第137話 停戦合意
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騒乱の火が残り続ける中、交渉4日目の朝が始まる。
昨夜は魔王城を二分するほどの騒動があったばかりだ。
魔王暗殺を企てようとしたレイリーは最後には謀殺され、その犯人であり、共謀者でもあったロドロアンは処断された。
未遂ではあったが、人間が魔王城にて魔王の寝首を掻こうとした罪は重い。
交渉は破棄、残った人間――アルデラを血祭りにせよという声は、当然のごとく上がった。
しかし、それはごく少数であった。
ヴァロウに対して熱烈な反対意見を送っていた文民派が、沈黙したからである。
ロドロアンという統率者を亡くし、さらには魔王暗殺計画に荷担していたと疑われたことによって、文民派はたった1日で崩壊した。
元々はロドロアンが契約を盾に集めた魔族たちばかりである。
烏合の衆だったというわけだろう。
事件の調査については、ドラゴランとルミルラに任せ、開催が危ぶまれていた交渉四日目は開始された。
テーブルを挟んで、ヴァロウとアルデラが向かい合う。
ヴァロウは相変わらず疲れを見せず、加えて無表情だったが、アルデラの目の下には、薄らと隈が浮かんでいた。
「睡眠不足かな、アルデラ司令官殿」
「気遣いは無用だよ。さすがに敵地に4日もいると、見えないところでストレスが溜まるものさ。もし、またこんなことがあるなら、今度は第三国にしてほしいねぇ。たとえば、アズバライト教の聖地とかね」
アルデラは、この交渉をずっと見守り、今も2人の間にあってにこやかに笑みを浮かべる神官――リーアンの方を向く。
「それは良い考えですね」
ただ一言――リーアンは応じた。
すると、アルデラは肩を落とす。
「最初からそうするべきでした」
「それは叶わなかったでしょう。お互いに――」
「確かに……。魔王城に人間が潜入する絶好の好機ですからね。第三国での交渉なんて緩いこと、僕が許したとしても、上が許さなかったでしょう」
ヴァロウは人類側の心理にも精通している。
普通に交渉の場を設けては、人類軍はテーブルに着かないことは、あらかじめ予想できていた。
故に新魔王城という餌をぶら下げたのである。
ゲーディア城は人類にとって敵の喉笛に入るも同じだ。
その情報は喉から手が出るほどほしいだろう。
あわよくば、魔王や幹部を暗殺できるかもしれない。
場所をゲーディア城にすることによって、淡い期待を人類軍に抱かせたのだ。
さらに言えば、交渉人1人と護衛1人と限定したのもヴァロウだった。
この難題に無茶だと唱える者は無論いただろう。
が、ダレマイルのような人間の命をなんとも思わない上級貴族たちからすれば、2人の命など安いものである。
停戦交渉。場所は新魔王城。人数は2人まで。
結果的にこの無理難題に見えた停戦交渉の条件を、人類が呑んだのも、ある程度の打算があったからに他ならなかった。
ヴァロウは魔王城にいながら、リーアンに持たせたたった1枚の書簡で、人類軍を交渉のテーブルに着かせたのである。
「では、ヴァロウ殿。あなたには、何の利得があったのですかな?」
アルデラは珍しく瞳を光らせ、目の前の軍師に質問した。
ヴァロウもまたヘーゼル色の瞳を閃かせる。
1度、長い足を組み直した。
「アルデラ司令官は守勢に定評があると伺いました」
「一応、まあ……。あなたほどではありませんけどね」
「あなたが守っている中で、敵にやられると1番イヤなことはなんですか?」
アルデラは「ふむ」と顎に手を置いた。
「籠城戦なら兵糧攻めに、水攻め……。色々ありまずが、1番イヤなことは…………」
守勢が攻め手に回らなければならない状況を作られることでしょうか?
話を横で聞いていたリーアンが、細い眉を動かした。
『不戦の誓い』の教えの下にいる神官ですら、アルデラの言葉は興味深いものだったらしい。
「どういうことですかぁ、アルデラ様?」
「そうですね。では、巨大な岩を思い浮かべて下さい」
「岩ですか?」
「それはとても硬い。剣で切っても、矢を射ってもビクともしない。硬く巨大な岩です」
リーアンは目を瞑る。
言われた通り、岩を思い浮かべた。
「それが守勢の理想です。兵を纏め、一致団結し、1つの岩になることによって、攻め手の攻撃をはじき返すのです。では、この岩を崩すにはどうしたらいいですか?」
「内部から破壊するぅ――ですか?」
「はい。それも1つの手です。しかし、本当に硬い岩というのは、内部から崩れることは少ない。ならば――――」
「えっと……」
リーアンはヴァロウの方を見て、助け船を請う。
ヴァロウは淡々と答えた。
「岩をバラバラにする方法を考える」
「それができれば苦労はしないですよぉ」
「思い出せ。それがさっきアルデラが言った言葉だ」
「攻め手に回るですか? あっ……。そうか。攻め手に回る時、その大きな岩では不利なんですねぇ」
「はい。その通りです。大きな岩を動かすことはできません。だから、大きな岩を崩し、動きやすい小さな岩にすることが、攻め手の理想なのです。ですが……」
「守勢において、その状態は理想ではない――ということですかぁ」
よくできました、とアルデラは小さく拍手を送る。
そして、次に依然として無表情なヴァロウの方に視線を送った。
「つまり、こういうことを言いたいのですね、ヴァロウ。あなたにもバラバラにしたい守勢の持ち主がいた。その守勢の持ち主が、攻めたいという隙を作るために、今回の騒動を傍観していたというわけですか? 停戦交渉は、それを誘い出す出汁でしかなかったというわけですね」
文民派はヴァロウにとって取るに足らない戦力だが、その成長度については目を見張るものがあった。
しかも、その結束は固い。
すべて契約で守られているため崩すことは難しい。
だが、攻めあぐねていたのは、ヴァロウだけではない。
ロドロアンも一緒だった。
その攻め気を利用し、停戦交渉というヴァロウにできた綻びを、わざとロドロアンに攻撃させたのである。
結果、彼は自滅し、そして文民派もまた空中分解した。
すべてはヴァロウの予想通りなのだ。
「そういうことだ」
ヴァロウはきっぱりと言った。
アルデラは小さく肩を竦める。
「はっきり言いますね。停戦交渉を真面目に行おうとした僕が馬鹿みたいじゃないですか」
「アルデラ司令官殿……。あなたにも、あなたなりの理由があって、この危険な任務に就いたのでしょう?」
「ははは……。確かに――。だが、言いませんでしたか?」
僕はあなたに会うために来たんですよ……。
アルデラは爽やかな笑顔を浮かべる。
それは見ていたリーアンは「まあ」と言って、頬を染めた。
一方、ヴァロウは眉をぴくりと動かすのみだ。
紅茶を飲もうとし、取っ手に指を掛ける。
しかし、すっかり冷めてしまっていた。
口を付けず、元に戻すと、ヴァロウは口を開く。
「さて、そろそろ交渉を始めよう」
「ああ。それもこちらも望むところだよ」
「では――」
ヴァロウが手渡したのは、数枚の紙だった。
しかし、どれも白紙で、右下に頁が打たれているのみである。
「これは?」
「感染型呪術の抗体を作るためのレシピだ」
「何も書かれて――――あっ……。なるほど。呪字か……」
「ああ。そうだ」
呪字とは、ある一定の条件が揃うと効力が示される呪いの一種である。
魔族の契約にも使われており、ロドロアンの身体に刻まれていた模様も、呪字の一種である。
魔族特有の技術で、人類も近年研究を始めたが、全く追いついていないというのが現状だった。
「3年後、文字が浮き上がるように呪字を仕込んだ」
「3年……? それはつまり?」
「そうだ。停戦の期限は3年……。それ以上は譲らない」
「それでは旧魔族領は手に入らないですよ」
「かまわん」
我々は魔族だ。奪われたのなら、奪い返すまでだ。
ヴァロウは力強く宣言する。
その言葉に、アルデラは呆然とした。
ついには「ぷっ」と噴きだし、軽やかな笑声を響かせる。
ヴァロウは抗弁することなく、じっとその様子を窺った。
ひとしきり笑ったアルデラは、今一度ヴァロウの方を見つめる。
「変わったね、君は……」
「何を基準にして変わったと思うのかわからない。ただ改めて名乗ろう。俺はヴァロウだ。魔王の副官にして、第六師団師団長ヴァロウなのだ」
「ああ……。そのようだね」
アルデラは呟いた。
その表情は何か安心する一方、何か寂しげにも見えた。
「わかった。停戦期限は3年だ。それで飲もう」
「交渉成立か」
「ああ……。交渉成立だ」
2人は自然と握手を交わす。
こうして3日間、もつれにもつれた停戦交渉は、史上初めて合意に至るのだった。
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