第138話 罪人
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交渉が終わり、その報告のために御前会議が行われた。
そこには目覚めたばかりのゼラムスの姿もあり、久方ぶりに会議場は緊張感に包まれている。
だが、当の本人はまだ本調子ではないらしい。
誤魔化してはいるが、何度か欠伸をかみ殺しているのを、ヴァロウは見逃さなかった。
それでも、いざ会議が始まれば、シャンと背筋を伸ばす。
自分が眠っている間に起こったことに、耳を傾けた。
「魔王様が眠っている間に、騒動を起こし、あまつさえその眠りを妨げることになり、申し訳ございません。すべては、このドラゴランに責任がございます。如何様な罰でも受けます故、他の家臣には寛大な処置をお願いいたします」
ドラゴランは話を終えると、深く頭を垂れた。
同時に提出された報告書を見た後、ゼラムスはニコリと微笑んだ。
「その必要はありません。むしろ難しい舵取りを強いることになり、苦労をかけましたね、ドラゴラン」
「い、いいえ! 滅相もない!! 魔王様が謝ることでは」
ドラゴランは慌てて長い首と尻尾を振った。
ゼラムスはさらに言葉を続ける。
「あなたの責任というなら、寝ている間の責任者として、あなたを指名したわたくしにも責任があります」
「そ、それは――――」
「ですから……。お互いに責任はなかった――ということにしませんか?」
「いや、それでは下々の者に示しがつきません」
「不平がある者がいるというなら、こう言いなさい」
瞬間だった。
ゼラムスから膨大な殺意や害意、あるいは負の感情そのものが放たれる。
思わず、その場にいた屈強な副官たちは立ち上がる。
それだけではない。
ゼラムスが放ったそれは、ゲーディア城の隅々まで伝播し、多くの魔族の心胆を寒からしめた。
副官と同じく立ち上がり、直立する者がほとんどであったが、中には泡を吹き、あるいは失禁し、失神した者すらいた。
「(これがゼラムスの力か……)」
ヴァロウもまた、見えない殺意に耐えなければならなかった。
どんなに自分で鎮めようとしても、恐怖が身体を蝕んでいく。
負の感情が自分の制御から外れ、暴走していった。
時々、その穏やかな笑みと魅惑的な姿で忘れそうになるが、ゼラムスは間違いなく、魔族の王――つまり魔王なのである。
ゲーディア城を恐怖のどん底に落とした上で、ゼラムスはこう言い放った。
「この難局において、ドラゴランと、ここにいる副官以上に立ち回ることができたという者がいるなら、わたくしの下へ来なさい。――以上」
すとん、とゼラムスは椅子に座る。
何事もなかったかのように、最近はまっているという紅茶を飲み始めてしまった。
リラックスする魔王とは対照的に、副官たちは汗びっしょりだ。
ヴァロウの額にも汗滴が浮かんでいた。
何より奇妙なのは、ゲーディア城である。
いつもは深い密林の中にいるように獣声があちこちから聞こえてくるのだが、今は物音1つ聞こえず、しんと静まり返っていた。
「ともかく座ろう。皆の者」
ドラゴランに促され、ようやく副官たちも席に着く。
少し時間を置いたが、会議が再開された。
再開初っぱなから、口を開いたのは、ゼラムスである。
「ヴァロウ、停戦交渉の件はよくやってくれました」
「ありがとうございます」
「しかし、停戦期間を5年から3年に引き下げましたね。あなたが妥協するとは、珍しい。それほど難しい交渉相手だったのですが、アルデラという者は?」
ゼラムスは穏やかに質問する。
責めているのではなく、興味本位で尋ねているであろうことは、ヴァロウにはすぐにわかった。
一方で、そのゼラムスの質問に、ファーファリアが乗っかる。
「あたいもそこが気になってた。結局、ヴァロウ――お前さんは人類に妥協したということにはならないかね?」
ゼラムスと違って、ファーファリアの口調は鋭い。
いまだに停戦期限を設けたことには、懐疑的な意見があるらしい。
ここぞとばかりに年下の副官を攻め立てた。
だが、ヴァロウは冷静だ。
唇も、眉も動かすことなく、淡々と反論する。
「そうではありません。そもそも俺は停戦期間を3年にするつもりでした」
ヴァロウの言葉に、一同は呆然とした。
慎重に言葉を選ぶように質問したのは、ゼラムスである。
「あなたのことです。その3年というのも、何か意味があってのことではないですか?」
その問い、ヴァロウは戦力を整えるためのギリギリのラインであることを明かした上で、さらにこう付け加えた。
「おそらく3年もあれば、人間側はこちらの感染型呪術の抗体を作ることができるでしょう。それ以上、年月を引き延ばしても無駄なのです」
あくまで、今回の停戦交渉で3年の停戦期限を勝ち得たのは、魔族側に『感染型呪術の抗体』という大きな手札があったからである。
その手札の意味が消失するようなことがあれば、人類側は3年と待たず、停戦合意を破棄して、戦闘を再開する可能性が高い。
ヴァロウは冷静だ。
現状、魔族軍は優勢に思えるが、前線軍はいまだ健在、東側の本国にも王の直属部隊と各地の諸侯勢力が残っている。
呪いの力があるとはいえ、数で攻められれば、戦力的に五分五分といったところだろう。
殲滅戦は、さすがにヴァロウも望むところではない。
人類を殺しすぎては、ヴァロウが望む人類と魔族の統一和平の実現は不可能になってしまうからだ。
3年の間に戦力を蓄え、本国と同程度の力を手にする。
その上で、本格的な和平交渉を実現させる。
それがヴァロウの目標であった。
「じゃあ、なんで初めに5年なんてふっかけたんだい?」
ファーファリアは凄む。
その鋭い目つきと嘴を見ても、ヴァロウは眉一つ動かさなかった。
「ふっかけたのです。相手はまず間違いなく、下げくると思ったので」
「ふーん。あんたは、軍師だけじゃなくて、商才もあるんだね。まるで人間みたいだよ、ヴァロウ」
「俺は人鬼族です、ファーファリア殿。それに交渉相手に配慮した結果でもあります」
「交渉相手に配慮?」
目を丸くしたのは、ゼラムスだった。
魔族からすれば、徹底的に国益を重視しただろう。
だが、ヴァロウは交渉相手に、配慮したという。
ゼラムスには意味すら理解できなかった。
「最初から3年と交渉して、そのまま合意して国に帰れば、相手のいいなりになったと揶揄されるでしょう。5年の停戦期間を3年にした上に、呪いを解く方法まで持ち帰ったとなれば、よくやったと喜ばれます。向こうの上役にも、今回の合意について心象がよくなるでしょう」
「なるほど。停戦合意を守らせるためか」
ドラゴランは感心した様子で頷いた。
商人同士の商談ではなく、こうした停戦交渉というのは、しばしば破棄されがちである。
前者では金が動くが、後者は人が動くのみだ。
その“人”を軽視し、愚鈍な政治家や君主は停戦交渉を破る傾向にあるのは、これまでの人類史が物語っていた。
停戦合意を守らせるには、少しでもこの合意に良い印象を持って貰う必要があるのだ。
「さすがは、ヴァロウですね」
恐れ入った、とばかりにゼラムスは軽く手を上げる。
ドラゴランは満足そうに頷き、ファーファリアも反論する言葉をなくして、深く椅子に腰掛けた。
終わってみれば、やはりヴァロウの手の平の上だったらしい。
すべての行動に意味があり、無駄がない。
いつもヴァロウの知謀知略を目撃するだけだった。
「停戦交渉については、このぐらいでいいでしょう。……ドラゴラン、彼をここに――――」
ゼラムスは指示を出す。
ドラゴランは大きく頷くと、手を叩き合図した。
会議場の扉が開く。
現れたのは、1匹の魔狼族だった。
その両手には大きな手錠がはめられ、側には屈強な竜人族が控えている。
どう見ても、罪人の待遇であった。
やがてゼラムスは目を細める。
「さて……。それでは議題を、ベガラスクの処罰について考えましょう」
かすかにベガラスクに巻かれている鎖が音を立てた。
身を強ばらせたことは明白だ。
しかし、ベガラスクは大人しかった。
抗弁することなく、ゼラムスの言葉を享受する。
「ベガラスクには2つの罪があります。客人であるアルデラ・フィオ・ディマンテを明確な殺意を以て襲ったこと。そして魔王の副官でありながら、騒乱に荷担した罪です。何か申し開きがあるなら述べなさい、ベガラスク」
ゼラムスの口調は、先ほどと違って厳しい。
自分の副官を射貫く瞳にも、強い意志が宿っていた。
そんなゼラムスを前にしたベガラスクは、ただ一言告げる。
「何もございません」
「よろしい。では、ベガラスクを副官――――」
「お待ち下さい」
ゼラムスの厳しい口調に対し、まるで剣を交わすように冷淡な声が響いた。
ヴァロウである。
すっくと立ち上がり、ゼラムスとベガラスクの間に入った。
「なんですか、ヴァロウ。今、わたくしはベガラスクと話しているのです。あなたが入り込む余地などないのですよ。下がりなさい」
「お言葉はごもっともです。ですが、今しばらく俺の言葉に耳を貸していただきたい」
「彼を弁護するつもりですか?」
「いいえ。そのつもりもありません。ただ今から話す俺の言葉は、彼を弁護するものでも、おとしめるものでもありません。単なる事実です」
「事実?」
「それを聞いた上で、どうかベガラスクと、騒動に荷担した文民派について、寛大なご処置を賜りたく思います」
ヴァロウはその場で跪く。
そして深く頭を垂れるのだった。
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