第131話 刺客
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ロドロアンは自室で大笑していた。
側には酒と、娼婦のような恰好をしたサキュバスを侍らしている。
サキュバスたちはその妖艶な肢体をロドロアンに押しつけていた。
甘いマスクのロドロアンはそのまま笑い続ける一方で、サキュバスは艶っぽい表情を浮かべつつも、どこか心を許していない――営業的な顔を向ける。
彼女もまた、ロドロアンに契約を肩代わりしてもらった魔族なのだ。
それも1人ではない。
複数――ロドロアンの足下に跪き、主人の身体に身を預けている。
時折、嬌声を上げつつ、主人の喜ぶ反応を続けていた。
他に魔族がいても、ロドロアンはそのまま言葉を吐き続ける。
「ヴァロウという副官……。大層な智将だそうだが、大したことがないな。自分で自分の墓穴を掘るとは」
ロドロアンが言いたいのはこうだ。
仮にヴァロウが停戦期間を釣り上げることに成功したとしても、5年以下となればどっちみち人類に譲歩としたとして、その弱腰姿勢は魔族の反感を買うだろう。
逆に人類側の領地回復の条件を蹴ったとすれば、旧魔族領を取り返すことができなかったとして、戦犯になる。
停戦交渉そのものが破談すれば、交渉を提案したヴァロウの責任になってしまう。
いずれにしろ、ヴァロウは今回の停戦交渉における追及は免れなくなるのだ。
「馬鹿なヤツだ。人間なんかと交渉するからそうなるんだよ」
だが、ヴァロウに道筋がないわけではない。
5年という停戦期間の設定と、旧魔族領の領地を回復することができれば、彼は逆に英雄になる。
ないに等しい確率だが、あのヴァロウである。
ロドロアンとしては、確実に潰しておきたかった。
「もう一押しだ。もう一押しで、ダークエルフたる私が、魔族の頂点というべき椅子に座れるのだ」
血のように赤い酒をかざす。
グラスに映り込んだロドロアンの顔は、醜悪に歪んでいた。
◆◇◆◇◆
突然、レイリーはアルデラを突き飛ばした。
かつて王国最強の『盾』といわれた彼だが、そのひょろい見た目からもわかるとおり、運動神経自体はあまりよろしくない。
女騎士――しかも力の強い犬牙族ならば、抗しようもなく、アルデラはたちまち砂にまみれた。
今日の交渉について議論を交わしていた最中の事である。
レイリーはぬらりと鞘から剣を抜いた。
綺麗な刀身が月光を受けて閃く。
青い三白眼からは、殺意を滲ませていた。
「レイリー……」
護衛対象を手に掛けようと考えるほど、憤ったのだ。
少々言葉を選ぶべきだったかな、とアルデラは反省し、髪を掻く。
だが、向けられたのはアルデラではない。
レイリーは踵を返し、刃の切っ先を魔王城がある方へ向けた。
「おや……」
アルデラは首を傾げる。
さっきまでそこにいた竜人族の護衛兼監視役がいない。
そう思っていたら、竜人族が地面に倒れているのを見つけた。
大口を開けて寝ている。
「(睡眠薬かな? いずれにしろ、竜人族を眠らせるなんて大した薬効だ)」
アルデラは呑気に分析していた。
その護衛の竜人族の代わりに立っていたのは、フード目深に被った謎の魔族だった。
「何者かな、彼ら?」
アルデラは戯ける。
護衛対象の質問を聞いたレイリーが返したのは、殺気と怒気だった。
「知りませんよ。あいつらに聞いて下さい」
「守ってくれるのかい、レイリー」
「危なくなれば、私1人で逃げますよ」
「薄情な護衛だなあ」
「どのみち、この土地は敵地です。2人で生き残るなんて、元より考えていませんので」
「それは君の上司の指示かな?」
「いえ。私ですよ」
ゆっくりと魔族は近づいてくる。
当然、魔族故にその身体は大きい。
それでもローブとフードのおかげで、種族すら確認できなかった。
「1つ訊きたいんだけどね」
アルデラが尋ねた相手は、レイリーではなく、向かってくる魔族だ。
「君たちがそうやって身体を隠しているということは、この事態は魔族の総意ではない――そう考えて問題ないかな?」
核心を衝くように話すが、やはり向こうからの返事はない。
ただ漏れてくるのは、冷たい夜気を固めたような殺気だけだった。
「無駄ですよ、アルデラ殿。こいつらに説得は聞きません。所詮、魔族はケダモノなのです」
「はっきりさせておきたいだけさ」
「下がってください。来ます!!」
「なんとかなりそうかい?」
「望み薄でしょうね」
種族がわからないが、あの巨躯から考えても、かなりの大物だ。
通常の戦場ならば、3、4人で飛びかかる相手に、1人で挑むのである。
勝負なら最初からわかりきっていたし、根性論もここでは形無しだった。
あと10歩と、謎の魔族は迫る。
ここまでゆったりと歩いてきた魔族に変化が現れた。
フードの奥から斧を取り出したのだ。
ジャッと地面を蹴り、走り出す。
風圧でフードがめくれた。
その瞬間現れたのは、青白い顔をした禿頭のオークだ。
牙を剥きだし、雄叫びでも上げるように口を開ける。
剣を構えるレイリーに迫った。
ギィンッ!!
硬質な音が鳴る。
ヒュッと空を切ったのは、レイリーが持っていた剣だ。
焼け野原が残るメッツァーの大地に突き立つ。
「チッ!!」
レイリーはすぐに懐に隠していた投げナイフを構える。
投げようとした瞬間、その前に一条の矢が、斧を構えたオークの眉間を刺し貫いた。
生命力の強いオークはものともしない。
脳髄の手前で止まった矢を抜くと、けろりとした顔を見せた。
だが、その余裕が続かない。
オークの前に、すでに新手が現れていた。
「よぉ……」
半月の月光の中で、その声は薄暗く響く。
気付いた時には、オークの頭が1人の人鬼族の手によって掴み上げられていた。
必死になって、その手から逃れようとするがビクともしない。
人間が束になってもかなわないオークの膂力を、遥かに上回っていた。
「ちょっと寝てろや、お前」
掴み上げたオークを空中で振り回す。
最後に地面に叩きつけた。
地面が割れ、高いところから砲弾でも落とされたかように大穴が空く。
当然、オークは失神していた。
「お前は……!」
レイリーが顔を上げる。
ちょうど人鬼族と目が合った。
針金のように硬い赤髪の下で、黒の三白眼が好物を前にした子どものように爛々と輝いている。
「心配すんな。助太刀してやるだけだ」
「僕らの味方ってことでいいんじゃないかな」
アルデラはホッと息を吐く。
「ま――。そういうことでいい。人間様の正義の味方になるのは癪だがな」
「同感だね。君の顔はどう見ても、悪者だ」
「ちげぇねえ」
人鬼族はカラカラと笑った。
「(確か……。ザガスと呼んでいたような気がするな)」
アルデラはその頼もしい背中を見送る。
一方、ザガスという魔族はグルグルと腕を回した。
ただそれだけなのに、何か堂に入っている。
独特の迫力があった。
「さあて……。お前はどうするよ!?」
黒の三白眼を光らせる。
それだけで縮み上がって、普通の人間ならその場で動くことすらできないだろう。
だが、オークは走る。
斧を持ち、ザガスの方に突っ込んできた。
「勇気があんなあ」
半ば苦笑しながら、自分を暗殺しようとしたオークを称える。
ザガスは振り下ろしてきた斧を片手で止めた。
正確には2本の指だけでだ。
「見事……」
アルデラは呆気に取られる。
その技術に、レイリーも魅入られていた。
オークは手を離す。
拳を握り、徒手空拳に切り替えた。
その拳の大きさも、人間の倍ほどある。
直撃すれば、頭蓋が飛び散るぐらいの破壊力はあるだろう。
しかし、ザガスはあっさりと受けた。
オークの拳を掴まえると、そのまま上から握り込む。
「ぐああああああああ!!」
堪らずオークは悲鳴を上げる。
引き離そうと、もう片方の拳を突き出す。
だが、結果は同じだ。
ザガスに掴まえられてしまった。
「よし! 力比べと行こう――――ぜっ!!」
ザガスの筋肉が盛り上がる。
オークも力を入れた。
しかし、これも結果は最初から見えていた。
ザガスはオークの腕ごと捻る。
立ったままの状態から一気に、オークの肩を地面に付けて、無理矢理土下座の姿勢を作り上げた。
「ぶぎぃぃいいいいいぃぃいいぃ!!」
オークの下品な悲鳴が上がる。
一瞬の出来事である。
人間の騎士が1対1ではとても敵わないオークを圧倒した。
それもただ馬鹿力だけだ。
「終わった?」
別の靴音が聞こえる。
夜の闇の中から現れたのは、銀髪を揺らしたメトラであった。
その手には弓が握られ、腰には矢筒が下がっている。
どうやら最初の一撃はメトラのようだ。
「他愛もねぇなあ。もうちょっと歯応えがあるヤツとやりてぇぜ」
「そういう問題じゃないでしょ」
やれやれ、とメトラは首を振る。
レイリーとアルデラに向き直ると、上品な唇を動かした。
「お怪我はありませんか、アルデラ様」
「え、ええ……。なんとか――」
「申し訳ありません」
「な~に……。想定内ですよ。我々を歓迎しない不穏分子がいることぐらいは」
アルデラはカラカラと笑う。
だが、レイリーは違う。
はじき飛ばされた剣を拾うと、烈火のごとく憤った。
「何を言っているんですか、アルデラ様! 我々は命を狙われたのですよ! これは問題にすべきです。我々にこんなことをして、魔族側は本当にこの交渉を進める気があるのですか?」
叫び声が闇夜に沈む。
アルデラはやれやれと頭を掻けば、責任感の強いメトラはやや不安げな顔をする。
窮地を助けたにもかかわらず、返ってきたのは罵倒だ。
それに心証をよくしなかったのか、ザガスは眉を動かし、怒りの表情を作った。
その大口を開けて、反論しようとした瞬間、アルデラが割って入る。
「レイリー……。落ち着きたまえ。交渉を進めたがっているのは魔族側だ。少なくとも、あのヴァロウという副官はそうだろう。我々を殺したいなら、門をくぐった瞬間に小さな勝利に酔いしれているさ」
「しかし、我々が襲われたのは……」
「組織が大きくなればなるほど、一枚岩になるのは難しいことだ。そもそも我々だってそうじゃないか」
「あ、あなたは一体どちらの味方ですか、アルデラ!?」
とうとうレイリーは護衛対象に向かって激昂する。
それでもアルデラの反応は変わらない。
やれやれと首を振って、ようやくお尻を冷たい地面から離し、腰を上げる。
落ち着きと埃を払い、アルデラはレイリーに向き直った。
「もちろん、人類の味方さ」
また不敵に笑うのだった。
強者感を纏ったヴァロウと、妖艶なメトラが描かれた表紙は、
下欄よりご覧下さい。
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