第134話 ベガラスクvsザガス
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本で紡がれる第六師団と、ヴァロウの復讐譚を是非ご覧下さい。
ザガスの声がアルデラの滞在する客室に響く。
寝具に、机。革張りの椅子と絨毯。
小さなクローゼットとささやかな調度品。
簡素と言って差し支えない。
必要最低限の物が置かれた部屋である。
だが、そこは今まさに戦場になろうとしていた。
ザガス、そしてその前に対峙するのは第四師団師団長ベガラスク。
魔王の副官にして、魔狼族を束ねる長である。
その殺気が盛り上がっていく。
と同時に、まだ下にだらんと垂らした指先の爪が、徐々に伸びていった。
ベガラスクは獰猛な牙を見せつけるように吠える。
「ザガス……。ふざけるのも大概にしろ!」
殺気を固めて作ったような声が、空気を切り裂いていく。
対して、ザガスは余裕だった。
まるで飴玉でもなめたかのように、舌で唇を撫でる。
「ふざけてなんかいねぇよ。なんなら、もう1度言ってやろうか。あんたと戦えるなら、オレ様は意地でもこいつを渡さねぇ」
「ぐおおおおおおおおおおおおおお!!」
ついに狼の吠声が弾けるのだった。
さしもの前線軍総司令官アルデラの顔も青くなった。
「(これが魔族同士の戦いか……)」
むろん、アルデラは何度か魔族と戦っている。
指揮官としても一兵士としてもだ。
その時は、側に仲間がいた。
ヴァロウ、ロイスがいたのだ。
だが、1人になってみてようやくわかった。
魔族の恐ろしさが……。
うちに秘められた人間とはまた違った純粋な殺意の塊。
殺すといえば、確実に殺し。
死ねといえば、生命活動が止まるまで食い合う。
そんなひどく純然とした戦いが、今繰り広げられようとしていた。
「(はあ……。やれやれ……。僕はこういう時、どうしたらいいのかね?)」
敵同士が人類の前で戦っている。
これが通常の戦場であるなら、アルデラは間違いなく付け入ったであろう。
だが、ここは戦場でもなければ、戦う場ですらない。
敵地のど真ん中で、単なる客室なのだ。
「(特等席にも程があるよね……)」
こっそりアルデラはザガスの方を見る。
ここは大人しくザガスの奮戦を期待するしかない。
だが、この戦闘狂も人類に対してあまりいい印象を持っていないようだ。
魔族なのだから当然ではあるのだが、戦い終わった後の興奮を鎮めることができず、その凶爪がアルデラに向けられる可能性はゼロではない。
だらかといって、ベガラスクの陣営にほいほいと首を差し出す気にもならなかった。
結果、アルデラが出した答えは――。
「(隙を見て逃げる――が正解かもしれないね)」
覚悟を決めるのだった。
ベガラスクの気合いが、部屋を一閃する。
その吠声を浴びても、ザガスの顔から笑みは消えない。
口端を一層釣り上げ、子どものように笑った。
「ぬはははは! いい感じだ、ベガラスクの旦那」
「なにぃ?」
「オレ様はよぉ。昔っから、あんたとやってみたかったんだ!」
瞬間、客室の絨毯が捲り上がった。
虚を衝くとかそういうことは一切ない。
ザガスが絨毯を蹴った瞬間、その風圧で捲り上がったのである。
先制したのはザガスだった。
武器も何も持たない。
加えて、ベガラスクのように獰猛な爪もない。
裸一貫で突っ込んでいく。
だが、ベガラスクはこの動きを読んでいた。
己の爪を最大限に伸ばす。
迫ってきたザガスにカウンターを合わせるように爪を振るった。
空気を掻きむしるような鋭い爪撃を繰り出す。
対してザガスはその斬撃に突っ込んだ。
躱したわけでも、防御姿勢を取ったわけでもない。
人間なら確実に命を削り取るような爪撃を諸に食らったのだ。
サッと鮮血が散る。
だが――。
「浅い!!」
思わずアルデラは叫んだ。
ただ浅いのではない。
間合い十分だった。
確実にザガスの肉を十分そぎ落とすことができただろう。
しかし、ザガスの肉体がそれを阻んだ。
まるで鉄のように弾き、ベガラスクの爪撃を拒む。
「ぬぅ!!」
さしものベガラスクも唸る。
まさか目の前の人鬼族にこれほどの防御力が秘められているとは、予想外だったのだろう。
だが、さすが若いながら魔狼族の長に登り詰めるだけはある。
すぐに切り替えて、二撃目を放つ。
間合いの内に入ってきたザガスを迎撃しようとした。
「おっと!!」
ザガスは自分の身に降り注いだ二撃目を受け止める。
爪ごとだ!
「ぐっ!」
力を入れて逃れようとするベガラスクだが、動けない。
たまらずもう片方の凶爪を放つ。
しかし、それもベガラスクに止められた。
互いの指を絡め、力比べが始まる。
「おいおい。どうした、旦那。いいのか? スピードがあんたの自慢だろ? 止まっちまったら、折角の長所が活かせないんじゃないのか?」
ザガスは笑う。
あっ、と口を開けたのは、両者の戦いを見ていたアルデラだった。
「(このザガスという人鬼……。好戦的だが、戦い方を知っている)」
魔族を構成する各種族の特徴は、アルデラの膨大な知識にきっちりと入力されている。
魔狼族の長所は類い稀な速度と敏捷性だ。
それ故に攪乱やその制圧力に定評がある。
だが、ここは狭い空間だ。
いくら敵を攪乱できるほどの速度を持っていても、自ずと動く方向が限定される。
つまり、魔狼族の長所が活かせないのだ。
ザガスはそれを知って先に仕掛けた。
しかも躱すのでもなく、防御するわけでもない。
あえて相手の攻撃を受けたのもベガラスクを逃がさないためだ。
「(組んでしまえば、人鬼族の土俵だ)」
人鬼族の長所は耐久力と他の大型種族と遜色のない膂力である。
決着は最初にザガスが仕掛けた時から決まっていたのだ。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
「ぬおおおおおおおおおおおお!!」
両者のうなり声が客室の空気を震わせる。
机の足がガタガタと音を鳴らし、壁にかけていた花瓶が割れた。
こうなったら後は意地と意地のぶつかり合いだ。
確かに人鬼族の膂力は凄まじい。
だからといって、ベガラスクが引くことはなかった。
渾身の力を込める。
すると、ザガスの顔が苦悶に歪む。
「やるじゃねぇか。さすがは旦那」
「前から注意しようと思っていたのだがな。その呼び方はやめろ、ザガス」
ゴンッ!
痛そうな音が鳴る。
互いの手だけではなく、額を擦り着けた。
腕の力だけではなくて、文字通り頭を使った戦いも始まる。
互いの力は拮抗していた。
ザガスの有利はこの時点で吹き飛んでいる。
ベガラスクは魔狼族だが、ただの魔狼族ではない。
白銀の毛が表すとおり、魔狼族の中でも特異な存在だ。
力においても、一族の中で追随を許さぬ位置にある。
かといって、ザガスが引くことはない。
蒸し風呂に入った後のように汗を掻き、ベガラスクを力だけでねじ伏せようとしていた。
一時の油断も許されない。
息と集中と、力が切れればそこで終わりだ。
だが、決着に時間はかからなかった。
次第にザガス優勢に傾く。
ベガラスクが相手をしているのは、単なる人鬼族ではない。
副官であるヴァロウすら舌を巻くほどの膂力を持ち主なのだ。
「おらああああああああああああああああああああああああああ!!」
ザガスはベガラスクの腕を捻り上げる。
ついに「ぼぎぃ!」と骨が鳴る音がした。
「ぎゃあああああああああああああ!!」
ベガラスクは大口を開けて、悲鳴を上げる。
ザガスはそのままベガラスクを投げ飛ばした。
盛大な音を立てて、寝具に突っ込む。
その弾みでさらに壁に叩きつけられた。
「おのれ!!」
力比べに負け……。
骨を折られ……。
壁に叩きつけられた。
それでもベガラスクには意識があるのは、さすが副官と言わざる得ない。
全く戦意は衰えず、ザガスを睨んだ。
そのザガスも第2ラウンドに向けて、肩を回す。
その時、ベガラスクの耳がピンと立った。
戦場に様変わりした客室を見回す。
「待て、ザガス?」
「なんだ? 命乞いか? 悪いけど、今日はオレ様が死ぬまで付き合ってやるぜ」
殺意と戦意を増幅させる。
「馬鹿者! 周りを見ろ!!」
「周り――? っておい! オレ様を馬鹿にしてるのか、そんな古典的な罠にひっかかるかよ――って、おお?」
ザガスは周りを見渡す。
ようやくベガラスクの言いたいことに気付いたのだ。
「おい、旦那」
「ああ……」
あの人間、どこへ行きやがった……?
1月10日に『ゼロスキルの料理番』2巻が発売されました。
そちらの方も是非ご堪能下さい。




