第136話 結託
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「弱ったな……」
闇の底のような廊下で、アルデラは呟いた。
ぼさぼさの髪を掻き、途方に暮れる。
騒ぎの声から遠ざかる方向を目指し、地下へ地下へと下りていったまでは良かった。
しかし、彼を待っていたのは、永遠とも言える闇である。
今、彼の側には護衛役はいない。
軽く部屋を覗いたが、その姿はなかった。
騒ぎを聞きつけたのなら、真っ先にアルデラの下へ駆けつけるのが、護衛役というものだ。
だが、レイリーは来なかった。
アルデラの前に、あのベガラスクという魔族に殺された可能性はあるが、少なくとも部屋に荒らされた形跡はなく、血痕も残されていなかった。
いくつか推測はできるが、1番可能性の高いとアルデラが考えているのが、この騒ぎがレイリーが起こしたというものだ。
むろん、当事者というわけではないだろう。
だが、何らかの関わりがあることは間違いないと踏んでいた。
レイリーが護衛役以外に何らかの任務を帯びているのは、最初から気付いていた。
そうでなければ、もっと護衛役に適した種族や、大柄で屈強な男を本国は寄越すはずだ。
「まあ……。今考えて仕方ないか」
消えてしまった護衛役をとやかく言っている場合ではない。
今、問題なのは自分に味方はいないことだ。
味方と言えるのは、せいぜい手に持った松明ぐらいだろう。
その明かりは、深い闇を力強く照らしていた。
すると大きな扉が現れる。
「これ見よがしという感じだな」
レイリーは扉を調べる。
かなり厳重に封印がされていた。
「宝物庫……? いや――――」
人――違う。
少なくとも人ではない。
魔族の気配に似るが、扉の向こうから漏れ出てくる圧迫感は、どんな生物よりも猛々しい。
あのヴァロウが纏う殺気が、子どものそれに思えるぐらいだ。
「弱ったな……」
またアルデラの弱気が顔を覗かせる。
その気持ちに栓でもするように、手をぼさぼさの頭に置いた。
ごうん……!
また地上の方から轟音が聞こえる。
その震動が地下にまで伝播してくると、天井から埃のようなものが落ちてきた。
「ドワーフの掘削と建築技術はさすがだな」
アルデラは称賛する。
人間の目から見ても、ドワーフの掘削・建築技術はかなりの水準にある。
掘削技術に関して、人間では到底追いつけないだろう。
それが再び魔王の配下に加わったのは、アルデラからすれば脅威以外の何者でもなかった。
爆薬や魔法を使ったような派手な震動が起きても、地下城が崩れることはない。
それをわずかな時間で達成したというのだ。
さしもの『最強の盾』も驚くことしかできなかった。
ガチャリ……!
それはあまりに唐突であった。
硬質な音を鳴らし、目の前の扉の封印が解かれたのである。
もちろん、アルデラは何もしていない。
外からというよりは、内から開けられたのだろう。
それを示すように、ついに扉が開く。
慌てて、アルデラは松明を掲げ、警戒した。
扉の向こうから、まず最初に現れたのは、女性の足だった。
程よく肉が付いた細長い足。
特に目を見張ったのが、肌の青白さである。
異様と言っても、差し支えないだろう。
徐々に闇の中から身体が浮き上がってくる。
腰の下まで広がった艶やかな薄桃色の髪。
娼婦が男と寝具を共にする時に着るような艶美な寝間着。
細くしなやかな腰は優美な曲線を描き、ひどくダイナミックに膨らんだ乳房が薄い寝間着の向こうで揺れていた。
乳首がツンと寝間着を押し上げ、まるでショートケーキの苺のように赤くなっている。
そして闇の中で光っていたのは、金色の瞳だ。
はっと一瞬にして心が奪われるほど蠱惑的であった。
アルデラは立ち尽くす。
魔王城にあって、その異様とも表現できる姿、男の下腹部を疼かせるような魅惑的な肢体、魂すら吸われてしまいそうになるような魅力――そのどれも、驚かせるに十分であった。
しかし、アルデラが立ったままで何もなかったのには、理由がある。
刹那にして悟ったのだ。
この一見娼婦のように見える女性の正体を……。
緊張で乾ききったアルデラの喉がついに動く。
「魔王か……」
ついに金色の瞳とアルデラの瞳が出会う。
まだ寝ぼけているのだろうか。
ふわっ、と欠伸をした女性は、目を細め、こう言った。
「あなた、どちらさまですか?」
◆◇◆◇◆
悲鳴を上げながら、ロドロアンは階段を転がり落ちるように後ろに下がる。
ついに足を引っかけ、背中から倒れた。
後頭部をしたたかに打ち、頭を抱えて悶絶する。
それでもロドロアンの灰色の瞳は、玉座に座る魔族を見つめていた。
長い足を組み、手の平を上に向けて座っている。
黒い髪の頭を巻角が覆い、ヘーゼル色の瞳が鋭く光っていた。
「う゛ぁ、ヴァロウ! 貴様、どうして!? 何故、ここにいる!!?」
ついにロドロアンは絶叫する。
そのみっともなく狼狽したダークエルフを見ても、ヴァロウの口がすぐに動くことはない。
嘲笑うわけでも、憤激するわけでもなかった。
ただ鳥かごに囚われた文鳥を、無感情に観察する研究員のように、ロドロアンの姿を凝視している。
そして、ついに吐き出されたのはため息であった。
「簡単なことだ」
「なんだと……」
そして、ヴァロウは己の手を掲げた。
お前は、最初から俺の手の平の上だったのだ……。
「て、手の平の上だと? 最初から……だと……。最初とはなんだ? 一体どこまで知っている!!」
「すべてだ。お前が俺を貶めようとして、人間と結託したこと。この騒動を起こしたこと。そして自らこの騒ぎを収め、魔王様に忠節を示そうとしたこと……」
すべてだ……!
「――――ッ!」
ロドロアンは絶句した。
乙女のように尻を冷たい床につけ、ひたすら固まっている。
否定をしようとしても、そのヴァロウから放たれる眼光によって拒否されていた。
不敬にも玉座に座った魔族は、魔王様ではない。
しかし、そこから発せられる圧倒的な覇気は、それに類するものだ。
偽証をした瞬間、その首が飛ばされる殺意が、言葉の端に乗せられていた。
「な、何故……。何故わかったのだ?」
「お前は愚かだな」
「なっ――――」
捻りも何もない。
ド直球な罵倒が返ってきて、再びロドロアンは絶句する。
さすがに眉間に皺を寄せたが、口が震えて何も反論できなかった。
その前に、ヴァロウが口を開く。
「お前は、こちら側の動きを知るためにはアズバライト教に入信する魔族を使って、情報を得ていただろう」
その通りだ。
ロドロアンはアズバライト教の信徒を契約によって強請り、情報を得ていた。
人間の情報も、副官派の情報もだ。
「一時でも考えなかったのか?」
副官派が同じ方法で、情報を得ているのではないか、と……。
「――――ッ!!」
3度、ロドロアンは絶句した。
まるで喉の内側に冷たい刃を押し当てられたようなショックを受けた。
「馬鹿な! お前たちもアズバライト教とつながっていたというのか?」
「当たり前だ。そもそも俺たちはお前たちと同じく――――」
「最初からぁ、共犯関係だったのですよぉ」
ヴァロウの横から現れたのは、1人の神官であった。
おっとりとした雰囲気を放ってはいるが、その糸目の向こうに光る橙色の瞳は、どこか油断のならない光を放っている。
「リーアン・ハッシャー!!」
アズバライト教の神官。
今回の停戦交渉の見届け人にして、仲介者である。
ヴォロウの側にやってくると、その首にすがりつく。
うっとりとして微笑み、仲の良さをロドロアンに見せつけた。
「魔族の副官と、アズバライト教の神官がつながっているだと……。そ、そんなことがあるわけがない! い、いや……。それが事実とすれば、アズバライト教の中立性がすでに崩壊していることになる!」
「アズバライト教は確かに人類にも、魔族にも中立的な立場を取っていますぅ。だからといって、何か条約を取り決められているわけではありません。我々の方から不可侵を宣言したわけでもないですしね。暗黙の了解のまま時が進み、アズバライト教の今の地位があるのです」
アズバライト教は「不戦を誓い」、その上で世界平和を目指すことを理念に掲げている。
「創始者アズバライトの理想を達成されるのであれば、我々はいつでもあなたたちに手を差し伸べるでしょう」
「お前たちが信徒を介して行っていた情報は、すべてリーアンのチェックの中にあった。その情報を彼女は俺に流してくれたのだ」
「す、すべては……。本当に貴様の――」
「ああ。手の平の上だ」
ロドロアンは手を突き、がっくりと項垂れた。
ついには、その瞳からさめざめと涙がこぼれ落ちる。
「私は……。また負けたのか。また負けるのか」
ロドロアンは自分の手を見る。
まるで人間ような非力な手。
どうしようもなく、ダークエルフの手だった。
「私は私が嫌いだった。魔族は力の世界だ。その中で、力のない種族として生きていくのは難しい……。それでも、私は夢を見た。魔王様の副官となり、そしていつか魔族の先頭に立って引っ張っていく。そのためなら、どのような汚いこともやった。それに間違いはない。お前たち力のある種族は、もっと意地汚く、我々を罵ってきたからだ」
非力、役立たず、黒助……。
「そんな罵倒をされながら、私は力を付けてきた。頭脳と、生まれ持った才能を活かし、多くの者を味方に付けた。周りからどう思われようとも、私は見せたかったのだ。力のない種族でも、魔族の頂点に立てることを……」
呪詛のようにロドロアンは言葉を紡ぐ。
それを聞いて、ヴァロウは口を開いた。
「お前は確かに、魔族の中にあって頭がいい方だろう。多くの魔族から不興を買ってはいるが、お前のやり方は己の能力を最大限に活かした結果でしかない。故に、俺もドラゴラン様も何も言わなかった。そもそも俺はお前を評価していたのだ」
「私を……、お前が評価していただと……? お前を散々罵った私を……?」
「嘘ではない。その知謀は目を見張るところがある。だが、少々やり過ぎた。魔王様を使い、その身を危険にしたことは、許されるものではない。例え、未遂であっても、考えることすらあってはならない」
「ぐっ!」
「ロドロアンは……。お前が犯したことは大罪である。沙汰は追って下すが、覚悟をしておくがよい」
「くそおおおおおおお!!」
再びロドロアンは絶叫する。
すべての策略を政敵に看破され、まるで同情とも取れるような言葉を聞き、その口から罪を言い渡される。
これほどの屈辱があろうはずがない。
なまじプライドが高いだけに、ロドロアンは一層罵詈雑言を吐き出し続けた。
やがて理性が吹き飛ぶ。
まるで呪いの武器を握った兵士のように狂乱し、ついにその牙を玉座に座る男へと向けた。
「う゛ぁろおおおおおおおおおおおおおお!!」
ヴァロウは姿勢を崩さない。
向かってくる敵に対して、彼が動かしたのは、先ほど雄弁にロドロアンのことを語っていた口だった。
「来い、アイギス……」
迫るロドロアンの前に、現れたのは風の精霊である。
刹那、真空の刃を生み出すと、ロドロアンに放った。
ザシュッ!!
瞬間、ロドロアンの首が宙を舞う。
さらに足、手首、胴を切り裂かれた。
血が噴き出し、謁見の間を汚す。
転々と転がったその首は、殺意を宿したまま固まっていた。
すると、ロドロアンから黒い靄が上がる。
彼の皮膚を覆っていたたくさんの痣のような印が次々と消えて行った。
「あれは何ですか、ヴァロウ様?」
リーアンは質問する。
「ロドロアンが請け負っていた呪術だ。免罪体質を使って、ロドロアンは契約した魔族が本来受けるはずだった呪いを一手に引き受けていたのだ」
「では、彼が死ぬとどうなりますの?」
「契約が元の持ち主に戻るだけだ。……ところで、リーアン。そろそろ離れてくれないか。首が痛いぞ」
「それはお断りしますぅ」
「何故だ?」
「不戦を誓うアズバライト教の神官の前で、殺人を見せたのです。これは罰なのですよぉ」
「殺人ではなく、魔族を殺しただけだがな……」
「まあ! 屁理屈まで言うのですかぁ? 本当にヴァロウ様は悪い子ですねぇ。15年前と何も変わっていない。ですが、嬉しいですよぉ」
和平を望む信徒が、再びこの地に降臨したことを……。
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