第130話 それぞれのヴァロウ
新年あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします。
こうして交渉1日目が終わった。
短時間で終わったのは、お互いに大鉈を振り下ろしたからであろう。
特にアルデラの最後の提案が決め手となった。
前線軍の撤退と、魔族の領地回復。
これほどの破格の条件はない。
「予想を超えた条件ですね」
応接室から執務室に戻ったメトラは、早速ヴァロウに紅茶を差し出す。
豊かな香りの茶葉が、口の中に広がっていき、その温度が胃の中へと駆け下っていった。
緊張した筋肉がゆっくりとほぐれる。
ヴァロウの顔が少し綻んだ。
戦さにおいても、交渉においても、氷のように冷たい表情をするヴァロウが、紅茶の前では素直であった。
ヴァロウはカップを皿に戻す。
取っ手にかけていた指を組んで、肘を机に置いた。
「俺の予想には入っていたがな。アルデラらしい交渉のやり方だ」
最初から最大級の譲歩案を引き出してきた。
本来、交渉ごととはカードを小出しにするものだ。
その中で条件を詰めていくのが鉄則である。
だが、今回のアルデラのやり方は全くの逆だ。
おかげで交渉の場は、敵も味方も混乱してしまった。
レイリーの狼狽ぶりは演技などではない。
おそらく事前に聞かされていなかったのだろう。
混乱したおかげで、結局貴重な1日目は何も結論が出ないまま終わってしまった。
まるでそれが目的だったのではないかと思うほどに、大きな一手であった。
「いやらしい……。昔から何も変わっていないなヤツは……」
王国の『盾』といわれるアルデラだが、ヴァロウから言わせれば『いやらしい』戦術を重ねる智将といったところだ。
ヴァロウ以上といわれる噂も、ヴァロウが戦時広報の取材を受けた時に、もっとも戦いたくない相手に、アルデラを名指ししたことが原因だった。
戦えば勝つ自信はある。
しかし、その勝利は決して気持ちのいいものにはならない。
戦さに勝って、勝負に負ける。
そんな気分にさせてくれるのが、アルデラという男だった。
「ヴァロウ様、私からの提案なのですが……。アルデラ様に正体を明かされてはいかがでしょうか?」
メトラは怖ず怖ずと質問する。
飛んできたのは、ヘーゼル色の眼光であった。
それを見て、メトラは忽ち竦み上がる。
手に持ったトレーでガードしたが、ヴァロウが矛を収めることはなかった。
やがてその気持ちを抑えるように、ヴァロウは紅茶を啜る。
そして口を開いた。
「それは無駄だ」
「お2人の仲が破局したのは、知っております。ですが、ここは――」
「無駄だ、メトラ。俺の正体はすでにアルデラにバレている」
「え?」
メトラは眉宇を動かす。
持っていた紅茶を危なく落とすところだった。
ヴァロウは眉間に皺を寄せる。
珍しく不快な表情を露わにしていた。
「俺が使った戦術を見て、怪しいと思ったのだろう」
「でも――普通、人間が魔族に転生するなんて考えませんよ」
「ルミルラですら見破ったのだ。あいつがわからないわけがない。もしくは、転生自体は信じていなくても、『俺のような考え方をする魔族がいる』というだけで、あいつの興味を引くに値するだろう」
「それを確かめるために、危険な交渉役を買って出たということですか?」
「そんなところだろう。……だが、アルデラで良かった。正直に言えば、アルデラ以上に手強い交渉役もいなければ、あいつ以上に信頼のおける交渉役もいないだろう。本国の突き上げをかわして、交渉を実行させることができるのは、俺が知る限りアルデラかロイスぐらいしかいない」
そう。
問題はこの交渉がうまくいったとしても、人類側が結ばれた契約を守ってくれる補償が何1つないということだ。
むろん対策を考えてはいるが、今や人類本国は上級貴族という化け物の巣窟に成り下がっている。
そういった魑魅魍魎の中で、自分の考えを押し通せるのは、おそらくヴァロウの古くからの友人であり、左腕と右腕と謳われたアルデラとロイスだけ――とヴァロウは言いたいのだ。
それを聞いたメトラは微笑する。
かすかな笑声は、実に上品なものであった。
「なんだかんだで、アルデラ様を信頼しておいでなんですね」
「アルデラは優秀だ。信じていないわけがない。だが、アルデラはともかくあのレイリーという女は要注意だ」
本国から派遣されたという女は、アルデラとは別の空気を纏っていた。
護衛役というが、それならばわざわざ女の騎士をを選んだりはしない。
いくら犬牙族といえどだ。
性別で侮っているわけではない。
本当に護衛役なら、長身のアルデラを守れるような屈強な戦士が選ばれるからだ。
何か陰謀の予感がし、自然とヴァロウの眼光は鋭いものになっていった。
「ヴァロウ様……。そろそろ会議のお時間です」
「ああ……」
「ご気分が優れない様子ですが……」
「大丈夫だ。ただこっちの会議も、荒れそうだと思ってな」
ヴァロウの予想は当たる。
停戦交渉後に行われた魔族側の会議は、大方の予想通り嵐であった。
今回の会議にも文民派のロドロアンが出席。
そしてどこから漏れたのか、交渉び内容を早速会議の場でぶちまけた上で、さらにこう主張した。
「人類の条件をすべて飲むのです。これは千載一遇のチャンスですぞ。停戦交渉を飲んだだけで、我ら魔族の悲願である魔族領の奪還がかなう。それならば、かつての魔王城ラングズロスを再建することだってできるでしょう」
ロドロアンは嬉々として叫んだ。
どうやら、このかび臭い地下城はあまりお気に召していないらしい。
この案に対して、残りのドラゴランもファーファリアも明確に否定はしなかった。
2人とも腕を組み、ぐっと顎を引いて考える。
おそらくベテランの副官たちにとっても、旧魔族領の奪還は魅惑的な条件なのだ。
はっきり言えば、ヴァロウとてこの条件はおいしい話だと思っていた。
前線軍の全軍と正面を切って戦う必要が無くなるからだ。
とはいえ、今の構図にしたのはヴァロウである。
前線軍を挟み撃ちにして、一気に旧魔族領を奪取するつもりだった。
だが、前線軍の指揮官がアルデラなら別だ。
アルデラなら戦力を一箇所に集中させて、守りの布陣を作る。
そして本国の援軍があるまで、長期戦を敷くだろう。
魔族軍が時間かける間に、旧同盟領の後背から本国軍に襲われれば、一溜まりもない。
それならば、前線軍に引いてもらった方がよっぽどいい。
しかし、それでもヴァロウは反対した。
「ダメだ。5年の停戦期間は絶対だ!」
「な――――ッ!」
ロドロアンは強固な姿勢で会議に臨むヴァロウを糾弾する。
だが、その前に反論したのは、ドラゴランだった。
「ヴァロウよ。5年ではなく、もう少しつり下げることができないか。たとえば、3年として相手の譲歩を引き出すのだ」
ヴァロウのかつての上司ゴドラムと同じく、猪武者であるドラゴランにしては、建設的な意見だった。
おそらくヴァロウの存在も影響しているのだろう。
昔であれば、即斬って捨てるべしとして、人間をこの城に近づけることすら許さなかったに違いない。
実質的なライバルであったゴドラムを失い、ようやく副官筆頭も大人になったらしい。
「あたいも反対だね」
片翼をあげたのは、ファーファリアだった。
すでに会議にうんざりしている第五師団師団長は、やや怒りの表情で答える。
「停戦が何年だって構わないけどね。今は人類のペースだよ。唯々諾々とあいつの条件を呑もうってのかい、黒助は……」
瞬間、ロドロアンの眉間に皺を寄る。
明らかに剣呑な殺気を放ち、ファーファリアを睨んだ。
「黒助」とはダークエルフを侮蔑する時に使う隠語である。
「誰が黒助ですって、ファーファリア殿」
「お前の肌を見てみるがいいさ」
「貴様ッ!」
ロドロアンは立ち上がる。
「待て! ロドロアン!! ファーファリアも止めろ。突っかかるのはよせ」
ドラゴランは間に入る。
だが、ファーファリアもロドロアンも舌鋒を緩めようとしなかった。
「そもそもなんで黒助がこんなところにいるんだい!!」
「僕は文民派の代表としているのです」
「そこはベガラスクの席だよ」
ファーファリアはロドロアンの後ろを見る。
いつも通り、ベガラスクが黙って立っていた。
「だから、どうだと言うのですか? 僕に聞かれてはまずいことでもあるのですか?」
「控えよ、ロドロアン」
ドラゴランは吠声を上げる。
しかし、今日のロドロアンは勇敢だった。
一瞬竦み上がるものの、すぐに反攻に転じる。
「そもそも人間をこの城に招いたのが悪いのです。人間の知恵を警戒なさるぐらいなら、呼ばなければいい。疲弊する人類本国へ大人しく兵を送ればいいのです」
「チッ! あんたねぇ。いい加減にしないと」
ファーファリアの翼がもこりと膨れ上がる。
まずい。
ぶち切れる寸前まで来ていた。
だが、ロドロアンはそれでもよく回る口を止めることはなかった。
「それとも、副官殿たちには人類と戦うことに何か迷いでもおありですか? 人間をこの魔王城に招いたりするから、混乱が起きるのです」
「あんただって、人間の条件を呑もうとしているじゃないか?」
「違いますよ。奪うんですよ。旧魔族領を我らに返還された瞬間、交渉を反故にすればいい」
「契約を破棄するのかい?」
停戦交渉後に、魔族流の契約書が結ばれる手はずになっていた。
もし、破られれば、おそろしい呪いを受けることになる。
「僕の存在を忘れましたか? 僕はダークエルフです。いざとなれば、その契約書の呪いを我が身に宿すことができる」
「ぬっ……。確かに、そうだけどね」
「いい加減やめよ、2人とも! 敵が側にいるのだ! こんなところ言い争ってどうなる」
ドラゴランが間に入ると、ようやく2人は矛を収めた。
そのドラゴランは今一度、ヴァロウの方を向く。
「ヴァロウよ。お主の意見を聞きたい」
「では、旧魔族領の返還も視野に入れながら、まず停戦期間を相手が要望する2年から引き上げるように譲歩案を探りましょう」
「うむ。それで良い。これで良いか、ロドロアン、ファーファリア」
「いいでしょう」
「チッ!」
ドラゴランが尋ねると、二者二様の返答が聞こえた。
その生意気な態度を注意することなく、ドラゴランはふーと息を吐く。
そして、本日の会議は終わった。
◆◇◆◇◆
大荒れだったのは、魔族側だけではない。
人類側――アルデラとレイリーの間にも、不和が生じていた。
「何を考えているのですか? 前線軍が統治する領地を、停戦交渉の材料に使うとは!!」
レイリーの声は冷たい夜気の中に沈んでいった。
2人がいるのは外だ。
旧メッツアー城塞都市の地上部には、いまだ焼け野原が広がっている。
人の姿はなく、あるのはぐるりと囲んだ巨大な城壁だけである。
地下の息苦しさから逃れたいという願望と、魔族が用意した客室では信用がおけないという2つの理由から、アルデラとレイリーはこうして外に出てきたのである。
むろん、監視付きだ。
少し離れたところには、2人の竜人族が目を光らせていた。
「レイリー、抑えて抑えて」
「私は何も聞いてませんよ!」
護衛対象の言葉を無視し、レイリーはアルデラに迫る。
手こそ出さなかったが、今にも胸ぐらを掴まん勢いだ。
「そうだね。打ち合わせにはなかったことだから」
「魔族側がその条件を呑んできたら、どう本国に釈明するつもりですか? いいや。あの方たちは決してお許しにならないでしょう」
「だろうね。……でも、心配しないでほしい」
「何が!?」
「魔族はきっと呑まないよ」
「何故、そう言い切れるんですか?」
「魔族側はともかく、あのヴァロウという副官は、それを絶対に許さないはずさ」
「はあ?」
「(そうだろう、ヴァロウ)」
そう言って、アルデラは薄く微笑むのだった。
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よろしくお願いします。




