第128話 交渉開始
1月15日サーガフォレスト様より書籍版が発売です。
サーガフォレスト公式では、表紙が公開されました。
超が付くぐらいかっこいいヴァロウと、妖艶なメトラが目印です。
すでにAmazonなどでは、予約が始まっております。どうぞよろしくお願いします。
魔族と人類の歴史的邂逅が、新魔王城ゲーディアで実現する。
だが、そこに歓待するムードはない。
当然祝賀会もなく、大事な交渉役であるアルデラ・フィオ・ディマンテに向けられたのは、純粋な殺意だった。
「これは、これは……。魔族らしい歓迎の仕方だね」
アルデラは首を竦める。
前線軍司令官もこの殺意の大安売りに参っているらしい。
やや猫背のまま先導するヴァロウたちの後に続く。
アルデラが青い顔をする一方で、彼の護衛役として派遣されたレイリー・ゴー・レプリガンドは勇敢であった。
側にいる司令官とは違って、背筋を伸ばし、油断のない視線を送っている。
睨んでくる魔族に対しても、遠慮することなく殺意を放っていた。
「ここだ」
ヴァロウは通したのは、この時のために作らせた応接室である。
革張りの長いすに、銀のテーブル。
落ち着いたベージュの壁紙が貼られ、天井から吊り下がったシャンデリアには光の魔法が付与され、地下とは思えないほど温かな光を放っている。
陰気くさいと思われがちな魔族だが、部屋から漂ってくるのは香木の良い香りだ。
部屋に入るなり、アルデラは思いっきり息を吸い込む。
「いい香りだ。調度品もセンスも悪くない」
側のサイドテーブルに置かれた花瓶に目が行く。
そこには赤い薔薇が生けてあった。
香りを嗅ぐとわかったが、造花ではなく、生花である。
「何か問題がありますか、アルデラ殿」
尋ねたのは、メトラである。
部屋を設計したのは彼女だ。
その設計図を元にして、アルパヤ率いるドワーフ族が作ったのである。
アルデラは振り返る。
満面の笑みだった。
「問題なんてない。最高です」
称賛する。
次に口を開いたのは、ヴァロウだった。
「交渉をスムーズに進めるため、センスを人間に合わせた」
「ふーん。敵に塩を送ったつもりかな、ヴァロウ」
馴れ馴れしく、ヴァロウという名前を呼ぶ。
その度に事情を知るメトラの心臓が大きな音を鳴らす。
不意に記憶が蘇り、何か王宮の応接室で3人で語らっているような気分になる。
ちなみに、ルミルラは今回の交渉には参加していない。
これはヴァロウの判断だ。
「特に物騒なものはないようですね。強く魔力を放つような道具もありませんし」
部屋に入るなり、安全を確認していたレイリーが報告する。
「ありがとう、レイリー殿。さて、いつから始めようか、ヴァロウ」
「あなたが良ければ、今すぐにでも……」
「今すぐですか?」
眉を顰めたのはレイリーだった。
「僕は構わないよ」
「ここまで長旅だったのですよ。疲れを癒やしてからでも」
「ははは……。レイリー殿、ここは敵地ですよ。保養地ではないのです。確かに僕は疲れているけど、温泉に入ってゆっくりという場所でもない。個人的にはこんな針のむしろみたいな場所からは、さっさと退散したいね」
アルデラはからからと声を上げて、苦笑した。
レイリーはしばし目を伏せた後、再び目と口を開く。
「わかりました。交渉の席には私も同席するがいいな?」
レイリーは挑みかかるようにヴァロウに鋭い視線を放った。
だが、ヴァロウにとっては一兵士の恫喝など、小鳥の囀りも同然である。
軽く目でいなすと、こくりと頷いた。
「そのように聞いている。こちらも、うちの秘書が同席する。それと――」
「は~い。私ですね」
ふわっとした声が上がる。
同時に手を上げたのは、アズバライト教の神官リーアンだ。
「調停役が交渉の席にも同席するのですか?」
レイリーはまたも眉間に皺を寄せる。
一般的には調停役は交渉の結果だけを見て、それを保障するものだ。
それ故に、交渉の推移まで監視するのは、異例のことではあった。
「交渉において、魔法などによる圧迫や、さらには恫喝などがないかを確認するためですぅ」
リーアンは冷静に返した。
「前例もないわけではないですよぉ。それとも、人類側の方には何か含むところがあるのでしょうかぁ?」
「そういうわけではない。……しかし、仮に不正があったとして、あなたも操作された場合はどうするのですか?」
「それが認められれば、我々アズバライト教のメンツを潰されたとして、ペナルティーを払ってもらうだけですよぉ」
「ペナルティー? どういった?」
「ふふ……。内緒です~」
リーアンは笑顔で誤魔化し、含みを持たせる。
しばらくレイリーは彼女に突っかかったが、ついぞリーアンの口から内容が漏れることはなかった。
その2人のやりとりを見て、アルデラは小さく声を上げて笑う。
「女性同士は華やかでいいね。……さて、そうと決まったら、早速始めようじゃないか、ヴァロウ」
「ああ……」
2人は同時に長いすに腰掛ける。
正面で向き合った。
ただそれだけなのに、1枚の絵のように堂に入っている。
空気が張り詰めるのを感じながら、女たちもそれぞれの位置についた。
メトラはヴァロウの後ろに、アルデラの後ろにはレイリーが、そして中央の椅子にリーアンが座る。
「では――」
リーアンはまずヴァロウに発言を求めた。
「まず遠い本国から、ここまでご足労を願ったことを感謝する」
「はは……。まさか魔族に感謝される日が来るとはね。正直に言うとね。人類のほとんどが、今回の交渉について否定的なんだ。我々はただそこにいるリーアン神官とアズバライト教の顔を立てて、ここにいるだけなんだよ」
「そうでなければ、交渉に応じなかったと」
「逆に聞くけど、だからアズバライト教に助力を求めたのだろう、ヴァロウ」
ヴァロウは何も言わない。
ただ一瞬目を伏せただけだった。
「さて、どういう風の吹き回しかな? 人類はともかく、力と殺戮だけを求める魔族側から停戦交渉を持ちかけるだなんて」
「魔族の本質がただそれだけであるなら、俺たちは2年前に滅んでいただろう」
「確かに……。あの追撃戦は惜しかったねぇ。――あ、君たちから言わせれば、撤退戦か。100年に1度あるかないかの大チャンスだったのに、人類は事を急いてしまった」
「アルデラ……」
ヴァロウは睨む。
すると、アルデラは慌てて手を振った。
「わかってるよ。昔話をしたいわけでも、過去の遺恨をぶつけたいわけではないと言いたいんだろう。そもそも君の方から言い出したことじゃないか」
ヴァロウは少し喉を整える。
ようやく本題に入った。
「停戦交渉の理由はいくつかある。1つは旧同盟領に存在する人類の移譲を完了させる期間がほしい」
実は、旧同盟領にはルロイゼン城塞都市や、ルミルラが今も領主を務めるヴァルファル城塞都市を除いて、約2万人ほどの人類がまだ住んでいる。
この中には先の大戦で捕虜になった兵も含まれているのだが、問題はこうした捕虜の扱いである。
「へぇ……。捕虜が生きているのかい?」
「ああ」
「僕はてっきり君たちのお腹に収まっているのかと思ったよ」
「我々は人を殺すことはあっても、人を食べることはしない。人食をするのは、もっぱら魔獣たちだ」
「ふーん。それは初耳だね。だが、君たちが何を言いたいのかわかったよ。こちら側の捕虜と交換しようというのだね」
「そういうことだ」
人類も同様に、魔族の捕虜を抱えている。
特に人類前線軍が治める旧魔王城ラングズロスの一帯の魔族たちがそうだ。
ヴァロウの試算によれば、こちらは10万人以上の規模にも及ぶとされていた。
「なるほど。その受け渡す期間がほしいということか」
単純に捕虜交換といっても、その捕虜を集めるのにも、移動させるにも意外と骨が折れる。
時間もかかり、決まったからといって、おいそれと行えるものでない。
しかも、魔族と人類である。
トラブルを避けるためにも、入念な準備が必要になるのは必定であった。
「その捕虜は生きているのだろうな」
アルデラの後ろに立ったレイリーが詰問する。
鋭い眼光は放つが、ヴァロウの腰が浮くことはなかった。
「無論だ。少なくとも、俺が副官になってからは、捕虜を丁重に扱うことにしている」
「それは感謝すべきかな」
「いや、別に我ら魔族に、捕虜を丁重に扱えという法はない。ただ――――」
ヴァロウは中央の椅子に座ったリーアンを見つめる。
その様を見て、「なるほど」とアルデラは頷いた。
「極端に人道に反することは、アズバライト教の怒りを買う。戦力が整わない今、アズバライト教を敵に回すのは得策ではないと考えたわけだ」
「…………」
ヴァロウは黙って頷く。
「なるほど。そして君はこの交渉を成功させて、10万の戦力を得るわけか」
「お互いにメリットがあると思うが……」
「2万と10万だよ。それにこちらの2万には非戦闘員だって含まれている。10万の魔族の中で、どれだけ戦力となる魔族が眠っているかは知らないけど、2万よりも少ないことはないだろ?」
「不公平だと言いたいんだな」
「ああ。そして、君はその交渉をイーブンにさせるためのカードを手元に持っているんだろ?」
アルデラは口角を上げる。
さあ――とばかりに背筋を伸ばし、手を広げた。
すると、ヴァロウは手をかざした。
魔力を増幅させる。
「貴様!!」
レイリーは激昂する。
腰に下げた剣の柄に手を掛けた。
「待て!」
アルデラは立ち上がって、レイリーを止める。
ヴァロウはさらに術式を組み上げた。
そして周囲に魔法を放つ。
物理的なことは何も起こらない。
ただ室内は静かだった。
しかし――。
「うっ……。あ…………、あああああああああ!!」
突如、絶叫したのはレイリーだった。
目がカッと見開く。
橙色に光るその虹彩は、赤黒く変色していた。
「これは!!」
アルデラは目を細める。
目の前の護衛役をつぶさに観察した。
だが、悠長なことをしていられるのは、ここまでだ。
レイリーは手に掛けていた剣を、とうとう引き抜いてしまった。
両刃の剣が、狼牙のように鋭く光る。
そして、その刃には呪字が刻まれていた。
「呪いの武具か!!」
アルデラが気付いた時には遅い。
ゆっくりとレイリーの視線が、護衛対象であるアルデラの方に向いた。
両刃の切っ先を閃かせる。
尻尾と耳が興奮した犬のように立っていた。
「レイリー、やめろ! 僕だ! アルデラだ!!」
声を荒らげるが、レイリーがそっぽを向くことはない。
ゆっくりと――獲物を追い詰める死肉犬のようにアルデラを壁際に追い詰めていく。
「ヴァロウ! 冗談だろ!! 僕をここで殺せば!! リーアン様! あなたも見てないで……」
助けを求めたが、リーアンもメトラも、そしてヴァロウもただじっと観察しているだけだった。
やがてレイリーの呪いの剣が大上段に掲げられる。
天井が高い故、室内であっても大きな動作が許されるのだ。
すでにアルデラは壁際に追い詰められていた。
「誰か!?」と声を上げたが、もちろん助けは来ない。
彼自身も言ったが、ここは敵地なのだ。
「レイリー! やめろ!!」
アルデラは絶叫する。
その時だった。
「よし! もういいぞ」
ヴァロウの声が響く。
すかさずメトラは何かを投げた。
それがレイリーの首筋に刺さる。
それは注射器であった。
さらに魔法によって、体内に内容物が注ぎ込まれる。
「あっ……」
レイリーは小さく悲鳴を上げる。
すかさずメトラは距離を詰めると、注射器の内容を体内に押し込んだ。
すると、ゆっくりとレイリーの瞳が赤から通常の橙色に戻っていく。
瞬間、がっくりと肩を落とすと、手に握った剣を取り落とした。
呪字が描かれた呪いの剣から光が消えていく。
「ぷはっ!! はあ……。はあ……。はあ……。はあ……」
レイリーは荒い息を吐き出す。
一方、アルデラはホッと息を吐いた。
「これはどういうことかな、ヴァロウ?」
「見た通りだ。もし、5年間の停戦交渉を人類側が呑んでくれるなら、我々は呪いの武具の抗体液を精製する技術を提供しよう」
「な!! そんな――――」
さしもの前線軍総司令官アルデラも、このヴァロウの大胆な提案に絶句するのだった。
1月10日には『ゼロスキルの料理番』の2巻が発売されます。
同月発売となります。もしよろしければ、こちらもよろしくお願いします。




