじめご連絡はしていましたが、ゼラムス様やファーファリア様にお伝えしなかったことは事実。その点において、騒動の責任は俺にもあります」
「待ちな、ヴァロウ」
鋭い声を響かせたのは、ファーファリアである。
「あんたが言いたいことはわかったよ。だが、それは論点のすり替えだ。文民派を許すことにはならない」
「仰る通りです、ファーファリア様。ならば、もう1つ理由を付け加えましょう」
ヴァロウは立ち上がる。
そして大きく3つ、手を叩いた。
「失礼します」という美声が響き、会議場の扉が開く。
現れたのは、メトラ――と、魔狼族の少女であった。
その毛色は黒や茶が多い魔狼族の中にあって、不思議な色をしている。
なんと白銀の色をしていた。
「その魔狼族の子どもは……」
ステラ!!!!
突如、叫び声が室内に響き渡る。
飛び出したのは、ベガラスクだった。
両脇にいた竜人族ですら抗しきれない力を発揮し、ステラ――と呼んだ少女に走って行く。
そして、噛みつくわけでも、爪で切り裂くわけでもない。
ベガラスクは優しく包み込むようにステラを抱きしめた。
「おお! ステラ! 無事だったのだな! 良かった」
「ちょ! パパ!! 痛い!! 痛いってば!! もう――ッ!」
「「「ぱ、パパァァァアァアアアァアァア!?」」」
ゼラムス、ドラゴラン、ファーファリアの素っ頓狂な声が重なった。
ベガラスクを連れてきた竜人族も呆然とし、つい持っていた鎖を離してしまう。
「ベガラスクの娘さん……?」
再びゼラムスはパチパチと瞬かせる。
透き通った青紫色の瞳に、まだまだ未熟な尻尾と耳。
ベガラスクと違って、毛が短く、しなやかな身体の線がくっきりと現れていた。
魔狼族であっても、女らしさを感じるが、それでもその瞳は父親譲りらしく鋭く釣り上がり、何より白銀色の毛を受け継いでいた。
おそらく彼女の姿を見て、否定するものはいないだろう。
間違いなく、ステラはベガラスクの子どもであった。
そんな我が子に、ベガラスクは強く抱擁する。
カチカチと牙同士を鳴らし合うのは、魔狼族の親愛の証だ。
「おお! 良かった。ホントに良かった!!」
「ちょっ! パパ!! 魔王様の御前でしょ!!」
すると、ステラはベガラスクの顔面を掴む。
そのまま勢いよく、自分の父親を床に押し倒してしまった。
会議場の床が割れるほどの衝撃。
側で見ていたメトラが呆気に取られる。
ベガラスクを押し倒した膂力。
その床が割れるほど衝撃。
ベガラスクの娘と言われれば、全くその通りと頷くしかなかった。
有頂天になった父親を差し置き、ステラはその場で膝を揃える。
そして深く頭を垂れた。
「申し訳ありません、魔王様。パパ……じゃなかった、父がこうなったのは――」
「こうなったのは?」
ゼラムスは横でまだ我が子を抱擁しようとして、尻尾で叩かれたベガラスクを見つめる。
「いえ。その――――父が文民派に付いたのは、あたしのせいなんです」
「あなたの?」
「そこからは俺が説明しましょう」
ヴァロウが割って入った。
文民派には3種類のタイプがある。
元々ロドロアンに付き従っていた魔族。
契約を肩代わりする代わりに従属することを強いられた魔族。
「そして、3つ目は人質を取られていた魔族です」
「人質??」
ゼラムスは目を剥いた。
まさか人質を取って、支持を集めていたとは思ってもみなかったのだろう。
珍しくゼラムスの眉間に、深い皺が刻まれた。
「はい。手口は簡単です。子どもに無理な契約を迫り、強引に契約させる。その契約の肩代わりを代償にして、従属するように仕向けるのです」
「ヴァロウ様の説明の通りです。あたしも挑発に乗って、無謀な決闘に望み敗れました。その時に、契約が交わされたんです」
「なるほど。だから、ベガラスクは従わざる得なかったということですね」
ゼラムスは得心がいった様子で、2度頷いた。
ようやくベガラスクも居住まいを正し、娘と共に膝を揃える。
深々と頭を下げた。
「娘のことがあったとはいえど、申し開き様のないことをしたのは事実です。如何様な処罰を受ける所存です。ただし、オレには娘がいて、そして第四師団がいます。ステラはとても優秀な魔狼族です。おそらくオレの後を継ぎ、いつか第四師団を率いる器を持っているとオレは確信しております」
「パパ……」
「どうか娘が大きくなるまで、その処罰を待っていただけないでしょうか?」
「あたしからもお願いします。必ずあたしは、パパのような副官になって魔王様のお役に立ってみせます。どうかそれまでは……」
ベガラスクは懇願した。
娘と共にである。
2人の白銀の毛がかすかに揺れる。
その姿を見ながら、ゼラムスはついに口を開いた。
「わかりました。沙汰を下します。皆、傾注なさい」
『はっ!!』
声が揃う。
ドラゴラン、ファーファリア、後から来たメトラや竜人族2人も、時を同じくして膝を折った。
魔王ゼラムスから発せられる沙汰に耳を傾けた。
「ベガラスクについて処罰を言い渡します」
ベガラスクとステラの親子は頭を下げ、布を絞るように強く目を瞑った。
互いに触れた手をそっと重ね、握り込む。
そしていよいよ沙汰が下された。
そのステラを必ず1人前の副官に育てるように……。
「「えっ?」」
ベガラスクとステラの親子はつい顔を上げた。
親子ともども、大きく目を見開く。
側で雷が落ちたかのように驚き、固まっていた。
「そ、それだけでありますか?」
「何か不服はありますか? 今、魔族に求められるのは戦力です。その戦力を増やすことはあっても、減らすことはあってはならない」
「では――オレは…………」
「パパの命は……」
親子の質問に、ゼラムスは柔らかく微笑んだ。
「ベガラスクに対する沙汰は、それだけです。親子ともども、大いに励みなさい」
それは実質的には、不問ということに近かった。
ベガラスクとステラの親子は歓喜に震える。
信じられない――と書かれた互いの顔を突き合わせた。
「パパ!!」
「ステラ!!」
強く抱きしめた。
互いに涙を流し、嗚咽を上げる。
ベガラスクはついに吠えた。
当然、死罪すら覚悟していた。
なのに、それが不問となったのである。
親子の喜びはひとしおであった。
微笑ましい光景に、ゼラムスは満足そうに笑みを浮かべる。
一方、他の文民派について沙汰を下す時、表情を曇らせた。
「ベガラスクと同じく家族を人質に取られていた魔族は不問とし、また契約を盾にロドロアンから従属を迫られた魔族については、60日の労役を与えましょう。さしあたって、傷付いたゲーディアの修復ですね」
子どもならともかく、年齢を重ねた魔族がそうした契約上の罠にはまったのは、自業自得という見方もある。
戒めとして、ゼラムスは罰を与えたのだ。
そして、ゼラムスの顔が険しくなったのはここからである。
「不当な契約の強制と人質を取ることに関与した者は、卑劣極まりない犯行だといっても過言ではありません。そのような者は、誇り高い魔族には不要です。先ほど沙汰を下した者を除き、一切の慈悲なく、死刑に処することを命じます」
『ははぁっ!!』
ゼラムスの力強い言葉に、一同は深く頭を下げた。
今回のゼラムスの判断は、事前にヴァロウが申し出たものではない。
すべて彼女の独断である。
だが、ヴァロウから見ても、見事な差配だと言わざるを得なかった。
そのゼラムスがヴァロウを呼ぶ。
「ヴァロウ……。今後、このようなことが起きるかもしれません。特にダークエルフはロドロアンだけではない。彼らが利用されることもあるでしょう」
「かしこまりました。早急に契約におけるガイドラインを策定しましょう」
「よろしくお願いします。あと――――」
「ダークエルフの長を召喚するのですね」
「さすがはヴァロウ。わかっていましたか。すぐに召喚なさい。わたくしが直々にお灸を据えます。2度とロドロアンのようなものが現れないように」
「それもよろしいとは思いますが、ロドロアンのようなものが現れたのは、魔族の社会構造にあります。強者がありきの世界では、第二、第三のロドロアンを生み出すだけです」
ゼラムスは顎に手を当て、考えた。
「なるほど……。それもそうですね。何か対策はありますか?」
「すぐには難しいとは思いますが、武功以外で褒賞を与える制度を設けてはどうでしょうか?」
「武功以外にですか?」
「何も難しいことではありません。ゼラムス様は以前、ペイペロやドワーフに対して役職と恩賞を与えて下さりました。それと同じことをすればいいのです」
「なるほど!」
「ダークエルフは知能が高く、魔法にも精通した種族です。戦さ以外の場所で、必ずゼラムス様のお役に立つと思います」
「わかりました。ダークエルフの長との会談には、ヴァロウとドラゴラン――あなたたちも同席して下さい」
「「かしこまりました」」
ドラゴランとヴァロウは頭を垂れる。
ゼラムスとしては、ヴァロウ1人でもいいのだが、ドラゴランは後見人である。自分が命じた以上、それを無視することは許されない。
一先ずゼラムスは「ほっ」と息を吐いた。
その前に、ベガラスクが現れる。
改めて、膝を折った。
「深い温情を深謝します、魔王様」
「良いのですよ。それに、わたくしはヴァロウに言われる前から、あなたを不問にするつもりでした」
「え――――ッ!」
「あなたに助けてもらいましたからね」
「あ、あの時は、その――――」
ベガラスクは目の上を掻く。
珍しく照れている父親を見て、ステラは誇らしげに微笑むのだった。
ラストのベガラスクの台詞については、
またお話します。
1月10日の『ゼロスキルの料理番2』も、
よろしくお願いしますm(_ _)m




